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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

早朝、制服のスカートを揺らして・・・

2013年05月13日(Mon) 06:48:13

この街の夜明けは、ゴーストタウン。
整った街並みは、ほんとうに人けがなくて。
そらぞらしいほど透明な空気のなかで、眠りこけている。
昼間だって、眠っているような街だった。
そして此処に移り住んで来てひと月経ったころには、そんな街の日常にも、慣れ始めてきた。

朝の四時に目を覚ますと。
やおら起き上がって、外に人通りのないことを確かめて。
袖を通すブラウスは、数時間後出勤していくときに着るワイシャツとは、釦が逆についていて。
その上にかぶる紺のベストはいいとして、さらにそのうえに羽織るブレザーも、おなじことだった。
腰に巻きつけるスカートの下、むき出しの脚を空々しい冷気がよぎる。
スカートの色とおなじ、グレーのハイソックスを、ひざ小僧の下までぐーんと引き伸ばすと・・・本物の女の子になった気分になる。
ロングヘアのウィッグはさいしょ、暑苦しい気がしたけれど。
頬を撫でるようにかぶさってくる髪が、カムフラージュ以上の快感を伴ってきたのは、案外すぐのことだった。
手に取る学生鞄は、実家から持ち出してきたお古。
鏡のまえでひもタイを締めながら、学ランのころは学校に行くために着替えるということがとても苦痛だったことを、ほろ苦く思い出している。

通りに出ると、遠くに人影をみとめて、はっとなる。
けれどもそれも、だいぶ慣れた。
この街の人たちは、他人のライフスタイルに、関心をもたないものらしい。
古くから住んでいる住人は、よそ者のことを相手にしないのかもしれなかった。
わたしは学生鞄をゆったり揺らして、街をそよそよと吹き抜けてゆく風に、スカートのすそを揺らしていく。
暑すぎず肌寒くもない風が、スカートをふぁさっとそよがせて、内またにまで入り込んでくるのさえ、ひどく心地のよいものだった。

―――ああ、平気平気。あんた都会からきた人でしょう?けっこういるから。そういうひと。
目があったときには至近距離まで来ていたその老人は、枯れかけた声でそういった。
―――あ・・・はあ。すみません。
間抜けなあいさつを返してへどもどするわたしを、老人は、淡々とした応対で、さりげなく救ってゆく。
―――あんたの事務所の窓際にいる女の人たち、あれ本当は男なんだよ。
―――え・・・?
―――だからあんたも、全然平気。
目じりに寄った皺が、愉しそうに、というよりは、好色そうなものをよぎらせていた。


人に視られたすぐあとに、何食わぬ顔をして職場に入るのは、ちょっと後ろめたい気分がしたけれど。
事務所の面々は、わたしが入ってきたことにさえ関心がない様子で、すでに執務に取りかかっていた。
席の空いているなん人かは、もう外商に出てしまっているらしい。
さりげなく、窓際の席に目をやった。
その席はかなり離れていて、特段用もなかったこともあって、足を向けたのは着任のあいさつのときだけだった。
妙に静かなひとたちだな。
そのときにはそう感じただけだったけれど。
作りつけたようなヘアスタイルに、不自然なくらいに濃いアイラインの理由が、いまになってみるとよくわかる。
―――気になりますか。いちど試しに、あちらにいらしてみたら、どうです?
ふと耳もとでささやかれた声にぎくりとしてふり返ると、同僚の岩原が、いつもの無表情な白皙に、かすかな親しみを滲ませていた。
―――戻ってくることも、もちろんできますからね。
そう言い捨てて背中をみせると、もうそれっきりだった。
―――あ・・・
声をかけようにも、とりつくしまもないようすだった。
異変がおきたのは、その晩のことだった。


いつもの公園。
そこでわたしは、グレーのプリーツスカートを揺らしながら歩いていた。
ひざ小僧のすぐ下までグンと伸ばした白のハイソックスが、暗い砂地に映えるのを、目で愉しみながら。
なにをするでもなく、ほどほどに散歩をして、人目につかないようにアパートに戻る・・・はずだった。
ところが、ひとつしかない公園の入り口から入ってきたその人影は、有無を言わせずこちらへと、距離を詰めてきた。
―――逃げることないです。羞ずかしいのはあなたじゃない。私のほうだ・・・
その声が先日の早朝に行き会った老人のものだと気付いた時には、わたしは声の主に制服姿を抱きすくめられていた。
うなじに貼りつけられた唇に痛いほど吸われた皮膚に、尖った異物が食い込んできた。

ちゅうっ・・・

だれが羞ずかしくて、だれが羞ずかしくないのだろう?
ぼう然としたわたしは、自問をくり返すばかりだった。
ベンチの背もたれに身をゆだねるわたしは、さっき首すじに沁み込まされた疼痛を、足許にも刺し込まれていくのを、もうどうすることもできなくなっていた。
じりじりとずり落ちてゆく白のハイソックスに、なま温かいシミが拡がってゆくのが、なぜかむしょうに小気味よかった。

この街で献血を希望する男は、女の格好をして、街を歩くんです。
はからずも、趣味の相性が合ったのだろうね。
老人はそう、独り決めを決め込むと。
ふたたび、いやおうなく、わたしの首すじに牙を突きたててきた。
わたしはもう、避ける意思も喪ったまま。
ずぶり!と食い込んでくる切っ先に、ひそかに胸を躍らせていた。

「おはよう」「おはようございます」
こもごもに交わされる、朝の挨拶の声をかいくぐって。
わたしは靴音を響かせて、事務所に脚を踏み入れる。
スラックスの代わりに、ミニのタイトスカート。
光沢の浮いた肌色のストッキングを穿くために、夕べは遅くまでかかって、脚の手入れをしていた。
いつもの席には目もくれずに、わたしは窓際の机の一群をめざしていく。
それをだれもが、止めようとはしない。
「おはよう」「ああ、おはよう」
―――席、ここでいいですか・・・?
上目遣いに尋ねるわたしは、ちょっとだけ気遣わしい表情をあらわにしたけれど。
必要以上に濃すぎるアイラインの主は、甘ったるい笑みにロングヘアのウィッグを揺らし、無言で応えてくる。
きょうから女として、この事務所に勤務する。
いま始まったばかりの、わたしにとっての新しい時代を祝福するように、窓辺の梢で新緑が揺れていた。
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