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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

”吸血病” ~純情な彼。~

2014年01月27日(Mon) 07:29:12

放課後になっても、雰囲気のよいこのクラスは、ほとんどの者がすぐに教室を出ようとはしなかった。

仲良したちの輪のなかで。
顔色の蒼いものの割合が、ぐんと増えていた。
いまのグループの6人のうち、すでに渉を含めた4人が、蒼い顔になっていた。
顔色のいかんにかかわらず彼らの関係は変わりがなかった。
すでに血を吸うものは相手をさがして血を吸ってしまった後だったから。
じじつ、蒼い顔の4人のうちひとりは、仲間のひとりを咬んでいた。
たぶんあとの2人は、他所でだれかに咬まれるのだろう。

渉の想い人である香坂朋恵は、女子ばかりの別のグループにいた。
朋恵の顔もまた、むざんな鉛色と化していたが、友人たちにその変化をとがめだてされた形跡はない。
彼女たちのなかでも、グループ内の吸血は行われているようで、
さっきもなにやら切羽詰った表情になった顔の蒼い子が、まだそれほど顔色を悪くしていない子を誘って、教室の外へと出ていった。
いまごろグラウンドの片隅か校舎の裏手あたりで、ひとりがもうひとりの血を味わっていることだろう。

朋恵は、紺のラインの入ったハイソックスを履いていた。
さいしょに咬まれたときに履いていたのと、同じやつだった。
彼女のハイソックスは、健康そうな肉づきをもったふくらはぎを包んで、真新しい白さを滲ませていた。

彼女を咬んだ同級生の力武は、彼女の脚から抜き取ったハイソックスを、渉に手渡してくれていた。
自分が血を吸った相手の履いていたハイソックスやスカートは、本来戦利品にしても構わなかったのに。
朋恵の渉への想いを知ってしまった力武は、それ以上ふたりの間に割り込んでこようとはしなかったのだ。
あの日咬まれた三人の男のクラスメイトの履いていたハイソックスは、遠慮なくものにしていったのだけれど。

「野見山くん、いっしょに帰る?」
おおー。
向こうから躊躇なく近寄ってきた朋恵に、渉の友人たちは冷やかすような、羨ましいような声をあげた。
「ほらほらっ、しっかりやれよっ、野々宮クン!」
仲良しの春山に背中をどやしつけられた。
渉は応える代わりに、おまえなんか早く咬まれてしまえ!といい、言われたほうは「怖わーっ!」と叫んだが。
どちらの声色にも、邪気はなかった。
渉は朋恵といっしょに教室を出たが、きょうはお互いの家までいっしょにいることはないと思っていた。
彼女の履いているハイソックスは真新しく、そういうときにはたいがい、力武との先約があるからだった。

「ゴメン、きょうはここで失礼するね」
両手を合わせて白い歯をみせる朋恵は、これからクラスのガキ大将のところに血を吸われに行くようには思えなかった。
「おう、わかった。じゃあまた明日」
渉もさりげなく声を投げて、あとをふり返らずに別れてゆく。
明日―――朋恵の顔色は、いちだんと蒼さを増してくることだろう。
片手で撫でた首すじの咬み痕は、まだじんじんとした疼きを滲ませていた。
朋恵を誘う日には、必ず決まって前もって、渉のことを咬んでいくのだった。
たぶん家に着いたら、そのままベッド行きだな・・・渉はひっそりと呟いた。

その日の四時限めの授業中、力武が席を起って、渉のところにやって来て。
「わりぃ」
両手を合わせ、伏し拝むようなしんけんな顔つきをした。
教師は二人のことを完全に無視して、授業を進めている。
渉は席を起ち、保健室へと向かった。
「ダメだ、満員」
力武は情けなさそうに、渉をかえりみる。
保健室のベッドは、供血者に占領されていて、
養護の先生すらが、保健室の床に寝転がっていた。
白い衝立の向こうから、あお向けになった脚だけがみえた。
肌色のストッキングにブチッとひとすじ裂け目が走っているのまで、渉はしっかりと目にしていた。
階段の踊り場で吸血を済ませると、先に力武が教室に戻っていって、
貧血を起こした渉はちょっとのあいだその場でうずくまって、気分が落ち付いてから授業に戻っていった。


朋恵が力武の部屋でハイソックスを咬み破られているあいだ、
そのすぐ階下の寝室では、渉の母親が力武の父親の相手をしていた。
女ふたりは、顔を合わせることはなかったけれど。
壁ひとつ隔てた向こうとこちらでベッドのきしむ音やかすかな吐息とを交し合いながら、
お互いがお互いの気配を、感じ取っていた。
壁の向こうが自分の母親ということも、むろんあった。
けれども母娘のどちらもが、そのとき力武の家にいったことなど、顔にも見せず、もちろん話題にもしなかった。

「野見山くんのハイソックスも咬んでるんだったよね?」
「うん、これ、きょうのやつ」
だらりと伸びたハイソックスに滲んだ赤黒いシミは、まだ赤みをじゅうぶんに宿している。
彼氏の身体のなかをめぐっていた熱情の証しが、靴下の汚れに変わり果てているのを、彼女は無感動に眺めていった。
「ふぅん、ヘンだね。ふたりとも」
「ああ・・・そうだな・・・」
さっきからあんなに、朋恵の血を吸ったのに。
力武は、喉がカラカラになっているのを感じていた。
―――いいじゃないか、姦っちまえよ。お前ぇだって男だろうが?
晩酌をしながらの親父の言いぐさを、力武は思い出していた。
―――友だちの彼女だって、エエじゃないか。
―――だってあの子も、お前ぇに彼女の血を吸われるの指くわえて見てんだろう?
親父はたぶん、誤解している。いや、それともオレが案外根性なしなのか?
けれども見栄やそのときの欲求だけで、壊していけないものがある。
力武は乱暴者だったが、外貌に似あわないものを持った男だった。
だからこそ・・・大人しいようでいて芯の強い渉が、みすみす朋恵の血を吸われていることに腹を立てないのだろうから。
「そろそろ帰んな」
男はぶっきら棒に、部屋の隅に立ちすくむ少女を背にして、窓の外に向けてあごをしゃくった。

「ヘンだよね。渉以外の男子と二人きりで逢ってるなんて。なんだか浮気しているみたい」
肩を並べていっしょに帰る下校途中、朋恵はあえて話題にした。
彼女にしては、思い切って口にしたのが、語気からすぐにそれとわかった。
「浮気じゃないよ」
「うん、そりゃそうだけどさー」
自分の相手は渉だけ。心にそう決めている朋恵にしてみれば、どっちつかずのいまの状態が、なんとももどかしくなるのだろう。
とはいえ、吸血の相手は変えることはできないし、渉にはそもそも、吸血衝動がないのだった。
渉にしても、自分の想いがときどきわからなくなる。
恋人の生き血を、ムザムザと吸い取られてしまっているというのに。
力武に対する怒りの感情が、まったくといっていいほど湧いてこないのだった。
朝家を出るまえには、きょうはどれを咬ませてやろうか?なんて思いながらきょう履いていくハイソックスを択んでいたりとか、
朋恵の首すじの咬み痕に血が浮いているのをみて、「咬まれたろ~」なんて冷やかしている自分がいた。
いっしょに歩く朋恵の足許を盗み見て、ちく生、きょうも真新しいの履いてきてるな・・・軽い嫉妬に胸を刺されることも、もちろんあるけれど。
力武がどうやら、朋恵のことを丁重に扱っているらしいこと。
朋恵と逢うまえには必ず彼に、哀願するような視線を送ってくること。
そんなあたりが、もしかすると怒りの矛先を鈍らせているのかもしれない―――渉はそう自分に言い聞かせようとした。

母親が浮気しているらしい。
そんなうわさが入ってきたのは、同級生のあいだからだった。
お前の母さん、力武の父さんとつきあってるの?こないだ家に入ってくの、視たぞ?
そんな声に、さいしょのうちこそ、PTAでいっしょだからね・・・と応えていたけれど。
どうやらほんとうだったらしいことは、夜更けトイレにたったとき、
リビングの灯りがまだ点いていて、両親の会話がおぼろげながら聞こえてしまったことでそれと知れた。
母さんは決まり悪そうにしていたし、父さんは淡々としていた。
どういうわけかそういう父さんのことを、男らしいと感じている自分がいた。

力武は、並はずれて忍耐力が強かった。
卒業するまで、とうとういちども、朋恵に対して異性として手を触れようとはしなかった。
だいぶ経ってから、初めて朋恵を抱いた渉は、恋人が処女だったことを知った。
意外ではあったけれど、守るべきものを守り通してくれたことを、渉は心から感謝した。
それでも力武のふたりへの訪問は、継続していた。
致死量にははるかに満たない量の”献血”は、三人の関係に何ら深刻な問題を惹き起こさなかったのだ。
渉が大学を卒業して就職すると、朋恵にプロポーズをし、朋恵はよろこんで受けてくれた。
それでも力武の訪問は、絶えなかった。
むしろ血を吸う二人が同居を始めたことが、彼の便利にもなっているかのようだった。
それでも力武は、朋恵を抱こうとはしなかったし、独身を通しつづけていた。

「力武くん、朋恵さんのことがほんとうに好きなんだね」
あるとき渉の母親の彩夜(さよ)が、ぽつりと言ったのが、なぜかひどく胸にこたえた。
それは、力武が晩(おそ)すぎる縁談を言下に断ったときいたときのことだった。
「あのまま、独身を通すつもりなんだろうね」
母親の言に、渉は深く頷いた。
本気で好きに慣れないとわかっている女と結婚するなんて、相手に失礼だ。
やつはそう言ったらしい。
母親と力武の父親の情事は相変わらず続いていたし、父親は妻と吸血鬼との不倫関係にとやかく口をはさむことはないらしかったが。
「あたしたちは、身体だけの関係だから」
そんなことを息子に向かって平気で言えるような齢に彼女もなっていたし、
そんな彼女の勝手な言いぐさを笑って返せるような齢に、彼もなっていた。
「おれ、あいつにちょっぴりだけ、おすそ分けしようかな」
「お前たちがよかったら、そうしなさいよ。ぜひ」
嫁に不義をはたらかせようとする息子のくわだてに、彼女はそくざに賛成していた。
「ぜひ」というひと言に、本音があるような気が、渉にはしていた。

たぶんね。
あいつ、受けないと思うよ。
でもどうかな、わかんない。やってみないと・・・
妻の反応は、意外に慎重なものだった。
守り通してきたものを、いまさらお互いに崩すだろうか?
崩してしまった後、渉との結婚生活がうまくいくのだろうか?
すでに二児の母になっていた朋恵には、一抹の不安があったのだろう。

「案ずるよりも、生むがやすしだと思うなあ」
母親はそれについて、あっけらかんとそういった。
「だって、母さんだってあれだけ浮気しておきながら、父さんと別れないじゃない」

たぶんね。
あいつ、そんな感じじゃ受けないと思うよ。
あなたがあいつに、命令するくらいじゃないとね。
朋恵の微妙な笑みのなかに、女の計算が働いているのをなんとなく感じながらも。
渉は一筆箋に、万年筆で丁寧な字をたどらせていった。
なにを書いたのかは、朋恵も知らされていない。

念願の・・・
そんな感じであったらしい。
感激に満ちた感謝のメールは、まるで新婚初夜の花婿のようだった。
親友の十数年越しの濃いの成就に、満面の笑みをはじけさせて、渉は一抹の悔しさをしまい込んでゆく。
「水曜と金曜は、きみの妻 ということで」
一生、友だちだもんな。
渉はそう呟いて、まだ力武のベッドのうえにいるはずの妻に向けて、メールを送る。
「おめでとう。ゆっくりしておいで。待っているから」
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