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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

米良課長の呟き。

2014年06月29日(Sun) 01:46:32

女房は昔から、赤い洋服が好みだった。
この村に来てからは、その手の服を着る機会は、格段に増えている。
夫を二人持つ身になったため・・・その事実を前に、夫たるものは赤面・汗顔の至りであるはずなのに。
この村ではそう言うことは、どうやら自慢に値することになっているようだった。

当地に妻や娘同伴で赴任してくるものはたいがい、なにか後ろ暗い背景を背負い込んでいて。
都会にいられなくなった者たちが、そのほとんどを占めている。
最近わたしの部下として赴任してきた早田課員にしたところで・・・深くは訊いていないけれど、おそらくそういう立場におかれたはずだった。
わたしの場合・・・すこし事情が違っていた。
同期の中ではトップを走る、エリート社員と目されていたのだから。

わたしが当地の風習を知りながら、妻を伴い赴任することを願い出たのは。
それが出世の早道だったから。
社の創立者の出身地であるこの村の事務所勤務を経ると、都会に戻れるものは大概、ワンランク上の処遇にあずかれる。
わたしにしてからが・・・ここの課長を経たあとは、本社の課長待遇のポストが待っているはずだった。
そのために妻の身持ちが多少汚れたところで・・・なにほどのことでもない。そんなふうに軽く、考えていたのだった。
人並み外れた昇進の陰には、内助の功が欠かせないはずではないか。

真っ先に女房を狙ったのは、幸か不幸か吸血鬼だった。
この村には、人の生き血を嗜む者が何人となく、巣食っているといわれている。
その実数は―――村の長老さえも知らない。
当地に着任後いくばくもない、ある日。
婚礼の手伝いに招(よ)ばれていった女房は―――その日に限って気に入りの真紅のスーツではなく、オフホワイトのスーツだった―――その身にまとった純白の装いを、自らの血潮で真紅に彩る羽目になったのだった。

つい前日のことだった。
かねて女房に狙いを定めていた吸血鬼の来訪を、勤務先で迎え入れたのは。
赴任のあいさつは長引いて打ち合わせのようになり、打ち合わせはさらに尻が長くなって、宴席に場を移していた。
その宴席で、いつになく酔いの早かったわたし―――いや、ここの地酒はひどく酔いが早くにまわるのだ―――は、問答無用に首すじを咬まれていた。
年輩男の血なんか、不味かっただろう・・・?
軽口でそんなことを訊けたのは、よほど後日のことだったが。
すでに妻を征服していた吸血鬼は、
なに、喉が渇いた日にゃ、なんでもありになるんでさ。
と、陽灼けした頬を磊落にほころばせたのだった。

旦那の生き血を先に吸ったのは。
彼らのあいだでは、礼儀作法に属することでもあったらしい。
その場でわたしは彼と意気投合したことになっていて、
わたしのほうから妻を襲ってほしいと願い出た・・・という事実が、直ちに捏造されていた。

自宅で寝込んでいたわたしは。
青息吐息の女房が担ぎ込まれてくるのをぼう然と見守っていて。
さいごに部屋に入ってきた男―――わたしの生き血を喫った男―――が、妻の血を口許にべっとり光らせたままでいるのを視、なにが起きたのかをすぐにさとった。

「女房のこと、あんたが襲ってくれたんだな。礼を言うよ」
あり得ないあいさつ―――けれどもそれが、そのときのわたしにとっては、うそ偽りのない真情だった。
どうせ女房を襲われてしまうのなら。
気心の知れた相手のほうが、まだしもというものだった。

赴任を前に言い含めていた風習の存在を、女房はさいしょは不得要領に、やがていかにも気が進まないというような、煮え切らない様子になっていたので。
わたしは彼女の態度に、すっかり苛々していたのだった。
だんなの出世のために、身を粉にすることを拒むのか・・・?
そんな横暴な感情だけが、そのころのわたしを支配していたから。
煮え切らない女房のやつのことを、彼が引導を渡してくれた―――
むしろ自然に、感謝の念が沸き起こっていたのだった。

いちど血を吸われた女房が、好みの真っ赤なスーツやワンピースを身にまとって、頻繁に出歩くようになったのを。
わたしはむしろ、当然のこととして受け止めていた。
着込んでいった服を破かれたり血で汚されたりした後に、彼女の生き血をすっかり気に入ってた情夫殿が代わりを買い揃えてくれることも。
むしろ当然のことだと、思っていた。
高価な服を汚したのだから、弁償するのは当然だから。

そんな高慢な考え方が、すり替わっていったのは。
いつのころからだっただろうか?

都会からきた人妻は、血を吸われると。
ほぼ例外なく、その場で犯されてしまうという。
うちの女房の場合も、例外ではなかった。
もっとも50歳を超えた夫婦のあいだで、そうした夜の営みはすっかり、おろそかになっていたから・・・嫉妬の念もむしろ、ごく軽く済ませていたのだが。
毎日のように真っ赤な服を身にまとい、黒のストッキングを輝かせた脛をあらわに街を闊歩する女房を横目に見ているうちに・・・別の感情が湧いてきた。
娼婦のように着飾った女房は、髪を黒く染め、メイクを入念に、ばっちりと決めるようになって。
だれもが女房を、連れまわしたがるようになっていた。

けれども吸血鬼氏は、女房に執心なようだった。
もちろん、相手は彼一人だけというわけにはいかず、それなりのことはあったようだったが。
都会から赴任してきた社員の妻たちが、多くの場合複数・不特定の相手を持つのに比べると、妻が相手をする男の数は、グッと限られていたのだった。
そして、いつも女房のかたわらに寄り添う吸血鬼氏は、自らの男振りも、いちだんと輝いていくようになっていた―――

奥さんに、プロポーズしたのですよ。
吸血鬼はわたしの血を吸ったあと、うっそりとそう告げた。
え・・・?
言っている意味がよく呑み込めず、わたしが訊き返すと。
ですから、奥さんにプロポーズしたんですよ。
え?女房を?あんたが女房と結婚するというのかい?
寝耳に水の事だった。

けれどもね。
男の声色は、女の愛情を勝ち得たとは思われないほどに、陰々滅々、うっそりとしたものだった。
断られちゃったんですよ・・・
ほー・・・
思わず漏らした声色は、ナーヴァスになっている男の気分を意外なくらい傷つけてしまったしい。
様変わりするほどしょげてしまった吸血鬼氏に、
言い過ぎたかな?すまなかったね。
さすがのわたしも、謝罪のひと言くらいは、口にしないではいられなかった。
とはいったものの。
わたしから女房を奪おうとした男の意図が粉砕されたからと言って。
彼のことをことさらに慰問する義理はないはずだったのだが。

彼女はきっと、わたしの妻でい続けることで、未来の重役夫人を目指す道を択んだのだろう。
そんなふうに浅はかなことを、想像していると。
あんたの考えていること、いちいち見通しなんですよ。
男の声色は、なおもいっそう、うっそりするのだった。

あのひと、言ったんですよ。
妾(わたし)がい続けたからと言って、あのひとが感謝してくれるということはないんだけど・・・
妾(わたし)がいなくなったらあのひと、きっとしょげ返ってしまうわ・・・ってね。

虚を突かれたわたしは、一言もなく、答えを返せずじまいだった・・・

それから1年―――ー
あの子も結婚、わたしも結婚・・・
女房のやつは、小娘みたいにウキウキしながら。
例によって真っ赤な服に身を包み、息子の婚礼の最終準備に余念がない。
都会で挙げられるはずの、息子の結婚式。
父親と同じ会社をことさら就職先として選ぶ必要はなかったはずなのに。
息子はエリート社員の二世として、まるでプリンスのようにもてはやされて。
ミス〇〇部と名指しされた女性と、このたび社内結婚のはこびとあいなったのだ。

花嫁になる女性はむろんのこと、両親も同伴で村に来ている。
兄嫁はまだ新婚3か月。おめでた続きというわけだ。
ほかにも数名、30代から40代の妻を同伴した親族や。
花嫁の妹を含めて10代の少女も数人、婚礼の客として招待されている―――

夕べ。
花嫁の両親は初めて、この村の風習を身をもって識った。
父君はもの分かりのよい紳士で、この土地で妻を寝取られることが栄誉と見なされるべきものだということを、すぐに察したようだった。
長年連れ添った夫人が、まるで別人のようにひーひー喘ぎ声をあげながら、折り重なって来る男たちの誘惑に屈してゆくのを淡々と見届けると、おなじ寝取られ仲間になったわたしと、カチンとグラスを合わせたのだった。

同時に妻も―――
きょうから村では公式に、情交相手の苗字を名乗る。
同居同然に我が家に居候している吸血鬼は、息子の嫁の血を吸って。
息子のまえで、女にしてしまったとか、してしまわなかったとか―――

苗字が変わってしまっても。あなたといっしょに居ることにかわりはないですからね・・・
女房はくり返し、そう強調するけれど。
息子と同時に華燭の典を張って、周囲にも都会の親族にまでもご披露するという構想は、むしろわたしから望んでのものだった。
情夫と女房との交情が、いかに深まったとしても。
彼女が去っていかないという確信を覚えたときに。
60年近く独りでいたという吸血鬼氏の寂しさを、初めて察する気になっていた。

一生家族でいるといい。
なんならわたしが都会に栄転したら、いっしょに都会に来るといい。
本場の都会女たちの生き血を、たっぷりとゲットできるだろうからね・・・

わたしの言い草を、女房の情夫はくすぐったそうに受け流して。
女房をものにしてからは、すっかり和やかになった目鼻立ちを、いっそうほころばせてゆくのだった。
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