淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
あなたには、生きる権利がある。
2017年09月02日(Sat) 08:18:06
あなたには、生きる権利がある。
追い詰められた女は、ひたむきな目で相手を見つめながら、そういった。
鉛色の頬に意外そうな表情を浮かべた吸血鬼は、立ち止まって女を凝視した。
冷たい目線に負けまいと、女はなおも自らのまなざしに力を込めた。
でも、私にも生きる権利を認めて。わかる・・・?
数分後。
抱きすくめられた腕のなか、女はぼう然としていた。
片方の頬には、食いつかれた瞬間撥ねた血潮で、べっとりと濡れていた。
男はひたすらクチャクチャと汚い音を立てながら、女の生き血を啜りつづける。
まだじゅうぶんに若さを秘めた中年女性の血潮に、明らかに劣情を催しているのを、
女は感じないわけにはいかなかった。
男は女をベンチに座らせると、今度はふくらはぎに咬みついた。
肌色のストッキングが破けて、縦に裂け目が拡がった。
失血で抗拒不能になった女は、屈辱的だと思いながらも、もはやどうすることもできなかった。
もう片方の脚も咬まれて、穿いていたストッキングをみすみす破らせてしまっていた。
さらに十数分後。
女はベンチの上で仰向けの姿勢で、犯されていた。
生き血をぞんぶんに愉しまれた女は、夫しか識らなかった身体に、汚れた精液を熱っぽく注ぎ込まれていった。
女はひたすら夫のことだけを想い、なにも感じまいと頑なに歯を食いしばり、
脱げて地面に転がったハイヒールを、ただひたすらに見つめつづけていた。
京野龍子(46)は、こうして貞操を喪った。
想いを遂げたあと。
吸血鬼は龍子にそのまま寄り添って、
正体不明の人影がしきりに暗躍する物騒な公園の空気から、自分の女を遮りつづけた。
そして、龍子が貧血から少し立ち直りかけると、家の近くまで送るといった。
女は黙って頷いて、男が自分の傍らを歩くのを、認めるともなく受け入れた。
はた目には、デート帰りの男女に見えなくもない・・・龍子はぼんやりとそう思ったが、
男の好意をはねつけるだけの気力は、もう残されていなかった。
玄関で出迎えた夫に、吸血鬼は手短に来意を告げた。
奥さんの血を吸わせてもらった。貧血になったので、ここまで付き添わせてもらった。と。
龍子はあとをひきとって、ありのままのことを夫に打ち明けた。
お互い、生きる権利を認め合ったの。
でも、そのあとのことは考えに入れてなかった。
この街の吸血鬼がセックス経験のある女を襲うときには、恋人同士になろうとするんだね。
それだけが、あなたに対して申し訳なくて。
でもこの人は、来週も私に逢いたがってるの。
だれかの血を吸わなければ、生きていけない人だから。
私は、吸わせてあげようと思っている。
いけない人だけど、死んでしまうのはあまりにもかわいそう。
ほかの人が襲われて同じ目に遭うのも、それはやっぱりどうかと思う。
被害が拡がるだけだものね。
あなたにだけは申し訳ないと思っているから、なにかの形で埋め合わせさせて。
この人も、あなたの名誉まで台無しにするつもりはないみたいだから。
龍子の夫は、永年連れ添った妻が短い時間のあいだに、すっかり染め変えられてしまったと感じた。
けれども、それでも妻が気丈にも理性を持ちこたえて、事態を何とか円満解決しようと心を砕いているのを、好もしく思った。
彼はじゅうぶんに妻を愛していたし、妻もまた身体を汚された後も、自分を愛しつづけているのを実感した。
あとはただ、理解ある寛容な夫となるという選択肢しか、残されていないと感じていた。
数分後。
リビングのじゅうたんのうえにあお向けになった夫は、妻と同じ経緯で男に首すじを咬ませ、献血に応じていった。
自分を襲っている男の体内で、自身の身体から吸い取られた血液が、妻の血液と交わり合うのを感じながら。
別れぎわ。
夫は打ち解けた気分で、風変わりな訪問者に話しかけた。
妻の体調がよくないときは、わたしが身代わりに妻の服を着てお相手してあげようかな。
男は白い歯をみせて、それも楽しみです、とだけ、いった。
男二人は、一人の女を介して共存することを受け容れあった。
妻の服で女装して、女になり切って献血をする。
夫は熱心に奉仕を果たしつづけた。
妻を抱かせたくない。
そんな想いが龍子の夫を公園に赴かせていたけれど。
身にまとう女の衣装が帯びる妖しい魔性が、彼を居心地よく包んだのも確かだった。
逢瀬を遂げた後、男は性欲を持て余していると夫に告げて、
つぎは妻を来させるからと、夫は約束させられた。
妻が出かけていく時、彼はひっそりと家で待ちつづけた。
さいしょの夜と同じように、スーツに泥をつけて帰宅した妻をいたわりながら、
今夜は少しだけ、ウットリしちゃったかも。
そんなふうに悪戯っぽく笑う妻を抱きしめて、そのまま夫婦の寝室へと引き込んでいった。
それ以来。
妻が逢瀬を遂げるときには、物陰から見つめる夫のしつような視線を、
吸血鬼とその情婦とは、感じないわけにはいかなかった。
吸血鬼のセックスは、性欲処理のように強引なときもあったし、
熱情をこめて寄り添いつづける甘美なときもあった。
どちらのときにも龍子は気丈に振る舞い、男の劣情を真正面から受け止めていった。
それでもときには、ほだされてしまうときもあるらしくて、
夫のまえだと知りながらも、身体を二つに折って感じていることを覚らせてしまったり、
声をあげて夫の名を呼び、二人の男を二人ながら必要以上に昂奮させてしまっていた。
十数年後、龍子の夫は病を得て亡くなった。
龍子はかねてから、吸血鬼に申し入れていた。
もしもあのひとに先立たれたら、いちどだけ未亡人の身体を抱かせてあげる。
でもそのあとは、私の血を一滴残らず吸い取って。
あのひとはやきもち妬きで、寂しがり屋。
だから早く彼のいるのところに行って、永遠に寄り添ってあげたいから。
男は言われるままに約束を果たし、
夫を弔うための黒一色のスーツを纏ったまま無言になった女を、いつまでも抱きすくめていた。
女は去りぎわに、悪戯っぽく笑っていった。
私たちには子供はいないけど、独身の姪と、既婚者の甥がいるの。
ふたりには、お墓参りに来てねって誘ってあるの。
甥っ子のほうはきっと、お嫁さんを紹介してくれると思うわ。
だから、だいじにしてあげて。
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