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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

吸血鬼の屋敷のまえに佇む妻。 娘の身代わり(夫目線編)

2015年12月29日(Tue) 13:32:50

逃げるだけの理性のあるものは、街から逃げた。
逃げることのできないものだけが、あとに残った。
あとに残ったものは、街を支配した吸血鬼たちに、つぎつぎと血を吸い取られていった・・・


その男は、忍田という名前でした。
勤め帰りの夜、とつぜん前に立ちふさがって。
「忍田といいます」
とだけ名乗ると、すぐにすれ違って・・・振り返るともう、姿はありませんでした。
口許についた真っ赤な血のりだけが、記憶に残りました。
家に戻ると、咬まれたばかりの娘が、妻に介抱されていました。
真っ白なハイソックスに、赤黒い斑点が散っていて・・・
男の口許に光る血のりと、すぐに符合しました。

「あなた、優香についていらして下さいな。せめて当校の時だけでも」
妻の希(ねが)いは、残酷なものでした。
血を吸われる習慣を持ってしまった娘のあとを尾(つ)けていって、
近くの公園で首すじやふくらはぎを咬まれるのを見届ける日常。
娘が貧血に耐えて、無事登校するのを見届けてから、わたしは通勤の道に戻るのでした。
あれ以来。
娘が真っ白なハイソックスを履くことはなくなりました。
首すじはもちろん、好んで脚にも咬みつく吸血鬼。
紺のハイソックスにガードされたふくらはぎは、
その発育の良い脚線をなんども侵されて・・・
そんな光景を、さいしょは週一、その後は二日にいちどくらいのペースで見せつけられたわたし。
いつか、不思議な昂ぶりに息をつめて、様子を窺っている自分に気づいていました。
娘は慈善事業のような気分で、うら若い生き血をサーヴィスしているのだ。
時にはほほ笑みさえ泛べながら紺のハイソックスのふくらはぎを咬ませてゆく娘を遠目に見やりながら、ことの真相をかぎ分けてしまっていたのです。

「代わりに、わたしの血を吸ってくれ」
忍田にそう願い出たのは、娘が家を出る間際、貧血を起こしてその場にへたり込んだ日の朝でした。
ところも同じその公園で。
男はわたしの首すじを咬んで、すこしだけ血を吸いました。
けれども男は言いました。
「悪いが、どうしても男の血は受けつけないのだ」と。
そしてもうひと言、わたしに囁いたのです。

あんたの奥さんに、そう伝えてくれ・・・

軽くひと咬み、そしてほんのわずかな血。
それを許してしまったことが、わたしの心の内部を、裏腹に変えてしまいました。

ああ、そう・・・
わたしは虚ろに呟くと、振り向いた視線のかなたに、もう男はいませんでした。
近くの公衆電話から。
わたしはなぜかドキドキしながら、家に電話をしました。
「あなた・・・?」
切迫した妻の声が、なぜか快く耳に響きます。
追い詰めた獲物の息遣い。
どうしてそんなことを、思ってしまったのでしょう?
けれどもわたしは、口を開きました。
自分が従属を誓った獣に、妻の生き血をあてがうために。
「やっぱり、きみが逢ってくれ。あちらのご希望なんだ」

夕刻――
わたしは忍田の屋敷のすぐ前にいました。
ご丁寧にも、勤務先に電話がかかってきて。
(娘から聞いたのでしょうか・・・)
教えてくれたのです。
ご厚意に甘えてご馳走になるから、念のため教えておきます という前置きで。
わたしは会社を早退し、すべてを心得ているらしい上司も、無届の早退を黙認してくれました。

忍田の背中の向こうに、妻がいました。
以前なら、なにをおいても間に割って入るつもりになった、切迫した情景です。
それが今では。
血に飢えた悪しき友人の目のまえに供えられた、美味しい獲物。
妻の怯えさえ、わたしの狂った網膜には、そんなふうに映っていたのでした。
妻は、怯えきった表情をしていましたが、
娘を護るために一歩も退かない母親の決心が彼女を支えているようでした。
忍田にもそれが伝わったのか、すこしきまり悪げに頭を垂れていました。
今朝、わたしの血を吸うようにと請いを入れたときとおなじ態度でした。

みすぼらしい初老の男の前に、花柄のワンピース姿の妻が、輝いて見えたのは、夕陽のせいばかりではなかったはず。
血に飢えたものと、健康な血潮を身体いっぱいに宿したものとの対比が、妻をなおさら眩く見せたのでしょう。
生き血を吸われる側ではなく。
生き血を吸わせる側に立ってしまったわたしには。
妻の怯えさえもが、鳥肌の立つような快感に思えてしまっていたのです。

忍田は妻に言いました。
娘さんは処女だから、手加減をして愉しませてもらっている。
しかし、大人の女には、手加減はしない。
どういう目に遭うのかわかったうえで来ていなさるのか と。
妻は恐怖にこわばった表情から、かろうじて感情を消しながら、言ったのです。
――主人と相談したうえで、伺いました――

「わかった。来なさい」
忍田は引導を渡すように、妻にそう告げました。
妻の運命は決まってしまったのです。


いちど鎖された扉には、鍵がかかっていませんでした。
――娘さんのときのように見届けたいのなら、勝手に上がってもらって構わない。
忍田は電話口でそうわたしに告げましたが、約束を守ってくれたのでした。
敷居をまたぐときの、わずかな床のきしみさえ気にしながら、わたしは男の屋敷に上がり込みました。

半開きになった扉のまえ。
ここから先は、入ってはいけない
扉は開いていながらも、そう告げているようで・・・わたしはなにもかもが終わるまで、そこで佇みつづけたのです。

ベッドの上に腰かけて、床に伸べたふくらはぎを、ストッキングのうえから舌でいたぶられながら、眉を顰める妻。
男はそんな妻の気配を背中で感じているくせに、くくく・・・うひひ・・・と舌なめずりをくり返しながら、ピチャピチャと露骨な音をたてて、淡いナイロン生地を波立てていました。
ストッキングを穿いた脚をくまなくよだれで濡らしてしまうと、
忍田は妻に見えないように、ふくらはぎのいちばん肉づきのよいあたりに、牙を突き立てていきます。
こちらからはわざと見えるような角度――これから咬むぞ、と、わたしに告げてきたのです。
じわり。
うそ寒い部屋のなかで佇むわたしは、冷たい汗を噴き出していました。
妻が咬まれて、顔をしかめつづけているあいだじゅう・・・

よそ行きの花柄のワンピースを着たまま、バラの花をしわくちゃにさせながら。
ワンピースのすそをお尻が見えるまでたくし上げられて、犯されてゆくありさまを。
足に根が生えたようになったわたしは、一部始終を見届けていたのです。
妻主演のポルノドラマを、ただの男の目線で愉しんでしまいながら・・・


やつは、妻の生き血を気に入ってくれている。
やつは、妻の身体を気に入ってくれている。
やつは、妻のことを愛してくれている。

妻は、戸惑いながらも、やつのことを受け容れてしまった。
妻は、歯噛みしながらも、やつに凌辱を許してしまった。
妻は、心ならずも、やつの奴隷に堕ちてしまった・・・

いろいろな思いが交錯する中、わたしは玄関へと足を向けていました。
むつみ始めたふたりが、気を散らさないように。
やつが妻のことを、独り占めできるように。
成就された一方的な恋情が、深められてゆくために――


あのかたと、お付き合いさせていただきます。
でも、あなたと別れるつもりは、ありません。
あなたの妻として、あのかたに抱かれたいと思います。

わたしよりも二時間もあとになって帰宅した妻は、
謝罪するように無言で三つ指を突いた後、棒読みするような抑揚のない声色でそう告げました。
そして、わたしの返事もまたずに、台所に起っていって・・・いままでと寸分違わぬ日常が、再開されたのです。


週に二、三回、妻は娘と入れ替わりに、忍田に呼び出されて出かけていきます。
よそ行きのスーツやワンピースに装い、きっちりとメイクをキメて、
いつもより数段見映えのする風情で、不倫の宿へと脚を向けるのです。
破かれると知りながら、真新しいストッキングを通した脚で、大またな歩みを進めて――
あれほど嫌がっていた、足許へのいたぶりも。
あれほどためらっていた、首すじからの吸血も。
あれほど忌んでいた、吸い取られた血潮で装いを濡らされる行為までも。
妻ははしゃぎながら、嬉々として受け入れてゆくのです。
わたしに視られていると知りながら、
あえてわたしに見せつけるようにして・・・


恐怖の面差しのまま、初めて男の屋敷のまえに佇んだ妻の影を。
毒蜘蛛の仲間に堕ちたわたしは、体液を吸い尽されてしまえと願っていました。
あのときから――
わたしとわたしの家族とは、崩壊を免れるのと引き換えに、違う彩りに染められていたのでした。
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