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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

姉ちゃん、気分悪いのか?

2013年05月13日(Mon) 06:16:00

この街には、なん人もいるってきいていた。
夕方から夜明けにかけては、ふつうに出没するともきいていた。
近所にあるあの奥行きのある公園とか、出入りしては危ないスポットがあるときいていた。
そういう場所を避けて通れば、だいたい平気・・・ともきいていた。

けれどもまさか、まさかあたしが出くわすなんて、思ってもみなかった!

「ゴメン、みゆき。きょうはあたし用事があるから、ここでバイバイするねっ☆」
親友のマミが、かざした小手を振ってあたしに背中をみせたのは。
その、例の、いつもの道とは三本向こうにあるはずの、あの公園の入り口だった。
マミはもう、あたしのことなんか振り返らずに、いちもくさんに奥へ奥へと駈けていった。
白のハイソックスの足許を、紺のチェック柄のスカートのすそを、踊るように揺らしながら。

早く帰んなくちゃ。
ヤバい場所から一刻も早く逃れようと、行き先にむけて顔を向けたその時だった。
目の前の彼は、とても険悪な視線を、白ブラウスの制服を着たあたしの両肩に、ぐさりと突き刺してきた。
だれなのか。どういうことをするひとなのか。そしてあたしを、どうするつもりなのか。
一瞬で、わかってしまった。
「姉ちゃん、気分わるいのか?」
柄の悪そうな声を投げてきたその兄(あん)ちゃんは、両手で隠そうとしたあたしの顔を、覗き込むようにして近寄ってくる。
声色は、そんなに怖い感じじゃなかった。あたしの具合を、ほんとうに心配している口ぶりだった。
けれども彼は、あたしのいちばん耳にしたくないことを、こともなげに口にした。
「あんた、俺があんたになにをしたいか、察しがついているようだな」
って。

ギュウッと掴まえられた二の腕が、痛い。
不自然なくらい足早に歩かされて、いったいあたしをどこへ連れて行こうというのだろう?
歩みを急がせる白のハイソックスの両脚が、雨降りのあとの公園の地面に、呪わしく映えた。
マミもこのあたりに、いるんだろうか?
助けを呼んでもムダ・・・それはすぐにわかっていた。
ベンチに腰掛け寄り添う女の子は、だれもが相手の男に、首すじを吸われていた。

死なせない。仲間にもしない。約束する。
ああ・・・念のため。仲間にしないってことは、あんたが吸血鬼にならないってことだから。

男はぶっきら棒にそういうと、やおらあたしに、のしかかってきた。

ああああああ!

がくがくぶるぶる。
こわばって逃げることを忘れた脚は、ベンチからすべり落ちまいとして、むやみと地面に踏ん張っていて。
痛いほど強く吸いつけられた唇に含んだ異物が、とげとげしく、皮膚を引っ掻いて。
ホチキスの針でも刺さるような無神経な痛みを、うなじにもぐり込ませてきた。
じわあ・・・っ、と、滲むなま温かい血が。吸いつけられた唇の奥へと、啜り込まれていった。

眩暈。眩暈。め・ま・い。
あたしはぼう然となって、頭上の新緑を見あげながら。
引っつかまれた両肩をベンチの背中に抑えつけられたまま、じわじわと血液を、抜かれていった。


男はあたしを放すと、軽く肩をはずませていた。
あたしはもっと、肩を上下させていた。
目のまえをよぎる闇のようなめまいに、両手で顔を蔽っていた。
「だいじょうぶか?」
男のいたわり文句は、気分悪いのか?って訊いてきたときよりも、親身にきこえた。
「だいじょうぶ。平気」
あたしは、強がってみせた。
ほんとうは、きつかった。きつかった以上に、羞ずかしかった。
自分の奥底を見られてしまったような、たいせつなものをおもちゃにされちゃったみたいな、すごい不快感。
けれども男は、あたしの気分をあっさりとスルーした。
「じゃあ、悪りぃが、も少しもらうぜ」
彼はあたしの足許にかがみ込むと、白のハイソックスのうえから、ふくらはぎに唇を吸いつけた。
足許をきりっと引き締めたナイロン生地に、薄気味の悪いよだれがなま温かくしみ込んでくるのは、
雨あがりのベンチに濡れたスカートよりも、居心地がわるかった。


ちゅうっ、ちゅうっ、ちゅーっ。
他愛ない音をなん度も洩らしながら。あたしの血は、男の喉の奥へと、吸い取られていった。
待って。待って。待って・・・
意識を泥沼の底に引きずり込まれてしまいそうな感覚に、あたしは戸惑い、
うわ言のように、「待って、待って」と、くり返していた。


「今夜じゅうに、だれかの血を吸わないと、灰になるところだった」
あたしの耳たぶを、男の呼気がなま温かくかすめた。
初めて弱みを見せる口調だった。
「そうなの・・・?」
相手が吸血鬼なのも忘れて、あたしは男の目を見た。
うつろな目に、恐怖のようなものを見出すと、男はいった。
「俺だって、死ぬのが怖いんだ。だから、あんたが死ぬのが怖いのも、よくわかる」
「そう」
乱れたスカートのすそをさりげなく戻すと、ずり落ちたハイソックスをひざ小僧の下まで引き伸ばす。
ハイソックスの真っ白な生地に、あたしの血が、赤黒くべっとりと、貼りついていた。
「ひどい」
あたしの目が、怒りに燃えた。
ひとの血をもてあそんだうえに、ハイソックスまでこんなに汚しちゃうなんて、あんまりだ。
男はあたしの態度からさりげなく目をそらし、「歩けるか」とだけ、訊いた。
「きょうはもう、だれにも襲われたりしないよ」
あからさまに撥ねた痕跡が、ほかの魔をさけるのだということを、あたしはだいぶあとになってから知った。
「帰んな。母さん心配するぞ」
男はそう言い捨てると、革ジャンの背中を向けた。
とぼとぼと歩み去って小さくなってゆく後ろ姿は、ひどく縮こまっていて、むしろみじめそうにみえた。


家にたどり着くまで。
なま温かく染まった足許に、すれ違う人が目をやらないかと、ずいぶんとヒヤヒヤした。
けれども夜道を足早に家路をたどる人たちは、意外なくらい無関心で。
気がつくともう、まだ灯りの点いていない家が、すぐそこにあった。
母さん今夜は遅いんだった。食事も自分で作らなくちゃいけない。
そんなことを、思い出していた。

下着を自分で洗う習慣にしていたのを、つくづくよかったと思った。
スカートの泥は、濡れたタオルで拭っただけで、きれいに取れた。
血で汚れたハイソックスは別に洗って、あたしの部屋に陰干しにした。
意外なことに。
パンティが、ぐっしょりと、濡れそぼっていた。
お尻の憩後地の悪さの正体を知ったとき。
ふくらはぎに残るズキズキとした疼痛が、ひどくしっくりと皮膚の奥まで染み入ってくることに、
あたしは戸惑い、心の奥底まで、疼かせてしまっていた。



再びその男に遭ったのは、つぎの日の学校帰りだった。
「昼間もいるの、あなた」
びっくりして大きな声をあげたあたしに、男は苦笑を泛べると、
早くも後じさりして背中にコンクリートの塀を背負い込んだあたしに手を振って、それ以上近づいてこなかった。
「そんなに年中は、やらないよ。あんたにも悪いから」
眉の間に滲ませていた険悪な色合いは、どこかに消えていた。
「でも灰になっちゃうんでしょ」
あたしは口早にいった。こいつと話しているところをだれかに視られるのが、怖かったから。
「ひと月に3度はしないとね」
男は物騒なことを口にしたけれど、あたしは自然に受け止めて、「3度なんだね」とくり返した。
「意外に少ないんだね」とも、、つけ加えた。
男は黙って、手を差し出した。なにかをよこせ、というように。
鞄のなかみを当てられた気がして、思わずビクッとする。
捨てるつもりで持ち歩いていたのは、夕べ咬み破られた白のハイソックス。
紙包みにくるんだそれを手渡してしまうと、「イタズラしないで頂戴ね」。
憎まれ口に、潔癖な色を表に滲ませて、ちょっと気色ばんでいた。
男はあたしを冷やかすでもなく、かといって礼を言うでもなく、相変わらずうっそりとしていた。
「連絡の取り方がわからない」
「まだ、つきまとうつもり!?」
「嫌なら、無理じいするつもりはない」
「じゃ、あたしから行く。住所教えなさい」
居所を知られたがらないだろうと思っていたのに、男は案外あっさりと、自分の居場所を口にしていた。


街はずれの古い洋館。
枯れかけたツタに蔽われた壁がレンガ造りだというのが、かろうじて見て取れる。
ふだん通る道とはすこし離れたところにあるのに、あまりにウッソウとしたその佇まいには見覚えができていて、
あたしたちの仲間うちでは、「お化け屋敷」って、呼んでいた。
まさかその「お化け屋敷」に、そこの正体が文字通り「お化け屋敷」だとわかってしまったというのに、
数日後、あたしは制服のスカートを、その家の門前でそよがせていた。

「お入り」だれかにそう言われたような気がして、門扉のない門を通ると、重々しい木の扉のドアノブに手をかけた。
ドアは施錠されてなく、かんたんに開いた。
「入んなさい」
こんどはほんとうに、声がした。
声は、右奥にちょっと入ったところの、ドアの開いた広間から響いていた。
あたしが部屋のなかに入ると、男はいちばん奥のソファで足組みをして、あたしの制服姿に目を細めていた。
「咬まれたくて履いてきたわけじゃないからね」
紺のハイソックスの足許にかがみ込んでくる男から目をそらしてあたしがいうと、
「わかってる。お嬢さん。あんたの厚意に感謝する」
男はめずらしく殊勝なことをいうと、ハイソックスのふくらはぎに、唾液を滲ませてきた。
さいしょ、男はあたしのハイソックスをずり降ろそうとしたのだけれど。
あたしのほうから、咬んでもいいって、告げていた。

ちゅう、ちゅう、きゅう、きゅう・・・
ひとをこばかにしたような音をたてて、吸い上げられ呑み込まれてゆくあたしの血―――
痛いほどギュウッと握り締められた足首に、すがりつくような甘えを感じたことに、あたしはちょっと満足していた。
卒業は、再来年の春。
それまでに、なん足破られちゃうんだろ。
思わず口に出したあたしに、男はさりげなく応えてくる。
十足破るころには、あんたは俺の女になっている。

「女になる」

どきりとした。
とっさにすくめた足許で、男はあたしの反応を察した。
けれども男は意地悪にも、あたしの反応には知らん顔をして、
こんどはもう片方のふくらはぎにも、よだれをべっとりとなすりつけてくる。
「下品なまねしないで」
あたしが顔を、しかめると。
「迷惑なんだろ?我慢してくれることに感謝している」
男は淡々とそういうと、なおもあたしのハイソックスに、よだれをべっとりと、なすりつけてくる。
それが愛情表現なのだとわかると、「すごく迷惑」。
あたしはわざと、必要以上に口を尖らせていた。
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