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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

令嬢と奉公人の恋

2012年09月29日(Sat) 14:00:15

~吉郎の独り言~

ねぇ、お父さん。あの離れに棲んでいるおばあちゃんは、どういう人なの?
とっても優しいひとなのに、あそこから絶対出てきてくれないんだよね。
「遊びに来てね」ってボクが頼んでも、「はいはい、またこんどね」って言うばかり。
おばあちゃん、うちに来てくれないのかなー。

幼い声でそう問いかけてくる息子には、まだほんとうのことは話せない。
きれいな生垣で仕切られているとはいえ。
あの離れから外部に出るのは私たちの住まう本宅の敷地を通らなければならなかったし、
離れの住人は本宅を通り抜けて外界に接することは、固く禁じられていた。
いまでは本人も、あえて禁を破るような意思を、持ち合わせていないようである。
そう、その昔其処は、「座敷牢」とさえ呼ばれていた場所だった。


~初子の追憶~

「初子、甚吉のお見舞いに行ってらっしゃい」
お母様がそうおっしゃってくださったのは、秋の夕暮れのことでした。
甚吉は我が家に代々勤めている、奉公人でした。
わたくしよりもちょっとだけ年上の甚吉は、いつも身近にいて、
幼いころからわたくしのめんどうを、まるで兄のようにこまごまとみてくれていたのです。
ところがその甚吉が病になったのは、わたくしがちょうど女学校に通っている時分のことでした。
ずうっと前から体が丈夫で、風邪ひとつひいたことのない甚吉でしたのに。
幼いころから住み込みで奉公をしていた彼は、いつの間にか自分の家から通うようになっていたのですが。
かかった病のため、その家から一歩も出られなくなった・・・というのです。

女学校の制服のまま通り抜ける下町のたたずまいは、
わたくしの住まうお屋敷町とは、ひどく趣きがちがっておりました。
もとは武家屋敷だった閑静なお屋敷町ばかりを見慣れたわたくしには、
それは初体験の街歩きだったのです。
狭苦しい商店街のごみごみとしたせわしなさや、
行きかう人たちの、寒々とした貧しげな風体。
通りをすれ違う人の、人いきれさえ頬にかかりそうなほどの人ごみの息苦しさは、
さいしょのうちこそ新鮮ではあったものの、
もともと引っ込み思案で通っていたわたくしにとっては、
毒気にあてられたような眩暈さえ覚えるものでした。
ええ、幼少のころから、それはおんば日傘で過ごしてまいりましたから。

女学校の制服や黒のストッキングがもの珍しかったのか、
着物に割烹着の街のおかみさん連に、けげんそうな視線を送られながら、
通り抜けた往来の果て―――
たどり着いた甚吉の家は、長屋と呼ばれる、みるからに貧しげな集合住宅でした。
人ひとりしか通り抜けることのできない路地や、すき間風が冷たいだろう破れた戸板のたたずまいに、わたくしはまたもや、目がくらむ思いでした。
こんなところに、あの甚吉が・・・
頑健な体つきと、はたちそこそこの齢とは不似合いなくらい、老成しきったような穏やかさを湛えた甚吉は、
奉公人の身分にふさわしくないほど、知性と静寂を愛する若者だったからです。


よくわかっていたんです。
どうして甚吉が、お熱になってしまったのか。
お母様もとうぜん、女として、そこには感づいていたはずです。
どうしてあのときお母様は、あのみすぼらしい長屋住まいの甚吉のもとにわたくしを差し向けたのか。
いまでもその答えはわかりかねますし、実はとっくにわかっているような気もするのです。
お嫁に行けなくなる危険は、考えてみないわけではありませんでした。
けれども甚吉は、わたくしたちの大切な奉公人でした。
もちろん、わたくし自身にとっても・・・

革靴など踏み入れたことのなさそうな土間に佇むわたくしをみて、甚吉はびっくりして床から這いだそうとしました。
かわいそうにやせ細り、顔は別人のように、蒼ざめておりました。
自分で申すのもなんですが、あのときの甚吉にとってわたくしは、掃き溜めに鶴であり地獄に仏だったことでしょう。
恐縮しきった甚吉をわたくしは制して、お台所に立って、お水は、食べ物は・・・と、お世話を始めようとしました。
けれどもそんなことよりも、甚吉は切羽詰まった事情を、抱えておりました。
そしてわたくしも・・・嫁入り前の乙女として、その事情はとうに察しをつけていたはずでした。
お母様お仕込みのお台所仕事には、慣れきっているはずなのに。
ふるえる手許は、どこか狂いがちでした。
背後に忍び寄る男の気配を、ありありと感じていたから・・・
異変が起きたのは、それからすぐのことでした。


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まだなにも載せていないお皿がわたくしの手から落ちて床板を鳴らし、
黒のストッキングの脚をすくませたまま。
しがみつくように強く抱きすくめてくる逞しい両腕に、縛られるようになって。
だしぬけに首すじに這わされてきたなま温かい唇に、ただ声を喪っておりました。
それを承諾と受け取ったのでしょうか?
いつも声も立てないほどおとなしかった甚吉は、強引にわたくしの手を引っ張って。
痛い!わたくしがひと言叫ぶと、とっさにかばってくれるいつもの優しさを見せてくれたものの、
とうとうそのまま、さっきまで甚吉が独り寝していたせんべい布団のうえに、組み敷かれていったのです。

まるで獣が獲物を貪るような、荒々しさでした。
とっさに示した抗いは、強い力にねじ伏せられてしまいました。
気が小さくて潔癖だといわれたわたくしが、どうしてあのようなあしらいを黙って耐えることができたのか、いまでもよくわかりません。
けれどもすり合わされてくる甚吉の身体はひどく冷たく、人肌のぬくもりをせつじつに求めている・・・そのことだけは敏感に、わたくしは察知していたのです。
貞操の危機を迎えながらも。
重ね合わせられてくる冷たい膚が、わたくしにはひどくいとおしく、なんとしても暖めてあげたい・・・そんな想いさえもが、胸の奥から衝きあげてきたのです。

待って。ストッキング、脱ぐわ。破けたらおうちに帰れなくなっちゃう・・
お隣に筒抜けにならないようにと気遣ったちいさな声に、甚吉はぎくりとしたようになって。
それでも、あつくるしい息遣いをはぁはぁさせながら、わたくしの制服のスカートをたくし上げていって、
ぶきっちょなもどかしい手つきで、黒のストッキングをくしゃくしゃにずり降ろしていったのです。
清楚で大人びた足許の装いは、女学生の誇りでした。
知性と気品をたたえた衣装が、くしゃくしゃに堕とされてゆくのを目の当たりに、
わたくしはただ、息を詰めて、ことのなりゆきをみまもるばかりでした。

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はぁ・・・はぁ・・・
せぃ・・・せぃ・・・

強引に唇を重ね合わせてくる甚吉の荒い息遣いに、むせ返るように。
わたくしもまた、背すじをピンとさせたまま、彼のしぐさに応えていきました。
時折唇を避けようとしたのは、熱いくちづけの合い間の息継ぎのときばかり。
暗くなりかけた夕暮れ刻の長屋の、狭い部屋のなか。
ふたりはしばし、横になったまま。
初めて交し合う口づけに、熱中してしまっていたのでした。
ええ、そのあとすぐのことでした。
甚吉の逞しい腰つきが、グイグイとせり上がってまいりまして・・・
あとはもう・・・口にするのも、羞ずかしゅうございます・・・

その瞬間は、それは痛くって。
歯を食いしばったわたくしが涙するのを、屈辱によるものだと受け取ったのでしょう。
嵐が去った後けんめいにわたくしを慰めてくれようとする甚吉に、言ったんです。

母から聞いています。好きな人に望まれるのは、女の本望なのだと。
お気の済むままになさってくださいね。そのためにわたくし、此処に来たのですから・・・

応えは、息が詰まるほどの強い強い抱擁でした。
荒々しい腕の束縛が、兄が妹を想うような、いつもの優しい愛撫に変わるのに。
なお数刻を要したのです。
男と女になったふたりが、ふたたび体を起こしたとき。
あたりはすでに、真っ暗になっておりました。

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下町とお屋敷街の境まで、甚吉はわたくしのことを送ってくれました。
息苦しいほどおおぜいの人が行き交う通りも、晩(おそ)い刻限ともなりますと、すこしは人通りがまばらになっておりました。
それでもすれ違う人の目を避けたいわたくしを護るようにして、甚吉はその大きな体で、この界隈には場違いなわたくしの制服姿を、道行く人の視界から遮ってくれたのでした。
わたくしはわが身に起きた大きな異変にただぼう然となって、そんな甚吉の心遣いすら、目に入らないくらいでした。
あのときはただ、着つけ直した女学校の制服に乱れはないか?甚吉の体温を伝えたあのせんべい布団で組み敷かれたときの痕跡は残されていまいか?そんなことばかりを気にしておりました。

もとより、若い男女が並んで歩く・・・などということが許される時代では、ありません。
まして、お嬢様と奉公人の関係です。
そこは甚吉も、分をわきまえておりました。
繁華な通りを抜けますと、甚吉は主家に忠実な奉公人の顔に戻っていて、お嬢様のわたくしのあとを何歩も遅れてついてきて、ひっそりと護衛の役を果たしてくれました。
スカートの奥、ひりひりとした痛みとかすかな疼きを覚えながら。
わたくしはあくまで、自分の意志で歩みを進めて、
お別れの場所では、ひとにかしずかれることに慣れたしぐさで奉公人の見送りにこたえ、
彼はあくまでもお嬢様に付き従う従僕として、恭しく礼を返してきたのです。


甚吉がわたくしのお邸への奉公に戻ったのは、それからすぐのことでした。
今まで以上の精勤に、お父様の信用も上がったと、お母様を通して耳にしたときには。
まるで自分のことのようにうれしかったのです。
ある日お母様は、意味ありげな態度でわたくしのことを呼びました。
お父様と、帝劇に観劇に行ってまいります。
今夜はあなた、甚吉とふたりきりで、当家のお留守を守ってくださいね。

いちどなら、過ちで済まされるかもしれません。
けれども回を重ねてしまうことは、お嫁に行けなくなる危険を、いっそう増すことになってしまいます。
わたくしもまた、ふしだらな娘と呼ばれる不名誉を、こうむることになりかねません。
甚吉はさいしょ、そこを気遣ってくれました。
けれども、広いお邸のなか二人きりで残された男女が考えることは、やはりひとつでした。
意を決したわたくしは、汚されるのを覚悟で、もう夜だというのに女学校の制服を身にまとい、黒のストッキングのつま先で畳を踏みしめて、甚吉のまえに立ったのでした。
わたくしの制服姿を目にしたときには、甚吉のなかに残っていたわずかな理性ももう、すぐに消し飛んでしまったようです。
悪鬼のごとくわたくしに迫ってきた甚吉は、勉強部屋のたたみの上に、わたくしを荒々しく組み敷いて。
プリーツがくしゃくしゃになるほど、スカートをまくり上げて。
わたくしの脚から、黒のストッキングを、むしり取るようにして、引き破っていったのです。
あ・・・あ・・・
禁忌を破るということへの畏れは、素肌を外気にさらした時に消えてしまいました。
整然と居並ぶ調度や、お嫁に行くときに持っていくようにとあつらえられた桐の箪笥も、幾度も目のまえをよぎりましたけれど。
身体の芯を熱くしたわたくしを制することは、とうとうありませんでした。
裂かれた着衣から覗く素肌にあたるそらぞらしい外気が、えもいわれない開放感を、わたくしに感じさせてしまったのです。

それからはもう、大へん・・・
固く抱きすくめられた腕の強さに、かぎりない歓びと安らぎをおぼえながら。
娼婦という女は、このように振舞うの?と、自分でも思うくらい大胆に、わたくしは甚吉の逞しい毛脛に、破れた黒のストッキングの脚を、まきつけながら。
もっと・・・もっとなすって・・・
あらぬ声を、あげてしまっておりました。


制裁はとうぜんに、くだりました。
本来なら、奉公先の娘に不始末を犯した奉公人は、馘首。(かくしゅ)
娘は親子の縁を切られ、より身分の低い遠縁の他家に養女に出され、令嬢としての身分をいっさい奪われる。
それが当家の、しきたりでした。
けれども涙ながらに訴えるお母様にも、そして罪深い汚れた娘であるわたくしにも、
お父様はとても、寛大でした。
そう、規律ということがことのほか重んじられていた当時としては、信じがたいほどに・・・

世間体を慮って、女学校を卒業するまでは自由の身だったわたくしは、卒業式を終えるとすぐに、お邸の奥深く、離れにしつらえられた座敷牢に入れられて・・・三度のお食事を運ぶのは、あの甚吉の役目だったのです。
この世間から隔絶された、安全な空間で。
わたくしたちは昼日中から、令嬢と奉公人の昔にかえって、世間では不義と呼ばれかねない行為を、なかば公然と愉しんでいたのです。
親に隠れての行為が明るみに出た後、わたくしはむしろ、サバサバとし心境でした。
お父様お母様を裏切っているという罪悪感がわたくしをさいなみ蝕む日々が、終わりを告げたからでした。
好きな人とどうして、仲よくしてはいけないの?
それは案外と、女としてのしたたかな、開き直りだったのかもしれません。


やがてわたくしは母となり、その子を育て、物心つくころには養子にとられていったその子とは、縁続きのおば様として、絆が断たれることはありませんでした。
男子の絶えた当家の跡を継ぐために、他家から養子にやってきた。
そういう名目でわたくしのすぐ間近に戻ってきたその子が、いまではこのお屋敷のあるじとなっています。
もちろんそれは、当人も知りようのない事実のはずですが・・・いえ、それとてももう、遠い昔のこと。
あるいはとっくの昔に、すべてが暗黙裡に諒解されているのかもしれません。
いまはただ、幼い声でわたくしに懐きまとわりついてくる孫をひたすらいとおしむ日常があるばかり。

何が起きようとも、此処を出てはならぬ。
この離れを取り囲む生垣は、お前を護る盾となるのだ。
厳めしいお顔でわたくしに、そう言い渡したお父様。
その眼は優しく、笑っていました。
おまえは其処の、あるじなのだよ・・・とおっしゃるように。
その条件はこんにちもかわることなく守られて、わたくしはいま、老後の日差しを甚吉と一緒に穏やかに浴びる毎日を過ごしています。


~吉郎の独り言~
離れを大切にせよ。それが当家を譲る絶対条件である。
先代は私に、そう告げていた。
温厚な先代としては不自然なくらい、それは厳命というに近いほどの語調を帯びていた。
もとより離れに住まうおば様は、幼いころから私をかわいがってくれた人。
まるで実の母のように、優しいひとだった。
もとより、あだおろそかに扱いようがなかった。
甚吉という名の老僕は、もう何十年も、離れのおば様にそれは忠実に仕えてくれていた。
どうしたことか独身を通したので、この世からいなくなった後も、当家でめんどうをみることになっている。
彼にとってもあの離れが、ついの棲み処となるのだろう。
「甚吉」と彼のことを呼び捨てにするおば様に。
「はい、お嬢様」いまでもなんの疑問もなく、老いた横顔にそう応える老僕。
身分の違いを越えて、永年寄り添い合ってきたこの二人は、はた目にはまるで、老夫婦のようにさえ映ることがある。
こじんまりと落ち着いたたたずまいの家をめぐるあの生垣と同じように、甚吉は身を以ておば様を護っているかのようだった。
そういえばおば様はいつぞや、こんなことを言っていた。
鶴のように気高いうなじを、シャンと伸ばして。

わたくしは一生独り身でしたけど。男運はとっても、よろしかったのですよ。
吉郎といい、甚吉といい、「吉」という字に護られた男が、そばにいるのですものね・・・


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コメント

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by -
2012-10-23 火 01:51:09
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おほめのお言葉、ありがとうございます☆
また、いらしてくださいね。^^
by 柏木
URL
2012-10-23 火 22:36:30
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まったりとした朝、ゆっくりとお話に目を通しています。その中で目に留まったのがこのお話しです。
吸血無しで画像付きっていうのも、なかなか宜しいですね。
画像が更にお話を盛り上げるようで、興奮しながら読ませていただきましたよ。
その他のもゆっくり読ませてもらいます🎵
by ゆい
URL
2017-03-11 土 08:37:22
編集
> ゆいさん
これはまた、懐かしいお話にコメを頂戴いたしました。
画像がお話をそそる効果を持っているとのおほめは、とても嬉しいです。
諸事情あってこのごろは画像はあまり掲載していないのですが、こういうのもよかったなあと改めて読み返したしだいです。

そういえばこのお話は、柏木ワールドのなかでも純愛派にぞくする部類ですね。
吸血行為を必要としないお話では、あえて別ジャンルのままお話を生み出すこともあるのです。
今後もご期待くださいませ。
by 柏木
URL
2017-03-16 木 05:11:41
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