淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
異形の影
2018年02月04日(Sun) 06:36:48
秋の夕暮れの、週末のことだった。
息子は塾に行って帰りが遅く、わたしは暑さの残る昼間のけだるさに、つい午睡(うたたね)をしていた。
異変に気づいたのは、まどろみが目覚めにかわるころだった。
隣室で、クチャ・・・クチャ・・・と、妙に生々しい音が洩れてきたからだ。
ドラキュラものかゾンビの映画で生き血を啜っているシーンか、人肉を喰らっているシーンに出てきそうな音だった。
その部屋は和室の居間で、妻が寝ているはずだった。
わたしは恐る恐る部屋を出て、廊下にまわった。
居間へは直接に行けず、いちど廊下に出なければならない間取りだった。
ふらり、と、わたしの目のまえを、異形の影が横切った。
だれ・・・?と思う間もなく、そいつはこちらのほうをふり返った。
居間の前まで出て横目に見た妻はさいごに見たときと同じようにたたみのうえに自堕落に横たわり――
そして、首から血を流していた。
妻の身に起きた異変を見たか見ないかのうちに、異形の影はわたしに取りついて、無防備だった首を咬まれた。
咬まれた痛み以上に、万力で抑えつけるような猿臂の力に、わたしは思わず悲鳴をあげた。
異形の影はわたしの叫びに構わず、首すじに刺し込んだ牙でさらに皮膚を深くえぐり、
ドビュっとほとび出た血を、それは美味そうに啜り取っていった。
さっきまで妻が、同じ目に遭っていたのだ・・・と、こんどはすぐに察することができた。
わたしはたちまち貧血を起こし、その場にくたくたとへたり込んだ。
邪魔者が倒れたのを見て取ると、異形の影は思い直したように回れ右をして、ふたたび妻の入る居間へと戻った。
一瞬だけかいま見た妻の様子は、あきらかに日常と違っていた。
首すじから血を滴らせ、顔色は鉛色だった。
放恣に伸びた両脚は、スカートをまくり上げられて太ももまであらわになり、
その太ももには半透明の粘液が、ヌラヌラと忌まわしくまとわりついていたようだ。
妻はあのとき、息をしていたのだろうか?
昏倒したのは一瞬のことで、失血で不自由になった身体をいざり寄らせるようにして、わたしは居間をのぞき込んだ。
世の亭主ならふつうそうするように、妻を救わねばならない――と思ったからだ。
目のまえに、妻の両方の足の平が見えた。
片方はストッキングを脱がされていて、ふたつの足の平のあいだに、異形のものの腰が見えた。
腰は、スカートをたくし上げられた妻の臀部に深く食い入り、激しい上下動をくり返していた・・・
居間の入り口まで身を運ぶのがやっとで尽きてしまった自分の体力を、わたしは呪わずにはいられなかった。
わたしは居間の前の廊下で横倒しになったまま、妻が犯される様子から視線を放すことができなくなっていた。
彼が欲望を果たして、眠りこけた妻の頬に別れのキッスをしてしまうまで。
彼が身を起こしたとき、その下敷きになっていた妻の顔色は、まえよりも良くなっていた。
抜き取り過ぎた血を戻したのだ――と、わたしは直感した。
あとから親密になった彼から聞いたのだが、抜き取り過ぎたどころではなく、
いちどは一滴余さず吸い尽してしまっていたという。
たまたま通りかかったわたしの血で喉を潤して満足したので、
無用の殺生はしまいと思い直し、もういちど妻のうえにのしかかったのだという。
ちなみに、さいしょの吸血の段階で、すでに妻の貞操は喪われていた。
彼女は唐突な侵入者に生き血を吸われ、性の快楽におぼれながら、
彼が必要とする血液を唯々諾々と提供し続けてしまったのだ。
侵入者は、一家のあるじの肩を親し気に抱き、謝罪とも感謝ともとれる会釈を残し、音もなく立ち去った。
「黙っていて」
妻は必死のまなざしでわたしに訴えた。
そろそろ、息子が帰る刻限だった。
わたしたちはとりあえず、目のまえで起きてしまったことには目をつむり、
状況を隠ぺいするための共犯者同士として行動した。
息子が玄関のドアを開けたてする音が家の中に響いたとき、
妻はいつものように夕餉の支度に台所に立っていて、わたしは別の部屋で消えやらぬ懊悩にまだ悶々としていた。
異形の影の来訪は、その後も続いた。
わたしが居合わせたときにはまず、わたしのほうに現れた。
いつも唐突な現れ方をするので、無防備に首すじを噛まれて、血を抜き取られてしまうのがつねだった。
そのうちにわたしは、そうされる行為に快感を覚えるようになっていた。
思い切り刺し込まれる牙の強引さに。
生き血を激しく抜かれるときの、無重力状態のような頼りなさに。
わたしの血を呑み込む喉が心地よげに鳴る音で、相手の満足感が伝わってくることに――
その後決まって襲われる妻もまた、無抵抗だった。
異形の影が近づくとすすんで身を任せ、相手の欲望に自らをゆだねていった。
失血で身体の動きもままならないわたしは、妻の襲われている現場まではどうにかたどり着くことができたが、
侵入者により凌辱を妨げることができなかったばかりか、むしろいちぶしじゅうを見せつけられてしまうのがつねだった。
わたしは嫉妬のあまり激しく射精し、すべてが終わったあと妻は、廊下に広がった精液を表情を消してぬぐい取っていった。
異形の影の来訪は、決まって息子のいないときだった。
彼の来訪は、しぜんと予感することができるようになった。
妻がいつになく化粧を濃くし、身なりをこぎれいに改めるからだ。
そうすることで、妻が彼の侵入行為を断固拒絶しているわけではないことを、察せざるを得なかった。
出し抜けに背後から羽交い絞めにして、おとがいを仰のけて、首すじにがぶりと咬みついて、
こぼれた滴りが着衣を汚すまで続けられる。
貧血を起こした妻がうつ伏せに倒れ臥してしまうと、もの欲しげに頬を弛めてにじり寄って、
ストッキングを穿いたふくらはぎを舐めはじめるのが、行為の始まりだった。
先に失血したわたしは、横倒しに倒れた廊下からそのようすを、見せつけられるように覗きつづけた。
きちんと穿かれたストッキングの生地が、舌の誘惑に負けるように皺くちゃになり、
ヌラヌラとしたよだれをあやしながら引き破られてゆくのを、ジリジリしながら見守っていた。
「黙っていて」
すべてが終わると妻はきまり切ったようにそう囁いて、ふたりは情事の痕跡を消すことに熱中した。
だいぶあとになってから、聞かされた。
さいしょに咬まれたのは、じつは息子のほうからだったと。
半ズボンを脱がされた息子は、異形の影の腰の勁(つよ)さを一番さいしょに体験させられて、
お母さんにもこういう目に遭ってもらおうよと誘われて、つい気軽にOKしたのだという。
そして、塾には行かずに家にとどまり、わたしとはちがう部屋からいつものぞき見していたのだという。
はじめのころは、母さんが血を吸い尽されないかと心配していたけれど、
父さんが自分の血を吸わせるようになってホッとしたころからは、むしろ愉しんで視ていたという。
その彼は年ごろになると、親密になった異形の影に恋人を引き合わせて、処女の血を愉しませるようになった。
異形の影が自分の恋人に惚れ込んで、望まれてしまうのならかなえてあげようとさえ思っていたほどだったが、
影はむしろ、息子が恋人と順当に結婚するのを望んだ。
そして若い夫婦の同意のもと、わたしたち夫婦と同じ関係を取り結ぶことに成功した。
いまごろはきっと――相応の年齢になるふたりの息子が、親たちの密かな愉しみに魅せられ始めているかもしれない。
- 前の記事
- 交わりが拡がってゆく。
- 次の記事
- ふしだら母さん ~スリップ一枚の寝乱れ姿~
- 編集
- 編集
- トラックバック
- http://aoi18.blog37.fc2.com/tb.php/3569-05679ac6