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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

これで三度め ですね。

2014年01月11日(Sat) 20:01:12

これで三度めですね・・・
羽月昂(はつき たかし)は目をあげて、打ち合わせテーブルの向かいの男を視た。
泥や塗料に汚れた薄緑の作業衣姿のその男は、すでに還暦にもなっているのだろうか。
白髪頭の髪の毛もまばらになりかけていて、見るからに尾羽打ち枯らした感じの親父だった。

いつも、すいやせん。
親父は蒼ちょびれた頬を申し訳なさそうにすぼめながら、しょぼしょぼと頭をさげた。
貧相で、みすぼらしい男。
けれども身なりで判断するよりは、まだしも人柄はよさそうなのを羽月はいままでの三回のやり取りでそれとなく察していた。
どうにも喉が渇いて、やり切れなくなりやして・・・それで羽月さまのお力を借りたいんでごぜえやす。

仕方ないですね。
羽月はちょっぴりだけ、迷惑そうな色をよぎらせて、あわててそれを引っ込めた。
気に入っていただけているということでしょうから・・・まあよしとしましょう。
彼は当地に赴任してきてすぐに新調したスーツのスラックスをたくし上げると、自分の脛を男のほうへと差し伸べた。
ひざ下までの靴下が脛を蔽っていたが、薄い生地ごしに脛の白さが透けて見えた。
靴下の生地は、ストッキングのようにしなやかで、かすかな光沢さえツヤツヤと滲ませていた。
親父は腰をかがめると、まるで土下座か跪きでもするように、羽月の足許にかがみ込むと、
薄い靴下のうえから、ふくらはぎに唇を吸いつけてゆく。

ちゅう・・・っ

薄いナイロン生地のうえに、唇が這う音。そして、唾液のはぜる音。
しばらくの沈黙のうち、親父は唇をうごめかし、喉を鳴らして・・・羽月の血を口に含んでいった。
羽月はテーブルのまえに腰かけたままの姿勢で、親父のやり口に、静かな視線を向けている。
時おり迷惑そうに、靴下に走る裂け目が拡がるのを顔をしかめたりしていたけれど。
薄手のナイロン生地のうえをしつようにすべる唇や舌から、脛をへだてようとはしなかった。
痛痒そうな、くすぐったそうな翳りが頬をよぎるのを、つとめて押し隠そうとしていたけれど。
それはいったい、なにに由来するものだったのだろう?

三度の来社の三度とも。
こうした行為を目当てにしてのものだった。
親父が、白髪頭がひざに触れんばかりに最敬礼をして立ち去ると。
羽月は表情を消したまま、派手に引き破られた靴下を、穿き替えていった。



これで五度めになりますね。
羽月は親しげに、白い歯をみせてそういった。
いつもいつも、すみません。
親父の鄭重さは、依然と全く変わりがなかった。
大げさなくらいに身振り手振りで羽月の好意を称揚すると。
ものの数分で、沈黙の刻が訪れる―――
いままでと同じだったのは、そこまでだった。

さて。
口許についた血潮を拭い取ると。
親父は改まった口調になった。
羽月は自分の身体から吸い取られたばかりの血潮が、油汚れのした手拭いでむぞうさに拭き取られるのを、感情を消した目線で見守っていた。
さいきん、ちょっとお顔の色がよくなさげですが・・・平気ですかいの?
親父の口調は、あくまでも気遣わしげなものだった。
エエ、だいじょうぶですよ。
身体の不調を強いて押し隠した声色に、親父も羽月自身も、気づいていた。

お代わり・・・と言っちゃなんでごぜぇやすが。
親父はしわがれ声を、いつもより心持ち上ずらせている。
羽月はちょっとだけ眉をひそめたが、親父をたしなめようとはしなかった。
今夜、お宅におじゃまするわけには、参りませんかの?

思い切ってぶつけられた言葉を、葉月はしっかりと受け止めている。
妻とこの親父とは、面識がないわけでもなかった。
過去に、地元のなにかの行事で、夫人同伴で出向いたとき。
親父はわざわざ羽月夫妻を呼び止めて、慇懃に挨拶をしていったのだから。

あれ以来・・・ひと目惚れってやつですかね。
ああ、そういうことなのですね。
羽月はつとめて、感情を隠している。
血が足りないようですから、寄付するということでしたら、妻に言って聞かせましょう。
まるで棒読み口調で、羽月は自分の妻をはげ頭の親父に明け渡すことを告げてやった。

それはそれは・・・まことにありがたいお志で。
親父は卑屈そうに、揉み手をしながら照れている。
まばらな白髪の合い間から覗く頭皮が、まるで酔っ払ったみたいに赤らんでいることなど、気にも留めないで。


「お帰りなさい、お疲れでしょう?」
帰宅してきた夫の顔色をみて、妻の羽月澪(みお)はそういった。
このごろ毎日のように、夫が「献血」に励んでいることを、それとなく聞かされていたから。
この街にきて、すでにふた月が経過していた。
夫が赴任してきたのは、それよりひと月前のことだった。
街には吸血鬼が棲んでいて、危険だから。
それでも随(つ)いていく・・・という妻の口調を、夫はあくまでも頑なに遮りつづけていたはずだった。
その夫の論調が崩れるのに、半月と要しなかったのは。
いったいどういう、気持ちの変化によるものだろう?
ただし夫に護られるように日常を送っている澪は、まだ吸血鬼に遭ったことも、生き血を吸い取られた経験も持っていない。

〇〇土建の親父さん、わかるよな?
え?
晩御飯の支度で、気持ちがおろそかになっていた。
あやうく聞き逃しかけた名前が、妙に鼓膜にこびりついたのは。
二度ほど夫の行事に付き添った際慇懃にあいさつをしてきた親父の態度が、どことなく印象に残っていたから。
貧相で卑屈そうな親父は、田舎臭い語調でくどくどと挨拶をしてきた。
それは都会育ちの澪には、へきえきするほどの慇懃無礼さではあったけれど、彼女たちに対する悪意や敵意は、微塵も感じられなかった。
ええ、わかるわよ。ご近所の法事のお手伝いにあがったときにお逢いしたわよね?
彼女の応えに、夫は満足したらしい。
こんど、ご挨拶に行くから。そのつもりでいてくれないか?
夫の声色がいつになくしゃちこばっていて、語尾に引きつるような震えがあることを聞き逃さなかった彼女は、
けれども賢明にも、エエわかりました・・・とだけ、応えていた。
ごあいさつですとやっぱり、きちんとした格好していかなくちゃいけないですよね?
念押しするような問いに、夫の声色はやや落ち着きを取り戻している。
そうだね。ぼくもスーツで行くから、つり合いの取れるようにしたほうがいいね。
いったん言葉が切れたので、それでしまいかとおもったが。
ストッキングは必ず、穿いていくように・・・
夫の声色はふたたび、昂ぶりに似た震えを帯びていた。


田舎に赴任した夫のあとを追うようにやってきた妻が、洗濯物のなかに真っ先に見出した見慣れないものは。
出勤のときには決まって履いていくという、ストッキング地の薄い長靴下だった。
時おりそれらは、新しいものに履き替えられて、戻されてきた。
いちどだけ。あれは、法事の手伝いに連れ出された翌日のことだっただろうか。
夫は破けたままの靴下を履いて、帰宅してきた。
ひざ下からつま先まで、じわっと滲むようにに走る伝線に、彼女は目を見開いた。
しつように噛まれた痕だと、すぐにわかった。
大きな破れ目がふたつ・・・そのすき間からは、あきらかに咬傷と思われる傷痕が、白い皮膚に浮いていた。


あんたも奥さん、呼び出されたんだって?
羽月の上司がざっくばらんに、話しかけてくる。
いつもの打ち合わせテーブルだった。
ふたりのスラックスのすそは、ひざのあたりまでたくし上げられていて。
足許にはひとりずつ、作業衣姿の男どもが、うずくまるようにかがみ込んでいて。
申し合わせたように履いている薄い靴下のうえからは、欲情を帯びた舌と唇とが、ヌルヌルといやらしく、這いまわっている。
きみも察しているとは思うが・・・ここの事務所で、薄い靴下を穿くのはね。
自分の女房が穿いているストッキングを噛み破られるための、予行演習というわけなのさ。
かくいうわたしも・・・
言いかけた上司を遮ったのは、上司の足許にとり憑いた、五十年輩の男。
くひひひ。。。だんな、もうそれくらいで、ええでしょう?
苦笑いには、苦笑いのお返しが待っていた。
まったく・・・ひとに恥を掻かせおって。
にらんで見おろした視線には、それでも言葉ほどのとげとげしさはない。
上司の舌打ちを嬉しげに受け止めた相方は、
いつもごひいきに、あずかってますんで・・・
そういうとふたたび彼の脚を抱きかかえると、弛んでずり落ちかけた長靴下をさらにずり降ろしてやろうと、ピチャピチャと舌を鳴らしつづけてゆく。
おかげで都会育ちの女房は、こてこての田舎おやじと深い仲・・・あーあ。
二軒目の居酒屋で飲み過ぎて酔いつぶれるときみたいに、上司の姿勢が崩れたのは・・・明らかに献血のし過ぎによるものだった。
聞かされる一方の羽月もまた、失血に目がくらんできたのを覚えている。
穿き替えてやった二足目の靴下は・・・じつは妻が何度か足を通したひざ下のストッキングだった。
炯眼な親父のことだから、きっとその事に気づいているに違いない。
二足めのほうが、はるかにしつようないたぶりをみせていたのだから・・・


あ。うぅん・・・
腕の良い鍼医にでもかかるように。
さしのべたうなじに牙を埋め込まれた澪は。
黄色のカーディガンの背中を揺らしながら、こたつに突っ伏していった。
でぇじょうぶですかい?奥さま?
親父の囁きに、かろうじて頷き返すと。
にんまりと笑んだ口許から、尖った牙がむき出しになった。
ああ・・・
止め立てするいとまもなかった。
男は澪の両肩を抑えつけると、うなじにがぶりと、かぶりついていった。
ばらばらと撥ねた血潮が、見慣れた黄色のカーディガンの肩を濡らした。

急な要求だった。
明日の訪問を待ちきれないと・・・退勤のときまで居座った親父を、とうとう家まで連れ帰ってしまったのだった。
見慣れた黄色のカーディガンに、ボウタイつきの白のブラウス。こげ茶色の膝丈スカートの装いに。
親父は舌なめずりせんばかりに、悦んだ。
お酒の用意を・・・といって、澪が引き下がると、
クックク。羽月のだんな。あっしが今夜来るって、奥さんに言い含めておかれてたんですかい?
いつもの下卑た口調で、ささやいたのだった。
見慣れた服装にすぎないものが、親父にはほどよい色気と映ったらしい。
ブラウスもスカートも、以前はよそ行きだったものを着古して、普段着になったのを知っている彼としては、
装いそのものの値打ちを見抜いた男に、ただならないものを感じるばかり。
あのお姿のまま、頂戴しますぜ。
男はとどめを刺すように、羽月に囁いた。

男に持たされた地酒を、夫が飲んで。
夫が逢わせた妻の生き血を、男が口に含んでゆく。

質の悪いアルコールがまわって、羽月がソファに倒れ伏すと。
男は遠慮なく、澪をたたみに押し倒した。
夫の見守る目のまえで、スカートのすそを乱されながら。
澪は自分の抵抗が形だけのものになりつつあるのを、実感しないではいられなかった。
自分の身体に絡みついてくる、嫉妬に満ちた夫の視線。
それはある種の妖しい歓びを含んでいることを、感じてしまっていたから。

ご馳走しちゃって・・・いいのかしら?
夫に向かってそう声を投げたとき。
ご馳走するって、なにを・・・?
そう自問する、自分がいたけれど。
なんだっていいじゃない。お客が欲しがるものをもてなすのが、一家の主婦の務めなのよ。
それははたして、自分自身の声だったのか。
咬み入れてきた牙に植えつけられた、毒液のなせるわざだったのか。

足許に唇を這わされて、ストッキングによだれが沁み込むのを感じたとき。
真新しいやつを穿いていてよかった。
澪はすなおに、そう感じていた。
この男が味わい慣れた、夫の長靴下よりも質が良くない・・・といわれたら、それこそ恥だと思ったからだ。
主人が観てるんだもの。
思いきり、破かせちゃおう。
思いっきり、乱れちゃおう・・・
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