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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

どっちでも、いいよ。

2013年04月06日(Sat) 09:37:14

俺たち夫婦が吸血鬼に襲われたのは、新婚旅行先のホテルだった。
「新婚旅行は、ヨーロッパがいい!」
そういうナオミのために、会社に無理を言って長期の休暇をもらっていた。
永い休暇になるかもしれない・・・などとは、俺は思ってもいなかった。

特定の国や地名は事情があるので伏せておくが、
とあるひなびた街にとった宿は、想像していたよりもずっと古くさかった。
ベッドだけは新しく、シーツもきれいで、そこだけがピカピカしている感じだった。

お互いが初めての異性同士。それも、初夜がほんとうの意味での”初夜”だったという、
いまどき珍しいほど、オクテなカップルだった。
シャワーを浴びて疲れをほぐすと、俺たちはさっそくベッドに転がり込んだ。
ナオミは、真っ白なキャミソールだけを身に着けて。俺はそのままの格好で―――

どれほどの刻が過ぎただろうか。
交わし合った熱情が虚脱とまどろみにすり替わって、
俺たちはいつの間にか、うとうととしていた。
目が覚めたときには部屋は真っ暗で―――どちらも灯りを消した覚えはなかったのに―――だしぬけにのしかかってきた重圧に、ほとんど同時に、声をあげていた。
ぐいぐいとのしかかってくるのは、若い女の呼気だった。
え?なに?なに・・・?
訳も分からずうろたえているスキに首すじをがぶりとやられて、
灼けるような疼痛とともになま温かい血がしたたるのを感じて、俺は初めてなにをされているのかを理解した。
ナオミも同じ運命だった。
キャッ!とひと声叫ぶと、俺の名前を呼び、それが届かないことを知って絶望の呻きをあげた。
息荒く必死に抵抗するのが、気配でわかった。
俺も同じことを試みていたから。
ふたりはべつべつに、自分にのしかかってくる相手に、独力で抵抗しなければならなかった。
けれども相手の力は強く、傷口から唇をひき離すこともできず、
失血も手伝って、抵抗はじょじょに緩慢になってゆく。自分の意思とは裏腹に。
どうやら徒労におわりそうだ・・・そう思わざるを得なかった。
どちらからともなく、俺たちは互いに手を差し伸べあっていた。
ナオミの掌は、すでに冷たくなりかかっていた。
相手の吸血鬼は男で、俺よりも頭ひとつは長身だった。
小柄なナオミには、負担が重すぎたのだろう。
それでも俺がギュッと手を握ってやると、だいじょうぶ・・・というように、握り返してきた。
切ない力の込めかたがいとおしくて、
握った掌をちょっと離すと、手の甲を、手首を、なだめるように撫でさすっていた。
そう。俺たちはもう、抵抗をあきらめていた。

少しばかり感じた痛みはすぐに和らいで、
むず痒い疼きに戸惑いながら、どうすることもできなくなって、
互いに互いを掌で慰め合いながら・・・いつの間にか、夢中になっていた。

気がつくと、灯りがふたたび点けられていた。
すでに三時をまわっていた。
申し遅れたが・・・と、男のほうが名前を名乗り、事情を手短かに話してくれた。
低く圧し殺したような声色だった。
心の奥底に、じかに伝わってくるような声だった。
いま考えてみると、声など出していなかったのかもしれない。
俺もナオミも、まるで催眠術にでもかかったように、
むき出しの肩を並べて吸血鬼の男女と向かい合い、黙って耳を傾けていた。

男はエルコレと名乗った。本当の名前かどうか、わかったものではない。
それから相方を促すと、女吸血鬼はぶっきらぼうに「サンドラ。」とだけ、名乗った。
口を開いたついでのように、頬にべったりと貼りついた血のりを指で撫でて、ぺろりと舐めた。
しぐさが下品で、猥雑な感じがした。
ついさっきまで、俺の身体のなかをめぐっていた血だった。
無造作な仕草に、ナオミが声を殺した。

ふたりは夫婦で、いつ吸血鬼になったのかはすでに、記憶がないこと。
若い男女の生き血を求めて、長いことヨーロッパじゅうをさまよっていること。
ここ数か月は、生き血にありついていないこと。
だから、俺たち夫婦の血を吸い尽くそうと思っていること。
話の内容は、そんなことだった。

「死んじゃうんですか?あたしたち」
涙声のナオミが寄り添ってきて、ふたりの肩がかすかに触れ合った。
「せっかく結婚したのに・・・」
声を殺して、泣き伏した。
「お気の毒だが」男は婉曲に肯定した。
ただし・・・
え・・・?
問い返す俺に、
吸血鬼となって、生き続ける手はあるがね。
男は邪まな微笑を洩らした。

血を吸い尽くされたら、その晩のうちにお前たちは吸血鬼になる。
弔いも要らなければ、表面上いままでどおりに暮らしていくこともできる。
ただ・・・時おりこみあげてくる吸血衝動をこらえきれないだろうから、
そのときにはだれかを襲って、仲間を増やしていくことになる。
「仲間を増やすか、殺すかだ」
吸血鬼の言いぐさは、やはり残忍な日常を過ごしてきた男のものだった。
ほんとうは、生かしたまま血を吸いつづける方法もあるのだが、
数か月も血にありつけずにいた彼らに、そこまでの忍耐力は残されていない、と彼は告げた。

「どうする・・・?」
互いに顔を見合わせると。
ナオミの瞳は、意外なくらいに、澄んでいた。
涙目に、目じりを紅く染めながらも。
瞳にはいつものように、混じりけのない輝きがあった。
「どっちでも、いいよ。ケンジの好きなほうを択んで」
いつもの可愛い丸顔が、ほほ笑んでいた。
俺はナオミの手を握って、囁いた。
「いっしょに生きたい。生き続けたい」と。

ナオミが腕を伸ばして、女吸血鬼の頬を撫でた。
細くて白い腕が、俺の視界を横切った。
指先についた赤い液体をナオミは口に含んで、「おいしい」と、いった。
「おいしいよ、ケンジの血」
ナオミは、イタズラっぽく白い歯をみせた。
歯並びの良い、きれいな歯だった。
ピンク色の歯ぐきが、輝いて見えた。

俺は同じことを、男のほうの吸血鬼にした。
ナオミの身体から吸い取られた血潮が、薄っすらと指先を染める。
引き込まれるように口に含んだ指先は、たしかにうっとりとするような芳香を帯びていた。
ナオミが思い切ったように、いった。
「つづけよ。つづけてもらお」
もう、涙声ではなかった。

ダブルベッドのうえ、つなぎ合っていた手は、いちどだけ離れ離れになった。
ナオミにのしかかっていた吸血鬼が、男としてナオミに挑むのが、気配でわかった。
あれよあれよ・・・という間のことだった。
俺はふたりのあいだを隔てようと、片腕だけで抗った。
けれども、淫らな重圧は、俺のうえにも迫っていた。
自分自身の身体さえ、もうどうすることもできなかった。
女は俺の腰周りを抑えつけ、自分は馬乗りになって、
おそろしく扇情的な手つきで俺のペニスをしごくと、力ずくのようにして勃たせていた。
慣れたやり口らしい。これでいうことをきかない男はいない、という態度だった。
やけ火箸のように熱したペニスを手づかみに掴まえると、
開いた股間に押し当てるようにして、女は挿入を強いていた。
隣から「ウッ!」と声があがり、下腹にそそり立つ剛直な筋肉がナオミの局部を冒すのがわかった。
ナオミは、わななく口許からすすり泣きのようなものを洩らしたが、すぐに泣きやんだ。
さっきまで俺の掌を握り締めていた腕が、相手の背中にまわるのが見えた。
ホホ・・・
女は嗤って、なおも腰を強く振りながら、俺に射精を強いていた。

ちゅう、ちゅう・・・
ごくっ・・・。ごくっ・・・。
若い血液が、まるで競い合うように、ふたりの身体から引き抜かれていった。
じつに旨そうな仕草と態度だった。
くり返し吸いつけられる唇に、俺は抗い、戸惑い、さいごに惑溺した。
相手が自分の血の味を気に入っていることに満足を覚え、誇らしい気分がした。
身体のなかをめぐる血潮を抜かれる感覚が、脳裏を染めた―――それは心地よく!
もっと吸え。いっぱい味わえ。愉しんでくれ・・・
妖しい想いが、理性を忘れた頭のなかを、ぐるぐると渦巻いた。
ナオミも同じようすだった。
俺の目を気にしてか、しきりにいやいやをくり返しては、それでもうなじをくり返し咬ませてしまい、
「あん・・・」
「いやん・・・」
と、俺にしかみせなかったはずの甘えるような声を洩らしつづけていた。

性的な抱擁の次には、ふたたび吸血の歓びが待ち受けていた―――明らかに、”歓び”にすり替わっていた。
ふたたび握りしめたナオミの掌は、さらに冷たくなっていたけれど。
だいじょうぶ。
そういうように、すがりつくように切なげに、握り返してきた。
窓の外が白みかけて、吸血鬼たちが去ったあと。
俺たちは明るくなるまで、愛し合った。
「許してね。忘れてね」
ナオミの呟きを聞くまいとして、俺はかたくなに口を閉ざして、
べつの男に踏み荒らされた楽園を取り戻そうと、躍起になっていた。


俺たちの血を吸い尽くすのに、けっきょく2晩かかった。
つぎの日も俺たちは、きのうとおなじように、新婚旅行先の観光を楽しんでいた。
夕べはなにごとも起こらなかったような顔をして。
いちどだけ、出し抜けにナオミに囁いた。
「当局に相談しよう。保護を求めるんだ」
「だめだよ」
ナオミは言下に、かぶりを振った。
「あのひとたち、どこにでも現れるよ。それに、もう約束しちゃったんだから」
いつものお人好しとばか正直さをまる出しにするナオミに、俺はそれ以上さからわなかった。
土産品店で俺は大き目のカメオを買い求め、ナオミの胸元につけてやった。
ナオミは銀の指輪を買って、俺の指にはめた。

宿泊先は大都市で、ホテルも大きくて新しかった。
俺たちは昨晩のようにシャワーを浴びて、ベッドに転がり込んで、明るい照明の下で、愛し合った。
真夜中を過ぎると、俺たちはもういちどシャワーを浴びて、どちらからいうともなく、スーツに着替えていた。
正式なディナーをとるために、用意してきたものだった。
ネクタイをギュッと締めた俺に近寄ると、ナオミは小柄な背筋を伸ばし、ワイシャツの一番上のボタンをはずして襟元をくつろげた。
ふふっ・・・と、イタズラっぽく笑うナオミは、いつものままのナオミだった。
純白のブラウスに、ピンク色のスカートのとり合わせが鮮やかだった。
スカートのすそからは、光沢のかかった白のストッキングが、眩く映えていた。

ラジオをかけると、甘い音楽が流れてきた。
ふたりで互いの肩を抱き合って、チーク・ダンスを踊った。
時おりおどけてキスをし合い、そのたびに笑い声がはじけた。
音楽が途切れると、ナオミはちょっと笑って、甘えるようにいった。
「電気、消そ」
ナオミに促されて、俺は枕元の照明だけを残して、部屋の隅の照明を切った。
ふたりともジャケットは脱いで、イスの背中にかけて、ベッドのうえに身を横たえた。
並んであお向けになったワイシャツ姿とブラウス姿のうえに、黒い影が漂って、それは人の形になった。
夕べの悪夢が、再来した。

きひひひひひっ。
女は下品な金切り声をあげて俺に抱きつくと、ネクタイを弛める手ももどかしく、俺の首すじに食いついた。
くふふふふふっ。
男はいやらしく笑い、ナオミの足許ににじり寄ると、すらりとしたふくらはぎに、唇を吸いつけた。
ピンクのタイトスカートの下、光沢入りのストッキングがふしだらによじれ、弛み、突き立てられた牙に踏み躙られていった。
正装をして最期の刻を過ごそうとした俺たちの気持ちを、彼らなりに汲んだつもりなのだろう。
純白のブラウスをみるみるうちにバラ色の飛沫に染めながら、ナオミは衣装もろとも辱められてゆき、
俺はブランドもののワイシャツがぬるぬるするのも忘れて、ナオミの見せる媚態に、焦れに焦れた。

ずるっ。じゅるっ。じゅるうっ・・・
生き血を啜る音は、夕べにもまして、露骨だった。
もう少し行儀よくできないものか・・・俺が苦言を呈すると、「黙っておれ」と、逆に叱られてしまった。
女も切羽詰ったような荒々しさで俺に迫ってきた。
夕べ突き立てた傷口をふたたび抉って、それは旨そうに、ひとの血をむさぼり啜った。
あっ・・・ウッ・・・
ナオミが悲鳴を洩らすたびに、俺は気が気ではなく、自分が失血を深めるのも忘れて、ナオミの手を握りつづけた。
やがて、ナオミの手が、俺の手から離れるときがきた。
女吸血鬼は、俺たちが手を離すのを待っていたらしい。
すぐに俺をかかえ込むように抱きすくめると、股間に手をやって、昨日と同じように強引なやり口で俺を昂ぶらせた。
俺が射精させられた瞬間、ナオミが声をあげた。
「あ、あ~っ!」
ナオミは、両手で顔を蔽っていた。
「いいッ・・・!」と言いかけてあわてて呑みこんだのを、俺は聞き逃すことができなかった。
けれどももうどうしようもなく、俺は女吸血鬼に射精しつづけていた。
貧血の眩暈を感じながら、どんよりと鈍磨した体内のどこにあれほどの精力が残っていたのか?
女は俺の身体じゅうの血をかき寄せるようにして、俺を勃たせつづけた。
傍らで肢をばたつかせてはしゃいでいるナオミに嫉妬しながら、
俺も夢中になって、べつの女を相手に四肢をもつれ合わせていった。

さきに血を吸い尽くされてしまったのは、ナオミのほうだった。
無理もなかった。
ただでさえ小柄で、華奢な身体つきで、
自分よりも頭ふたつ分は大きい身体に抱きすくめられて、
貪婪な食欲をあらわにされていったのだから。
肌を鉛色にして動かなくなったナオミの姿に、俺は悔し泣きに泣いた。
「俺の血も、はやく全部吸い取ってくれ。ナオミと同じ身体にしてくれ」
男の吸血鬼は黙って頷くと、俺の首すじを離そうとしない妻をしり目に、俺の太ももに食いついた。
ちゅうっ。
これが・・・ナオミの肌を吸った唇か・・・
男のものとは思われない柔らかさを帯びた唇が、ヒルのように吸いついて、
鋭利な牙が皮膚の奥へと埋め込まれると、小気味の良い手際のよさで血管を断ち、
あふれる血潮を容赦なくむしり取ってゆく。
つけられた傷口には妖しい疼きがジンジンと沁みてきて、
それは女吸血鬼のもたらすよりもさらに濃厚な誘惑となって、俺の脳裏を狂わせた。
こんな手口で・・・ナオミのことを・・・
呪いの言葉は、もう声にはならなかった。
意識がウットリと遠のくのを感じ、ザワザワとした幻聴が鼓膜を浸す。
それは、結婚披露宴で包まれた拍手の記憶だったのか。すべてを捧げ尽くしたものに贈られる、異形のものたちからの祝福だったのか・・・


飛行機を降り、カートを転がしながら、俺とナオミは冗談を交わし合いながら、空港の長い通路を歩いていた。
ふたりとも、膚の色が褪せた鉛色に変わっていた。
けれどもその変化はかすかなもので、はた目には言われないとそれと判別できないていどのものだった。
お互い顔を見合わせるたびに、互いの首すじについたかすかな痕跡に目が行った。
綺麗にふたつ並んだ、かすかに浮いた赤黒い痣―――そこから抜き取られた血液の量が半端じゃなかったとは、とても思えないほど目だたなくなっていたけれど。
かすかな斑点はほろ苦い嫉妬の記憶につながって、
彼女の一部があの男に支配されてしまったことを、いやがうえにも自覚させてくれた。
けれどももう、ベッドのうえで流した悔し泣きの涙は、ほぼ忘れかけていた。
「ボクたちには、新しい生活が待っているんだね?」
俺の問いかけに、吸血鬼は黙って頷いた。頷きの強さが、俺たちに選択を誤らなかったという確信を与えていた。
新婚旅行帰りの幸せなカップルからすこし離れて、白人の夫婦がひっそりと歩みを進めてくる。
つかず離れずの歩みを、俺は時折チラチラと窺っていたが、道に迷うようすもなく、彼らはまっしぐらにあとを尾(つ)いてきた。
生き血を求めるすべを知らない俺たちのために、吸血鬼の夫婦は行を共にすることになったのだ。
あるいはあちらが住みにくくなって、適当なカップルを探していたのかもしれない。

並んで歩くナオミは、そんなことは全く気づいていないようだった。
もしかしたら、そもそも彼らの存在を、そんなに気にかけていなかったのかもしれない。
「ケンジといっしょなら、どこ行ってもいいよ」
裏表のない笑顔が、眩しかった。
夕べのベッドのうえ、俺の真横であれほど乱れたナオミが、偽らざる彼女自身だとしても、
いまこうして変わらぬ愛を誓ってくれているナオミもまた、真実の彼女自身だった。
出発便のロビーを大またに闊歩したナオミの足許は、
思わず俺が「眩しいぞ」とからかったくらいどぎつい光沢を帯びたストッキングに、その輪郭をきわだたせていた。
「えっ?いいじゃない。ケンジこういうの好きでしょっ?」
ナオミは俺の言いぐさにはしゃいで、テカテカと光る足許をわざとのように見せびらかしていた。
到着便のロビーに歩みを進める彼女の足取りはしっかりしていたけれど、
ピチピチとはずんだ生気は、もはやそこにはなかった。
薄いナイロン生地の光沢に包まれたふくらはぎは、色あせた皮膚に蔽われている。
「ナオミをもっと、ピチピチとさせなきゃな」
すっかり顔色の良くなった後ろのカップルを心のなかで睨むと、
俺はナオミの手を引いて、足早にタクシー乗り場へと向かっていった。
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