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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

真っ赤なハイソックス

2014年01月03日(Fri) 13:23:25

吸血鬼に血を吸われたら、自分も吸血鬼になっちゃうの?

きっとそれは、だれからも訊かれるような、使い古された質問だったに違いない。
ボクが訊いたその相手は、たったいまボクの生き血を吸ったばかりの吸血鬼だったから。

そんなことはないね。

吸血鬼は、即座に答えてくれた。
吸い取ったばかりのボクの生き血を、まだ口許にチラチラと光らせながら。
男はパパよりもずっと年上の、冴えない顔色をした小父さんだった。
仲良くなってからはいつも「小父さん」と呼ぶようになっていたから、ここでも以後は小父さんと書くことにする。
たんに「吸血鬼」って書くと代名詞みたいだし、忌まわしさばかりが先に立つようなイメージがあるから。
小父さんはつづけて、こんなふうに説明してくれた。

小父さんがケンイチの血を吸ったからって、ケンイチはすぐに吸血鬼になるわけじゃない。
もちろん死ぬほど吸ってしまうと、そういう場合もあるけれど。
ただし血を吸われつづけていると、じぶんも無性に血を吸いたくなるようになるんだ。
わしほどではないが、多少の催眠技術も使えるようになるし、
籠絡した相手の生き血を、あるていどまで愉しむことができるようになる。
もっともふだんは普通の人間と変わりなく暮らすことになるし、
吸える血の量も、そんなに多くはない―――

そういうものなんだね。ありがとう。

ボクがお礼を言うと、小父さんはふたたびボクの首すじに唇を這わせて血を吸った。
チュウチュウと音を立てて、それは美味しそうに―――

けっきょくボクは、小父さんになん度も逢って、逢うたびに生き血を吸わせる関係になった。
生き血を吸い取られるあの切ない感覚が病みつきになってしまって、むしょうに愉しくなってしまったのだ。

わしはお前を、たぶらかしておるんじゃぞ。

小父さんはボクの耳もとでそう囁いたけれど。
そうするまえにかぶりついた首すじから撥ねた血で、もう唇を真っ赤に濡らした後だった。

わかっているさ。

ボクがつとめて冷然と応えて、小父さんの首を抱くと。
小父さんはそのまま、シャツをはだけたボクの胸元に牙を降ろしてきて、
心の臓ちかくの豊かにながれる血潮をゴブゴブと嚥(の)んでいった。

ボクの顔色は以前よりちょっぴり蒼ざめてきて、それでもふつうの人間のように暮らしていた。
血を吸い取られながら、いつかボクも、だれかの血を吸いたい・・・そんなふうに思いつづけていた。
血を吸いたい相手―――それはほかでもない、おなじクラスの相添朋子のことだった。

トモちゃん―――ふだんはそう呼んでいるから、ここでもそう書くことにする。
トモちゃんはそんなに美人じゃないけれど、クラス一のしっかり者で、いつも学級委員を務めていた。
気が強くてはっきりとものを言うので、ボクを始め男子たちもたじたじになることが多かったけど、
どういうわけかボクはそんなトモちゃんに、心のなかで惹かれはじめていた。
いつもやり込められている女の子を、へこましてやりたい。
さいしょはそんな、子供じみた感想に過ぎなかったかもしれないけれど。
トモちゃんが好んで履いている真っ赤なハイソックスを、生えかけた牙で噛んでやりたい・・・そんな衝動はきっと、それまでの仕返し願望とはべつのところから芽生えたものに違いなかった。

ボクはその願望を、むろんだれにも言わず黙っていたけれど。
小父さんは密かに、それを感じ取っていたらしい。

血を吸いたい女子が、いるんだろ?同じクラスの子かい?

彼がそう訊いてきたのは、初めてうちに来た時だった。

さいしょから、ママの生き血が目当てだった小父さんは、
突然の訪問を受けたママがうっとりとなっちゃって、まんまとうなじを噛ませちゃうと。
ママがじゅうたんの上に尻もちを突くまでチュウチュウと生き血を吸いつづけて、
唇を真っ赤に濡らしてしまっていた。
ボク以外の人の血で小父さんの唇がべっとり濡れるのを見たのは初めてだったし、
まさかボクの代わりにママの血が小父さんの唇を濡らすことになるなんて、夢にも思っていなかったけど。
どうやら小父さんはママの生き血が気に入ったらしく、
ママが気絶してしまってからもしばらくのあいだ、ママのワンピース姿の上に、覆いかぶさっていた。
ママの生き血をチュウチュウ美味しそうに吸い取っていく小父さんの満足そうな横顔を盗み見て、
どうやらママに叱られることはないだろうことにホッとしたボクは、
ママの生き血は及第点だったらしいことが無性にうれしく、誇らしい気分になっていた。

ボクもちょっぴりだけ、お相伴にあずかった。
もちろん人の血を吸うのは、初めてだった。
「身内の者の血のほうが、さいしょはなじむものだから」
小父さんに促されて初めて含んだ生き血は、ほんのりと暖かく、心の奥まで潤すような味わいだった。

若い子の血は、さらに美味いぞ。

小父さんはそそのかすように、ボクの横顔を窺ってくる。
どうしても、ボクの理想の相手がだれなのか、知りたいらしかった。

だれなのかちゃんと言わないと、わしが先に襲ってしまうかも知れないからな。

そこまで言われてしまうと、ばれるのももう、時間の問題だなって思えてきて、
ボクは相添朋子―――トモちゃんの名前を初めて口にした。

どんなところが気になるんだ?って訊かれたから。ありのままのことを答えていた。
しっかりしていて、気が強くて、なんとなく気になるんだ  って。
小父さんはくすぐったそうな含み笑いをしてボクを視、ボクの言い分が気に入った、というように強く頷き返してきた。
そして初めての人間を誘惑するときの手口を、ボクに手短かに説明してくれた。
どんな方法でするのか・・・それはここでは書けない。あくまで仲間内の秘密だから。


放課後ボクの誘いに応じて公園にやって来たトモちゃんは、タータンチェックのジャンパースカートに黒のトックリセーター、脚にはひざ小僧の上まで伸ばした黒の長靴下を履いていた。
「あー、ホントだ。紅葉綺麗だね。ケンイチこういうことはよく気がつくんだよなあ」
ほかのことには鈍感・・・そう言いたげな皮肉を裏に隠したような、いつもの毒舌だったけど。
トモちゃんはいつもの男言葉で、ひどく感心したようにあたりの木々を見あげていた。
ボクたちはそこでちょっとの間話し込み、そして術を使った。
目のまえで掌を2~3回ひらひらさせるような、他愛のない術に、しっかり者のはずのトモちゃんはいともあっさりと引っかかった。
とろんとなって姿勢を崩したトモちゃんのまえに小父さんが姿を現した。

独りでやれるか?

ウン、なんとかする。

人ひとりをさいしょから相手にするのはもちろん初めてだったけど。
ここで引いたら小父さんにもトモちゃんにもバカにされるような気がした。
ボクはぐったりとなったトモちゃんをベンチの上にあお向けに寝かせて、
首すじのあたりを懸命に、生えかけた牙で引っ掻きつづけていた。
あまり深くない擦り傷からバラ色の血がしずくとなってにじみ出てくるのに、数分はかかっていた。

初めて口にしたトモちゃんの血―――ママのよりもほんのりと淡い香りがするような気がした。
いちど味わってしまうと、あとはとめどがなかった。
ボクは女の子の首すじに初めてつけた傷口に夢中になってしゃぶりつき、蒼ざめるほど喪われたボク自身の血の穴埋めをするように、熱心にトモちゃんの血を求めつづけた。
気の強いトモちゃんも、目を瞑って気絶してしまえば、ただの従順な生き血の供給者に過ぎなかった。
小父さんはいつの間にか、姿を消していた。だれか別に、血をくれる人間のところに行ったに違いない。
もしかするとそれは、ボクのママかも知れなかったけど、そういう心配はさておいて、ボクは初めて味わう獲物に夢中になっていた。

もう。

トモちゃんはボクをにらんで、人差し指と中指とを揃えて、ボクのおでこを小突いた。
知らなかった・・・ケンイチって、吸血鬼だったんだ。
みすみす血を吸い取られてしまったことを悔やむように、トモちゃんは眉を寄せて、悔しそうに唇を噛んだ。
ボクが相手じゃ不服だったのか。そもそも血を吸われたのが気に食わなかったのか。
あたしも吸血鬼になっちゃう・・・トモちゃんは泣きそうな顔でそういった。
それはさいしょボクが抱いたのと、おなじ誤解だった。
ボクは手短かに、事情を説明する。
小父さんがボクにしたときほど手際のよい説明じゃなかったし、つっかえつっかえ、時々声がつんのめっての説明だったけど。
どうやらトモちゃんは、自分が吸血鬼にならないで済むとわかってくれたらしい。
それに、死ぬほど吸い尽くされてしまうわけではない・・・ということも。
けれども、それで彼女の舌鋒が鋭さを減じたわけではなかった。

紅葉じゃなくって、ほんとはあたしの血を吸うために呼び出したのね?

トモちゃんの顔に、卑怯者って書いてあるような気がした。
まっすぐな性格の彼女は、だますとか、逃げるとか、そういうことを何よりも嫌っていたのだ。

ごめん。

ボクはそういって、うなだれるしかなかった。
間髪を入れず目いっぱいの非難が襲いかかってくるのは、確実だった。
そうなる前に、ボクはぴしゃりと言っていた。

でも、きみの血が欲しかったんだから。他の誰でもいいわけじゃ、なかったから。

殴りつけるような語調に、トモちゃんは驚いたようにボクを見た。
気の弱い男子という、男の子としては全くありがたくない評価をボクに決めつけてしまっていた彼女にとって、
ボクは、いつもおどおどと口ごもっているのがお似合いなやつだったのだろう。

塾の前とかにこんなことされるのって、すっごく迷惑!

トモちゃんが口を尖らせた最大の理由は―――どうやら塾に遅れてしまうことにあったらしい。
これから、塾・・・?
 って訊くボクに。
十五分後に〇〇進学教室。いまから行ったってもう、遅刻だよ。
 トモちゃんはすでに、負けを自分自身に宣告している。
そんなことあるもんか。
 ボクはとっさに時計を見、ここには自転車で来たとトモちゃんに言った。
でも貧血で、授業どころじゃないだろう?
平気よ。
 答えは言下に、かえってきた。
服汚れてないし。
 そういって彼女は、トックリセーターの丸めた襟で、首すじのあたりを覆い隠した。

間一髪、塾には間に合った。
肩で息をしているボクに、トモちゃんは冷やかすように言った。

せっかくあたしから血を吸ったのに、もうエネルギー切れなんじゃない?

いつものぞんざいな口調だった。
けれどもそのあとに、彼女は耳を疑うようなひと言を、つけ加えてくれた。

8時過ぎにさっきの公園で待ってなさいよ。気が向いたら行ってあげるから。

なにかを言い返そうとするボクの言葉を、「授業始まるからっ」って、苦も無くさえぎって、彼女の姿はぼう然としているボクを残して、教室に消えた。


それ以来、トモちゃんとボクの付き合いが始まった。
学校のだれにも知られることはなかった。
だってトモちゃんは学校では相変わらず男子相手にも堂々としていて、気の弱いボクのことなんか鼻にも引っかけなかったのだから。
あの晩彼女は、約束通りふたたび公園にやってきて、ボクの願望のままに、黒のハイソックスのうえからふくらはぎを噛ませてくれた。

こんなことしたからって、あたしへこまされたりしないからね。

こちらの気持ちを見透かすように、そんなことを憎々しく口にしながらも、ハイソックスのふくらはぎにねっちりと噛みつくボクを励ますように、「もっとつよく噛んで!」と逆に命令口調になっていた。
お目当ての真っ赤なハイソックスも、女子高生みたいな紺のリブ柄のやつも、彼女は惜しげもなく脚をさらして、噛ませてくれた。
「貧血になりそう」とか、あからさまに文句を言いながら。


だいぶうまくやっているらしいな。
小父さんはひっそりと、ボクの傍らで囁いた。
彼との関係も、相変わらず続いていた。
ママの生き血だけでは不足だった小父さんは、パパとも仲良くなって。
たまの訪問のときにふたりが居合わせると、パパまでも、夫婦ながらの献血につき合わされる羽目になっていた。
血を吸う相手は最低でも数人は必要なのだという。
そうじゃないと、せっかく血をくれる人に負担をかけ過ぎてしまうからな。
表向きは冷やかな口調だったけれど、そのことを彼が案外苦にしていることを、ボクはなんとなく察していた。

小父さんはボクの履いているサッカーストッキングのうえから、ふくらはぎを噛んだ。
真新しい白い生地に、赤黒いシミがじんわりと滲み、拡がってゆく。
足許からキュウキュウと洩れる吸血の音と同じくらいにうっとりしながら、ボクはその眺めに見入っていた。
ボクがハイソックスを履いたトモちゃんの脚を噛みたがるようになった原因は、彼の病が伝染ったからのような気がしてならなかった。
ボクがサッカーストッキングを履いた脚を嬉々として噛ませてしまっているように、ママもまた、肌色や黒のスケスケのストッキングを、小父さんに噛み破られるのが習慣になっていた。小娘みたいにきゃあきゃあはしゃぎながらばたつかせる脚に、ねっちり、ねっちりと、唇を吸いつけられながら・・・
そう、ママとボクとはそのころには、気の合う共犯者同士になっていた。
小父さんはボクのサッカーストッキングを見る影もなく噛み剥いでしまうと、ボクに言った。

お前の相手は、新鮮な血の持ち主のようだな。

トモちゃんの血を吸いつけているボクの血のなかに、彼女の血が混じって来たのだろうか?
ボクの無言の疑問を、やはり無言で肯定しながら、小父さんは言った。

その子の血を、わしにも分けてくれないか?


ゾクゾクするような経験だった。
約束通り公園に現れたトモちゃんは、
訝しそうにボクの連れの年配の男を見、もの問いたげにボクの顔を見、
男ふたりの顔を見比べているうちに共通点でも見出したのか、すぐに得心がいったようだった。

この人、あなたの先生?

初めてあたしの血を吸った時も、この人そばにいたよね? って、彼女はつけ加えた。
彼女の慧眼ぶりと、小父さんのことを「先生」と呼んだとっさの適切な表現力には、小父さんも感心していた。
初めて人を襲う仲間のために介添えに立つことがあっても、犠牲者の側が自分のことを記憶していることはめったにないのだという。
さいしょのうちは、気が気じゃないはずだからね・・・ 小父さんは襲われる側の気持ちも、よくわかっていた。

いつもママが相手しているんだけど、とうとう貧血でぶっ倒れちゃってさ・・・

言い訳をするボクに、「言い訳はやめなさい」彼女は手きびしい顔になって、

あなたの一族では、教え子の獲物を味見する風習でもあるんですか?

小父さんに真顔で訊いていた。
小父さんは真顔で、応えていった―――その通りだ。
トモちゃんはなおも小父さんを厳しくにらんでいたが、逃げ道はないと悟ったらしい。

あたし、ケンイチのいるところでしか、あなたには逢わないですから。

まるでクギを刺すような言いかただった。

その日トモちゃんは、ボクが気に入りの真っ赤なハイソックスを履いていた。
ボクは右側の、小父さんは左側のふくらはぎに、唇をすべらせてゆく。
まずボクが噛みついて、彼女の生き血で真っ赤なハイソックスを濡らすと、
顔をあげたボクの目のまえで、今度は小父さんが真っ赤なハイソックスごしに牙を埋めてゆく。
これだよ。これなんだ、ボクが求めていたのは・・・
突然どす黒く閃いた衝動が、ボクの身体の芯を貫いた。
ボクのなかですっかり大きな存在になった彼女が、小父さんに咬まれて血を味わわれる―――そして小父さんは、ボクの抱いていたいびつな願望を裏書きするように、

旨い血だ。

たしかに、そう呟いてくれていた。
深い響きのある声色だった。

小父さんは、トモちゃんの履いているハイソックスのうえからなん度も唇を這わせ、脈打つ血潮を吸い、また吸った。
足許からの献血がひとしきり済むと、ベンチの背もたれにもたれかかったトモちゃんの上体にのしかかって、こんどは首すじを咬んでいった。
小父さんの腰がトモちゃんのチェック柄のプリーツスカートのすそを割るようにしてのしかかり、
トモちゃんはがに股になって、小父さんの身体を迎え入れるような感じになった。
ふたりの吸血鬼によって噛み破られた真っ赤なハイソックスは弛んでずり落ちて、脛の途中で皺くちゃになっていた。
チュウチュウ・・・キュウキュウ・・・
まるで恋人の接吻を受け容れる少女のようにあお向けの姿勢になって、トモちゃんは小父さんに血を吸い取られてゆく。
のしかかる逞しい両肩をさえぎろうとした両腕はへし折られて、いつの間にか小父さんの背中にまわっていた。
渇いた衝動が衝きあげたのは、そのときだった。
ボクはやおらトモちゃんの足首を抑えつけると、牙をむき出して、
ハイソックスが脱げてむき出しになったふくらはぎを、がりり!と噛んでいた。

ゴクッ・・・ゴクッ・・・
じゅるうっ。ごくん。

ふた色の吸血の音が、競い合うようにトモちゃんのうえに覆いかぶさる。
強張っていた四肢から、籠められた力がじょじょに抜けてゆき、小父さんの背中にまわされた腕はだらりとベンチの上に伸びていた。
小父さんはやっと顔をあげて、ボクのことも促した。
トモちゃんはそれでも、意識を失わずにいた。
さいしょはボク相手でも気絶しかけたトモちゃんも、ボクへの供血体験で、少しずつ慣れてきたのだろうか?
さすがに蒼白な顔をした彼女は、自分の身体から吸い取った血で唇を濡らしている男ふたりを、それでも気丈ににらみつけていた。

気がすんだかしら?

強姦された後の女学生みたいな、つとめて冷やかな口調だった。
小父さんはあっぱれ、という顔をして、彼女にジャケットを着せかけてやり、独りで家に帰れるか?と訊いた。

大丈夫です と、あくまで冷やかに言う彼女。
それでも送る と、意地を張るように口にしたボクに。
じゃあ・・・と彼女は、ボクの腕に腕を添えてきた。
起っているのがやっとだということが、添えられてきた腕を通して伝わってきた。

万が一にも、ボクが言い出す前に小父さんから「送ってやれ」なんて言われたら、彼女は多分、ボクに腕を添わせることはなかっただろうし、もしかするとそれっきりで、ボクたちの仲も終わりだったかも知れなかった。
もちろん彼女を独りで帰らせても、結果に変わりはなかっただろう。
家族にはすべてを内緒にしているらしい彼女が隠し通せる状態ではなかった。
ボクはいったんボクの家に来るよう彼女にいい、彼女は素直にそれを容れて、一時間ほど休んでから、やはりボクに送られて自分の家に戻っていった。


それからは、トモちゃんの血を吸うときに小父さんを交える機会が多くなった。
小父さんは、二人だけの時間を大事にするように・・・とすすめてくれて、そういうときにはみだりに割り込んでくることはなかったけれど。
そうなるとボクもかえって気兼ねが生まれて、つぎの機会には自分のほうから、小父さんを誘うようになっていた。
ふたりの吸血鬼が、女の子ひとりを襲う―――といっても、分け前は平等、ということには、必ずしもならなかった。
さいしょに言われたように、半吸血鬼が吸える血の量と、本物の吸血鬼が吸い取る血の量とでは、比べものにならなかったからだ。
おまけに小父さんは、噛みかたが上手ならしかった。
「負けちゃダメだよ。小父さんは噛むの上手だから。あれならふつうの女の子だったら、いちころだよ」
二人きりで逢っているとき、トモちゃんはにらむような目つきでボクにそういったけれど。
じっさい彼に咬まれる瞬間のトモちゃんの顔つきは、ボクのとき以上に「うっとり度」が高そうだった。

痛そうでいて、そのくせうっとりしちゃう。

吸血鬼に咬まれた女の子たちのだれもがそういうように、「痛い度」と「うっとり度」とが共存していて、咬むのが巧みなやつほど後者の方をより色濃く相手に残すらしかった。
「うっとり度」の高さは、ともするとはたで眺めている男性―――襲われている女性の夫とか恋人とか―――にも乗り移るらしかった。
ボクはしばしば、小父さんに咬まれてうっとりした表情を泛べるトモちゃんの横顔に嫉妬し、欲情し、牙にあやした毒液を滾らせてしまうのだった。
白状してしまうと、「きょうはじょうずに噛んだね」って彼女に褒められるときほど、その傾向が強かった。
そう、ボクはひそかに、小父さんに咬まれる彼女を視て、欲情を覚えていたのだった。

トモちゃんはボクたちのために、自分の友だちを数人、紹介してくれていた。
「みどりちゃんは吸血鬼愛好会とかいうのに入ってるから、大丈夫。さやちゃんとまどかちゃんも、おなじサークルだから、OK。かなちゃんは家がお店屋さんだから、店の手伝いがあるとき見逃してあげる気があるんなら、紹介してもいい」
そんな感じだった。
ボクは新しい獲物たちにも、夢中になっていた。
とくにさいしょに名前のあがったみどりちゃんは、小父さんと共同で沈没させたのだけど。
紺のブレザーにチェック柄のスカート、胸元にはふわふわリボン、足許には濃紺のハイソックスというお嬢様スタイルには、いっぺんで舞い上がってしまっていた。
お父さんが医者だという彼女はお小遣いをうんともらっていて、自分の着る服は自分で買っているほどだったから、「きょうの服には血を撥ねかさないで」とキツい顔をするトモちゃんと違って気前がよかった。
ご自慢のふわふわリボンが血浸しになっても、「もっとやってえ」なんてのたまわってしまうし、
たまに履いてくる真っ白なハイソックスにあからさまに血が撥ねるのを気にかけながらも、恥ずかしがりながら噛ませてくれた。
良家のお嬢様をモノにする愉しみを、彼女は身をもって教えてくれたのかもしれない。


「あなたの先生、あたしにアプローチかけてるの」
久しぶりに二人きりで逢ったトモちゃんは、ボクのことを相変わらずの上目遣いでにらみながら、そんなことを言った。
「え?」と訊きかえすボクに、
「さいしょはケンイチがいないときには逢わないって約束だったでしょ?でもケンイチとふたり誘った時に、あなた来なかった時があったじゃない。あのとき初めて、二人きりで逢った」
ボクはどきりとした。
そのときはたしか―――みどりとの先約が入っていたのだ。
みどりを紹介してくれたのはそもそもきみじゃないか・・・という見苦しい言い訳は、さすがにしてはいけないのだと、いくらボクでもわかった。
「それからは、三度に一度は、二人きりで逢ってる」
ボクの顔つきに現れるすべての感情を読み取るように、彼女は静かにそういうと、とどめを刺すように締めくくった。
「とにかく、そういうことだから。隠しておくのは卑怯だと思うから、いちおう言っとく」
それきり彼女は目を瞑り、身を仰のかせる姿勢になった。
吸血鬼に血を吸わせるときのポーズ。いつのまにかそんなポーズが、すっかり様になっていた。
ボクは彼女の首すじに、むき出した牙を埋めた。
嫉妬に狂った牙だった。
ごくり・・・ごくり・・・
熱く滾る血潮が、彼女の体温のままに、口に含まれ、飲み込まれてゆく。
なにかを訴えかけるようなその熱さが、渇いた喉を撫でるように、通り過ぎていった。
綺麗につけた噛み痕をハンカチでぬぐうと、ジャケットのすそをまくりあげ、セーターとブラウスをたくし上げてすき間を作り、わき腹に牙を埋める。
うっ・・・!と身をしならせるのを抱きすくめて、さらに血を啜り取る。
すっかり丈が短くなったチェック柄のプリーツスカートをはねあげて、太ももをあらわにすると、慣れた手つきで撫でつけて、それからおもむろに牙を埋める。
左右両方に、代わる代わる。
むっちりとした肌のみずみずしさが、突き入れた牙をまわりじゅうから押し囲んきた。

かつては知的な雰囲気で、手の届かないところにあったはずの濃紺のハイソックスも、この淫靡な遊戯の小道具に堕落していた。
小春日和の陽射しをツヤツヤと照り返す真新しい生地は、脚の線に沿った縦すじのリブを鮮やかな浮き彫りにした。
ボクは唾液をたっぷり含んだ唇で愛撫するように、ハイソックスのうえから唇を這わせて、わざわざ真新しいのをおろしてくれた彼女の足許を、いやらしくいたぶり抜いた。

唇で加えられる強引な凌辱にリブが歪みねじ曲げられるのを厭うように、
彼女はずり落ちかけたハイソックスをなん度も引っ張りあげたけれど、
それは噛み破らせるまえに目いっぱい愉しませるために違いなかった。

あー・・・
ふくらはぎのいちばん肉づきの良い部位に牙を埋めると、彼女は低く短く呻いた。
ちゅうっ。
活きの良いピチピチとはずんだ血潮が、ボクの喉をなま温かく濡らす。
なん度も、なん度も、かぶりついて。
ピンと引き伸ばされた濃紺のハイソックスを、あちらといわず、こちらといわず、思い思いに噛み破っていった。
あー・・・
彼女がもう一度唸ると、もう片方の脚にもしゃぶりついた。
噛み破られたハイソックスが弛んでずり落ちていくのも構わずに、ボクはなん度も噛んでいった。
彼女も乱されてゆく着衣をかえりみもせずに、ひたすらボクへの供血を、果たしていった。


「ん。いいよ・・・」
ボクを視るときと同じ上目づかいで、小父さんをにらみながら。
公園のはずれの雑木林のなか、朋子は古木に身を持たれかけさせていた。
小父さんは朋子の両肩を抱いて、唇を彼女のおとがいに近寄せていく。
二対の唇が、触れ合うほどに接近した。
えっ。キスを奪うの?
それはボクですらまだ、許されていない行為。
じゅうぶんに思わせぶりに近寄せられたふたつの唇は、しかし交わることはなかった。
小父さんの唇はおとがいの下に擦りつけられ、あごに力を込めていた。

じゅるうっ。

木洩れ陽の下、静かな光景のなかで、生々しい吸血の音がひときわ、まがまがしい不協和音を響かせた。
「だめ・・・」
彼女の目じりには、涙が洩れている。
「うっとり度」たっぷりのねちっこい咬みかたにイカされてしまったのか。それともほかの理由からか。
けれどもその涙は、ほんの気まぐれのように、一時的なものだった。
吸血は少量だったらしく、彼女のようすには目だった変化はなかった。
「履いてきちゃった。新しいやつ」
彼女は誘うように、濃紺のハイソックスの足許を吸血鬼に見せびらかす。
「ケンイチにも黙って来ちゃった」
「悪い子だ。お仕置きだね」
「はい、小父さま」
朋子はボクのときには絶対見せない従順さで目を瞑り、足許にかがみ込んでくる小父さんの牙を待った。
そうしてそれから長いこと、おニューのハイソックスが小父さんのいたぶりでくしゃくしゃに弛み落ちてゆくのも構わずに、ご馳走しつづけていった。
「おい・・・」
自分でも自覚しないくらい自然に、ボクはふたりに声をかけていた。

「よくわかったね」
朋子が感心したように、ボクを見る。
小父さんも予期していたかのように、落ち着いた目線で見据え返してきた。
心が怯みかけるのをこらえながら、ボクはつとめて平静にいった。
「これ以上ボクの視ていないところで彼女に手を出すと、こうだよ」
恰好だけにしても・・・自分の血を吸い取られた関係の人にパンチをくり出すのは、初めてのことだった。

醜い争いには、ならなかった。なりようもなかった。
ほんとうであれば、あのままみどりを追いかけて、彼女の一家全員を自分の奴隷に堕としてしまうというありかたも、順当と言われる展開だったのだろう。
いずれにしても、ボクが選んだのは、朋子だった。
教え子と争うことは禁忌とされる彼らのルールに従って、小父さんはあっさりと引き下がった。
他人の獲物を勝手に横取りすることも、彼らの間では認められない行為のひとつだった。

「負けたよ。そんなに彼女が良かったんだな」
「初めてだから・・・ってわけじゃ、ないですよ」
ボクは彼のまえで言い張った。
朋子に対する想いを穢すものは一点たりとも、その存在を認めたくなかったのだ。
「わかった。わかった。降参するよ。多少フェアでなかったことも謝罪する」
小父さんはどうやらほんとうに、降伏したみたいだった。
彼との逢瀬が始まってから終始硬い表情だった朋子が、初めて目線を和ませたのを、ボクは見逃さなかった。


わしはもう、お前への断りなしにこの娘のまえには現れない。
あとはお前たち二人で、愉しむがよい。
どうしても喉が渇いたとき恵んでもらうことは、あるかもしれない。
けれどもそれは、それだけのことだ。
ただし、憶えておくがいい。
いずれお前たちは結ばれて、娘は女になるだろう。
けれどもいちど男と交わった女は、夫以外の男に吸血されるときには相手の求愛を容れることになる。
処女の生き血を尊重する我々は、みだりに処女を汚したりはしない。
けれどもいちど識ってしまった女は、そのかぎりではない。
むしろそのまま放っておくほうが、ご婦人に対して失礼 というものではないかね?
いちど得た獲物は、だいじにとっておくがよい。
そうでないと、いつなんどき、わしのようなのが奥さんをこそ泥に来ないとも限らんからな・・・


小父さんの捨て台詞は呪縛のように、ボクの行動を縛った。
ママがどうやら小父さんの恋人になっているらしいこと、パパもそれを禁じてはいないらしいこと、
そうした三人の関係に、ボクたち夫婦はけっして忌まわしさを感じていないこと、
それでいて・・・彼女をほかの男に抱かれてしまうことは、いまのボクにはあり得ないことだった。
初めて血を吸って支配したはずの少女は、永久にボクの支配者であり続けて、
小父さんはやはり、永久にボクの先生であることを思い知っている―――深い幸福感をもって。

夫婦で連れだってあるくとき、かつての憧れの少女はいまでも、真っ赤なハイソックスを脚に通す時がある―――


あとがき
新年そうそうだから・・・というわけでもないのですが。 笑
ココでは珍しいくらい、まっとうな?エンディングのお話になりました。^^
めでたし、めでたし♪
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吸血鬼は処女を犯さない。
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おかえりなさい。

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