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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

町工場の兄弟

2016年02月25日(Thu) 07:11:43

いかれた車の下に這いずり込んで、
工具片手に真っ黒になって手探りをしていたトシヤは、
カンカンと硬い音を立てて駆け寄ってくる足音を耳にした。
だれもいないちっぽけな工場の、兄貴はエントランスなんてしゃれた言葉を使うけど、
その実ただの開口部に過ぎないところに一瞬佇むと、
人の気配を察してすぐに、硬いハイヒールの駆け足は、こっちへと矛先を向けた。
あわてて車のバンパーの下から顔を出すのと、女の手が彼を力任せに引きずり出すのとが、同時だった。
あまりのタイミングの良さに、ずるりと車の下から這いずり出た瞬間、
なにかをひっかけたのか、時間の節約と引き換えにシャツには無同情なかぎ裂きができた。
アッ、ごめんなさい!――くらい言っても、罰は当たらないよな・・・
と思ったときにはもう、見慣れない美貌の持ち主の悪罵が、頭上からガンガンと降りそそいでいた。

妹はどこ?
純情な子なのに食い物にしてっ!
ちゃんと責任取ってくださいッ!
でもあなたなんか、義理の弟として認められないわッ!

ちょっと待ってくださいよ。
車の下の真っ暗闇に慣れた目をしょぼつかせながら、トシヤは言った。
それ、兄貴のことでしょう?

美貌に似合わずそそっかしい女は虚を突かれたように、えっ!?と目を見開いて、トシヤを見た。
アッ、ごめんなさい!
女はやっと、トシヤが期待した通りの言葉を口走る。
けれどもそのあとのひとことは、まったく余計だった。
弟さんだったのね。どうりで、似ているけれどちょっとやぼったい・・・

やぼったくって、すみませんね。
頭を掻き掻きトシヤは、車の下から這い出てきた。
女は、相手の男のみすぼらしいシャツにできたかぎ裂きが、自分の狼藉に起因してできたものだということも念頭にないらしく、
思いっきりぶつけた怒りの鋭鋒が見当はずれのところに落下してしまったことに気勢をそがれたことを、ひたすら悔しがっていた。

兄貴のことですよね?
いつも違う女の人連れて、出歩っていますからね。
どこまでわかってるか知らないけれど、妹さん、兄貴とはてきとうなところで別れたほうがいいですよ。
女好きだし、浮気性だし、おまけに吸血鬼なんだから。
たいがいの女の子がね、ディスコとかで知り合って、暗闇の中で血を吸われたことにも気づかないままのぼせちゃうんだって、兄貴いつも言ってますから。
そんな不用心な女のほうにも、問題はあるだろうって。
兄貴がいいかげんなほうにも、問題は大ありなんですけどね、本人、どこまでわかっているのか・・・
まあ・・・ね、兄貴も気の毒なんです。
吸血鬼になっちゃうとどういうわけか、子供ができなくなるんですよね。
兄貴、子供好きだったですからね。
でも、それいいことに、人間だったころ以上に、遊んじゃってるみたいなんです。
女の子のことも、子供に負けず劣らず、好きだから。
やけになってるんだったら、ちょっとかわいそうな気もするんで・・・
弟としてはもっぱら、こうして押しかけてくる女の人をなだめてお引き取り願うのが役回りになってるんですけどね。
でも、お姉さんがかたき討ちに来たのは、さすがに初めてだなあ・・・

妹はどこにいるんです?
人違いを素直に謝るには気が強すぎるらしいお姉さんは、
よそ行きのスーツ姿のオーラを、場違いなみすぼらしい町工場のなかで無自覚にめいっぱいひけらかしながら、
そんな自分の場違いさにも気づかずに、トシヤを問い詰めた。

えーと・・・
わかりますよ。そっくりですよね。大きい目とか、ふさふさした黒い髪の毛とか。
ストレートで、短くしてるでしょう?色が白くって、でも大人しそうな人ですよね?
兄貴のこと訪ねてきては、いつもいなくって。
寂しそうに半日、そこのベンチに座って待ってたことがあったっけ。
あのときはちょっと、かわいそうだったな。
遠い目になったトシヤの思いやりの深い低い声色に引き込まれたように、女はトシヤの横顔に見入っていた。
ふと振り返る顔と視線があって、女はあわてて目をあさってのほうに向ける。
そんなやさしそうなこと言って・・・あなたも実は吸血鬼なんじゃないの?
ア、おれは違います。兄弟では片方しか、なれないらしいんです。
だから、いつも貧乏くじです。
彼女もできないし、作ったってどうせ、兄貴に摂られちゃうのがオチだろうし。
たしかに――このさえない風采ではそれもありだろう。
人の好さそうな困り顔に、女はちょっとだけ、同情を感じた。
吸血鬼になるのと引き換えに、この人の兄は兄弟の幸せのあらかたを、持っていってしまったようだ。

あっ!
遠くから若い女の声がした。
声は、狭い工場のなか、不必要に大きく響いた。
開口部だけがやたらと多い工場のなかは明るく、声の主がだれなのか、トシヤにも女にも、すぐにわかった。
トレーナーにジーンズのラフな格好でも、それを着ているのが可愛い女の子だと、おしゃれにしか映らない。
そんなお手本みたいな少女は、姉とそっくりな顔つきで、
ケンのある美貌から気の強さを引いて善良さとか弱さとを足し算するとそうなるというくらい、似通った面立ちをしていた。
彼女の細い肩に我が物顔に腕を回した男は、さらに大きな声で、「わっ!」と叫んだ。
街でひっかけた女の子のこうるさいお姉さんに、明らかに見覚えがあるようだった。

こんな男と早く別れて、家に帰ってらっしゃい!父さんも母さんも心配してるわよ!
お姉ちゃんあたしのことに口出ししないでって、あれほど言ってるでしょ?
好きな人と一緒にいて何が悪いの?
だまされてるのに、まだ気がつかないの?あなた本当に世間知らずなんだからっ!
変に知恵を回すより、あたしは好きな人を好きなだけ信じるタイプなのっ。
・・・
・・・
(以下略)

あーあ、修羅場だよ。
姉妹できゃあきゃあ騒いでいると、耳元がガンガンしてくる――
ふだん聞きなれた工具の立てるけたたましい騒音のほうが、数等ましだ。
トシヤはまったく閉口していたが、兄貴のほうは逆にこんなのは慣れっこらしく、
そのぶん工場の作業の汗臭さ油臭さには閉口するタイプの男だった。

どうするよ。
兄貴もさすがに困り果てて、こっちを見る。
おれのこと見たって、なんにも解決なんかしないじゃないかよ。
トシヤもわざと顔をしかめて、騒ぎのもとを作った兄貴の、救いを求めるような視線をはじき返す。
ところが騒動は急転直下、意外な結論に到達していた。
兄貴は責任を取って、妹娘を嫁にもらう。
妹娘は工場を手伝い、兄貴の病気には多少、目をつむる。
(というか、本人はさいしょから、それでいいと感じている)
しっかり者の姉娘は敏腕OLとしての取り柄を生かし、工場の経理や事務を手伝いながら、妹夫婦のお目付け役として、居座る。
そのままでいるのもなんだから、ついでに弟のトシヤと結婚する。

おい、ちょっと待ってよ。どうしてそこにおれまで入るワケ?
トシヤの抗議は、一蹴された。
あなたも責任取りなさい、って、一喝されて。
でも、おれ嫁さんもらったって、どうせ兄貴にとられちゃうんだぜ?
兄さんに私がよろめくと思う?
さあ・・・それはどうだか・・・
さすがにへらへらっとなってしまったトシヤに、姉さんはなおも、たたみかける。
でも、もしそうなっちゃっても、あなた兄さんのこと許しちゃうんでしょう?
そうだね。兄さんとなら、自分の嫁が浮気しても許してしまうと思う。
しぜんと口をついて出てきた弟の言いぐさに、さすがの兄貴がしんみりとなった。
けれどもすでに、
(姉貴のほうも案外、イケるじゃん)
なんて思いはじめてしまっている、救いようのない兄貴のことだから、
きっと“病”のとばっちりがこの気丈な姉にまで及ぶのはもう、時間の問題だっただろう。

じゃあ決まり決まり!・・・ということで、このどたばたはどうやら、唐突な大団円を迎えたらしい。
トシヤから工場の説明を受けている妹娘は、弟の発する善良な雰囲気をしっくり受け止め始めている。
その傍らで、ふたりきりになった姉娘と兄貴は、どうやら同い年のようだと自覚し合っていた。
ねえ。あんたさぁ・・・
性懲りもなく“病状”を発揮し始めた兄貴に、お姉さんはくぎを刺した。
あたし、まだ処女なんですからね。初めての夜は、トシヤくんと過ごすから。
それまであたしに、手を出したりしないでね。
睨みつける大きな瞳が、本人の自覚とは無関係に、魅惑的な輝きをたたえていた。

≪後記≫
続編描きました! (^^)/
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-3275.html
しっかり者のお姉さんと、ジダラクなにーさんが、どうなることかと気になって・・・。
(^^ゞ
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スナックのお姉さん。
次の記事
大丈夫だよ。

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