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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

太っちょな許婚

2012年08月23日(Thu) 05:09:45

太っちょな晴美が、こちらに向かって歩いてくる。
いつものように背すじを伸ばして、しずしず、ゆったりと。

なるほど、あの娘があんたの恋人か。
肉づきがよくて、歯ごたえのよさそうな肌をしてをるの。
生き血もたっぷりと、摂れそうぢゃ。

老人はもの欲しげにほくそ笑んだが、僕に対する侮蔑の感情はかけらもない。
もともと女には―――というよりも、女の生き血には、だらしのない男なのだ。
彼にとっては娘くらいの年恰好の母さえも、やすやすとその毒牙にかかっていた。
そのあとには僕の姉まで、あろうことか母の手引きで襲われていた。
姉のことは母が、母のことは父が手引きをするほどに、
わたしたち家族は、この老人となじんでいたのだった。

父(てて)ごとおなじように気前よく、彼女の生き血を振る舞ってもらえるのかな?
それとも。
わしがあんたの血を吸い尽くして、あんたが彼女を襲うのかな?
どちらがええか、決めさせてやろう。

僕はためらいながらも、こたえていた。

彼女と相談するよ。

老人は目を細めて、無言で頷いただけだった。
自分の正体を目のまえで明かされることに、恐怖を覚えないらしい。

どっちにする?
そんな選択を迫られても、彼女はもちろん目を丸くするだけで、すぐに答えは返ってこなかった。
くりっとした瞳を輝かせて、少女の視線がまるで値踏みをするように、老人と、僕とに、等分にそそがれる。

どうしても血を吸われるのなら、牧夫くんにあげたいけれど・・・
でも牧夫くんが吸血鬼になるのは、あたし嫌よ。

晴美はいつもの口調に戻ると、はっきりとそういった。

あんたの負けだな。
老人はもの欲しげな薄嗤いをいっそう濃くすると、制服のブラウスを着た晴美の肩をつかまえていた。
早くもなれなれしく巻きつけられる腕に、華奢な両肩をすくめながらも、晴美は気丈に口許を引き結んでいて、懸命な目線で訴えかけている。
ほんとうは、あなたにあげたいの・・・

よく輝く瞳がそういっているようで、僕は老人を押しのけるようにして、晴美をかばった。
やっぱり僕が先に噛まれるから。
それが順序というものだな。
老人は獲物と自分のあいだにいきなり割って入った僕のことをとがめようともせずに、細い目で僕を見た。
正確には、僕のうなじのつけ根に、もの欲しげな視線を這わせていた。

どちらも血を吸われないで済ませる・・・ってわけには、いかないんだよね?
恐る恐るという口調で、晴美はムシのよいことを提案した。
ウン、それは無理だ。
老人と僕と、ふたりながらおなじ言葉を口にすると。
あっはっは。
老人は乾いた声で、笑っていた。
すまないね。
老人は晴美に、そういった。
静かで穏やかな声色だった。
この子はずうっと、わしを見て育ってきたから。わしの立場がよくわかるのだよ。

晴美はちょっとだけ俯いて。それから引き結んだ口許を、意を決したように開いていた。
牧夫くんのあとでいいから・・・あたしも小父さまに噛まれてあげる。


ひどいなぁ。
砂地のうえにあおむけに倒れたまま、重たい貧血でけだるくなった身体を、僕はやるせなく揺すりつづけていた。
僕の首すじから抜き取られた血の量は、かなりのものだったはず。
老人はそっけないほど事務的に僕の血を吸い取ると、その場に僕を転がして、
後ずさりする制服姿を、ゆっくりとした足取りで、追い詰めていった。
それは嬉しげに、にんまりとした笑みをぶら下げて・・・

初めて咬まれたとき。
ひいっ・・・という、忍びやかな呻き声。
怯えたようにすくめた、制服の肩。
豊かなうなじから滴る、バラ色の血潮―――
それはあまりにも、鮮烈な風景だった。

ちゅうちゅう・・・キュウキュウ・・・
人をこばかにしたような、あからさまな吸血の音を洩らしながら。
老人はまだ、晴美のうえに覆いかぶさったまま、十六歳の少女のうら若い血潮を飲み耽っている。
抑えつけられた腕は、力なくだらりと砂地の上に這い、少女は唯々諾々と、わが身をめぐる血潮を抜き取られつづけていた。
立て膝をした脛がこちらを向いていて、スカートのすそをまくりあげられた腰周りが、晴美の顔から視界を遮っていた。
真っ白なハイソックスがずり落ちかかっていて、ふくらはぎのいちばん肉づきのよいあたりには、赤黒いシミがべっとりと貼りついている。

そんな光景を、嫉妬に狂った僕の網膜に思いぞんぶん灼きつけると。
老人は少女を立たせ、自分も何ごともなかったように、ズボンの膝に着いた砂を、パッパッと払っている。
ブラウスの背中についた泥を僕が払ってやるのにも気づかないように、晴美は抜け殻みたいにぼうっとなって、ただ老人のことを見あげていた。
視線のまえにあるのは、ついさっきまで彼女の素肌に這わされた、ヒルのように膨れ上がった唇。
吸い取った血潮の活きのよさには不似合いなくらい、不健康に赤黒く爛れていた。

時折愉しませてもらうよ。
老人は僕たちどちらに向かってともなくそう言い捨てると、こちらに背中を向けて、いつものようにひっそりとした足取りで歩み去ってゆく。
方角は老人の棲み処ではなくて、僕や晴美の両親が棲む街中だった。

どっちに行くんだろうね?
晴美はまだ、予防接種のあとみたいに、噛まれた首すじをハンカチで抑えている。
たぶん、晴美の家だと思うよ・・・
そうだね。帰るのちょっと、待ってみる。
さすがに自分の母親が毒牙にかけられるのを見るのは、気が進まないのだろう。
彼女は僕の家のほうへと、足取りを向けた。

あら、いらっしゃい。
晴美がお気に入りの母は、笑み崩れんばかりにして彼女の手を取っていた。
冷えた水羊羹、あるのよ。食べてって。到来物で悪いけれど・・・
そういって招じ入れる後ろ姿に、僕は気づいてしまっていた。
ショートカットの髪の毛の生え際に刻印された、ふたつ並んだ噛み痕に。
肉づきたっぷりな腰周りに巻いた薄茶のスカートのお尻に不規則に撥ねた、赤黒い斑点に。

血液の補給源にされた女ふたりは、お茶を間に向かい合って、何ごともなかったような顔つきで、世間話に興じ合っている。
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