淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
通りかかった船。
2015年04月20日(Mon) 08:24:26
街なかといっても、朝の空気は気持ちが良い。
土手のうえのウォーキングロードを独り歩いていると・・・
カサ・・・
たしかに道ばたから、もの音がした。
なだらかな下り坂の斜面になっている土手は、背の低い草に覆われている。
その一隅の、草むらの穂先のすき間から、ひざ小僧だけがのぞいていた。
白のスカートのすそが、少しだけめくれあがっている。
あわてて駆けつけると。
白のスーツを着た若い女性が、あお向けになっている。
どうやら出勤途中らしい、スーツ姿。
その足許に、黒衣の男がひとりかがみ込んでいて。
ふくらはぎに唇を吸いつけて、血を吸っていた。
クリーム色のストッキングが裂けて、むき出しの脛が朝の陽の光を柔らかく照り返していた。
ちゅーっ・・・ちゅーっ・・・
吸血の音は低く静かに、男の息遣いに合せて断続的に続いた。
女性は気を失っているのか、表情を消してひっそりとしていた。
この街に棲む吸血鬼は、人を襲っても血を吸い尽さないのがお約束になっている。
だからこんな光景は、夜昼問わず、街のあちこちで見かけていたし、
だれもが無関心を装って、そのまま通り過ぎていくのだった。
うっかり妙な場にかかわっちゃったな。
そんなことを思っていると。
男は顔をあげてこちらを見、それからおもむろに、にじり寄ってきた。
ショートパンツとウォーキングシューズのあいだは、黒のウォーキングタイツで覆われている。
男は臆面もなく、俺の太ももに唇を吸いつけてきた。
ぴちゃっ。
なま温かい唾液が、タイツごしにしみ込んでくる。
おいおい!男もののタイツなんかに、欲情してる場合じゃないんじゃないの?
さすがに俺が抗議をすると。
男はちょっとだけ顔をあげ、「それどころじゃないんだ」といって、ふたたび唇を俺の太ももに這わせてきた。
痛っ!何すんだよっ!
しんぼう・・・しんぼう・・・
男は俺の両ひざをグッと抱きすくめて動けなくすると、お尻に手を回してあやすように撫でつづけた。
ちゅーっ・・・ちゅーっ・・・
さっき若い女を相手にしきりに発していた吸血の音が、俺の血を吸い上げてゆく。
脳天がくらっと来かけたとき、男はやっと俺のことを放した。
頬に着いた血を手の甲で拭うと、こんどはふたたび女のほうへと這い寄ってゆく。
悪いが、通りかかった船だ。ちょっとのあいだ、番してくんな。
通りかかった船?そんな日本語があるのか?それ言うなら「乗りかかった船」じゃないのか?
言いかえそうとしたけれど、無駄なことだった。
男の魂胆は、見えすいていた。
吸血の相手をした女を、犯すつもりなんだろう。
セックス経験のある女は、ほとんど例外なく、吸血された後に犯されてしまうのだった。
お人好しもいいとこだと、我ながら思いながら。
ガサガサと葉擦れを起こす草むらを背に、俺は通行人が来ないかと気を配ってやっていた。
おい、人が来るぜ?
ふとそう言いかけてふり返ると。
たくし上げられたスカートからむき出しになった太もももあらわに、腰を振っているところをまともに見る羽目になった。
通りかかったのは、散歩途中の老人だった。
俺のまえにちょっとだけ立ち止まり、なにが起きているのかを察すると。
お盛んですなあ。 と。まるで時候の挨拶をするような穏やかな声色でそういった。
そのすぐあとに、 あのひと、きみの彼女さん? とまで、言われた。
いえいえ、そんな・・・といいかける俺に、みなまで言わせずに。
老人はお盛んですなあ・・・ともう一度呟いて、いままでとおなじ足取りで遠ざかっていった。
だいじょうぶですか?
吸血鬼が去った後。
俺は女を抱き起こし、スーツに着いた泥や草の葉を、いっしょになって払ってやっていた。
いい気なもので、あと始末までひとに押しつけて。
やつは意気揚々と、引き揚げていったというわけだ。
だいじょうぶです、エエ、もちろんだいじょうぶです・・・
女のひとは失血で顔を蒼ざめさせながらも、俺のまえでいたって気丈に振舞った。
むしろなにもしないで立ち去るべきだったのか?とも思ったが。
やはり彼女も、支えを必要としているらしかった。
すみません。送っていただけますか?家、すぐそこですので。
エエ、きょうはもう、勤めは休みます。私いなくても、会社はだいじょうぶなはずですから。
さいごのひと言は、ちょっとあきらめ口調になっていた。
俺は女のバッグを肩に提げて、もう片方の肩をよろけそうな歩みのために貸してやった。
生真面目な勤めぶりが、意外にずしっとくるバッグの重さに滲んでいた。
女はいいわけがましく、道々俺に語りつづけた。
じつはセックスは初めてだったのだと。
ちょうど処女の生き血を欲しがっていたあいつと行き会ったのが、運の尽きだったと。
ふつう処女は犯さないものなのにね・・・女は口を尖らせて、そういった。
それ以来。
女と俺とは時おり顔を合わせるようになって。
交際一年を経て、とうとう結婚した。
考えてみれば。
俺は未来の花嫁が襲われて血を吸われる現場に遭遇して。
彼女を犯そうとする吸血鬼に血を与えてやって。
みすみす彼女が純潔を散らしてゆくのを背にしながら、男の手助けさえしてやったのだった。
なんとも間抜けな話・・・そう思い浮かべたとき。
彼女も同じことを、想っていたようだった。
私が犯されたの知ってるくせに。そのときのこと聞くたびに、あなた昂奮してたわね?
いいこと、これからも昂奮できるわ。たっぷりと―――
新婚初夜の床のうえ。
お風呂あがりだというのに真っ白なスーツをきちんと着こなした彼女は、
黙ってカーテンを開くと、窓の外に佇む影を招き入れた。
すまないね。花嫁の純潔をいただくよ。
にんまりとほくそ笑むあいつに、俺はふたたびくり返してゆく。
男もののタイツに、欲情している場合じゃないだろう?
破けたタイツを履いたまま、大の字に伸びてしまった姿勢のまま。
ぼやけかかった視界の彼方。
彼女は嬉々として純白のスーツを凌辱されて、ストッキングを引き裂かれてゆく。
ちゅーっ・・・ちゅーっ・・・
少なくとも。
俺たちが若いうちは、やつの栄養補給の勤めを、果たす羽目になりそうだった。
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