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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

夫としてのプライド。

2013年11月04日(Mon) 13:25:00

目が覚めたときは、もう真夜中だった。
あたりは真っ暗だった。
寝室の照明をオフにしたのは、夜の九時過ぎくらいだっただろうか?
周囲の気配は、夫婦の寝室のなかとは思えないくらい、ひっそりとしている。
傍らに身を横たえているはずの妻の姿は、当然のように掻き消えていた。

やれやれ・・・
わたしは苦笑いを泛べ、身を起しかける。
そしてつぎの瞬間、喉を掻きむしるほどの狂おしい衝動にとらわれた。
首のつけ根のあたりが、じんじんと疼く。
疼きが音になって暗闇に響くか・・・と思うくらいの、激しさだった。
わたしは大の字になって、ふたたびベッドのうえに倒れ込み、
疼きの元である首すじを、強い力で抑えつけた。

ちょうどそこには、咬まれた痕がふたつ―――
つい先週つけられたばかりのものだった。
ふたつ綺麗に並んだ、縫い針を刺した程度のかすかな傷痕。
それが夜な夜な、疼きつづけて、眠りを妨げるのだった。
一夜明けての出勤をひかえ、必要となるはずの眠りを。

おなじ大きさ、間隔の歯形を・・・妻の智枝美もつけらえていた。
夫婦ながら、一夜にして、同じ咬み痕をつけられて・・・そして支配されてしまっていた。
妻はいまごろ、情夫の家に自ら出向いて。
わざわざ装ったよそ行きのスーツの肩先を血に浸しながら、うっとりとなっている時分だろうか。

血を吸われたい・・・
抗いがたい衝動のままに、わたしはベッドから跳ね起きて、着替えをはじめる。
あの夜以来植えつけられてしまった本能のままに、わたしは玄関のドアを開いた―――
初冬の冷気が、おおいかぶさるようにして、わたしを包む。


「やはり、ここでしたね」
わたしが語りかけたのは、抱き合っている男女の、男のほうだった。
妻はその男の腕の中、娼婦と化していた。
新調したばかりのブラウスにバラ色の斑点を散らして、惚けたように笑みつづけて。
焦点の合わない目を、わたしのほうにチラと向けただけだった。

「ご馳走になってるよ」
男はわたしの父くらいの年代だった。
しわくちゃな面相をいっそうくしゃくしゃにして、イタズラっぽく笑う。
邪気のない笑みだった。
無理もなかった。
彼にとっては、ただの食事に過ぎないのだから。


こんどのきみの赴任先・・・気をつけたまえ。吸血鬼が棲んでいるって、もっぱらの評判だから。
辞令をくれたもとの上司は、しゃくし定規で感情の消えた口調で、そうつけ加えただけだった。
俺も一年、いたんだよ。こっちから希望しない限り、めったなことはないってさ。
そのあと耳打ちしてくれた同期の彼に、お礼を言うべきなのかどうか・・・
あとで知ったことだが、夫人同伴で赴任した彼も、いまのわたしと同じ憂き目をみていたのだった。

この街に赴任する者は、家族を帯同することが義務づけられていたから。
結婚してまだ二年の妻を伴うのに、なんのためらいもなかった。
とはいえ、もちろん、妻の智枝美に事情を告げて用心させたのは言うまでもない。
それから、妻に執着する吸血鬼が現れて。
幾たびか、出し抜いたり、迫られかかったり・・・そんな知恵比べがつづいたあと。
赴任して三か月たったある晩、わたしたち夫婦は招かれたとある席で、
夫婦ながらワイシャツやブラウスをクリーニングに出す羽目になっていた。

妻を不名誉から守ろうとした努力について、彼女は心から感謝してくれている。
夫への操をさいごまで守ろうとした妻に、もちろんわたしも感謝を惜しんでいない。
「いっしょうけんめい、抵抗したんだものね」
「そうね。あなたも、必死に守ってくれたんだからね」
そう言い交わしながら、首すじにつけられた噛み痕の疼きを抑えながら、
夫婦連れだって、相手の男の家に向かって、知らず知らず、歩みを進めていた。


「クリーニング代です。取って頂けませんか」
男の言いぐさは、どこまでも慇懃だった。
慇懃無礼でもなく、妻を寝取られたわたしを蔑む色は欠片も感じられなかった。
妻を守り切れずに、血を吸い取られてしまった夫。
そのあと、男の衝動の赴くままに犯されてゆく妻を、目の当たりにさせられてしまった夫。
ささいな憐みも薄笑いも、きっと極度の侮辱としか受け取れなかったそのときの心裡状態にして、欠片もかんじられなかったのだから。
事実彼のいうように・・・感謝の念しか抱いていなかったのだろう。
差し出された茶封筒は、事前に用意されたものらしかった。
「十万・・・くらいかな」
あとで同僚が口にした金額どおりのものが、きっと入っていたに違いなかった。
彼はきっと、受け取ったのだろう。
わたしはあえて、それは受け取れませんからとだけ、応えていた。

妻を犯した男から、お金を受け取るということは。
妻の貞操を、金で譲り渡したのと同じことになる。
なぜか、そんな気がしてならなかったから。
「潔かったわ」
わたしが金を突き返したのを見ていた妻は、あとでわたしにそういった。

「潔かったわ」
妻がわたしを称賛するわけは、もうひとつあった。
なんどか首すじを抑えながら、夫婦で彼のもとを訪れる夜を過ごした後。
わたしは、妻が白昼独りで彼のところを訪れていると、ふとしたことから知ってしまった。
同僚の囁くままに、職場を抜け出して忍び込んだかの家の庭先―――
なまなましい喘ぎ声に、わたしは我を忘れて、思わず立ち上がってしまっていた。
その場でわたしは、妻と男との交際を認めてやり、「おめでとう」と祝福さえしてしまっていた。
妻に対する主導権は、あくまで夫が留保するもの。
そうしたわたしの考えに、男は当然のように肯定してくれた。
最愛の妻の貞操を夫に優先して愉しむ権利を、わたしは自分の意思で与えていた。


「家内ひとすじというわけでは、ないのですね」
つくった渋面が、思いがけないほど本心をわらわにしていた。
「ご負担をかけたくないのでね」
彼の食欲を支えるには、健常な成人男女が六、七人は必要なのだという。
そうとはいえ、最愛の家内が彼にとって最愛でないことに、わたしは憤りに似たものを感じていた。
「気持ちはよくわかるよ」
彼は慰めるように、わたしに言った。
「智枝美のときには念入りに、可愛がってやろう」
彼にそう言われたときの安堵と誇らしさは・・・いったいどういうことだったのだろう?

数か月後。
智枝美は初めての子を身ごもった。
ちょうど、夜の歓びを彼に独り占めさせているあいだのことだった。
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