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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

潔癖OLのストッキング 2 ~恋人の視線~

2016年10月10日(Mon) 11:51:33

「具合悪そうですね、寺浦次長」
出勤してきた瀬藤は、部署の席につかずにまっすぐ寺浦の席に来ると、そういってねぎらった。
どうやらきのうも、徹夜だったらしい。
次長というのは、割の合わない仕事らしい。すべてのトラブルが持ち込まれる。
新人時代のさいしょの半年だけその下で仕事をした経験のある瀬藤には、
部署を離れてしまったいまでも、不思議な愛着と共感を抱いていた。
「これから朝いちで、お客に会いに行く」
寺浦の言葉に瀬藤はびっくりした。
「えッ、これからですか!?」
「めんどうくさい案件になりそうでね。だから初期消火しておくのさ」

寺浦の話術は、超一流である。
だれかが「あいつの言いぐさには、麻薬が混じっている」と評したが、まさに言い得て妙だった。
彼が本気になると、だれもが魔術にかかったように、いうことを聞いてしまう。
そのくせ欲のない世渡りをするものだから、そうした話術でセコいもうけを得たという話を、瀬藤は聞いたことがない。
表向きは、苦労ばかりで貧乏くじを引きっぱなしの不器用な上司だった。
そう、吸血鬼であるという影の顔を別としたら――

思わず「だれかの血を吸ってから出かけたほうが、いいんじゃないですか?」と、口走ってしまいそうになる。
でも寺浦は、よほどのことがないかぎり、出勤してきたばかりのOLを襲うことはない。
「これから仕事をするという緊張感に包まれてやって来るものの気持ちを、むやみとそぎたくない」というのだ。
瀬藤の懸念は顔に出たらしい。そうでなくても、彼は寺浦に血を吸われたことがある。
いちど血を吸った相手の想いは、寺浦の胸の奥に直感的に伝わるという。このときの寺浦もそうだった。
「だいじょうぶだ。俺には夕べもらったお守りがあるから」
ポケットから取り出したのは、薄手の肌色の、ナイロン製のストッキング。
見覚えのあるかかとのあるストッキングに、瀬藤はぎくりとした。
よく見ると裂け目が広がり、ところどころ赤黒いしずくが凝固してこびりついている。
節くれだった掌にもてあそばれるストッキングは、もとの持ち主の脚の輪郭をかすかに残し、
その輪郭をいとおしむかのように、寺浦は手にした薄衣を慕わしげに撫でていった。


「美織、さいきん顔色悪いわよ。少し無理し過ぎなんじゃない?」
母親が部屋の向こうから、気づかわしげな声をかけてくる。
「ううん、大丈夫。ちょっと疲れただけ・・・」
目のまえに漂う眩暈を押し隠しながら、美織は無理に強い声で、母の気遣いを打ち消した。
母さんたら、心配性なんだから、って。
美織の母は、心配性というわけではない。カンが鋭いのだ。それは美織も、わかっている。
けれども、上司に血を吸われているなんて、とてもいえない。
まして、さいきんは血を吸われることを愉しめるようになってきた なんて。とてもいえない。
親は間違いなく、嘆くだろう。

明日も朝、早いから。
風呂場のまえのユーティリティーで、脱ぎ捨てたストッキングを洗濯機に放り込みながら、
美織はことさら、いつもの声音でそういった。
洗濯もののいちばん上にふぁさっと帯のようにたなびいたのは、かかとのついた、真新しいストッキング。
今朝家を出るときに穿いていたのとは、べつのものだった。
明日の朝、出勤するときに脚に通すものも、あの飢えた唇に、むざんに噛み破かれてしまうのだろうか。

あくる朝、出勤していく美織を見送る母親の目は、まだ心配そうにしていた。
そんな母親の気遣いに気づかないふりをして、美織は家を出る。
きのうの終業後、したたかにあたしの血を吸い取った次長は、夕べも徹夜だろうか。
出勤そうそうに血を吸われたりしなければ、たぶんきょうも一日持つだろう。
でも――いっそ朝から咬みつかれてしまったほうが、よほど安心できる。
あのひと、それくらい働き過ぎだから・・・


ふたりきりで過ごす4階の部屋に、逢引きを妨げに来るものはいない。
4時過ぎが寺浦の吸血タイムだということは、オフィスのだれもが知っていたから。
だれ一人、近寄ろうとはしないのだ。
初めてこの部屋に呼び出されて、吸われたとき。
素肌にヒルを這わされたような不快感と恐怖感とを、人並みに感じたけれど。
床にあお向けになってしまったときにはもう、噛み破かれたストッキングと同じように、
それまでの潔癖な理性は、すりむけていた。
そのあと――
どれほど彼に、咬ませてしまったことか。
どれほど彼を、愉しませてしまったことか。
吸血行為は、たんなる献血だと思っていた。慈善事業だと思っていた。けれどもそうではなかった。
結婚退職で辞めていった先輩OL、「逃げ足の尾藤」は、かんじんなことを美織に告げずに、自分の役割を引き継いでいった。

ふだんは冷静で温厚な寺浦が、部屋のなかでだけは、ひょう変した。
美織の両肩を掴まえて、強いて椅子に腰かけさせると。
そのまま牙を、首のつけ根におろしてきて。
制服のブラウスを、血で濡らしてしまったことも、二度や三度ではなかったはず。
いきなり非日常的な衝撃を加えて、美織の脳天から日常業務の緊張感を強引にぬぐい取ると。
いつもそのまま、足許にかがみ込んできて。
きょうもかかとのついた高価なストッキングを穿いた脚に、唇を、舌を、狂おしく這わせてくる。
ロコツで下品な舐めっぷりに、思わず声をあげかけたこともある。
男は美織の穿いているストッキングの舌触りを愉しむように、なん度もなぞるように舌をあてがうと、
やがて牙をむき出しにして、がぶりと食いついた。
美織のストッキングはパチパチと音をたてて裂けて、
拡がった伝線のすき間から、冷え冷えとした外気が、じかに素肌を嘗める。
それでも男は、ふだんの冷静さをかなぐり捨てて、美織の足許をしつように凌辱していった。
男の熱っぽさに気おされながら、美織はためらいながらも、もう片方の脚を、そろそろと差し伸べてゆく。


4階から独りおりてきた美織に、熱っぽいまなざしが密かに注がれる。
まなざしの主は、瀬藤だった。
瀬藤は、美織の同期で恋人だった。
咬まれたことのないものには見えない、咬まれたものの咬み痕が。
咬まれたことのある彼には、くっきりと映っている。
黒髪のすき間からのぞく、白い首すじに。
穿き替えられた真新しいストッキングに透ける、ふくらはぎに。
それは口許の両端から滲み出された牙の間隔さえわかるほどはっきりと、これ見よがしに刻印されていた。
自分の血を吸った男が、恋人の血まで吸ってしまった――その事実を聞かされたのは、美織本人からだった。

その日の夕方は、習い事がある日だからと早く帰る曜日だったのに。
美織は夜ごいっしょして・・・と誘いかけてきた。
まだ、つき合っているといえるのかどうか?
おくての美織の好意を疑うことはなかったけれど、セックスはもちろんキスさえも交わしていないカップルだった。
いつものレストランの食卓で向かい合うなり、美織はいった。
「あたし、寺浦次長に血を吸われちゃった」
「え・・・!」
たしかにそのときの美織の頬は、ほんのりと蒼ざめていて。
その蒼さは、血を吸われたもの独特の翳を帯びていた。
「尾藤先輩に一方的に引き継がれて・・・呼び出されたその場でだったの。ごめんなさい」
「いや・・・謝ることは・・・それよりも大丈夫?」
明らかに貧血だった美織を瀬藤は恋人らしく気遣ったが、美織はすぐにかぶりを振った。
「あたしは大丈夫。でも――」
「でも・・・?」
「いままで意識してなかったんだけど・・・吸血されるのって、なんかいやらしい」
「・・・」
「このまま寺浦次長とつき合っっちゃっても、あたしいいのかな」
「・・・」
「いちばんたいせつなのは、あなたなの。それだけはわかって」
最後のひと言に思わず目を見張った瀬藤に、美織ははっとわれに返って、
「・・・ごめんなさい。あたし・・・」
戸惑う目線を遮るように、スープが運ばれてきた。
いままでは。瀬藤が一方的に誘い、美織がそれに従(つ)いてくる。それだけの関係だった。
好きだなどとお互いに口に出すこともなく、なんとなく夜を一緒に過ごし、
それも深夜と呼ばれる刻限が近くなると、帰りたいのを何と切り出したものかと居心地悪そうな顔つきになる美織を、それと察してバイバイする。
それだけの関係だった。
美織はおくてだったが、瀬藤も負けず劣らず、おくてだった。
それなのに、吸血を受けてしまったというただならぬ状況のあとだったとはいえ、きょうは美織から誘って、一方的に話した。
瀬藤が無言なのに焦ったのか、日頃の美織には見られない大胆さだった。
「いちばんたいせつなのは、あなたなの」
そのひと言で、じゅうぶんだった。
「あなたが逢っちゃダメっていうなら、逢わない。でもその代わり、会社にはいられなくなる――」
言いかけた美織を遮るように、瀬藤はいった。
「だいじょうぶだよ、信じてるから。きみがぼくから離れないって」
「そお?」
憂い顔だった美織の目鼻が、嬉しそうにぱっと輝くのがわかった。
「4階で二人きりになっちゃうのは、ちょっぴり嫉妬するけど――素敵な関係だと思うな。
それに、うちのオフィスではふつうにあることだし」
瀬藤は悩む美織のために、理解ある恋人を演じることを決意した。
そう。
美織のためにも、自分のためにも・・・

いつものように4階から降りてきた美織のすぐあとから、寺浦が階段を下りてくる。
ふたりは一瞬、意味深げなまなざしを交し合うと、それぞれの部署へと戻ってゆく。
いちぶしじゅうをそれとなく見届けてしまうと。
瀬藤は、胸の奥が甘美でどす黒い歓びで満たされるのを感じた。
俺は、寝取られマゾだったのか。
スラックスをたくし上げ、ひざ丈の靴下を引き下ろすと、そこにはふたつ並んだ赤い斑点。
先刻、寺浦に咬まれたあとだった
咬み痕にわだかまる疼痛が、瀬藤の理性を蝕んでいる。
それだとわかっていても・・・蝕まれていることが・・・小気味よかった。

恋人が尊敬する上司にうら若い血を愉しまれ、自分の知らないところで逢っている。
そんな非日常的な状況が、瀬藤の脳裏と心の奥とを、妖しい色に塗り替えてゆく。
もちろん嫉妬はあった。
部下想いの寺浦が彼の恋人を地位にものを言わせて奪うとは思えなかったが、
恋人が寺浦に夢中になってしまう可能性は、たぶんにあった。
なにしろ瀬藤ですら、恋人の血を吸われているというのに、寺浦に対する尊敬や慕情に近い感情が、損なわれることがなかったくらいだから。
むしろ――美織が選ばれたのか。そんな想いさえある。
美食家らしい寺浦は、自分の相手を勤める女性をはっきりと選別していた。
それはもちろん、必要以上に”被害“を拡大させまいとする意思の表れでもあったが、
同時に彼の好みがはっきりしていることを自ら白状する結果にもなっていた。
選り好みをする寺浦が、美織と毎日のように逢っている。
寺浦はきっと、美織が瀬藤とつき合っていることに気づいている。
瀬藤の恋人と知りながら美織の血を吸いつづけるということは、瀬藤もまた恋人を寺浦に捧げることで、彼に尽くしていることになる。
美織を通して、俺は次長とつながっている―――瀬藤はくすぐったそうに、ひとり笑いを泛べた、。


「すまないね。残業中なのに呼びつけて」
支店長の退勤した後の支店長室に瀬藤を呼び出すと、寺浦は瀬藤にソファを進め、自分も瀬藤の向かいのソファにどっかりと腰をおろす。
「取引、うまくいったんですね」
「ああ、もうちょっとでしくじるところだった。胃が痛いよまったく」
こういうときの寺浦は、ちょっとヘタレで気さくな上司。仕事の悩みを聞いてもらうことも再三だった。
その寺浦が、ちょっとだけ本性をあらわにする。
「きみの協力のおかげだった。いつも献血してもらってすまないね」
「いえ・・・」
「きみだけじゃない・・・んだよね?」
瀬藤はぎくりとした。美織のことだ、と、直感した。
「え・・・エエ」
我ながら歯がゆいような、煮え切らないなま返事。
「すまない。灰田くんの血を吸うまで、気がつかなかった。ぼくとしたことが」
「・・・」
「彼女と逢うのを、やめようと思う」
「え・・・?」
「きみに悪いからな。将来結婚するんだろう?」
「え・・・いや、まだそこまでは」
「彼女はその気になっている」
「そんなこと・・・灰田が次長に言ったんですか?」
どうして本心を俺より先に次長に言うのだろう?
本物の嫉妬心が鎌首をもたげかけたのを、寺浦はそれと気づかないふりをして和らげてゆく。
「きみも知ってのとおり、本心が伝わってきちゃうんだよ。血を吸っているとね」
ああ、そうか。そうだったんだ。俺としたことが、うろたえちゃった。
瀬藤は自分の不注意を恥じた。何年、寺浦といっしょに仕事をしているのだろう。
瀬藤の気持ちを無視するように、寺浦は続ける。
「きみのほうは、そういうつもりで彼女とつき合っているわけじゃないのかね?」
「そんなことないです――結婚したいです。彼女さえよければ」
「よかった」
部下同士の恋愛が良い結論に結びつくことに安堵を泛べる上司の表情が、そこにあった。
でも――
瀬藤は知らず知らず、言葉をついでいる。

このあいだ彼女と食事をしているとき、言ったんです。きみがぼくから離れないって信じていると。
だから――次長が美織の血を気に入っているなら、吸ってあげてください。
美織も次長に吸われるの、嫌じゃないはずです。
ぼくも、美織が次長に血を吸われるの、嫌じゃありませんから。
むしろ、嬉しく感じてますから。
きょうは美織、まだ残業してますよ。声、かけてあげてくださいよ。
帰りは、ぼくが家まで送って行きますから――

彼女を家まで送る。
それは、彼女の親と顔を合わせるということ。
ふつうは彼も彼女も、いちどは躊躇を感じる行動を、瀬藤はあえて踏み越えようとした。

その代わり――俺も4階に招(よ)んでください。
彼女がどんなに乱れても、気持ちを変えない自信ありますからね。


薄暗い4階のがらどうのオフィスのなかで。
「ああっ・・・ああっ・・・ああっ・・・」
迫ってくる寺浦を相手に、美織は髪を振り乱して、ひたすら惑いつづけている。
まんざらではないことは、白い豊かな頬に、かすかに朱がさしているのでそれと知れた。
恋人の視線を意識して形ばかり演じかけた抵抗は、いつか悩ましいせめぎ合いにすり替えられていて。
素肌から飢えた唇を隔てよう説いた細腕は、いつか男の背中にまわり込んでいた。
潔く首すじを差し伸べて、ブラウスを惜しげもなく血浸しにしたあとは。
制服のタイトスカートを、ちょっとだけたくし上げて。
「いやらしい・・・いやらしいです・・・」と、くり返しながら。
ストッキングを穿いた脚を、情夫の唇にさらしてゆく。
すねや足首、太ももにくり返される貪欲なキスに曝されて。
装われたかかと付きのストッキングはみるかげもなく破れ果て、
ひざ小僧の下までふしだらにたるんで、ずり落ちてゆく。
男はふたたび、美織のうえにのしかかった。
「やだっ・・・やだっ・・・ああッ・・・瀬藤くん・・・っ」
唐突について出た自分の名前に瀬藤は不覚にも、股間をじわりと濡らしてしまう。
ブラウスの胸に寺浦の掌が、美織の豊かな乳房をまさぐってゆくのを、ただの男として愉しんでしまっていた。


「きょうは、お疲れさん。ちょっと、栄養つけに行こう」
気を利かして姿を消した寺浦の行く手を背に、瀬藤は美織をいつものレストランへと誘った。
ふたりが注文したのは、血もしたたるようなビーフ・ステーキ。
「お互い元気つけなきゃね。次長のためにも」
「そうね」
自分の言葉が美織の胸にもしっかりと落ちたらしいのに満足して、瀬藤は料理を口に運んだ。
「ごめん、あたし――」
美織が言いさして、俯いた。
「どうしたの?」
「あたし、これからも次長に逢うわ」
「いいと思うよ。ぼくのことを忘れなかったら」
「忘れない――されちゃってる最中でも、あなたの名前呼びつづけるから」
ひたと見すえてくるまっすぐな視線を、瀬藤はしっかりと受け止めた。
「結婚しても連絡しちゃうような・・・悪いお嫁さんになっちゃうかもよ」
ウフフ。
瀬藤は自分の意思をみなまで言わず、含み笑いで受け流す。
夫に隠れて情夫に逢いに行くという嫁の濡れ場をのぞき見したがる、趣味の悪い夫がそこにいた。
瀬藤の考えてることをおおよそ察した美織は、やっと安心したらしい。
「このステーキ、おいしい」
さっきまでの深刻な話題など忘れたように、無邪気な女の子に戻って料理にぱくつき始めていた。
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