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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

吸血鬼令嬢

2016年04月10日(Sun) 18:17:12

ベッドのうえ、あたしは仰向けになって、百合香に抑えつけられていた。
ギシギシときしむベッドの音と、微妙なたわみを感じながら、
まさか底抜けしやしないかと、ちょっとだけはらはらしながら。
合わせられた唇をあたしのほうからも合わせていって、吸い、また吸っている。
甘えるようなしつようさを秘めた熱っぽい唇は、ルージュを刷いていない代わり、
ぬるぬるとした唾液を薄っすらとしたうわぐすりのように帯びていて、
まだお互い子供のくせに、妙に生ぐさい息を交えながら、これでもかこれでもかとあたしに迫ってくる。

相手は、女。同い年の、少女。
おなじ制服を身にまとい、おそろいの黒のストッキングに脚を通し、
二枚の薄絹を隔てた太もも同士は互いのほてりを伝え合い、
窮屈に押し重ねられ、擦り合わされてくる。
薄いナイロン製の薄衣は、微妙によじれ皺寄せあって、
互いの素肌の気配を、いっそう妖しく増幅させる。

百合香・・・百合香・・・
あたしがその名を呼ぶたびに、彼女は甘え、唇を吸い、吸った唇を首すじに這わせてくる。
はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・
挿入行為を伴わないのに。
お互い、ズロースも、ストッキングすらも脱がずに、服の上から愛撫し合っているだけなのに。
女どうしの交接は、どうしてこうも熱っぽいのだろう?
ただの同性愛ではない。彼女は吸血鬼――
その正体を識ったというそのすぐあとに。
彼女はあたしを求めてきて。
あたしはためらいもなく、セーラー服の胸元をくつろげていた。
首すじを這う唇は、奥に秘めた細くて鋭い牙を滲ませてきて、
あたしの素肌にさっきから、チクチクといじましい刺激を伝えてくる。

ちゅうっ・・・
彼女の唇が、異様に鳴った。
つぎの瞬間、彼女の喉が、ごくり、と、鳴った。
あたしの血をあやした彼女の喉が、たまらなくいとおしい。
そう、あたしは彼女に血を捧げながら、愛撫を交し合っている。

がたり。
部屋のドアの向こうで、音がした。
廊下にだれか、人の気配がする。
彼女は獣の目になって。
あたしの身体を抑えつけながら身を起こし、あたりを窺う。
ドアを開けなくても、相手がだれなのかは、もう察しがついていた。
だいじょうぶよ。兄貴。
あたしのひと言に安心したのか、百合香はもういちどあたしの首すじに唇を吸いつけ、血を吸い取った。
コクコクと鳴る彼女の喉鳴りが、やはりたまらなく、いとおしい。

彼女が去ると、兄は入れ違いに入ってきた。
実の兄のくせに。彼はあたしを嫁にと望んでいた。
村いちばんの、素封家の御曹司。
その兄が、独身を通すと両親に告げたとき、ふたりのあわてようったら、なかった。
家が絶える。それがなによりも、彼らにとって恐怖だったのだ。
兄は狡猾にも、代案を用意していた。
あたしを嫁にして、子を産ませるという。
世間体が第一な両親にとって、それは驚天動地のことだったに違いない。
けれども兄は意志を枉(ま)げず、意見を通し抜いてしまった。
それでも世間体が第一の両親のため、ふたりが実の兄妹であることは、周囲に秘されることになっていた。
ふたごを忌む旧弊な村に、兄とは双子として生まれ合わせ、あたしだけが都会の縁続きの家に養女としてもらわれていった――それが幸いした。
兄は都会にしつらえられた別宅に住みつき、都会の人になるという。
そうね。あたしが根っからの都会娘だから。兄さんもそれを、見習うといいわ。
あたしの意思は一切無視された、まがまがしい結婚を、あたしは眉ひとつ動かさずに受け止めていた。

また、あの人かい?
兄は言った。
女同士とはいえ、兄にとって百合香は、嫉妬の対象なのか。はたしてどうなのか。
あたしは訊いてみる気になった。
そうよ、あのひとよ。
あたしは兄を挑発するように、平然と応えた。
兄は果たして、挑発に乗って来た。
あの人、血を吸うんだろう?
エエ、そうね。吸うときもあるわね。
あたしはわざと、人ごとのようにうそぶいた。
死んじゃったら、どうするんだい?
あのひと、あたしを死なせたりなんか、しないわ。
わかったものか。
そう、わかったものじゃない。あたしを愛していると口にしているあなたですら、あたしを殺してしまうかもしれないんだから。

兄さんと結婚しても、逢いつづけるわよ、あたしたち。
単刀直入な宣言に、さすがの兄はめんくらったような顔をし、狐のような細い目をしょぼつかせた。
まあ・・・女同士なんだし・・・それは許す。
兄は案外と、寛大だった。
村一番の素封家の御曹司は、華族の令嬢として蝶よ花よと育てられたあたしの高慢さに、敗北を告げたのだ。
そう、ありがと。
あたしは素直に感謝をし、ゆったりとした会釈を投げる。
ばあやから教わった良家の子女のしぐさは、時には田舎者の兄をたじろがせ、時には羨望と憧憬の目であたしを射抜く。
きょうはどうやら、後者だったようだ。
そんなにいいものなのか?
きょうの兄の問いかけは、いつになく執拗だった。
ドア越しに感じた熱っぽい気配に、毒されたのだろうか。
そんなこと、構わない。構やしない。

これが男だったら容赦しないところだが・・・
田舎の御曹司のプライドが一瞬鎌首をもたげるが、それはそこまでのこと。
兄はきびすを返して、部屋を出ていく。
あたしを手籠めにしようとすれば、できないわけでもなかったのに。
あなたの異常さはかうけれど、律義さと引っ込み思案は減点ね。
高慢な華族のお嬢さんは、兄でも婚約者でもあるこの男を、容赦なく採点する。

挿入行為がなければいいの?
知ってる?女同士は、女と男よりも濃いのよ。
兄は薄々察しているらしいけど。
あたしはすでに、男だって識っている。
でも、百合香のそれには、かなわない。
相手が男でも、女でも。
相手に傾ける熱度の差だけがそこにあるとは、
高慢なお坊ちゃんに育ったうえに、きっとまだ童貞に違いないあのひとなどには、まだわかるまい。決してわかるまい。
あたしだったら。
あなたの遊び相手が同性だったとしても容赦しない。容赦できない。
背徳は蜜の味。だからあたしは、あなたの求婚を受けた。
それなのに。惜しいわね。まだあなたは。なにもわかってはいやしない・・・
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