淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
熟成 ~美味になってゆく血~
2014年05月06日(Tue) 09:13:15
悪かった。ありがとう。恩に着る。
肩で息をしている恵太郎に、男は云った。
冷たい声色は生来のものらしかったが、声の響きには真実味が伴っている。
恵太郎はなにか言おうとしたが、声にならず、ただゼーゼーと荒い息を洩らすだけだった。
男の口許には、さっきまで吸いつづけていた恵太郎の血が、生々しく散っている。
夕方の散歩道を襲った男の正体は、吸血鬼だった。
そういうものが出没するとは、聞いていたけれど―――
恵太郎がそのうわさを軽視したのは、半分は本気にしなかったからでもあるが、半分は男が襲うのはもっぱら女の子だと聞いていたからだった。
唯一の失策はといえば―――ショートパンツにサッカーストッキングを履いていた恵太郎の服装にあったのかもしれない。
スポーツ音痴な彼がサッカーストッキングなんかを履くのは―――たんにハイソックスが好きだったから。
どうやらその好みは、不幸にも男と共通してしまったらしい。
男は、通学途中の女子学生にしばしばそうする・・・といわれるように、恵太郎のふくらはぎに噛みつくと、真っ白なサッカーストッキングにバラ色のしずくを散らしながら、生き血を啜ったのだった。
こっち側もいいかい?
さいしょに咬まれた首すじと、そのあと食いつかれたふくらはぎの傷を抑える少年に、男がしつようにも、もう片方の脚をねだったとき。
恵太郎はおずおずとだが、まだ咬まれていないほうのふくらはぎを、吸血鬼のほうへと差し伸べてやっていた。
たるんでずり落ちかけたサッカーストッキングを、わざわざ引き伸ばしたうえで。
ふたたび吸いついてくる唇が、しなやかなナイロンの舌触りを愉しんでいるのをありありと感じながら、
くまなく舌を這わせて来る吸血鬼が吸いやすいように、時おり脚の向きを変えてやっていた。
すまないな。ありがとう。恩に着る。
おかげで・・・今夜かぎりで死なずとも済みそうだ。
男は、本心から感謝を伝えているようだった。
ようやく心のゆとりを少しだけ取り戻した恵太郎は、訊いた。
女の血しか吸わないんじゃなかったの?
男はにんまりと笑みながら、余裕たっぷりに答えていた。
そうだね。ふだんはね。でも、死ぬか生きるかというときに、そんなぜいたくは言っていられない。
それにあんたの血、男にしちゃ案外と、いい味だったぜ?
恵太郎がその男と”再会”を遂げたのは、それから数年後のことだった。
刻限は真夜中―――家族が寝静まったのを見計らって、家を出てきたときだった。
夕方の習慣だった散歩を、どうしてそんな時間まで繰り下げたのか。
恵太郎はそのとき、釦が反対についているブレザーにブラウス、真っ赤なミニスカートの下には、真っ白なハイソックスを履いていた。
不思議だな。
抑えつけた少年からひとしきり生き血を吸い取ったあと。
男はふと漏らした。
数年まえのときも、少年が苦情を訴えず、吸血事件がおおごとにならなかったのは。
男がいつも真剣だから―――なのかもしれない。
あのときは生命の危機にさらされていたし、いまは少年の血の味の変化を、まじめにいぶかしがっている。
どういうこと?
恐怖も忘れて、少年は訊ねた。
きみの血、ますますいい味になっている。
恵太郎は、ふと納得がいくような気になった。
女の子に近づけば近づくほど、血の味が彼の気に入るようになるのだ―――と。
むしょうにハイソックスを履きたがっていたあのころ、彼のその素質は、明らかになりかけていた。
そして今―――人にはいえないコアな趣味に夢中になってしまった彼のなかで、”女”の部分は明らかに影を濃くしている。
小父さん、ハイソックスが好きなんだね。
ああ、汚しちまって、わるかったな。
いいんだ―――小父さんなりに、愉しんでくれてるみたいだから。
恵太郎は尻もちをついたまま、女の子がそうするように、はぐれあがったスカートを直しつけると。
たるんでずり落ちた白のハイソックスを、ひざ小僧の下まで引っ張りあげて―――ひと言、洩らしていた。
せっかく履いてきたんだから、気の済むまで愉しんで。
足許に擦りつけられてくる唇の熱さを実感しながら。
恵太郎はこれからの秘密の散歩に、心強い連れができかけているのを、予感していた。
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