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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

晩夏の挽歌~婚礼の翌朝

2018年01月17日(Wed) 06:46:49

まだ暑さののこる時分のことだった。
美野辰夫はさっきからぼう然と座り込んだまま、庭先にかしましい蝉しぐれを、聞くともなしに聞き入っていた。
広い座敷の奥からは、木立ちの豊かな庭の野趣あふれる風情を見通すことができた。
眩しい朝――しかしそこには、清々しいばかりではないなにか不健全に澱んだ空気が、そこかしこに漂っている。
さっきまで。
この部屋で行われていたことがただならぬ狼藉であったことは、
周囲に散らばった髪飾りや黒留袖、金襴の帯などが、露骨なほどに物語っていた。
散らばされた衣装のあるじである辰夫の妻の雅恵は、白の襦袢だけを羽織らされたまま、
やはり放心状態で、夫とはやや距離をおいて座り込んでいた。

ふたりの首すじにそろってつけられた、二つの赤い斑点。
吸血鬼による咬み痕の周りには、吸い残された血潮が数滴、まだ生々しく滲んでいる。
ふたりがぼう然としているのは、失血のせいもむろんあったが、それ以上に奪われたものが大きかったのは、周囲の状況から明らかだった。
この村に棲む吸血鬼が人妻を襲うとき、獲るものは生き血だけではなかったから。

ふすま越しにこちらに人が歩み寄って来る気配を感じ、辰夫は背後のふすまのほうに目を移した。
妻の雅恵も同じように、夫以上にビクッとして、ふすまの向こうを見通そうとした。
足音の主に害意がないのは、歩み寄る気配の穏やかさでそれと分かった。
足音の主は、二人だった。
彼らが居ずまいを正す間もなくふすまが静かに開けられた。
そこには辰夫の両親の姿があった。
父の富晴は紋付きを、母の規矩子は黒留袖を着つけている。
もっとも母の黒留袖はなんとなく着ずれしている感じだったし、
昨日美容院で数時間かけてセットしたという髪は、乱れ髪をかろうじて抑えたというふうであった。
二人とも、首すじには若い夫婦と同じ赤黒い痕を、毒々しく滲ませていた。
「だいじょうぶ?」
規矩子は母親らしい気遣いを、息子に投げた。
雅恵のほうをわざと見なかったのは、恥辱の名残りをまだありありとさせている嫁に対する、別の意味での気遣いだった。
雅恵も姑とは目を合わせずに、かすかに会釈を返しただけだった。

やや遅れて、着物姿の老女が一人、そそくさとした足取りで現れた。
気が利いているのか利いていないのか、乱暴狼藉の痕跡もあらわな若い嫁のようすを目にすると、
「あっ、これはどうも・・・」
と、少し耳障りな声をあげて、
「では、若奥様もお直しを・・・」
と、こんどは事務的な声色になって、雅恵の手を取った。
容赦ないほど事務的な扱いに、むしろ雅恵はすんなりと応じて、少しよろけながらも、ともかくも起ちあがる。
老女は周囲に散らばった雅恵の衣装を手早くかき集めると、
「では、しばしのあいだ、ごゆるりと・・・」
と、目立たぬ含み笑いで残りの三人を見比べて、雅恵を促し、奥の部屋へと消えていった。
まるで雅恵自身がもとからいなかったかのような鮮やかな姿の消し方だったことに、辰夫はなんとなく安堵を覚えた。
老女のやり方は、明らかに慣れていた。
きっとこの屋敷では、過去にもこうしたことがしばしば、起きているのだろう。

父親の富晴が息子になにか言いかけたとき、
縁側の廊下から一人の老人が姿をみせた。
夕べ行われた華燭の典を取り仕切った、この村の顔役だとすぐにわかった。
老人は、すでに齢は還暦をはるかに越えて、人の好い枯れきった爺様という穏やかな風情をしている。
瓢右衛門と名乗るその老人は、折り目正しく正座すると、三人の前で三つ指をついて深々と頭を垂れた。
老人のあくまで律儀で恭しい態度に引き込まれるように、富晴も、規矩子も、辰夫までも、いちように座り直してきちんとした会釈を返していく。
彼は、初めて彼ら一家のまえに現れたときと寸分たがわぬ、もしゃもしゃとした老人特有のしわがれ声で
「おはようございます。瓢右衛門でございます。よきお目覚めでしょうか。
 このたびは、まことにおめでとうござりました」
といった。
「ありがとうございました」
ついそんな返事を返して、三人はいちように「しまった」という表情をした。
老人が言っているのは、夕べの婚礼に対してではないと直感したのだ。
三人の思惑を態度で察したらしく、瓢右衛門氏はすぐに言った。
「いや、いや、ほんとうにおめでたいのですよ。
 都会のご婦人方のご来訪など、この村ではめったにないこと。
 皆の衆も、たいそうな悦びようでしてな・・・
 花嫁の美織様はたいそうな気に入られようで、まだ殿方のお相手に励んでおいででございます。
 当地の嫁入りのしきたりでしてな、他所の土地から嫁にくるおなごはだれもが通る道なのでございます。
 ふた晩、三晩かけてでも、皆の衆と仲良うなってから、ここでの暮らしが始まるのですぢゃ」
「あの・・・沙織のほうはどうしているのです?」
さっきから気づかわしそうにしていた規矩子が、花嫁の妹の名を口にした。
老人はおうむ返しにこたえた。
「ご安心めされませ。沙織様はまだ殿方のご経験がないとわかりました。
 お若いお身体ですから、献血のほうはそれ相応にお願いいたしましたが、
 ご心配されておられるようなことは、なにもございませぬ。
 当村では、処女のおなごは貴重ですのでな」

「あの・・・由香里叔母さんと市晴叔父さんは・・・」
辰夫がいっしょに都会から来た叔父夫婦のことを気づかうと、
「ご安心めされませ。市晴様は当地の男衆たちとさっそく意気投合されましてな。
 ご令室の由香里様の晴れ姿を、いまでもあちらの離れでご一緒にお愉しみになられておいでです。
 お盛んな方のようで・・・村の女衆も交えてですから、お互い恨みっこなしということでしょうかの」
老人のこともなげな応えで知った弟の態度に、富晴はさすがにあっけにとられたようすだったが、
傍らの規矩子が囁くように、意外なことを言った。
「郷に入りては・・・ということかもしれませんね・・・」
「まさかお前!?」
富晴はびっくりして、永年連れ添ったはずの妻を、見知らぬ別の女でも見るような目で視かえしたが、
規矩子はそれには構わずにつづけた。
「ひととおりのごあいさつをしなければ、この村から出ることもできないのでしょう?」
続けはしたものの、そこまでが規矩子の限界だった。
「でもちょっと私・・・恥ずかしいわ・・・息子だっているのに」
妻の悩まし気なためらいように、今度は富晴がいった。
「いや、ごもっともです。それにしても、こう申してはなんですが、変わったお土地柄ですな。
 ふだんからこのようなことをくり返しておられるのでしょうか?」
「エエ、そうですな。身内の恥を申すようですが、かくいう私も新婚そうそう、家内を寝取られましてございます。
 嫁入り前の身体から生き血を啜り取られて、すっかり参ってしまったのでしょうな。
 彼らは夜這いの時には、地酒を持ってまいりましてな、亭主殿にしたたかもてなして、酔いつぶしておいて、
 それから嫁御に挑むのですな。地酒と引き替えに、嫁の身体を・・・というわけでございましてな。
 エエ、娘も、息子の嫁も、皆々そんなふうにして、夜は姿かたちを変えるのですぢゃ。
 誰もが恨みっこなしで、人の嫁を、娘をと、群がり集いましての。
 婚礼などのような晴の席は、おなご衆も着飾ってまいりますから、そうしたことの格好の場なのですぢゃ」

ひとしきり話が済んだころに、黒留袖を着つけ直してもらった雅恵が現れた。
どことなく着ずれしていて、髪型も不自然にまとめられているのは、姑と同じだったが、
とにかくも宿までは歩いて帰れそうな感じだった。
「お身の回りのものは、お宿から引き払って当屋敷でお預かりしておりますぢゃ。
 後ほどお部屋にご案内いたしますでの。
 落ち着かれたらまた・・・ここにお出でなさいませ。
 なに、いきなり男衆がおおぜい群がるような無作法なことはございません。
 そういうことは、得心がゆかれてからのほうがお愉しみいただけるものですからの。
 お気持ちが据わられたら、このお座敷で、お昼のご用意などさせていただきますでの」
――要は、昼前に腹を据えて、妻たちを差し出す気持ちを固めろ・・・ということなのであった。

結局、富晴も辰夫も、自分たちの妻を村の男衆に提供することに同意した。
女たちはいちようにためらいを見せ、恥じらったが、
「できれば少しでもお手柔らかに」とまで言う夫たちに逆らうこともできず、
着付け直された黒留袖のまま、渋々のように男衆の待つ席へと足を向けた。
男衆どもが、都会の奥様方の着物姿をもう一度おがみたいと望んだためだった。
夫たちも、ためらいながらもその場に立ち会った。
そして、夕べと同じ落花狼藉が、真昼間の庭先で再現されるのを、息をのんで見守った。

「母と雅恵の貞操を処刑されているうようだった」と、あとで辰夫は語る。
むき出された白い柔肌が黒留袖に映えるありさまが、母ながらなまめかしかったと。嫁ゆえに悩ましかったと。

「まさに、晩夏の挽歌でしたな。しゃれにもなりませんが」と、凌辱の現場で富晴もひとりごちた。
「お察ししますよ」老人は応じた。「でも、良い眺めでござんしょ?」
老人の言いぐさに富晴はちょっとためらいをみせたものの、素直に肯きかえしていた。
女たちは今や恥を忘れて、夫たちに見せつけるようにして、
身につけた礼装にはおよそ不似合いな、露骨な痴態に耽っている。
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