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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

山村の診療所にて

2012年08月23日(Thu) 04:42:47

朴朗がわれに返ったのは、硬い寝台のうえだった。
素早く目線を動かすと、すぐわきの寝台に妻の初恵が横たわっているのが目に入った。
ありがたい、どうやらふたりとも、死んではいないらしい。
安堵を覚えた五体に、じょじょに体温が戻ってきた。

気がついたようだね?
頭の上からそそがれたのは、自分よりやや年上の中年男の、穏やかな声色だった。
見あげた目線のまえにある顔は、よく光る切れ長の目に、鼻筋の通った精悍な顔。
あごにはいちめんの濃い髭を生やした、実直そうな四十男。
そのあご髭に囲まれた薄い唇が、稚気を湛えた笑みを含んでいる。

男はどうやら、医師らしい。
ずんぐりとした身体に白衣を着、古めかしい聴診器をさげている。
彼の背後には背の高い白い薬棚。
デスクには拡げられたカルテと、アルミのトレー。
トレーのうえには、射った後のものらしい注射器が2、3本、乱雑に置かれていた。

あんた、吸血鬼に狙われたね?
医師はずばりと、そう言った。
奥さんも襲われている。おっと・・・ご夫婦と決めつけるのはどうかな?
身分証がおなじご苗字だったのでね。
失礼だったが、山道で倒れているのをここまで運んでくる途中、そこは拝見させてもらったよ。
お差し支えあったかな?

いや・・・差し支えはありません。
救っていただき、感謝します。
寝台に寝そべったまま、男は自分のなまえを復唱するように、辻巻朴朗、と名乗った。
こちらは妻の初恵。
目で紹介した女は、寝台のうえ、まだ血の気を失って気絶したままだった。
わたしは38、家内は36。夫婦で医者をしております。
そう、同業者のようだね。
朴朗の答えを聞き流すようにいったん背を向けた白衣が、ふたたびこちらを振り向いた。
コーヒーを二杯、手にしていた。
ちょうど淹れたてができたところです。いかがですか?
手にしたカップの温もりが、指に心地よく伝わった。

ご夫婦ならば、話しておこう―――奥さんは乱暴されている。
語尾をみじかく切ったときだけ、医師の目はちょっと鋭くなった。
夫の態度を見極めるように。
と、おっしゃいますと・・・?
下半身から精液が検出されたということです。
医師の言いぐさは、あくまで事務的だった。
冷ややかな言葉の端に、行きずりの吸血鬼に妻を乱暴された外来にものに対する、さりげない思いやりが籠められているのを感じると。
朴朗は肩をそびやかして、医師を見た。
わるい旦那です。

あんた、この村に来るのは、初めてじゃないね?奥さんはともかくとして・・・
そうですね・・・隠し立てしても仕方が無いでしょうから、いいましょう。
今夜夫婦ながら献血をした相手は、わたしの生命の恩人なのです。
ほほう・・・濃いあご鬚が和みをよぎらせると、朴朗はとつとつと話しつづけていた。
まるで話のほうからひとりでに、口をついて出てくるようだった。

登山の途中で足を踏み外して転落をして、気絶してくれた時に助けてくれたのがそのひとなのです。
じゅうぶんな手当てをされて動けるようになったとき、その人は初めて自分の正体を明かして、わたしはその欲求にこたえてやりました。
こんどは妻を連れてくる・・・そう約束をして、わたしは村を離れたのです。
家内に事情を告げたのは、隣村に取った宿のなかででした。
夫の生命の恩人に、献血に応じるつもりで彼女はついて来てくれたのですが・・・
さすがに怖かったのでしょう。そのときにはなだめるので大変でした。
たぶんいまはもう・・・牙に慣れた身体にされてしまったのだと思います。
妻の白い寝顔に注ぐ目線は、優しいぬくもりに包まれていた。

ご夫婦どちらとも、喪った血液の量は致死量よりはるかに少ない。
奥さんの失血のほうが多いところを見ると、相手は男ですかな?
さばけた笑い声はからからと乾いていて、朴朗もわれ知らず、笑い声を合わせていた。
―――と、言いたいところですが・・・相手は女だ。
自分の推測をずばりと口にするとき、医師には目つきがするどくなる癖があるようだった。

相手が女だときいて、奥さんは引っ込みがつかなくなったんだろう。
旦那を吸血女に取られると、勝手にそう思ったんだろうな。
けれども実際に面と向かうと、奥さんは恐怖の方がさきに立ってしまって。
あんたは奥さんを身体で愛しながら、吸血女にさいしょに奥さんの血を振る舞った。
奥さんの血を腹いっぱい吸い取った吸血女は、あんたに噛みついた時にはじゅうぶん満腹していて、ダメージの少ないあんたのほうが、先に意識を取り戻した。
そういうことだね?
得意げな顔つきは、憎めない稚気を放っていた。
意地を張る相手でもなさそうなようすに、朴朗は思わずうなずいてしまっている。

申し訳ない。
医師は軽く、謝罪の意思を表した。
あれは私の女房なのだ。
えっ。
さすがに朴朗は、吃驚して目線をあげた。

おなじ村に棲む吸血鬼に噛まれてね。いまはいちおう、こういうことになっている。
遠くの机に伸びた手が取ったのは、葉書の半分ほどの大きさの額縁入りの白黒写真。
写真の主はたしかに、見覚えのある女の顔だった。
墓場からさ迷い出た女房を私はかくまってやり、血を吸わせてやった。
母もそのころはまだ健在で、父に気兼ねをしながらも、見かねて時々血を分けてくれたのだった。
新たに吸血鬼になったものの面倒は、まず近親のものがみることになっているのでね。
けれどもそれだけでは、足りなかったらしい。
夜な夜な家からさ迷い出るようになった彼女は、そのうち家を出て行って・・・戻ってくるのは、いまでは月に一、二度になってしまった。
織姫と彦星よりは、二十倍くらい幸せだね・・・って、あいつは云うのですよ。
医師はそれまでの冷静さを忘れて、真っ暗な窓の彼方にぼんやりとした目線を送っていた。

この村にはそんなにおおぜい、吸血鬼がいるのですか?
ああ、村の住民の一割くらいはそうだよ。
むぞうさな返事に、朴朗は目線を凍りつかせた。
なに、だいじょうぶ。みんな節度は守るやつらだからね。
なりたての未熟者には教える立場の吸血鬼がつくし、ベテランはおなじ村に棲む仲間を死なせるようなへまはやらないのさ。

ときにあなた、いつも奥さんの写真を持ち歩いていないかね?
ああやっぱり、そうなんですね?
どうしてそんなことを訊くのか?朴朗がそう訝ると。
医師はすぐには質問に答えずに、逆に問い返しをしてきた。
休みを一週間とって、この村に来た?
女房とそう、約束したのだね?
なるほどね・・・
医師はしんみりとした顔で、暗い窓辺に向かい合ったままだった。

つぎにおもむろに口を開いたとき。医師はまだこちらに背中をみせたままだった。
あんたの相手が女房だということは、噛み痕をみてわかったよ。
私が首すじに持っているのと、おなじサイズだったからね。
もし家内があんたたち夫婦との時間をそんなに長くとったとしたら、理由はひとつしか思い浮かばないな。
かくいう私も、吸血鬼になる一歩手前なのだよ。
時折、血を吸いたい衝動に駆られてね。
村でたった一軒の医者がそんなことになってはまずかろうと、あいつなりに気遣ってくれたのだろう。
彼女は今夜も、現れる。いや、あんたの様子からすると、明日かあさっての晩くらいかな。
そのころには、奥さんも恢復しているだろう。
私に血を吸われても、平気なくらいにね。
ほんとうは私、母の生き血を吸いたかったんだと思います。
いちどもかなわなかった、願望にすぎないのですけれどもね・・・
なにしろ母は、飢えている女房の相手をするので、精いっぱいでしたから。
女房はそのことを、私に対して申し訳ないと思いつづけていたようでした。
それでね―――
医師は少し言葉を切ると、稚気のあふれた声色であとをつづけた。

あなたの奥さん・・・どういうわけか私の母とよく似ているんですよ。
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