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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

妻に血を吸われる。

2015年07月06日(Mon) 07:23:51

妻が吸血鬼に襲われて、血を吸われた。
吸血鬼と人間とが友好性裡に共存するこの街では、日常的な出来事だった。
都会育ちで都会の会社に勤め、一か月前この街に初めて赴任してきたわたしたちにとって、もちろんそうではなかったとしても。

「あなたの血が吸いたい」
ある休日の夜、面と向かってそう言われるまで、わたしは彼女の変化に気づいていなかった。
妻はいつものハッキリとした口調で、顔色もかえずにそういったのだ。
一瞬で、なにが起きたのかを悟った。
わたしは無条件に、彼女のために自分の首すじを差し出していた。

つねるような感覚がむず痒く、うなじの一角を冒した。
ゴクゴクと喉を鳴らして、妻はわたしの血を飲み耽った。
渇いたものが欲しいだけむしり取るような、容赦のないやり方だった。
ひとしきり血を飲んだ彼女がわたしを放したとき、ひどい眩暈に襲われた。
彼女は自己嫌悪のこもった昏い瞳で、わたしを見ていた。
「私の中に獣がいる」
彼女はそう、口走った。
――離婚してくださらない?とまで、妻はいった。
だいじょうぶだよ。わたしはやっと応えた。
本社の溝田さんだって、あんなふうに言ってたじゃないか。夫婦の長い時間のなかで、それはたししたことじゃない。
――だから、離婚だけは思い止ってほしい。
彼女の身になにが起きたのか、ほぼ正確に気づいたわたしは、彼女の罪悪感を消そうと躍起になった。

溝田は人事課に勤める、数年上の先輩だった。
わたしの前々任としてこの街に赴任した経験を持っていた。
――仕事なんか、やらなくっていい。そもそも、やるに値するような仕事はあの街にはない。
溝田はあけすけに、そういった。
――あの街は、創立者のふるさとだ。あの営業所は、きみやぼくのようなもののために彼が作った、楽園のようなところなのだ。きみは家族ともども、餌になれ。ひたすら、餌としてあそこにいる連中のために奉仕しろ。なに、想像するよりもずっと、ましな世界だ。あいつらには情がある。ぼくも女房を喰われちまったが、女房のやつはいまでも仲良く、あいつらとつき合っているし、ぼくもそれを認めているし、たまにはいっしょについていったりしているくらいなんだぜ。
溝田の言葉は悪魔のもたらした毒液のようにわたしの鼓膜を侵し、世間なみの理性を痺れさせていった・・・

いったいいつからなんだ?
妻の浮気が発覚した夫のように、わたしは訊いた。
「こっちに来て一週間経った頃からよ」
彼女はもう、悪びれてはいなかった。
なん回咬まれたんだ?
「週に2,3回」
聞かれたことに対する答だけが、簡潔にかえってきた。
相手はどんなやつなんだ?
もっとも怖れた問いにも、彼女は平然としていた。
「しかるべき人」とだけ、彼女はこたえた。

そのしかるべき人というのに、逢ってもらいたい。
彼女のほうからの申し出だった。
向こうがぼくに、逢いたがっているの?
「あのひと、男の血は吸わないわよ」
突き放すような口調だった。
「あのひとに私の血をたっぷり召しあがってもらうために、わたしがあなたの血を吸うの」
イタズラを仕掛けてくるときの、意地悪そうな上機嫌。
妻の黒い瞳が、嬉しげに輝いていた。

あなただったんですね・・・?
迎え入れた自宅の客まで、わたしはほとんどぼう然としていた。
相手は赴任の初日にあいさつに出向いた、街はずれの洋館に棲む男だった。
村長の親友で、街では指折りの旧家の当主だという彼は、日本人離れした秀でた目鼻立ちと、蒼白い皮膚とを持っていた。
いつになく赤みを帯びた彼の皮膚。その裏側には妻の身体から吸い取った血がめぐっているというのか・・・
まがまがしい想像に、嫉妬とともにえも言われぬ昂ぶりを感じた。
妻とこの男とは、わたしの知らない時間を共有している・・・
私は男の生き血は好まない、とだけ、男はいった。
妻に言うとも、わたしに言うともいえない態度だった。
妻はさいしょのときにそうしたように、これ見よがしに牙をむき出して、わたしの首すじに咬みついた。
ゴクゴクゴク・・・
あのときと同じ、あからさまに喉を鳴らして、彼女はわたしの血をむさぼった。
わたしは痛痒い疼きと、自覚し始めた恍惚感に身をゆだねた。

口許に撥ねたわたしの血を、妻は行儀悪く指で拭い取り、その指を唇で吸った。
クチュッ・・・と、下品な響きを洩らして、妻は指先についたわたしの血を吸った。
「視ててくださいね。こんどは私ご奉仕する番だから」
妻はわたしのほうをふり返り、得意そうに白い歯をみせると。ツカツカと客人のほうへと歩みを進めた。
家のなかだというのに、彼女はハイヒールを穿いていた。
真新しいハイヒールはピカピカと黒光りをしていて、肌色のストッキングに包まれたふくらはぎを硬質な耀きで補強している。
ひざから上を覆い隠す花柄のワンピースのすそが、落ち着いた足取りに合わせて静かにそよいだ。
失血で身動きのできないわたしは、客間の冷たい床のうえに転がされたまま、なりゆきを見守るしかなかった。

拡げられた猿臂をまえに、妻はまっすぐに飛び込んでいった。
彼女が身に纏う花柄のワンピースは、去年の結婚記念日にプレゼントしたものだった。
それと知っていて彼女はあの服を選んだのか――なにを訊いても、気の向いたこと以外は軽い含み笑いで受け流してしまう彼女は、いっこうに真相を語ろうとはしない。
猿臂に抱きすくめられた華奢な身体に、男の纏う黒衣が覆いかぶさった。
アップにした髪の生え際に、男は牙をむいて喰いついた。
チクリ、と、音がしたような錯覚を覚えた。
男はそのまま、妻の首すじにあてた牙を、根元まで埋め込んでいた。
赤黒いほとびがぼとぼとと、花柄のワンピースに不規則な水玉もようを拡げていった。

溝田の声が、いまでも耳の奥に響いている。
処女の生き血は貴重とみえて、すぐにどうこうということはないんだけれど。
あの土地の人間が女性をつかまえて血を吸うときにはね。
既婚の女性はたいがい、セックスまでされちゃうことになるんだ。
きみのところも例外じゃないし、ぼくのときだって例外じゃなかった。
だからといってそれ以上、彼らは夫婦の世界に立ち入ってこない。
連中は奥さんのことを、愉川夫人のまま関係しつづけたがるだろうから、きみはもの分かりのよいご主人にならなきゃいけないよ。
ああ、ぼくももちろん、そうしてきたつもりだ。
だからうちの女房が連れ出されるときにだって、ぼくまでお誘いがかかるんだからね。
溝田の言い草は呪縛のようにわたしを縛り、いつか昂ぶらせてさえいた。
行き先を持たない熱い粘液がわたしの股間から迸ってじゅうたんを汚すのを、妻は白い眼で視つづけていた。
引き裂かれたワンピースのすき間から、白い膚をチラチラと覗かせながら。
息荒く迫る男に愛を注がれるために、はずんだ息遣いで応じながら・・・

妻は若返った。
襲われるたびにいままでの服を引き裂かれていって、
そのたびに妻の洋服タンスの中身は、吸血鬼にあてがわれた服に、入れ替わっていった。
だいじょうぶよ。
妻はなんの脈絡もなしに、呟いた。
彼好みの女になったところで、あなたの妻であることに変わりはないわ。
あのひと、人妻を征服するのが好きなの。だから私は、あなたの妻で居つづけるの。
でもそうすることは、あなたの好みに合せていることなんだって、わかってしまった。
あなたも――自分の奥さんが犯されるの、嬉しくて仕方ないんでしょう?

ねえ、今夜も出かけていい?
妻は瞳を輝かせ、わたしの顔を上目づかいで覗き込む。
あなたを裏切りたいの。愉川家の名誉に、たっぷりと泥を塗りたいの。
活き活きとした頬を輝かせ、白い歯をみせつづける彼女のまえに。
送り迎えしてやるよ。
昂ぶりを抑えた声色でわたしはそう告げて、妻は嬉しげによそ行きのワンピースをそよがせる。
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