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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

町工場の兄弟 3 初キス。

2016年02月27日(Sat) 09:56:58


視てたでしょ?
視てないって。
ウウン、視ていた。
だから、視てなんかいないって。
だって。
敏恵が上目づかいに、トシヤをにらむ。
この目つきは、無敵だった。勝てたためしがない。
そんな不吉な予感は、確信になって上塗りされた。
だって、擦りガラスに頬ぺた貼りつけて視てたじゃない。
敏恵の首すじには、兄貴が吸い残したバラ色のしずくが、まだしたたり落ちていた。

言いかえすこともできなくて、ちょっと目をそらそうとしたら。
目をそらさないで。
そんなつぶやきが聞こえたような気がして。
ふと見返した目と目とが、不意に近づいた。
近づいて近づいて・・・二対の唇が、重ね合わされていた。
お互いにぶきっちょなのだ。
もしかして、敏恵さんも初めてだったのかもしれない。
不器用に重ね合わされた唇は、いちど離れて、お互い離れがたいようにさ迷い合って。
ふたたび重ね合わされた――こんどは、結び合わせたように、しっくりと。

お兄さんには、血を吸われて、肌も舐められちゃってるのに。
あなたとは、キスもまだだった。
初めてのキスくらい――あなたといっしょに済ませとかないと。けじめつかないし。
おいおい、そこで「けじめ」かよ。マジメすぎるじゃん。
思いかけたのを、すぐに振り払った。
重なり合いかけた想いから気を散らすのが、もったいなさ過ぎたから。
うまい言葉が、思いつかない。
けれども、初心な男は初心な男なりに、もっとも適切な返しをいれた。
もういちど。
それだけで、じゅうぶんだった。
ふたりはさらに身を近寄せあって、結び合わされた唇と唇とで、熱い息をはずませ合った。

むこう視ないで。
いま、あなたの兄さん、加奈のこと押し倒してる。
懲りねぇ兄貴だな。まったく。
いいのよ。あのふたり、夫婦になるんだから。
腕のなかで抱きしめた身体は、意外にも頼りなげでか細かった。

お兄さんね。あたしにキスせがむの。
貴男とまだだから、それはダメって、断りつづけたんだよ。
いい子にしてたから、ほめてちょうだい。
小さな女の子が親のまえで胸を張っているみたいだ――そう思うとくすぐったいほどほほ笑ましかったけれど。
いっぽうで。
おれと済ませたってことは・・・兄貴とも近々、するってことだよね?
問うてはならない問いを、恋人の横顔に投げかけていた。
敏恵の横顔はいままでみたどの時よりも柔らかく、か弱げにほほ笑んでいた。
もういちど振り向かせて、キスを重ねることしか、ぶきっちょな彼にはできなかった。

結び合わせた唇をほどくと、女はイタズラっぽく笑った。
こんどお兄さんにせがまれたら、断り切れなくなっちゃいそうで。

初キスを済ませたから、そんな気分になったのか。
断るのが限界に来たから、トシヤを受け容れたのか。
たぶん二番目のほうだろう、と。トシヤは自分に都合のいいほうで、受け取った。



よくがんばったね。
クッションがばかになった古ぼけたソファからフラフラと起きあがる妹を、
姉は気丈に励ましていた。
敏恵の血を吸って、それだけでは足りなかったらしい。
キスを拒んだ敏恵がトシヤの腕のなかに甘え込んだとき、
トシヤの兄のジュンは、加奈をひき込んでいた。

引かれた手を、わざと邪慳に振り払って。
もうっ、イヤっ。
姉さんのあとだなんて・・・と言いつのろうとする口を、熱いキスでふさいだときにはもう、加奈は夢見心地になっている。
わきの下に腕を入れたら、くすぐったがって笑った。
ミニスカートのなかに手を入れてパンツを引き下ろしたら、エッチ!といって、なおも笑った。
まくりあげたTシャツの下、ノーブラの胸にむしゃぶりついて、ピンク色の乳首を舌でくすぐってやる。
いつもならけらけら笑うはずの加奈が、めずらしく歯を食いしばって横顔を見せている。
姉さんとどっちがいいのよ?
そう訴えているようにも見えた。
俺にぞっこんなのと、女としての嫉妬とは、別次元で同居し合うものらしい。
めんどくさいことを考えるのが、しんそこめんどくさいらしいジュンは、
かまわず女の顔をこっちにねじ向けると、
必殺の熱い吐息を喉が灼(や)けるほど、そそぎ込んでやっていた。
忘我の刻は、こうして過ぎた。

ずいぶん吸われちゃったんだね。だいじょうぶ?
あんなにすごいの、ひとりで抱えたら大変だよ。
姉さんの言いぐさは、実体験がこもっているだけに、加奈の耳にも生々しい。
忘れようとしていた嫉妬が、またチロチロと埋火になった。
わかってる。ひとりで抱えきれるわけないって。
だから、姉さんが来てくれた時には、頼もしかった。
でも――そんなにすごかったの?
敏恵は妹の嫉妬心に、あまり気づいていない。
すごかったよぉ。ひと咬みされただけで、姉さんだって舞い上がりそうになった。
そう。
微妙に顰めた声色にかまわず、敏恵は妹の服に着いた血を、せっせと拭き取っていく。
あんなひとに抱かれたら、もっとすごいんだろうね。
敏恵の言いぐさを断ち切るように、加奈は口を開いた。
だったら、姉さんがあのひとと結婚すれば?

わかってるよ。言いたいこと。
姉は冷静になると、白目がやけに目だつ。
いまもそうだった。
さっきまでの世話好き姉さんの面貌は消えうせて、妹のことをしっかりと見つめ返していた。
あたしのが優等生だったし、大学にも行ったし。一流企業にも、ほんの少しだけど勤めた。
でもね。そんなの関係ないじゃん。
あの人は、あなた向きよ。決してあたしじゃない。
あたしはたぶん――
トシヤくんと結婚して、たまにジュンと浮気するのがちょうどいいのかも。
ぽつりとつぶやく姉の本気な横顔に、加奈は息をのむ。
いつも冷静で、頭がよく、しっかり者の姉。
いつも絶対にかなわない、高くて遠い存在だった姉。
その姉がいま、加奈と同じ高さで、同じ男のことで戸惑い悩んでいる。
トシヤさんいいひとだし、裏切ったらかわいそうだよ。
加奈も姉と同じ低い声色になって、姉を諭していた。
もしも姉さんがジュンと仲良くなっちゃったら、あたしもトシヤさんとどうにかなっちゃうかも。
でも――いままでみたく、仲良くしてね。
ウン、そうだね。
交し合ったほほ笑みは、互いに邪気のなさを察し合う。
じゃ、指切りげんまん。
しみじみとなりそうになったのを、事務室の外の騒音が掻き消した。
おーい、頼むぜ!手伝うのはいいんだけどよお。車壊さないでくれよなー!
なんの気まぐれか、ジュンがトシヤの仕事を手伝おうとしたらしい。
そして案の定、弟の邪魔をしただけに終わったらしいことに、姉も妹も、ぷっとふき出していた。
ぐーたらな兄貴が急にそんな気になったのは、姉妹の話題が深刻になりかけたときだったと、賢明な姉だけは気づいている。



初めての夜、おれといっしょにいてくれるって、言ってたよな?
工場の隅っこに呼び出すとき。
トシヤはジュンや加奈に聞かれたくないことを話す。
そんな呼吸が、ようやくわかりかけてきたとき。
トシヤのお願いはやっぱり、ストレートだった。
おれも一緒にいるから・・・先に兄貴に抱かれてくれないか?
どうしてもお前の彼女を征服したいって言われて・・・なんだかゾクゾクきちゃったんだ。
あたしのこと・・・好きなんだよね・・・?
見開いた大きな瞳を、トシヤはまともに見返している。
愛しているから、そうして欲しいんだ。
こんどは敏恵が、はっとする番だった。
そういう好きになり方って、あるんだね・・・
うつろにこぼれた言葉が、ぽつんと薄闇のなかに佇んだ。
お、おかしいよね?おれってさ・・・
俯いて口ごもるトシヤに、敏恵はスッと身を寄り添わせる。
甘えるように回した両腕のなか、切なげに求めてくる唇に、敏恵は安堵しながら応じてゆく。
わかった。
あなたが望むのなら、そうする。
でも、お兄さん強烈だから・・・
あたしが夢中になっちゃっても、許してね。
さいごは笑ってごまかしたけど。
わかった。罰だと思って我慢する。
照れ笑いが潔さにみえたのは、たぶん錯覚なのだろう。
おれ、仕事戻るわ。兄貴の相手、してやって。加奈ちゃん顔色悪そうだから。
さりげなく工具を片手に、車の下へともぐり込んでいく。
そこでいったい、なにを視ようとしているのか――本気で修理に取り掛かるには、持ち込んだ工具が足りないのも、わかるようになっていた。

夕暮れ時になるのに、事務室は灯りを落としていて、薄暗かった。
敏恵を抱きすくめ、はずんだ息を首すじに吹きかけてくるジュンをまえに、
敏恵はゆうゆうとブラウスの胸元をくつろげ、スリップの吊り紐を見せつける。
ブラウス、血が撥ねても構わないですからね。
白のブラウスだといつも手加減をしてくるジュンは、そういうときだけはぐーたらでもいい加減でもない。
弟の恋人の血を吸うのも、心の奥底では少しだけ、気が引けているのだろう。
熱い息遣いと一緒に耳もとに吹きかけられるのは、かなり心のこもった謝罪のセリフだった。
わ、悪りぃ、いつも、わ・・・っ、悪りぃなっ。
昂奮すると口ごもるの、お兄さん譲りなんだね。
さっきのあなたも、そうだった。
ジュンの腕のなかでトシヤを想いながら、敏恵はニッと白い歯をみせる。
痛い思いして、せっかく血を吸わせてあげるんだから、少しくらい夢中にさせてちょうだいね――
荒々しく求めてくる唇に、惜しげもなく唇を奪わせてやって。
いつか敏恵も夢中になって、タイトスカートのすそを抑える掌を、相手の背中にまわしていった。

≪後記≫
これもすぐに続編を描きました。
http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-3277.html
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