淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
鞄。
2016年09月08日(Thu) 07:42:54
ただいまぁ。
下校してきたタカシの声が、見慣れたはずの家の中でうつろに響いた。
いつもの家のはずなのに、なにかが変だ。
思わず、帰ってくる家を間違えたのか?と思って
玄関の表札を見直しに後戻りしかけたくらいに、ヘンだ。
よく見てみると、敷居を上がってすぐのところに、見慣れない鞄が投げ出してある。
それはタカシがいつもそうしているように、むぞうさに置かれていて、
我が物顔に廊下の半ばを占めて通り道をふさいでいた。
見慣れない鞄だと思ったけれど、見覚えはあった。
仲良しのリョウタの持ち物だった。
さっきまで、隣の席でいっしょにいたじゃん。
そう思いながらリビングに入っていって、アッと声をあげそうになった。
リビングのすぐ隣は、両親の寝室になっている。
いつも几帳面な母の手でぴしゃりと閉ざされているその空間が、
やはりむぞうさに半開きにあれていて、
視てはならないものがやはり無造作に、いやでも視界に入り込んできた。
見慣れたこぎれいなワンピースを着た母が、
おっぱいをたわわにさらけ出して、
ストッキングを半脱ぎにされて押し倒されていた。
半ズボンを片方だけ脱いで、母の上にまたがって、
腰を上下に動かしながら、母を夢中にさせているのは、
ほかならぬ幼なじみのリョウタだった。
たいせつなふたつのものを同時に喪ったような強烈な不信感に強くかぶりを振って、
それをとっさに拭い取ったら、
あとからあらわになったもっとどす黒い衝動が、目も当てられないほど、
あたりいちめんに拡がっていた。
認めざるを得ない二人のあり得ない関係を目の当たりにに、
股間を抑えながら昂ぶりを隠せなくなっている自分がいた。
脱がされたストッキングが母の足許でふしだらに弛んでいる光景が、
網膜に灼きついて離れなくなった。
そのまま息をひそめて、親友が母の肉体を愉しむのを見守りつづけ、
パンツがびしょ濡れになるくらいに昂奮しつづけて、
でも部屋から出てきたリョウタに、声をかけずにはいられなかった。
「おい」
ほんの呟くような小声しか発することができなかったのに、
リョウタは飛び上がるほどびっくりして、
すぐにタカシの手を引いて、「来い」というと、
廊下に置きっぱなした鞄をひったくって、
お化け屋敷から逃げ出すような勢いで門の外まで二人で飛び出していた。
お前ぇ、先生に呼ばれていたからきっと、帰り遅いと思っていた。
おれだって、帰りが遅いつもりでいた。あいつ、説教長いからな。
すぐに解放されたんだ、ラッキーだったな。
まったくだよ。あいつ急に黙って、もういいから帰れって言ったんだ。
お互い意識して、さっきまで両親の部屋で起きていたことを話題から避け、
まったく無関係なことをしゃべくり合って。
しまいに話題がなくなって、核心に触れざるを得なくなった。
長くなると形勢が不利になると思ったらしい。
リョウタはひと言、
「母ちゃんにさっきのこと言うなよ。親子の関係がヘンになったら困るだろ。
なんにも気づかなかったふりして、絶対話すんじゃないぞ。
話したくなったら、おれに言えば相手するから」
「相手する」の意味が、男子らしい粗暴な意味ではなくて、
どうやらたまったうっぷんを晴らしてくれるという意味らしいことだけは、なんとなく伝わってきて、
タカシはちょっときまり悪げに「じゃあな」と言い、
リョウタもちょっときまり悪げに「じゃあな」と言った。
次の日も。
リョウタの鞄は、タカシの家の廊下に無造作に投げ出されていた。
タカシは母が親友に犯される場面に、きのうと同じくらいしんけんに息をつめて、見入っていた。
少なくとも、二人が合意のうえで息をはずませ合っているという状況だけは、飲み込むことができた。
母は父と自分とを裏切って、リョウタの性欲のはけ口になっていて。
リョウタは自分の母親以上に、タカシの母に懐いて発情して、
後ろから視ているタカシの目をじゅうぶん自覚しているくせに、
タカシの感情などおかまいなしに、タカシの母のワンピースの奥に、精液を吐き散らかしていた。
おい。
あお向けで大の字になった母を置いて部屋を出て、そのまま前を素通りして帰ろうとするリョウタのまえに、タカシが立ちふさがった。
タカシは無造作に置かれたリョウタの鞄を拾い上げ、
鞄。
といって、手渡した。
鞄だけは、かんべんしてくれないかな。
タカシはぶすっとひと言、そういった。
外からも見えるし、あんまり見良いもんじゃないから。
なにも意識しないで置き捨てた鞄が親友の心に与えた意外な影響に、リョウタがちょっとびっくりしたような顔をすると。
表に出て。
タカシはやはり乾いた声で、そういった。
リョウタがタカシに従って、玄関を出ると。
門の手前でタカシはリョウタに向き直り、
一発だけ、なぐらせろ。といった。
いいぞ。
リョウタは地面に足を踏ん張った。
ばちぃん!
強烈な平手打ちに目が眩んだ。
どちらかというと大人しいタカシの一撃に、リョウタはおどけて「さすがや」というと、
タカシは「これでおあいこな」とだけ、いった。
「おれのときにはさ、脱いだ背広だった」
リョウタは意外なことを口にする。
「背広?」と、タカシが問うと、
「お前の鞄」とだけ、リョウタはいった。
家に帰ると背広の上下が母親の部屋の前に脱ぎ捨てられていて、
閉ざされたふすまの向こうから、あぁ~ん・・・という声が洩れてきた。
間違いなく母の声だったのに、立ちすくんでしまって、ふすまを開けることができなかった。
ふすまを開けることができないのに、ふすまの向こうの情景が気になって気になって、気が狂いそうになった。
しんぼうにしんぼうを重ねて待ち続けて、出てきた男に言った。
せめてふすまは開けといてくれませんか?と。
出てきた男の正体にびっくりしたリョウタに、
リョウタに視られていたこと自体にびっくりしたその男は、
つぎのときからは律儀に、ふすまを半開きにしておいてくれて、
リョウタのほうも律儀に、ふたりの愉しみを妨げようとはしなかった。
タカシが感じたのと同じ不思議な昂奮を、リョウタも感じてしまっていたから。
だからお前のときには、気を使おうと思ったんだけどな。鞄だったか。
まだまだ、間男失格やな。
リョウタは笑って頭を掻いた。
タカシは「この」と言いながら、リョウタの頭を軽くどついた。
お互いのあいだに潔い空気がよぎるのを、お互いが感じていた。
それからは。
リョウタが目配せすると、タカシはリョウタより一拍遅れて学校を出、
リョウタが母を相手に行う儀式を、タカシはふすまのすき間から、息をつめて見守っていた。
母を間男されているリョウタは、タカシの気分をよくわきまえていた。
タカシが視たがるときには、ほかの予定をあと回しにしてでもタカシの家に行ったし、
タカシがほんとうに切ないときには、タカシの家に行くのを控えるようになった。
母はとっくに気づいていたようだった。
けれどもそのことを、母も息子も、口にすることはなかった。
リョウタがふつうに遊びに来たときの帰り際、母がリョウタと二人きりの時間を持つのも、
三人の間では、ごくあたりまえのことになっていた。
それでも母と息子のあいだで、そうしたことが口にのぼることはなかった。
やがてリョウタは、自分の母親の間男を連れて、タカシの家に来るようになった。
大人同士のセックスは、ふたりの少年を夢中にさせるのにじゅうぶんだった。
タカシはリョウタの家に呼ばれて、リョウタの母がその男と交わるようすを見せてもらった。
リョウタの母は美人だったし、乱れ方もひととおりではなかったけれど、
やっぱり自分の母親の時のほうが昂奮できるとひそかに思った。
ふたりの母親の間男をしたのが、ほかならぬあのがみがみ親父の先生だったことは、
ふたりをよけいに、昂奮させた。
「あいつ知能犯やな」と、リョウタがいった。
あの日、タカシを叱ろうとして教室に残し、
タカシの帰りが遅いのを見越したリョウタがタカシの家に出向くのを見極めて、
わざと中途半端な時間だけタカシを残して家に帰して、
ちょうどのっぴきならない状況のときに、帰宅するように仕向けたのだろう。
「まさかタカシの母さんまでモノにできるとは、あいつ思っていなかったみたいだけど」
リョウタはいっぱしのワルめかして、へへっと笑った。
二十年後――
ただいまぁ。
タカシが家に戻ると、家のなかは真っ暗だった。
廊下には、無造作に投げ出された通勤鞄。
あいつ、悪い癖が抜けないな――
また帰る家をまた間違えたのか。
リョウタは律儀にも、あらかじめタカシに仁義を切っていた。
きれいな嫁さんやな。こんどいっかい、ユーワクさせてくれへんか?
箱入り娘だった嫁は、おぼこだった。
もらったばかりの嫁は、そうしたことにはまったく無防備で、
リョウタのトライにあっけなく屈すると、
夫の帰りの遅い夜には、リョウタに連絡するようになっていた。
来月から単身赴任。そして、リョウタはまだ独身。
すでに三人もいる子供のうち、ひとりは間違いなくリョウタが父親だった。
帰ってくる頃には、二番目の子とうり二つの子がもうひとり、増えているかもな。
そんな想像に昂りながら、タカシはいつもの場所にいそいそと陣取っていった。
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