1
こないだの言いぐさが、妙に耳にこびりついている。
あたし、まだ処女なんですからね。初めての夜は、トシヤくんと過ごすから。
それまであたしに、手を出したりなんかしないでね。
弟のトシヤのやつのフィアンセになった、元OLの女。
ことの始まりは、ディスコでつかまえた、この女の妹がきっかけだった。
パンクな格好で踊っていたから・・・いかれた子だとばかり、思っていた。
だから踊っている最中に首すじを咬んで、思いっきり喉の渇きをうるおしていた。
案外純情で生真面目な子だとわかったのは。
弟と二人でやっている小さな修理工場に毎日やって来ては。
寂しそうに日がな一日、待ち続けていると聞いてから。
ちっくしょう。まずいな。俺は女から女に渡り歩くのがモットーなんだ。
おぼこ娘だということは、血を吸ってわかったが。
一人の女に縛られるには、俺の食欲はせっぱ詰まって強すぎる・・・
実質弟がひとりでやってる修理工場に、その子の姉貴がかたき討ちにと怒鳴り込んできて。
勇ましい姉さんにつかまって、すっかり困り果てていた弟までも、巻き込んで。
どたばたの修羅場のあげく、急転直下、俺は妹と。弟は姉と、婚約が成立した。
そのすぐあとにいわれたのが、冒頭の科白。
まったく、勘のいい女ってやつは、始末が悪いぜ・・・
2
トンテンカンと器用に金槌をあやつっているときは、夢中になってヤなことをすぐに忘れる。
そんな自分の傍らで。
兄貴が連れてきた妹娘は、デニムのショートパンツから、恰好の良い生足をさらして、
わけがわかっていないなりにも、道具をさがして持ってきてくれたりして、けなげに張り切ってくれている。
道端に可愛く咲いた、たんぽぽの花のような女。
ぐーたらな兄貴とは、大違い。
そのぐーたらな兄貴はさっきから、事務所で書類と格闘している気難しい姉さんを相手に、口説いている真っ最中らしい。
自分の婚約者が、兄貴にくどかれている。
そんな感覚が、まだしっくりとこないのは。
絶賛修理中の車の下からいきなり引きずり出され、シャツにかぎ裂きを頂戴した初対面からこのかた、
汗だく油まみれの自分に、洗練されたスーツをばりっと着こなす敏腕OLが自分の相手になるということに、まだ実感がわかないからだろう。
兄貴の女癖は、きょうに始まったことじゃない。
吸血鬼になる以前からずっと、あんな感じだったし。
どうにも憎めない性格で、だれもかれもがなんとなく、兄貴のささいな悪行やつまみ食いは、見て見ぬふりをするのがマナーみたくなっちゃっている。
おれも・・・いかにもしっかり女房になりそうな姉娘――未来の自分の花嫁――を兄さんが口説くのは、見て見ぬふりを決め込むつもり。
そうなんだ。
兄貴は処女の生き血が、大好きだった。
だからいま隣にいる可愛いこの娘のことも、すぐには犯さなかったんだ。
気の強い姉娘と初めての夜を過ごす権利を、兄弟どちらが勝ち得るかは別として。
そんな兄貴のため、婚約者の処女の生き血はよろこんで進呈するつもりでいるのだから。
兄貴が彼女の首すじを咬むくらいのことは、とっくにアリだと思っていた。
影と影とが重なり合うところだけは、そっぽを向いておけばいい。
3
いちどだけだよ。
敏恵はむーっとして、トシヤを睨んだ。
そう、言いそびれたが、姉娘の名は敏恵、妹のほうは加奈という。
そんなに齢が離れているわけじゃないのに、名前の響きの古さ新しさは、ふたりの性格と同じくらい、きわだっている。
長女が生まれ、次女が生まれるまでの数年間に、どうしてこんなふうに違ったふうな名前を思いつくようになるんだろう?
ひとごとながら、不思議に思える。
その敏恵のほうが、いま婚約者のトシヤと向かい合って、熱烈交際中という表向きとは裏腹な仏頂面で、恋人のはずのトシヤのことを、むーっと睨みつけているのだ。
それはそうだろう。
珍しく、「敏恵さん、話あるんだけど」と、誘い出したトシヤが、工場の隅っこで囁いたお願いに、ものに動じないはずの姉さんは大きな瞳をなおさら大きく見開いてしまったのだから。
――兄さんに、処女の生き血を飲ませてあげられないかな・・・?
無理ッ!無理。あのひとだけはゼッタイ、むりっ。
さいしょは顔をくしゃくしゃにしてうつむいて、頑なに肩をすくませてそう口走っていた。
いつもは冷静なくせに、いったん感情が昂ると、なりふりかまっていられなくなるらしい。
持って回った言い方のほうが傷つけてしまうかと思い、つとめてストレートに言ったつもりが、かえって裏目に出てしまった。
気の強い女の癇の虫というやつは、計測不可能なんだ。
女慣れしていないトシヤは、またひとつ経験を積むことになる。
それはともあれ、なんとか女をなだめなくちゃならない。
言うに事欠いて余計なことを口走り、そのやっかいな後始末をするはめになったことにおろおろしながらも、
こっちに背を向けて羞じらいつづける敏恵のことを、(意外とかわいいじゃん)と感じてしまっている自分がいる。
おれと結婚するのは――無理じゃないの?
無理なわけないでしょう。決めたことなんだから。
後半のひと言はよけいだったが、気の強い女はどこまでも、律儀で生真面目らしいから。
そこは割引して、聞き流してやる。
きつい言葉を浴びせられても被害を最小限度にとどめる心の工夫は、さすがにトシヤもできるようになっている。
――ありがとう。
しぜんと、そんな言葉が出た。
かりそめにも、大学出の才媛OLが、こんなみすぼらしい町工場に嫁に来てくれるというのだ。
兄貴とは似ても似つかぬぶきっちょで、一生独身でもおかしくないと自覚していたトシヤには、天から降って来たような展開だった。
お礼のひと言くらい言ってみたって、罰は当たらないだろう。
けれども敏恵は、トシヤに「ありがとう」といわれて、急にしゅんとなっていた。
どういたしまして。
言葉だけは気丈に作ったけれど、かたくなにすくめていた肩が、ちょっぴり震えている。
ああ、この人はやっぱり、生真面目なんだ。
妹の加奈のことを「純情」といっていた姉さんも、やっぱり純情だったのだ。
妹の婚約者で、おまけにいけすかない女たらしの吸血鬼でもある兄貴の相手をして、自分から血を吸わせるなんて。
それをよりにもよって、未来の夫にそんなお願いをされちゃうなんて。
心が千々に砕けても、とうぜんのことだったんだ。
あなたのことは、おれが一生、守ります。決めたことなんだから。
意趣返しのつもりはなかったけれど。
つい洩らしてしまった後半に、せっかくの決めセリフがフイになった。
決めたことって――もう。
言い出したのは自分なんだと、さすがに自覚が伴ったらしい。
敏恵は俯いたまま、サンダルの脚を自堕落にぶらぶらさせる。
真っ白なサンダルはおしゃれで、都会を歩いてもおかしくないくらい恰好よかった。
てかてかとした革製のストラップが、肌色のストッキングに包まれた足首に、グッと食い込んでいる。
おれには、もったいないくらいの女性(ひと)――
思わず後ろから、肩を抱きとめていた。
ばか。
優美なウェーブを描いた豊かな黒髪に隠れた顔をわざと見ないように目線をそらしたのは、
初心なトシヤにしてはあっぱれな態度だった。
この狭い工場で、4人で一緒に暮らしていたら。
いろんなことがあるだろう。
兄貴は女たらしの吸血鬼。
そんな兄貴にどこまでもついていくという加奈のひたむきな純情さをもってしても、その食欲と性欲とは、補いきることはできないはず。
といって、外でのつまみ食いもほどほどにしないと――とは、明らかに感じているらしく、このごろはすっかり、盛り場に出没する機会を意図的に減らしているのが、近くにいるだけでよくわかる。
無理してるな、兄貴――
ここを牢屋にしちゃったら、いけないよな。
トシヤがいつも感じるのは、がみがみと口うるさい義理の姉――トシヤを通せば義妹といえなくもないが、お互いにとってそんな気分はみじんもない――に、兄貴がいつも負けかかって、みるからに煙たそうにしていることだった。
敏恵の存在が兄貴のなかで重たいだけだったら、いつか兄貴は敏恵も加奈までも置き捨てて、ここを出ていってしまうに違いない。
せっかく兄貴のために立ち上げた小さな工場も、そうなってしまったらトシヤのなかでも無意味になる。
だから、敏恵さんにも兄貴のことを受け容れてもらいたいんだ。
あんな兄貴だけど、許してやってくれないかな・・・
兄さん孝行したい気持ちは、わからなくもないけれど。
工具の詰まった木箱に腰をおろしながら、敏恵は仏頂面に戻っている。
やくざな木箱の上、茶色に白の水玉もようのワンピースが、明らかに不似合いに映った。
でもね、あたし気が強すぎるでしょ?さすがに自分でも、これじゃいけないって思ってはいるの。
もっと打ち解けてほしい・・・って、あなたの気持ちはよくわかった。
でも、かりにも自分の婚約者を、危険な男と二人きりにさせることだっていうのだけは、わかっておいて。
ウン、わかった。じゃあいちどだけ・・・
トシヤはそう応えてはみたものの――
いかに気の強い敏恵が相手でも、生き血の味が気に入ってしまったら、
二度や三度じゃ終わらないのが兄さんだって、わかりすぎるほどわかっちゃっている。
4
わかってるって。
あんたはかりにも、トシヤの婚約者――未来の花嫁なんだから。
それにそもそも、加奈の姉さんなんだから。
犯したりなんか、しないって。
兄さんは顔赤らめて力説する。
それをすぐかたわらで耳にしながらも、トシヤは自分でもびっくりするほど、冷静だった。
おれを好いてくれているのも、ぶきっちょなおれのことをいつも案じてくれているのも、決して嘘じゃない。
けれども、どうしようもない女好きだというのも、もちろんほんとうだ。
彼女はむーっとして兄さんのことを睨みつけ、そして言った。
じゃあいちどだけ。
どっかで聞いた言葉だなあって、そのときは軽く考えていた。
ボクは思わず、言い添えていた。
ぼくにとって敏恵さんが大事なひとだっていうことだけは、忘れないで。
作った仏頂面のやり場に困るほど敏恵が内心の感激を抑えかねているのを、トシヤはわざと受け流したけれど。
そんなセリフももしかしたら、しんそこ抱いた危機感の表れだったのかも知れない。
5
逢瀬は、ちっぽけな事務室で交わされた。
加奈はちょっと出かけてくるといって、ショルダーバック片手に工場から出ていった。
さすがに、自分の彼氏が姉さんの血を初めて吸うという状況と、同居する気にはなれなかったらしい。
ついていってやったほうがいいのか?ちょっぴりだけためらったトシヤは、かろうじてその場に踏みとどまった。
オレはあのひとの婚約者なんだから。自分でそう、言い聞かせた。
視ないでちょうだい。恥ずかしいから・・・そういって声を尖らせる敏恵も、じつは不安でたまらないらしい。
咬まれちゃったら、すぐなのにな。
その後の展開をわかりすぎるほどわかってしまっているトシヤとしては、内心いたたまれない気分ではあったけれど。
言い出しっぺのおれが、逃げ出すわけにはいかないよな、と。
すべての後始末を引き受けるつもりになっていた。
ものの5、6分。
気持ちのうえでは、ほんの一瞬でしかなかった。
擦りガラス越し、2人の影が重なって。
兄貴の唇が、たしかに敏恵の首すじに吸いついた・・・ように見えた。
内心、ずきり!とするものを抑えきれなくなって、トシヤは思わず股間を抑えた。
どうして自分がそんなことをしてしまったのか、自覚できなかったけれど。
たまらなくなっちゃったのは、間違いなかった。
兄貴が女を事務室に引きずり込んで、両肩を抑えつけ、首すじを咬んで、相手を夢中にさせてしまう。
そんな光景、いままでなん度目にしたことだろう?
いつもなら。
またかよー。たいがいにしろよな。事務所汚れるし、匂いもつくじゃんかよー。
おれのやってるコトったら、まるでエッチのあと始末じゃんよー。
そういってぶーたれながら、勝手に夢中になっている二人を追い出して、
血の撥ねた床をモップ掛けしたり、そそくさと後始末に励むのがいつものことだったけど。
きょうの兄貴の獲物は、おれの婚約者なのだから――
さっきから、ぞくぞく、ぞくぞく、慄(ふる)えがとまらない・・・
ワンピースの肩を、我が物顔に抱きすくめる、むき出しの猿臂。
のしかかってくる兄貴を少しでも近寄せまいと、か弱く突っ張った細くて白い腕。
エンジ色のワンピースに乱れかかった、ゆるやかにウェーブした黒髪のつややかさ。
「血が撥ねても目だたないから」と、そんな色を選んだあたりにも、敏恵の賢明さがあらわれているだけに――そこがトシヤとしてもたまらない。
なによりも。
黒髪を掻きのけられあらわにされた白い首すじに、ぴったりと密着する、兄貴の唇――
その一点が、てこになって。
あの気丈で誇り高い敏恵のすべてを、塗り替えてしまう光景に。
トシヤは擦りガラスに頬ぺたを圧しつけるようにして、見入ってしまっていた。
彼女を束縛していた猿臂が、急にほぐれた。
敏恵は男を振りほどくと、よたよたと事務所から逃れ出た。
擦りガラスに頬ぺたを圧しつけていたトシヤは、それを視られまいとして、あわてて頬ぺたをガラス窓から引き離す。
それと同時に、敏恵が腕のなかに入ってきた。
人目もはばからず抱きついて来るなど、この女にはあってはならないことだった。
自分のしたことにわれにかえって、さすがに敏恵は身を離したけれど。
掴まえたままのトシヤの両ひじに、痛いほど力を込めて。
びっくりした。びっくりした。衝撃強すぎる・・・
息遣いも荒く、なん度もそうくり返していた。
白い首すじに滴るバラ色のしずくが、吸い残されてしまったのを恨むかのようにしずかにうなじを伝い落ち、
女の気づかぬ間にエンジ色のワンピースのえり首を、濃く染めていった。
6
いちどだけだよ。
敏恵が睨みつけている相手は、もちろん兄貴。
請求書と領収書の整理が一段落するのを待ってから口説き始めるようになったのは、
兄貴としては進歩したつもりなんだろう。
もうっ。いけすかないっ。
傍らで様子を見ていた加奈が、プンとむくれてそっぽを向いて、
4つ分のコーヒーカップを、ひとりで片づけにかかる。
口ではすねてみせるけれど。
兄貴にぞっこんなのは、かわいそうなくらいにバレバレで。
文句を言いながらも、尽くしちゃっている。
今だって。
自分がいたら姉さんを口説くの遠慮するだろうなって気を使って、怒ったふりをして座をはずそうというのだろう。
こんなにいい子がいるのに、なんなんだよ。
そんなふうに愚痴ってみたところで、はじまらない。
兄貴の必要とする血の量は、ひとりの女で受け止めるには、あまりにも負担が重すぎた。
コーヒーカップをお盆に載せて、加奈がツンツンしたふりをして退場すると。
つぎに気を利かすのは、おれの番なのだろう。
じゃ、おれ仕事戻るわ。
背後の気配に未練を残しつつ、俺はいかれた車のほうへと無理に自分を引っ張っていく。
じゃあ~、いちどだけ・・・
兄貴はおれに気を使ったつもりでも。
女の肩に手を伸ばすタイミング、いつもちょっとだけ、早すぎるんだよな・・・
そもそも、だいたい、その「いちどだけ」っての、きょうだけでなん回誓い合うんだよ?
いかれた車の下は、いまでは便利な隠れみのだった。
気になる恋人の危機を、トシヤは仕事をするふりをして、いつもここから息をひそめて見守っていた。
敏恵は兄貴に求められるまま、ストッキングを穿いた脚を恐る恐る、差し伸べてゆく。
ねずみ色のタイトスカートはひざ上丈で、引き締まった太ももがお行儀よく収まっている。
上品なはずの肌色のストッキングが、どことなくいやらしく映るのは・・・たぶん気のせい。きっと、気のせい・・・
部屋の照明を照り返して、薄いナイロン生地がテカっているだけじゃないか。
その薄々のストッキング越し、兄貴の唇がじんわりと、敏恵のムチッとしたふくらはぎに、吸い寄せられる。
吸いつけられた唇の下、ストッキングにキュッと引きつれが走り、そしてメリメリと裂けてゆく・・・
知的なOLの象徴みたいな、気品のある足許を 惜しげもなく辱めさせてしまいながら。
ウットリとなった敏恵は、そんな自分を気取られまいと、ひたすら天井の照明とにらめっこしている。
俺がいると羞ずかしがって、決して許そうとはしない吸血を。
俺の目がないと本人が思い込んでいる場所では、「じゃあいちどだけ」という呪文をかけられると、あっさり許すようになっていて。
さいきんは、夢中になってしまっている横顔を、隠そうとしない。
気取られていないと思いこんでいるのは、本人だけだった。
気が強くて、プライドが高くて、男たちを寄せつけなかった女は。
血をあげているのは、慈善事業なんですからねっ。
愛してるのは、トシヤくんのほうなんですからねっ。
そんな言い訳を口にしながら――いや、彼女の名誉のために言い添えれば、どちらも本心には違いない――首すじに這わされてくる唇を、もう拒もうとはしていない。
息せき切って、せっぱ詰まったうめき、もだえ――
視て見ぬふりをすることができている周りの連中は、なんて大人なんだろう。
気がついたら、またも股間に手をやってしまっていることに苦笑いを泛べながら。
俺も加奈ちゃんと同じくらいには、オトナにならなくちゃな。
そう思いこんで、工具を握る。
処女の生き血は、兄さんの大好物だから。
きょうも、婚約者の敏恵と二人きりにさせてやって。
加奈が顔色を蒼ざめさせている日は、兄さんにたっぷりと、栄養を摂らせてやるんだ。
兄さんが大好物なのは、処女の生き血なんだから。
きっと、兄さんが敏恵さんを犯すことはないはず。
妹よりおくてなのを恥じる姉は、吸血鬼を兄に持つおれの希望を入れてくれて。
きょうも吸血鬼のお目当てを、望まれるままにたっぷりと、提供して。
善意の婚約者の存在のおかげで、おれはまたきょうも、兄貴孝行をする。
こんな日常が、いつまで続くのだろうか?
考えてみれば・・・妹のほうの加奈は、とっくに女にされちゃっているのだ。
初めての夜は、トシヤくんと過ごすんだから。
敏恵の希望は、いまでもそうに違いない。
けれども――
兄貴に直接望まれても、きっとそういって相手の欲望を斥けてくれるに違いないのだけれども。
もしも兄貴が、おれにそのことを望んできたら・・・
そのときおれは、もうひとつの兄貴孝行を、果たしてしまうかもしれない・・・
あー。
不覚にも洩らした声は、事務室から筒抜けになった。
トシヤは思わず工具を取り落し、きょうの作業をあきらめた。
集中できないのは、いかれちまった車に悪いからな――
いかれた車の下。
いかれちゃいかけている恋人が、兄貴を相手に遂げる逢瀬を。
いつかおれ自身が、愉しみはじめてしまっている――
7
敏恵に感じるまっとうな愛情も。
兄貴に感じるまっとうな愛情も。
ふたりが交し合ういけない関係のかもし出す、妖しい雰囲気も。
トシヤのことを支配し始めている、兄貴に過度に貢献したいという衝動も。
どれも・・・ほんとうのトシヤの一部分であることに・・・違いはなかった。
≪後記≫
続きはこちら。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-3276.htmlどういうわけか、とまりませんねぇ。 A^^;
結論はほぼ見えちゃっていて、コチラの読者のみな様ならご賢察のとおりの展開ですが。。。