FC2ブログ

妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

躊躇(ためら)う吸血鬼

2015年06月27日(Sat) 09:41:10

第一幕 第一場

勤務先のデスクに腰かけたわたしを、背後から襲いながら、男は聞き取れないほどかすかな声で囁いた。
言葉の響きの妖しさが、鼓膜を衝いた。

さっき、あんたの奥さんを襲ってきた。
奥さんの血は、美味かった。

・・・死なせたのか?
いちばん怖れていた問いを、男は即座に否定した。
・・・犯したのか?
つぎに怖れていた問いに、男はわずかに口ごもった。
・・・肯定するのか?
半ばすべてをあきらめかけたとき、男が口ごもったのがべつの理由だと知れた。
襲った相手がセックス経験のある婦人の場合。
ほぼ例外なく、それも躊躇なく犯すと知っていたのは。
それだけわたしが、彼らと近い立場に身を置きつつあったから。
彼はちょっとだけ口ごもると、こたえてくれた。

犯さなかった。犯せなかった。
両手を合わせて、「それだけは堪忍」って言われた。
ふつうならそれくらいのことで引き下がるようなオレじゃない。
○んちんだって、じゅうぶん勃っていた。あんたの奥さん、いい女だしな。
なのにどういうわけか、見逃してしまった。
まったく、オレらしくもない・・・

男は己が躊躇したことを、心から恥じているようだった。
絶好のエモノを見逃すなど、彼らの中ではあってはならないことなのだろう。
彼を苛んでいる激しい自己嫌悪が、わたしの肩を掴んだがっちりとした掌から、ありありと伝わってくる。
――この掌が、妻のことを抑えつけたというのか。
――この掌からの支配を、妻はかろうじて免れたというのか。
わたしは安堵を覚えながらも、男の様子が気になった。
そのぶんよけいに、吸いなさいよ。それで、あんたの憂さ晴らしになるのなら。
ふたたび差し伸べた首すじに、男は「すまないね」と言いながら、もう一度喰いついた。
濃い眩暈が視界をよぎり、咬まれた痛みを忘れるほどに陶然とした心持ちに堕ちてゆく・・・

「咬んで血を吸わせてもらうんだからな。ちっとは相手に、いい思いさせてやんなくちゃな」
男の口癖だった。
襲った相手を決して殺めようとしないのが、彼らの暗黙のルールらしい。
そのルールゆえに、この街の人間たちは彼らの存在を許し、すすんで献血に応じたり、家族の血を吸わせたりさえしているのだった。

――明日は会社、休んでいいからね。
物分かりの良い上司は、そういってくれていた。
着任してから五年になる彼は、歓迎会の席上夫婦ながら初めて襲われている。
永年連れ添った家内を目のまえでひーひー言わされちゃ、たいがいのことは乗り越えちゃうよね。
初めて咬まれた痕をじんじんさせながら聞かされた打ち明け話は、やけにリアルだった。
ノーブルな顔立ちと優雅なしぐさで知られた夫人からは、想像もつかない有様だったけれど。
おなじことがいま、わたしと妻にも、ふりかかろうとしていた。

目をあければ、着任して一か月、ようやく目になじみ始めた勤め先の風景がいつものようにひろがっている。
なんのへんてつもない風景のなか、息づいている人影はわたしたちだけだった。


帰宅すると、妻は放心したように脚をおっ拡げたまま、壁にもたれて尻もちを突いていた。
やつが出ていったときから、身じろぎひとつしていないようだった。
髪はほつれ、頬は蒼ざめ、半ば唇を開いてぼう然とした様子に、さすがに言葉を喪った。
まるでレイプの後のような生々しさが、部屋じゅうに渦巻いていた。
夫の帰宅をうつろなまなざしで迎えた妻は、おずおずとした低い声で、「おかえりなさい」とだけ、言った。
ワンピースのあちこちには血が撥ねていて、ところどころ破れていた。
妻がまだストッキングを穿いているのをみて、わたしは男の告白が真実だと察した。
脱がされたストッキングを穿きなおす気力を、そのときの妻が持ち合わせているようには見えなかったから。
もっとも・・・しつようにいたぶられたらしい足許には、露骨な裂け目が滲んでいて。
血液とも唾液とも・・・あるいはもっとまがまがしい体液とも見分けのつかない半透明の粘液を、あちこちに粘りつけられてたけれど。
そんなことを気にしているゆとりなど、わたしにはなかった。
わたしは妻に肩を貸して起き上がらせ、そのままよたよたとリビングに連れて行ってソファに腰かけさせた。
やつの食事の場がダイニングだったのは、たんなる偶然だったのだろうか。

小柄な身体を荒い息であえがせながら、彼女はほっとしたようにソファに身を沈めた。
なんにもありませんでしたから、と、彼女はやっとの思いでわたしに告げた。
よくがんばったね、と、わたしは言った。
信じてくれるの?――力のないまなざしが、しんけんな色をたたえた。
直接聞かされたから。淡々と応えるわたしに、彼女は目を瞑った。
彼女はわたしの首すじを見、あっとちいさく叫んで、そのまま口を閉ざした。
いままで見えなかったものが見えた――夫婦ながらおなじ境遇にあることを、彼女は初めて知った。

いつからなの?
こっちに来てすぐさ。
お相手はどんなかた?
取引先の工場主さ。そいつがきみまで欲しがった。
あなたが仕向けたの・・・?
いや、それはない。
でも、男が家に入れたのは、妻のいないときにわたしが彼を家にあげたからだった――いつでも家に入れるように。だからわたしも、しょせんは共犯。
妻もすぐに、それを察したらしかった。
べつべつのひとに咬まれるよりは、よかったかも。
彼女の言葉の選択は、このさいもっとも適切だった・・・と、いまでも思う。
わたしはただ、そうだね、とだけ、応えていた。
ややこしいことは、お互い苦手な質だった。
ややこしいことが苦手なわたしは、やはりややこしいことが苦手な妻に、言った。

きみさえよければ、時々やつと逢って、血を吸わせてあげてくれ。
ぼくに言いにくかったら、なにも言わないでいいし、
言いたかったら、素直に言って。
ぼくは決してきみのことを怒らないし、話も聞いてあげるから。

うつろな瞳は、見据える視線だけがまっすぐだった。
視線の行先は、薄闇の支配する虚空。
目に見えない何かを見据えながら、身体を守り通す自信がない、と、彼女は告げた。
そういうことも、あり得るだろうね、と、わたしは応えた。

すでに奪われていてもおかしくない、いや奪われていて当然だった、女の操――
けれどもやつは、彼女が手を合わせただけで、なぜか見逃してくれた。
私が魅力的じゃなかったから?という妻に、かすかな嫉妬を感じながら、即座に否定する。

やつはきみのこと、いい女だと言っていた、と。
それなら、二度目はなおさら自信がない――それはそうだろう。
彼女も素肌につけられた咬み痕を、ジンジンと疼かせる身になってしまったのだから。
いまわたしを心地よく苛んでいる皮膚の疼きを、同時に彼女も感じているのか。
彼女のうなじには、わたしを咬んだのと同じ牙が残した痕が、赤紫の痣になって、くっきりと刻印されていた。
じりじりとするような危機感と。おなじ異常体験を共有するもの同士の共感と。
どちらがわたしのなかで、色濃いものなのか。

ぼくはきみを、責めないよ。彼とはもう、だいじなものをあげても構わない関係だから――
わたしは彼女の気分を楽にさせるためだけに、そう言った。
あとは大人の男女であるふたりを、信じるしかないのだろう・・・


第一幕 第二場

奥さんが、逢いに来てくれた。
わたしを背後から襲いながら、男はくぐもった声色で囁きかけてきた。
けだるい眩暈にうなされながら、わたしはただ、そうなんですね・・・と応えたきりだった。
あの小柄な身体から、生き血をたっぷりと吸い取らせていただいた。
きっと、目いっぱい吸い取らせてくれたんだと思う。
貧血で頭を抱えているのが痛々しくて、家まで送っていった。
家にあがって、布団を敷いて寝かせてやった。
このまえは、食事のしっ放しでほうり出してしまったからな。わるいことをした。

ここは勤め先の事務所。いまは定時を過ぎてわたしだけの夕刻。
さかのぼって察するのなら、妻が吸血されたのは午後の早い刻限だったのか。
いずれにしても、白昼のことだった。
彼らは昼間でも、活動できるのだ。
いや、そんなことよりも。
妻が吸血鬼と逢って、家まで送ってもらえる間柄なのだと――ご近所という狭い世間ではもう、知られてしまったということだった。
もっとも。
あのときだって、妻は誰か、誰かあっ!と必死に叫んで家じゅうを逃げ回ったというから、すべては筒抜けだったに違いないのだけれど。

――犯さなかったのか?
いちばん怖れていた問いを、男は即座に否定した。
手を合わせられたからな。それだけは堪忍って。
男は身振りで、妻の振る舞いを伝えてくれた。
男のしぐさに、しんけんに手を合わせて憐れみを乞う妻のしぐさが重なった。
――また、見逃してくれたのか?
ああ。オレもまったく、ヤキがまわったものだ。
男は己の情けなさを、しんそこ恥じているようだった。プライドが傷ついてもいるようだった。
――夫としては、感謝するよ。
さり気なく言ったつもりの言葉が、男の胸の奥には鋭く突き刺さったらしかった。
男はかすかに、顔を歪めた。
かすかな狼狽を、わたしはおぼえた。
つぎの瞬間。自分の唇がひとりでに動くのを感じた。
けれども、言ってはならない言葉が洩れるのを、止めようとはしなかった。

ガマンならなくなったら、すこしくらい強引に迫っちゃっても、いいんだぜ。
そうなのか?
うん、あんたなら。

あとはもう、スムーズだった。
言葉に自分の気持ちが重なっていたから。

でも、あんまり手荒にしないでくれよ。かわいそうだから。
わかってる。あんたの奥さんはいいひとだ。オレと逢うのに苦しんでいる。
咬まれたくなっちゃったのかな。ぼくのように。
そうかもしれないけれど、ちがうかもしれない。あのひとは、やさしいひとだから。
きっと、血が足りなくて困っているオレに、血を吸わせてくれようとしたんだろう・・・と、男は言った。
覗きに行こうかな。ふたりが逢っているところ。
思わず漏らした本音に、男は、かまわないさ、と、言った。


第二幕 第一場

切ない吐息の重なりが、半開きのドアのすき間を満たしていた。
よそ行きのワンピースを着た妻が、男と逢っている。
立ったまま抱きすくめられ、もう首すじを咬まれていた。
失血に息を弾ませ肩を揺らしながら、男の抱擁のなかにいた。
白いうなじにぴったりと這わされた唇は、ヒルのように赤黒く膨れあがっていて。
キュウキュウと、ひとをこばかにしたような音を洩らしながら、妻の血を吸い取ってゆく。
あさましいほどあからさまな吸血の音に合わせるように。
妻はけだるげに目を瞑り、華奢な身を左右に揺らしていた。
流れるような黒髪が、身体の動きに合わせてユサユサと揺れていた。

妻は、夫の知人に対する善意の献血だといっていた。
男は、おぞましい吸血行為に過ぎないと自虐していた。
そのどちらでもないように、わたしの目には映った。
そう――それは挿入行為を伴わない情事なのだと。
妻と他の男とに交わされる情事を、わたしは遮りもせず見つめつづけていた。
妻も男も、わたしに覗かれていると薄々知りながら――情事に耽りつづけていた。
いつか・・・わたしは股間が昂ぶりに逆立つのを感じていた。
夫としては感じてはならない、禁断の昂ぶりだった。
世の夫がかなりの割合でその昂ぶりを自覚してしまうのだと――それも上司や同僚の告白から、そうと知らされていた。
わたしの職場に勤める、妻ある同僚たちは全員、その経験を持っていた。
転任してきたこの街は、そういう街だった。
情事に耽るふたりをまえに・・・妻に悟られるのを恥じながらも、自慰に耽ってしまっていた・・・

ふたたび妻と、顔を合わせたとき。
わたしはきっと、このごろ習慣になっている言葉をまた、口にするのだろう。
情事の現場を見たなどとは、おくびにも出さないで。
――よくがんばったね。 と。


第二幕 第二場

わたしを背後から襲いながら、男は囁きかけてきた。
きょうも、奥さんが訪ねてきてくれた。
今週になってから、やつと三回も逢っていることになる。
わたしが勘定するよりも早く、男はいった。
このごろはあんたが勤めに出かけるとすぐにオレのところに来て、身の回りの世話まで焼いてくれるのだ、と。
わたしは初めて、夫としての立場に危機感を抱いた。
そう。妻もわたしも、ややこしいことが苦手な性分だった。

わかっている。いまあんたが考えていること。
やつはわたしの首のつけ根をかじりながら、そう言った。
血がビュッと撥ねて、ワイシャツにシミを作った。
奥さんもこんな感じで、もてなしてくださるんだよな。
やつは、エモノの着衣を持ち主の血で汚すことに、けしからぬ執着を感じているようだった。
きょうは深緑の、ベーズリ柄のワンピース。
きのうは藤色のブラウスに、純白のスカート。
そのまえは――真っ白なブラウスに、赤いスカートだった。
浮気の現場から帰宅した妻を出迎えたわたしのまえ。
真っ白なブラウスに撥ねかる血は、純白のスカートのすそに映えるしたたりは、じつに目に鮮やかだった。
どれも見慣れた、妻の外出着だった。
それらは次々と、葬り去られていった。
手持ちの衣装が入れ替わるたび・・・妻とわたしとの結婚生活じたいが、塗り替えられてゆくような心持がした。

妻の帰宅はしばしばわたしの帰りよりも遅くって。
ほつれた髪に、蒼い顔。
よろけた足どりで、玄関のドアを開けて。
ついさっきまでいっしょだったはずの男(ひと)をうつろな目で追いながら、「ただいま」を告げるのだった。
純白のブラウスの肩先には、真紅のシミがコサアジュのようにあからさまに拡がっていたし、
藤色のブラウスはいちど剥ぎ取られでもしたのか、ブラジャーの肩ひもがあらわになるくらい破かれていたし、
白無地のスカートにもべっとりと、赤黒い血のりが不規則な水玉もようを描いていた。
「よくがんばったね」
そんな凄まじい身なりに内心胸をとどろかせながら、それでも見てみぬふりをして、わたしはそういって妻を迎え入れていた。
自分の身なりを棚に上げて、ワイシャツを紅く汚したわたしに、彼女はからかうような言葉を向けた。「まるで勲章みたいだわね」
勲章――たしかに受章するだけのことはしていたはず。
夫婦ながらに、おなじ吸血鬼を相手に、「善意の献血」に励んでいたのだから。
自分自身の乱れた着衣を気にも留めずに、彼女はわたしの着替えを手伝ってくれ、
わたしはブラウスやワンピースのすそから覗く足許の、肌色のストッキングの伝線に目を留めつづけていた。
いやがるふくらはぎに吸いつけられる、ヒルのように膨れ上がったあの赤黒い唇を思い描きながら・・・

男は去りぎわに、言い残した。

あんたの奥さんだから、よけい愉しいんだろうな。

奥さんを、蔵野夫人のまま犯したい。
やつはきっと、そう言いたかったはず。
果たして妻に、そんな器用なまねができるのだろうか?
妻もわたしも、ややこしいことは苦手な性分だった。


第二幕 第三場

やめて。いけません。主人のまえですっ!
縛られて身じろぎひとつできないわたしの前で。
妻は戸惑いながら、髪を振り乱して抗いつづけた。
男を公式に家に招いたのは、今夜が初めてだった。
三人が公然と席を同じくするのも、じつは今夜が初めてだった――ひそかに同席したことは・・・すでになん度もあったことだけれども。
わたしは妻に男を紹介し、妻ははじめまして、と、男に言った。
そらぞらしいやり取りは、そこまでだった。

わたしは男が吸血鬼なのだと妻に告げ、妻は存じています、とだけ、応えていた。
この街には、吸血鬼がおおぜいいるそうですものね、と。
このひとはぼくの血を気に入ってくれていて、きみの血も吸いたがっている、と、わたしは言った。
そうなんですのね。でも、私怖いわ。妻はそう言った。
ぼくがお手本を見せたら、怖くなくなるんじゃないかな、と、ぼくが言うと、そんな勇気があなたにおありになるの?と、妻はからかうように言った。
和やかに打ち解けた笑みが、そこにあった。
じゃあ試してみよう、ということになって・・・わたしは初めて、彼女のまえで首すじを咬まれ、血を吸い取られ、その場に尻もちを突いた。
いつも以上の素早さに、眩暈がした。
やつは手にしていた鞄のなかからロープを取り出すと、わたしをぐるぐる巻きに縛って、部屋のすみに転がした。
慣れたやり口だった。
このやり口に、なん組の夫婦が、堕ちていったのだろう?と、自分がおかれている立場を忘れてふと思った。
男はこれ見よがしに舌なめずりをすると、
悪りぃな。奥さんいただくぜ。
わざと悪っぽく宣言をして。
そのうえで、妻に迫って、狼藉に及んだ。

いけない!いけないっ!あなた!あなたあっ!
妻は身を揉んで抗い、叫んでいた。声はご近所にも、届いていたはず。
家の外に人の気配がわらわらと群がって、庭先に回り込む。
隣家の異常を察知して、救いの手を伸べようという意図は、感じられなかった。
そんなことをするのなら、もっと前の段階で救いの手は差し伸べられていたはず。
ある段階までは、見て見ぬふりをすること。
そのあとは、じっくり視て愉しみ合ってしまうこと。
救いの手っていうのは、そういうものなんですよ――
隣家のご主人がわたしにそういってくれたのは、だいぶあとのことだった。
庭に面した窓ガラスからは、意図したようにカーテンが取り払われていた。

茂みに隠れながらのあからさまな好奇の視線に、気づかないふりをして。
わたしは無念そうに、歯がみをするばかり。
血を抜き取られた身体は薄ぼんやりと力を喪って、激しい意識だけが火の玉のように、胸の奥をかけめぐる。
嫉妬と狼狽と、悩乱と・・・なにかを飛び越えてしまうときにいつも感じる惧れと後ろめたさ――そして昂奮。
それらがいっしょくたになって、わたしのなかをかけめぐった。

昨日やつと逢ったとき。
やつは妻に本気で迫っていって。
妻は「それだけは堪忍」を、いつものようにくり返して。
無理に唇を奪われてしまうと、たまりかねたように口走っていた。

なさるなら、主人のまえでなさって!と。

それなら不服はないのか?と重ねて問う男に、無言のままうなずくのを。
わたしは半開きのふすまの陰で、心震わせながら、見守っていた。


ビリッ!ビリッ!ブチチ・・・ッ!
悲鳴のような音をたてて引き裂かれてゆく着衣は、去年の結婚記念日に買ったワンピース。
夫婦愛の記念品はそっくり、男への贈り物として、他愛なく慰まれていった。
スリップをくしゃくしゃにされ、するどい爪で真っ二つにされて、
肌色のストッキングを穿いた脚には、唇がヌメヌメと這いまわる。
いやっ!いやっ!あなたっ!視ないで・・・御覧にならないで・・・っ
たまぎるような悲鳴は、半ばは演技、半ばは本気。
じたばた暴れる身体から衣装のすべてを剥ぎ堕とされると。
脱げかかったスカートの奥、どす黒くそそり立った一物が差し入れられてゆくのを、
わたしは目の当たりにする羽目になる。

ずぶ・・・
音がしたように感じたのは、錯覚だったのだろうか?
血を吸った婦人にセックス経験がある場合には、躊躇なく犯す。
彼らのなかでは通り相場な仕打ちが、今はじめて、妻の身に訪れる――

ひくっ。
その瞬間。妻は身体を硬直させて。
喘ぐ唇は求める唇を重ねられて、悲鳴を封じられてゆく。
引きつった立て膝が、じれったそうにうごめいて・・・妻の潔い処は、蹂躙を受けていた。

感じている。
そう受け取らざるを得なかった。
身をしならせて、素肌を密着させ合って。
もっと・・・もっと・・・と、自分から求めはじめていた。
あなた、視て・・・御覧になって・・・とまで、妻は口走っていた。
あなたの奥さん、犯されちゃってるのよ。それだのに、感じちゃってるのよ。
そんなあたしでも、許してくださるの?あなた以外の男に、感じちゃってもいいの?

支配されてしまった。
そう感じざるを得なかった。
男は自分の好みの体位を要求し、逃げることも可能なくらい妻を自由にしていたのに。
妻は四つん這いの姿勢になって、男の器を口に含んで、根元まで唇で賞玩し、愛し抜いてゆく。
それは屈従のポーズ。
蔵野家の主婦としての立場をかなぐり捨てて、男の劣情に屈して、ただひたすら奉仕してゆく。

完敗だ。完膚なきまでの完敗だ。
虚ろな敗北感をゾクゾクとした昂ぶりのなかで受け止めながら、わたしはなぜか妖しく深い歓びに胸をわななかせていた。

幸せなふたりのために・・・乾杯・・・


エピローグ

ややこしいことが苦手なふたりだった。
妻に備わる華奢な身体と生真面目な心とは、多くの男を受け容れるには、ふじゅうぶんだった。
妻はその場で手を突いてわたしに謝罪をくり返し、どうか私をこのかたの愛人として家から追い出してほしい、と言った。
わたしは彼女に、罰を与えた。
ややこしいことが苦手な彼女に、二人の夫を持たせるために。
やつは言っていた――きみの奥さんだから、愉しいのだ――と。
わたしは妻に告げた。
わたしはこの方に、当家の最良のものを差し上げると約束をした。
その約束を果たすため・・・きみは蔵野夫人のまま、このひとに犯されつづけなければならないと。
その夜から・・・妻はふたりの夫に奉仕する身となっていた。
新たな同居人は、わたしが勤めに出てしまうと、ほしいままに妻を、もてあそんだ。
もちろんわたしの在宅中でも、気が向けばわたしの前で妻の血を吸い、犯していった。
妻もそれまで守り通してきた操を、もはや惜しげもなく蕩かせていった。
それだけではなかった。
やつは自分がモノにしてきた人妻の夫たち――ご近所の家々のすべてのご主人たちを含んでいた――をうちに招いて、妻のことをわたしに無断でまた貸しするようになっていた。
夜にもなると、わたしの家の門前は、夜這いをかける男たちの黒い頭が、列をなした。なかにはわたしよりもずっとご年配のごま塩頭や、禿げ頭さえ混じっていた。
それらのすべてを妻は招き入れ、隣室で息をひそめるわたしを憚りながらも、抱かれていった。
情事に耽る妻の気配に欲情するのが、わたしの日常になっていた。

きみの奥さんは、ひとりを守るのが賢明なのだろうね。
あの上司はそういった。うちの家内は、いまじゃおおぜいの男とつるんじゃってるけど。
お宅の奥さんには、無理じゃないかな。
でもきっと、お相手もちゃんとそんなところは見極めて、うまくやってくれるだろうよ――
そんなことを言っている上司さえもが、妻の相手のなかに含まれていた。
けれどもわたしは、何食わぬ顔で出勤し、妻の情夫となっている上司や同僚と言葉を交わし、帰宅してゆく。
これがわたしの得た日常。
きょうも家では、輪姦の果てに放心した妻が、脱げかかった黒のストッキングを片脚だけ穿いた脚を大の字に伸ばして、わたしに「おかえり」を言ってくれるのだろう。

6月19日脱稿 同27日加筆
前の記事
夕餉。
次の記事
クリストファー・リー死去。

コメント

コメントの投稿

(N)
(B)
(M)
(U)
(T)
(P)
(C)
管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
http://aoi18.blog37.fc2.com/tb.php/3162-6266da2f