FC2ブログ

妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

マネージャーの責任感

2013年10月21日(Mon) 20:53:45

「アッ!ちょっと!やめてくださいッ!」
23歳のOL中延安奈は、背後から抱きついてきた戸村を突き飛ばそうとしたが、
首すじに這わされた唇を取り除けあぐねて、「あうううっ・・・」とうめき声をあげた。
ちゅう・・・っ
血を吸い上げる音が、オフィスの廊下に忍びやかに洩れるが、だれもが見て見ないふりをしている。
おひざを突いてしまったら、穿いているストッキングをびりびりと破いてしまってもいい。
数は少ないながらも吸血鬼を社員に含むこのオフィスでは、そういう暗黙のルールになっていた。
そしてまさに、戸村にしてみれば、安奈の足許をぎらつかせている光沢たっぷりのストッキングが、お目当てだったのである。

バシッ!!

思わぬ方向からの平手打ちに、目がくらんだ。
頬を抑えて振り向いた目線の先に、橋詰雅子の怒色あらわな視線が、もろにぶつかってきた。
「若い子をそうやって襲うのは、やめなさい!」
雅子は戸村の、直接の上司に当たる。
三十過ぎの未婚。いわゆる、「お局さま」になりかけのベテランだ。
「だって・・・」
雅子の血を吸おうとおずおずと申し出て、手きびしく撥ねつけられたことがあった。
そのことを口にしようとしたら、相手もそれは通じたらしい。
「ああ、そうだったわね。でもあたし、侮辱されるのは許せないから」
「死ねっていうんですか・・・」
「そうはいわないけど」
ちょっと口ごもったのは、雅子の生まじめさゆえだろう。
相手がだれであれ、反駁は理路整然としていないと気が済まないたちらしい。
吸血鬼社員たちによる真っ昼間からの不埒なやり口を真っ向から否定する雅子だったが、
さすがに生存権まで冒すようなことまで口にするつもりはないらしい。
「侮辱しなければ・・・いいんじゃない?」
それが難しいんだから・・・
言いかけた言葉を呑み込んだ戸村は、不承不承にその場を立ち去るしかなかった。

喉が渇いた。
喉が渇いた。
きょうじゅうに、なんとかしなければ・・・

来る日も来る日も、だれからも拒絶されるようになったのは。
周囲の女性社員がことごとく雅子の部下で、雅子が戸村をどうあしらったのかはその日のうちに彼女たちの間に広まってしまっていた。
だれもが、戸村の求めをあからさまに拒むようになっていた。

木曜日。
週末までだれの血も吸うことができなければ、いよいよ灰だ。
けれども、女性社員から吸血してもいいことになっている反面、たとえば見ず知らずの通りがかりの人間を襲うことは、社則上禁止されているのだった。
こうなったのも、すべては橋詰マネージャーのせいなのだ。
責任とってもらいますよ。マネージャー・・・
廊下に響くハイヒールの足音の背後を、戸村はぴったり寄り添うように尾(つ)けていった。

「あっ!ちょっと!何するのよッ!?」
果たして雅子は激しく抵抗して、戸村を振り切ろうとした。
ここで振り切られては、あとがない。
なん日も生き血にありついていない戸村の体力は、ほぼ限界に達していたが、それでもしょせんは女と男。
食いついたうなじは、小気味よい咬みごたえがした。

ちゅうっ、ちゅうっ、ちゅうっ・・・
ざまあ見ろ。この腕を振りほどけるものなら、やってみろ。もうできないだろう・・・?
力ずくで抱きすくめた身体が、しだいしだいに力を失ってゆく。
それにつれて戸村の猿臂はますます力を得て、意外に小柄な女の身体を、ギュウッと抱きすくめていった。
おひざを突いたら、きみの負け。その肌色のストッキング、びりびりにしてやるからな。
「侮辱だけは・・・厭・・・っ」
いよいよおひざを突いてしまうと、廊下の床に伸べられたふくらはぎに、戸村は嬉しげに唇を吸いつけていた。
「恥知らずッ!」
なんと罵られようが構わない。あんたの息のかかった女どもの身代わりを、きょうこそ引き受けてもらうんだからな。
舌をふるいつけた薄手のナイロン生地が、かすかに皺を波打たせる。
しなやかな舐め心地が、男の舌をよぎった。

「ちょっと待って・・・ひとこと言わせて・・・」
なにを?と思い、ふと唇を放すと。
雅子はぜいぜいと息を喘がせていて、いまの制止のひと声が精いっぱいだったことを、自分の態度で白状している。
「あしたの会議・・・」
「会議って。マネージャー明日有給じゃないですか!」
思わず仕事モードの口調になっている。
「そんなのキャンセルよ。どうしても出てくれって言われて・・・」
上役たちは、自分の都合で、平気で残業を強いたりひとから休みを取り上げたりする。
吸血鬼とどっちが悪い?
思わず自問したことさえ、しばしばだった。

したたかに血を吸い取られた雅子の顔は、蒼い。
あしたの会議に出るということは、きょうだって結局、大残業するつもりだったのだろう。
戸村はもう一度、雅子の首すじに唇を這わせた。
「くう・・・っ!」
後輩社員のしつような吸血を予想して、雅子は悔しげに眉を吊り上げたが、なにかがちがった。
彼女の頬は血色を取り戻し、喪われかけた気力がふたたびみなぎりはじめる。
「どういうことなの?」
戸村は答えない。
「血を戻してくれたの?」
和らいだ口調に、かろうじて応えることができた。
「侮辱するつもりなんか・・・ないですから。だれに対しても」
「そう」
雅子はいつものようにそっけなく、後輩の声色を受け流す。
「デスクに戻るから」
朱の唇から整然と流れる表情のない声色が、戸村の耳に無機質に響いた。

会議の結果は、好調だったらしい。
雅子は上機嫌な顔つきで、子分の女子社員連中に缶コーヒーを配り歩いている。
「あっ、ありがとうございます!」
こないだ襲いそこねた安奈も、嬉しげな声をあげた。
だれもが雅子がきょう有給だったことを、思い出すものはいない。
「はい、あんたにも」
雅子は戸村に缶コーヒーを渡しかけて、「やっぱりやめた」と、缶を引っ込めた。
「こっちいらっしゃい」

オフィスの反対側の打ち合わせスペースで雅子と差向いになるときは、決まってお小言を頂戴するときだった。
「何かやりました・・・?」
あれ以来ほとんど言葉を交わしていない雅子に、これ以上落ち度をできようはずがない。
どこまで不当に叱られるのか?
戸村は蒼い顔にうんざりした感情を露骨によぎらせる。
「侮辱しないって言ったわよね?」
「・・・・・・いつも感謝しか、感じないですけど」
「伝わっていないわよ。そんなこと言ったって」
「そうですか・・・」
「伝わるように、やってみたら・・・?」
「え・・・?」
「練習相手になってあげる」
さりげなく差し伸べられた雅子の脚は、プレーンな色を好む彼女にしては珍しく黒のダイヤ柄のストッキングに包まれていた。
「こういうの、嫌い?」
礼なんか言うつもりないから。あんたみたいなのに借りを作ったら、あとで返すのがめんどうなだけだから・・・
口ごもりながらの言い訳。しかし、いかにも雅子らしい言い訳だった。

「侮辱だ。ぜったい、侮辱しているようにしか思えない」
「そんなこと・・・ないですって・・・」
しがみつくようにして抱きすくめた腕のなか、雅子はけんめいにいやいやをくり返す。
「伝わってこない。感謝の念なんか、ほんとはないんでしょう?」
詰問口調はしかし、いつものそれよりは柔らかだった。
「そんなこと、ありませんって・・・」
戸村の抗弁もまた、いつものような妍は感じられない。
慕い寄せる唇は素肌のうえを甘く這いずって、ちくりと突き刺す牙も、痛みを伝えまいという配慮に満ちていた。
雅子は「厭、厭・・・」と呻きながら足摺りをくり返し、そのたびに破れ落ちたストッキングが、ひらひらと虚空に揺れた。

「ローテーション作ったから。交代で相手させるから」
ぶっきら棒な口調が、戸村を許すと語っていた。
「その代わり・・・あたしに当たったときには、お小言覚悟しなさいよ」
雅子のデスクで盗み見た時間割。たしか週に3回は彼女自身の名前が書かれていたはず。
戸村は苦笑いをしながら、それでも「はい」と素直に応えて、何度目かの不埒な接吻を、彼女の首すじに加えていった。
前の記事
新興住宅街。
次の記事
夕暮れのカップル

コメント

コメントの投稿

(N)
(B)
(M)
(U)
(T)
(P)
(C)
管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
http://aoi18.blog37.fc2.com/tb.php/2979-cd26841e