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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

気丈な姑 5

2017年04月12日(Wed) 08:15:56

「お待ちになったかな」
「ううん、そうでもないわ。私もいま来たところ」
ほんとうは、30分待った。
きっと、前の訪問先で、お相手とほんの少しばかりよけいに名残を惜しんできたのだろう。
その証拠をさりげなく、私は指摘してやる。
「お口」
真新しいハンカチで拭った彼の口許は、だれかから吸い取った血でまだ濡れていた。

ショルダーバッグをひるがえして、すすんで腕を差し出して、
若い恋人同士みたいに、腕を組んで歩く。
あとから尾(つ)けてきているにちがいない主人はきっと、
嫉妬のほむらを燃やし、そのぶん目はうつろになって、私たちの後ろ姿を追っているに違いない。
ああ、いじましい。(笑)

すれ違う街の人たちの目も、もう怖くはない。
「アラ悠子さん、お出かけ?」
わざわざ見え透いたにこやかさで話しかけてくる、女の知人。
そう、あなたがなにを言いたいのかは、わかっている。
「また浮気?見かけによらず、あなたふしだらなのね」
そう仰りたいんでしょ。
でももう、なにも怖くない。私は平気。

さいしょは自由奔放に振る舞って私の一人息子をキリキリ舞いさせている嫁への、対抗心もあった。
嫁の浮気を叱り飛ばしたのは、恥を掻かせてやりたかったからだけど、その裏側には嫉妬もあった。
あなたは若いうちから勝手なことをしているのね。
私は学校の先生だったから、みんなの模範にならなければならなかったし、
浮気はもちろん、好きなことも我慢しなければならなかった――
でもそんな私の目論見は、嫁の浮気相手が吸血鬼だという未知の事実のおかげで、すっかり狂った。
嫁に恥を掻かせるはずが、恥を掻いたのは私だった。
私は嫁の目の前で犯され、夫以外の男の身体を初めて識った。
むぞうさに遂げられた禁断の行いは、それまでの私のかたくなな倫理観を、いともあっさりと突き崩したのだ。

美那子さんが貧血のときは、私がデートの相手をする。
吸血鬼にとって、四十女の私はきっと、第二志望。いや、すべり止め?
それでも私は、いい加減で日和見な主人にこれ見よがしに、彼とのデートに応じていった。
――美那子さんより罪は軽いわ。もう子供を産む齢ではないんだし。
でもそれは、「もう若くない」ということの裏返し。
きっと美那子さんも気づいているし、一番傷つくのは私自身。

吸血鬼とのデートは、案外危険も少なく、いやらしくもない。
いえもちろん、さいごは彼の家でファックされてしまうのだけれど。
そうなる前は、映画館通いに、美術館めぐり。
彼は高い教養と良い趣味の持ち主で、いざなわれる映画はどれも古典的な名作だったし、
美術館での彼の博識ぶりは、もと教師の私も知らない奥深い世界をかいま見させてくれた。
だから、私たちのデートをつけ回す主人は、行き先が意外なくらいまっとうなのに、ちょっと拍子抜けするのだという。
「若い人にはわかってもらえない話を、貴女は理解し楽しんでくれる」
そういう彼の横顔も、どこか誇らしげで楽しげだ。
そしてそんなふうにして――さりげなく触れられたくもない私のコンプレックスを、あのひとはさりげなく、覆い隠してくれる。

2人ともに気づかれているのも、主人のほうでも気づきながら。
主人は妻の浮気現場を抑えようと、ばか律儀な尾行をつづける。
それが妻へのIの証しだと、いわんばかりに。

夫の尾行を黙認する私たち。
そして、私の浮気を黙認する夫――
不思議な黙契は十数歩の距離を置きながら、つかず離れずの関係を保っている。

さいごはもちろん、ファック、ファック、ファック。
こんな下品な言葉、自分で口にするなんて、思いもよらなかった。
息子さえ結婚している齢になった私が、唯一堕落したと認めざるを得ないこと。
夫以外とのセックスこそ、最大の堕落 ですって?
必ずしも、そういうものではないでしょう。
私が身をもって彼に尽くしている証しだし、
彼が私を支配するのと裏腹に、私は自身の血液と柔肌で、彼のことを守っている。

時には道ばたの草むらのなかでさえ乱れてしまう私たちを、
主人は邪魔だてもせず、遠くからじいっと見守っている。
最愛の女性が他の男に肌を許すのを。
自分がプレゼントしたスーツで装った妻が、それが礼装フェチの愛人のための装いで、
夫の好みの服を愛人に辱めさせてしまうのを、じっと遠くから視て・・・そして昂っている。
二等辺三角形の一辺だけが異様に近いこの距離感で。
私たち3人は3人ながら、それぞれの歓びに目ざめてゆく。

夫が恋し手に入れた女は、
夫が買い求めた服もろともに弄ばれて、
買い求めた服と、その服を着た妻とが、同時によその男を満足させる姿を見せつけられる。

「ただいま」
素知らぬ顔をして、帰宅する私。
「おかえり」
素知らぬ顔をして、出迎える主人。
「楽しかった?」
おずおずと訊いてくる主人に、私はいけしゃあしゃあと、応えてゆく。
「エエ、とっても。あなたもきょうは、楽しい一日だったかな?」
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