fc2ブログ

妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

夜の女と吸血鬼

2006年07月06日(Thu) 05:29:05

夜の街を舞う女の帰り道。
それはしばしば明け方まえの、とんでもない刻限だったりする。

ひたひた。ひたひた。
足音を忍ばせて。
麻美は帰り道を急いでいる。
ショッキングピンクのワンピース。艶を帯びた黒のストッキング。
派手な白い化粧は、ことさら素人ぽく長く垂らした黒髪に、目だちすぎるコントラストを与えている。
午前四時。
普通の人の歩く時間ではない。
この商売に身を染めて、もう何年になるだろう。
見た目は小ぎれいな衣裳に、お客の煙草の臭いと、
浴びせかけられた淫らなジョーク、しつこくまといつけられた腕の感触をまだ残しながら。
醒めた目をまえにむけて、そそくさと家路をたどっている。

がさ・・・
さっきから。
はるか後ろから誰かが尾(つ)けてくる。
遠慮がちに。けれども抜きがたい劣情をけばだたせている、その気配。
商売柄、そうした気配には、かなり敏感になってしまっている。
「誰?」
思い切って、ふり向いた。
影はビクッとして立ち止まり、けれどももう我慢しきれない・・・というように、ツカツカとこちらに足を向けてくる。

すみません。
男の顔に、見覚えがあった。
馴染みの客だった。
いや、馴染みなのは、この男の上司の、いかにも役員然とした中年男のほうだった。
目のまえの男は、うちの店の常連になるには若すぎる。
普通の収入では、とても顔を出せないような店だった。
上司の男は酒癖がわるかった。
いつも泥酔して店の女の子にしつこくからんでは、その男が止めに入っていた。
一見にこやかなご機嫌とりの物腰に、いいようのない怒りがこめられていたのが、
初めて店に入ってきたときの潔癖そうな風貌を裏切っていなかった。
お山の大将が意気揚々とひきあげるとき。
払いはいつも彼の受け持ちだった。

その。
男はかなり、口ごもっている。
けれども、こんな夜道で街のネオンに染まった蝶を呼び止める男の意図は、いつも同じ。
ためらいがちに。
どうしても、欲しいんです。
男はそういった。
どうしても、がまんできなくて。
お金を払えばいいんですが。
もう、お金もないんです。
こんなことをあからさまに貴女に対して口にするだけでも、じゅうぶん犯罪なのですが。
ああ、もう。わかったわ。
ほんとうに、わかりましたから。
ふつうなら、もっとちがった対応をしていたはずなのだが。
女は近くの公園に、男を促していた。

本番までは、いいんです。
そこまでなくても、愉しめる体なので。
どういうこと?
もうそれ以上口にするのは。
男の目色がせつじつに、そう告げている。
・・・ああ、そういうこと。
イ○クラに勤めたこともある彼女は、みなまで言わせずに男の欲求を理解した。
おち○ちんを、脚になすりつけてみたい。
それも、ストッキングのうえから。
足許にかがみ込んできた男のちょっとしたしぐさから、
なにをやりたいのか、察しをつけてしまっていた。
お店でいつもしていたように。
麻美はそそくさとベンチにこしかけて。
男と向かい合わせになって。
せわしなくズボンをおろす男を醜い・・・とも思わないで。
どうすれば男が歓ぶのか、心得ているままに振る舞ってやった。
いいのよ。どうせクリーニングに出す服だから。
そのひと言にほっとしたものか。
ワンピースの生地のなかにくるんでやった一物は、
堰を切ったように熱いほとびを伝えてきた。
男はすうっ・・・と、大きく息を吸って。
声にならない謝罪と感謝で、女の耳もとを暖めていた。

ひたひた。ひたひた。
家路を辿る夜道。
きょうも、誰かがあとを尾けてくる。
このあいだとはかなり、雰囲気がちがう。
男の数も、複数だった。
まがまがしい欲望が、背後から迫るように漂ってくる。
いつかの夜と違って、女は恐怖を感じていた。
足早になったところを、強引にさえぎられた。
煙草の臭いの染み付いた作業衣姿。
毛むくじゃらの髭面には、柄の悪い素行のすべてがあらわになっていた。
「姉ちゃん、ちょっと相手してくんねえか?」
逃がさないぞ・・・というように。
左右からべつべつの太い腕が、麻美の肩を捕まえていた。

引き立てるように連れて行かれたのは、あのときの公園。
やめて!放して!
抗う声もかすれがちで、もちろん助けに応じる人影もなかった。
「うるせぇアマだな。黙らせてやろうか?」
烈風のような拳が女の頬を横なぐりにした。
夜の女だからといって。
店を一歩出たら、ただの女である。
人並みの羞恥心も、プライドももった、ひとりの女なのだ。
それをこいつらは、踏みにじろうとしている。
どうすることもできないで、麻美はベンチに押さえつけられた。
酒臭く汗臭い粗野な息遣いが、襟首から胸に這い込んだ。

そのとき。
なにか恐ろしい勢いが、汚れた臭いにまみれた作業衣を麻美のうえからひっぺがした。
「なっ、何しやがるんだ!」
髭の男は悪態をついて向かっていった。
どす・・・
鈍い音が、向こうから背中まで突き抜けて。
髭の男はぐうの音も出ないでその場に崩れた。
「野郎!!」
仲間の二人がナイフを抜いた。
髭の男をさえぎった男が痩せ身でネクタイ姿なのをみて、
男どもはよけいに凄みをきかせたようだった。
この!
激突する肉体と肉体。
つぎの瞬間。
「このっ!屑どもがあっ!!!」
痩せ身に似合わぬ大喝とともに、暴漢どもは吹っ飛んでいた。
まりのように空高く舞い上がり、くるくると回転して、なんメートルも先にある噴水のなかに、
ざぶうん・・・
大きな水柱をあげていた。
さいしょにのされた作業衣姿がすぐ後を追って、おなじように水柱をあげた。
まだ寒い季節のことだった。
噴水の池に張っていた薄氷が割れて、水しぶきといっしょにあたりに飛び散った。
「ひいっ、ちく生っ!」
濡れ鼠になった男どもは意気地なく悲鳴をあげて、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。

痩せ身の男は麻美に近づくと、優しく抱き起こした。
やっぱり・・・
あのとき、けしからぬ悪戯を申し込んできた、あの若いサラリーマン風の男。
麻美は息を呑んだ。
ほかの男たちがさかんに吐き出していた白い息が、目のまえの若い男の口許からはかけらもあがらなかったのだ。
息をしていないのね、あなた・・・?
男は謝罪するように、照れくさそうに、フッと笑った。
一週間まえ、ノイローゼになった若いサラリーマンが自室のバスに水を張って、切った手首を突っ込んで自殺した。
新聞の片隅に出ていた記事を憶えているのは、そこにあった名前が店のメンバー・カードで見覚えていた彼の名前だったから。
「汚れた血を体から追い出す」
狂った筆跡でかかれたそんな走り書きだけが遺されていた、という。
  あのときは、ありがとう。
  恥ずかしい想い、させちゃって。
  でもやっぱり、ダメだったんです。
  もうどうにもならないところまで、逃げるしかありませんでした。
  貴女はもっと大変な世界でこうして生きているというのに。
  恥ずかしいです・・・
「血のない人に、なっちゃったんだね?」
目のまえの、いかにもエリートサラリーマンの風貌とは不似合いな、
いかにも頭の悪そうな、舌足らずなしゃべり方。
男はそれを耳にして、却ってホッとしたような笑みを浮かべる。
「血が欲しい人に、なっちゃったのね?」
上目遣いに相手の顔を窺いながら。
それでも麻美は怖れるふうもなく。
求められもしないうちから、ブラウスの胸をくつろげている。
公園に吸血鬼が出没するらしい。
数日まえから耳にした、そんな噂話。
けれども被害届は、どこからも出されていない、という奇怪な噂だった。
闇に塗り込められた盛り場の夜は、しばしば理不尽な暴力の嵐が吹き荒れる。
そんなとき、暴漢から救われた女たちは、お礼のしるしに救世主に血を与えていたのだった。

初めてのあの晩のあと。
―――あんまりかわいそうだから、許してあげたの。
ごく親しい仲間うちにそんなふうに打ち明けたとき。
―――莫迦な子だね。
周りの連中はそう嘲ったけれど。
彼女は賢い女だったのかもしれない。
「あなたの好きなの、脚だったよね?」
脚を差し出す代わりに胸元を掻き寄せながら、
女は胸をドキドキさせながら、男の所行を見つめている。
王女さまに接吻をするナイトのように。
男は跪き、肌色のストッキングのうえから唇を吸いつけていた。

大卒のサラリーマンと、高校卒の商売女。
出会うことも、結ばれることも考えられなかった、男と女。
ひとりは冥界に旅立って。
そんな隔たりを超えて、いまは濃艶な夢を結びあっている。
ストッキングを履いた女のひとの脚が好き。
そんな欲求を、もう包み隠さず夜の恋人の前、さらけ出しながら。
前の記事
狩られた男女
次の記事
別離の朝

コメント

一人の青年が・・・
ヴァンパイアになるプロセスと
人とヴァンパイアとの違いがありありと解る
はじめての物語かもしれませんね。
(もし、以前に書かれていたら・・・ごめんなさい。)
血を失って、命を失っても
彼女を恋うる気持ちは失わない・・・男の純情。
そんな風に感じました♪
この二人がこれからも幸せでありますように。
by 祥子
URL
2006-07-06 木 13:19:15
編集
>祥子さま
このお話をささやかれて目が覚めたのがとんでもない刻限でして。
さてどうしたものか・・・と思っていたのですが。
暴漢どもがぽーんと放り投げられるあの場面が頭をよぎると、そくざにベッドのうえを放棄しました。(笑)
ちょっと小心な青年は、はじめて自らの純情をあらわにできるほどの大胆さを身につけたのかもしれません。
自分の生命という、高い代償を支払って・・・

さいごのシーン。
濃艶な夢を結びあう。
たどり着いた幸せが、彼の魂を初めて和ませたように思えます。
by 柏木
URL
2006-07-06 木 23:08:22
編集
柏木様にしては・・・
バイオレンスな展開だと思いましたら
そこがキー・シーンだったのですね。
新たな柏木様を知ったような気がしますわ。
by 祥子
URL
2006-07-07 金 08:53:41
編集
>祥子様
「真夏の吹雪」もそうですが、たしかにこういう展開は珍しいですね。
たまには「魔」も、毛色の違う話を語りたくなるのでしょうか。
by 柏木
URL
2006-07-07 金 21:50:15
編集

コメントの投稿

(N)
(B)
(M)
(U)
(T)
(P)
(C)
管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
http://aoi18.blog37.fc2.com/tb.php/342-aa696f90