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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

戦利品。

2017年11月26日(Sun) 07:32:44

村の男衆たちの手で、納屋に引きずり込まれるまえ。
妻が着ていたよそ行きのスーツの代わり、
納屋からふらふらとさ迷い出てきた妻がまとっていたのは、一片のムシロ。
むき出しの腕や藁にまみれた裸足を隠しかねながら、
まだ息荒く、それでもあたりのようすを憚るように身をかがめながら、
こちらへと戻って来た。
いつもの気の強さには不似合いな、オドオドとした目線をあたりに配りながら。

出し抜けに首すじに貼りついたヒルのような唇が、欲望を果たし切ってしまうまで、
とうとう離すことができないままに、
くらくらと貧血を起こしてその場に倒れたわたし。
そのわたしを気づかうような、昏い視線だけを残した妻は、
吸血の習癖を持つ男衆の手で、納屋に引きずり込まれていった。
妻がようやく解放されて、貧血から立ち直りかけたわたしの許に戻ってくるまでに、
小一時間が経過していた。

生き血を吸い取られる意外になにをされたのかは、明白だった。
けれども、わたしにはどうすることもできなかった。
彼らがそういう性癖を持つことまで知りながらこの村を訪れたのは、
他に行く場を失ったわたしたち夫婦の意思だったから。

妻のあとをついてくるようにして、男衆たちも納屋から姿を現した。
手に手に妻の身体からはぎ取った衣類を、戦利品としてぶら下げながら。

ブラウス。
ジャケット。
ネックレス。
スカート。
スリップ。
ブラジャー。
ショーツ。
ストッキング。
ハイヒール。
どれもがひとつひとつ、別々の男の手に持たれて、せしめられている。
見返りに妻に手渡されたのは、かろうじて身を覆うことができる大きさの、一片のムシロだけ。
妻は怯えたように彼らを見回し、
彼らはなれなれしい目で、自分たちが支配した女を眺めまわす。

「真面目な奥さんなんだな。ずいぶん手こずったぜ」
若い衆のひとりが言った。
「んだんだ。でも、エエ身体しとるのぅ」
もうひとりが応じるようにして、そう言った。
「こんな女優さんみたいな嫁さんもろうて、羨ましいのぉ」
べつの男がしんそこ眩し気に、わたしたち夫婦を見る。
「気ぃつけて」
さいごに口を開いた頭だった男の声色は、奇妙な親しみといたわりに満ちていた。

道行く人たちは皆、見て見ぬふりをしてくれた。
こちらの異変に、明らかに気づいていながらも。
自分の妻を捧げた夫を、侮辱してはならない――そんな不文律に支配されているかのように。
村に迎えられるためにだれもが通らなければならない荒っぽい通過儀礼は、
こうしてわたしたち夫婦の間を、嵐のように通り過ぎた。


「早くしよ。遅れたら失礼よ」
そういってわたしを促す妻は、真っ赤なスーツに黒のブラウス。
足許を染める薄地の黒のストッキングは、肉づきのよいふくらはぎをなまめかしく染めて、
淡いピンク色をした脛が、ジューシィに透きとおっている。
休みの日ごとにかかるお誘いに、きょうも夫婦そろって出かけるのだ。

迎える男衆はたいがい、独り者だ。
夫婦者の場合には、自分の妻がほかの男の相手をしに出かけていったときに、声をかけてくる。
女っ気のない寒々とした部屋に妻を呼び入れる彼らの目的は、わかりきっている。
熟れた人妻の生き血と、その血を宿す瑞々しい肉体――
身につけたスーツを突き通すように鋭い男どもの視線は、
夫であるわたしの目の前であるにもかかわらず、露骨に鋭くもの欲しげだった。
応接間には、これ見よがしに掲げられた、女もののジャケット、ブラウス、ストッキング――
初めてのとき、納屋のなかで組み敷いた妻からせしめた戦利品が、あの日の出来事を鮮明に蘇らせる。

男どもの接待は、それは念が入っていて、
土地の料理からここでしか口にすることのできない地酒にいたるまで、至れり尽くせりなのだ。
わたしはわざとのように途中で酔いつぶれ、
あとは妻と相手の男との痴態が、夫の目の前もはばからずくり広げられる。
夫公認の浮気にすっかり狎れてしまった妻は、
いけませんわ、いけませんわ・・・あなた、助けてえっ!
と、相手とわたしの気を引くような声をわざとあげながら、息荒い欲情のもとに、組み敷かれてゆく。

目のまえの凌辱を愉しむことができるようになったわたしにとって、
こうしたお呼ばれに、苦痛を感じることはない。
若い血液と都会妻の肉体を、男どもと分かち合う歓びだけが、
狂った鼓膜と網膜とを痺れさせてゆく――

かつては妻の地位と品性とを彩っていたネックレスが、ブラウスが、スカートが。
愚かな痴態に耽るわたしたちを見おろすように、ハンガーにかけられてぶら下げられている。
なにもかもが初めてだった妻の身体からはぎ取られ、せしめられた戦利品たちが、
わたしたちの和解を祝っているのか、呪っているのか、
ただ無表情に、わたしたちのことを見おろしている。
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