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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

支配された西洋館

2013年01月03日(Thu) 11:33:59

魅力的な夫人。寛大そうな夫君。利発そうな令息に、大人しそうな令嬢。

夫人の手作りの料理に、さいごは紅茶まで振る舞われて。
辞去するとすぐ、男は言った。
「今夜もういちど、お邪魔する。お前も手伝え」
あれほどにこやかに接し合っていた人たちを、早くも今夜襲おうというのか?
ネックレスの清楚な輝きに縁どられた夫人の首すじに、やつが獣のように食いついて血を啜る場面を、わたしはすぐに想像した。
それは彼がわたしの妻にしたのとおなじ所業として、二重写しになったのだった。
「大(で)ぇ丈夫だ。やつらも薄々、気づいているって。この街に棲みついて二週間もたてば、吸血鬼様の訪問を受けるってことをな」
そう。それはそのまま、わたしたち夫婦のたどった運命でもあった。

もちろんのことだったが、昼間のときとは裏腹に、ジョーンズの邸は暗がりに支配されていた。
「夫婦は一階。子供たちは二階だ。俺はだんなと女房をやる。お前ぇには子供をやらしてやるよ」
活きの良い血に、たっぷりとありつけるぜ・・・
やつの言いぐさはしかし、すでにわたしの心の奥深く根ざすようになった第二の本能を、的確にくすぐったのだった。
人の寝静まった真夜中にはふさわしくない騒々しいもの音がにわかにあがる階下を背にして、わたしは二階に通じる長い階段を、ひと息に昇りつめた。

開いたドアの向こう、窓際のベッドには、少年の影。
「来たんだね」
トニーと呼ばれる少年は、白い頬でこちらを向いた。
―――やつらも薄々、気づいているって。
やつの言いぐさを裏打ちするように、少年は昼間の服を着込んでいた。
白のブラウス、濃紺の半ズボンに、おなじ濃紺のハイソックス。
半ズボンとハイソックスのすき間から覗く太ももは、月の光に照らされて、白い膚をいっそうツヤツヤと光らせていた。
階段ごし、悲鳴がふた色、つぎつぎにあがるのと、そのどちらもがすぐになりをひそめてしまうのを。
少年は無表情に、じいっと聞き入っていて。
「パパやママもやられちゃったんなら、ボクだけ逃げても意味がないよ」
ぽつりとそう呟くと、
「どこから吸うの?」
自分のほうから、ブラウスの襟首をくつろげていた。
「ひとつ、頼みがあるんだ。ミーナだけは、怖がらせたりしないでね」
「それは、きみ次第だね」
わたしの言っている意味を、利発な少年はすぐに察したらしい。
「ウン、わかったよ」
そういって、なんの抵抗も示さずに、首すじをこちらに振り向けていた。

ふさふさとした金髪の頭を押し頂くようにして、すんなり伸びた首すじに唇を近寄せる。
もう、喉が、胃袋が、たとえようもないほどに昂ぶったどす黒い衝動にわなないていて、
性急にかぶりつくことの愚かさを知りながらも、こらえることはできなかった。
むき出した牙を首すじに突き立てると、そのままずぶずぶと、もぐり込ませていった。
十代の少年の柔らかな皮膚は、それは心地よい噛み応えだった。
「あ・・・」
トニーはさすがにかすかに声をあげ、とっさにわたしの身体を引き離そうともがいたけれど。
それはわたしが帯びた嗜虐心を逆なでして、即座にねじ伏せられてしまうことで忌むべき征服慾を満足させただけだった。

ズズッ・・・じゅるうっ。

むざんなくらいナマナマしい音を立てて、わたしは少年の血を啖った。
若い生命力を秘めた芳香にただ惑溺して、陶然となった数分、数十分。
ふたたび起きあがったとき、少年もつられるようにして身を起こしたけれど。
「貧血・・・」
額に手をやって、「ちょっと勘弁」と言いたげに、拒絶の掌を拡げていた。

わたしは少年の恢復を待ったが、それは意外なくらいすぐのことだった。
「だいじょうぶ。ちょっとのぼせただけみたい」
トニーは女の子みたいに華奢な造りの口許をせわしなく動かして、「ボクはだいじょうぶ」と、なんども強調した。
欲望に負けてついかがみ込んだ足許に、少年は視線を落としたけれど。
紺のハイソックスのふくらはぎに再び近寄せられてくる唇を避けようとするでもなく、
ハイソックスを履いたまま唇を這わされ、突き立てられた牙がしなやかなナイロン生地の向こう側へと通り抜けるのを、顔をしかめて見つめるだけだった。
「ミーナの脚にも、そうするつもり?」
「・・・避けられないんだ」
自分でも意外なくらいに、申し訳なさそうな口調だった。
まだわたしのどこかにも、寸分くらいの理性は残っていたらしい。
「小父さん、ついこないだまで普通の人だったんだろ?」
少年はむしろ気遣うようにわたしを見つめると、「絶対死なせちゃだめだからね」と念押しするように言うと、ベッドに腰を下ろしたまま顔を抱えて俯いたわたしの側をすり抜けるようにして、隣室に走っていった。

トニーが妹のミーナを連れて再び現れるのに、数分かかった。
ためらう妹をなだめすかして連れてきたのだろう。
それまでのあいだ、時折切れ切れにあがる階下からのうめき声がひとつの効果を持ったのは、ほぼ間違いなかった。
そのうめき声は、回を重ねるたびに、苦痛よりも随喜を色濃く滲ませていたのだが、果たして幼すぎる彼らがどこまでそれを察したのか、いまでもわからない。
「階下にいるのは、ほんとうに怖い小父さんだから。いまのうちに、ボクを噛んだのと同じ優しい小父さんに噛まれちゃったほうが、楽だよ」
少年はそういって、妹を促したのだという。

恐る恐る引き上げられた、ピンクのスカート。
殿方でスカートのすそをあげるなどという教育は、節度をきちんと弁えた賢明な主婦らしいあの母親からは、きっと受けていないはずだった。
妹がかろうじてその姿勢を取り得るまでに、少年は自分でお手本を示すために、
ずり落ちかけていた紺のハイソックスを引き伸ばして、わざとわたしに噛ませてみせた。
「ほら、なんでもないだろ?ちょっぴりくすぐったいんだぜ?」
努めて明るく、そんなふうに言っていた。
少年の血の味からすると、その妹の血もきっと、健全な知性と生命力を秘めた味がするのだろう。
ストラップシューズの足首を床に軽く抑えつけ、少女の目線からは牙が見えないようにしてかがみ込むと。
白のタイツにおおわれたか細いふくらはぎに、わたしはゆっくりと、牙を降ろしていった。
脚をすくませたまま受け容れた牙を、容赦なくグイッと埋め込みながら。
白タイツのしなやかな舌触りに、タイツの向こう側の柔らかな肉づきに、ほとび出る血潮の生気を帯びた味わいに、わたしは獣の本能を満足させてしまっている。

床に尻もちをついた姿勢のまま、兄のベッドに頭をもたれかけさせて、少女はうつらうつらするように、半ば気を喪いかけている。
生命がけの献血が、よほどこたえたらしい。
「やっぱり女の子の血が目当てだったんだね?吸い過ぎだよ、小父さん」
少年はわたしのことを咎めながらも、なおも自分の首すじに唇を吸いつけようとするわたしを、拒もうとしなかった。
少年の身体から吸い取った血液が、しなやかに喉を通り抜け、胃の腑に居心地良く澱んでいた。
明るく、心優しいたちの生まれつき。清潔な日常。質素だが行き届いた生活水準。
そうしたもののすべてを、彼の血はわたしの本能にじかに伝えてきた。
わたしの胃の腑のなかで兄の血潮と仲良く織り交ざったその妹の血も、わたしをうっとりさせるのにじゅうぶんだった。
「大きくなったらまちがいなく、別嬪になるね」
思わず呟いたわたしを、
「そんな下品なこと言わないでよ」
少年はまるでわたしよりも年上の兄のように、笑って咎めている。

階上からこちらへ上ってくる足音に、少年はちょっぴり眉をひそめた。
「彼・・・母さんになにをしたの?」
「だいじょうぶ。死なせてはいないはずだから」
「それはそうだけど」
言いさしたそばから姿を現したのは、噂の主だった。
「うまくやったようだな」
「ああ、なんとかね」
「お嬢ちゃんは貧血かね?」
「年齢制限ぎりぎりだからな」
度を越して吸い過ぎたわけではない・・・と、とっさに言い抜けするのを見抜いた彼は、にんまりと嗤った。
その嗤いかたが、気に入らなかったのか。
少年は起って彼の正面に立つと、いきなり横っ面をはり倒した。
目にもとまらぬ勢いだった。
張られた彼も、目の当たりにしたわたしも、手をあげた本人までもがぼう然としていた。
少年はすぐに気を取り直すと、
「母さんになにをした?」
切羽詰まった口調だった。
「まだこの子は若い」
わたしはトニーのために、弁護した。
「ああ・・・そうだな」
張られた頬をさすりながら、彼は少年のことを怒りもせず、もういちど張り手を食うまいと距離を置きながら、弁解するような声色でこたえた。
「母さんはどこまでも、レディだったぜ。父さんに訊いて御覧」
「そう信じていいんだね?」
少年の目は、なおも険しかった。
「ミーナはきみのことを、嫌がっている」
少年の主張を、彼はすんなりと受け容れた。
「きみの意向を尊重しよう」

邸を辞去するのは、ぎりぎり夜明け前だった。
身づくろいをしているらしい母親は顔を見せなかったが、子供たちが無事なのを確かめた父親は安堵したようにふたりを抱き寄せた。
「あんたのとこも、こういうことだったのかね?」
彼はわたしを見てそういった。
「おおむね、どこも違いはないと思いますよ」
「奥さんとはいまでも・・・いっしょに暮しているの?」
「夫たるもの、寛大でなければなりませんからね」
「なるほど」
彼は苦笑して、わたしに握手を求めてきた。
「こちらとは打ち解けるのに時間がかかりそうだが・・・あんたは子供たちの好い遊び相手になってくれそうですな」

理性もろとも前身の血を吸い取られてでくの坊のようになった夫は、夫婦のベッドで自分以外の男を相手にしている妻を目の当たりに、ただ苦笑いをしているよりなかったのだろう。
覚え始めた血の味を確かめるため、首のつけ根に滴る血潮を、時折指先で舐め取りながら。
昼間はお紅茶を淹れた客人のために、もっと濃い赤い液体を気前よくご馳走する妻の裸体を、ただの男としてたんのうしてしまったはず。
けれども賢明な夫なら、おそらく彼女となんらかの折り合いをつけて、それ以上子供たちを泣かせるような行動はとらないはずだった。

帰り際。
トニーは脱いだハイソックスを片方だけぶら提げて、「記念に」といって、わたしの掌に押しつけた。
「穴のあいたやつだけど。もう片方は、ボクなくさずに持っているから」
ミーナも兄に倣って、白のタイツを片方、わたしのまえにぶら提げた。
ふくらはぎのあたりに赤黒いシミがついているのを、父親も、遅れて顔を出した母親も、見て見ぬふりを決め込んでいる。
「子供たちの遊び相手になってくれるらしいよ」
さっきと同じことを、夫は妻を顧みて言い、妻もまた「よろしく」と、短いながらも気持ちのこもった会釈を投げてきた。

「けっきょくあんたの、独り勝ちか」
さっきまでの尊大な態度をかなぐり捨てて、やつはげんなりとした顔をしてそういった。
「わざとそうしてくれたんだろう?」
やつはくすぐったそうに、笑っただけだった。
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