淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
もとは人間だった吸血鬼
2017年10月30日(Mon) 06:17:40
この街に棲みついている吸血鬼は、二種類いる。
ひとつは、この街を征服した、齢何百年になるかわからないという吸血鬼と、その親族。
もうひとつは、そうした吸血鬼に咬まれて吸血鬼になった、もとはふつうの人間だった人たち。
吸血鬼になるには、根っからの吸血鬼に咬まれないと駄目なので、そこに一定の歯止めはかかってはいるものの、
吸血鬼になった元人間も、かなりの数棲息しているのはたしかだった。
邑田タツヤもまた、そうした一人だった。
若いころ、妻ともども咬まれた彼は、ほどなく吸血鬼になった。
彼の妻を狙った吸血鬼は、自分の恋人を独り占めにするために、夫のことも咬んだのだ。
お弔いをされて墓からよみがえるまでの一週間くらいの間、
吸血鬼は、恋した人妻に対する欲望を、気の済むまで成就させていた。
望まれた妻もまた、夫の仇敵であるはずの男にほだされてしまって、
それまで夫以外の男を識らない身体を、放恣に開いていくようになっていた。
墓場から泥だらけになって出てきて帰宅を許された夫は、寛大な夫になった。
吸血鬼に促されるまま、彼は自分の妻だった女の血を吸った。
身体じゅうから血液を抜かれて空っぽになった血管を、自分の妻の血潮で充たしたのだ。
欲するだけの血液を妻から獲ることができた夫は、
妻と吸血鬼のと交際を認め、最愛の妻が吸血鬼の情婦に堕ちることを許した。
いちど弔われた事実さえも意図的に消され、
それまでと同じように妻とは夫婦として暮らしたけれど、
夜な夜な訪れてくる吸血鬼と妻とを二人きりにしてやるために家を空ける雅量を備えていた。
同時に彼は、自身の欲求を満たすために、
妻の情夫の手を借りて、そこかしこの人妻に手を伸ばして、次々と射止めていった。
もと人間の吸血鬼は、周囲にあまり迷惑をかけないために、自身の欲する血液はまず身内からまかなうのが不文律だった。
母親が若いうちは、母親が。
それから、その母親に説得された兄嫁が。そして、弟の婚約者が、
齢の順に毒牙にかかった。
父親も、兄も弟も、吸血鬼になった家族を餓えさせないために、
息子が、ないしは兄弟が、自分の妻に不義を働くのを、
さいしょは見て見ぬふりをして、
やがて妖しい歓びに目ざめていって、
すすんで献血に協力し、ひいては不倫の交際の手助けをするようになっていった。
夫が長じてからは、
結婚前の娘に手を出してはらませてしまったり、
息子の嫁をたぶらかしてしまったり、
姪娘はもちろん、甥っ子の結婚相手にまで手を出していった。
ついでにいうと、姪娘のひとりは、彼自身の種だった。
それでも、毒牙にかかった女の夫たちは苦笑しながら、
自分の嫁が押し倒されてわがものにされてゆくのを、見て見ぬふりを決め込んでいた。
そんな彼がもっともたいせつにしているのは、自分の妻との逢瀬だと、知っていたから。
吸血鬼の寵愛を得た妻は、在宅はしていても、めったに自分の身体を空けることはできなかった。
月に一夜か二夜――吸血鬼が浮気に出かけた晩、男は自分の妻との逢瀬を遂げる。
そんな夜がいちばん長いのだと、だれもが知っていた。
そうした夜、どの家の夫たちも、どんな重要な用事も放り出して自宅に帰り、
自分の妻との本来の営みに、明け方まで没頭するという。
強制された別離は、かえって愛情を深めるものだと。
吸血鬼になったものも、そうでないものも、等しく自覚していたのだった。
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