木内には、女装趣味があった。
そして、長年の親友に吸血鬼がいた。
初めての出逢いは、真夜中の散歩のときだった。
吸血鬼は木内のことを女性として接し、生き血を求めた。
木内は自分を女装者と知りながら自分に分け隔てなのない態度で接してくる吸血鬼に好意を感じて、
求められるまま首筋を咬ませた。
その時木内が着ていたのは、セーラー服だった。
彼は血を吸い取られることよりも、大事にしていたセーラー服かを汚されないかを気にかけていた。
そして、それと察した吸血鬼が襟首を汚さずに吸ってくれたことに、さらに好意を覚えた。
木内には妻がいた。
彼女は夫の嗜好に、常識的な婦人としてはまことに当然な嫌悪感を抱いていた。
血液を吸い取る代償に、女装をしての深夜の散歩のエスコートをするというふたりの関係にも、
女性としての直感から、胡散臭さを感じていた。
けれども彼女は人並みに夫を愛していたし、
ふだんは紳士的な物腰である夫の親友にたいして、会釈を交わす程度の間柄にはなっていた。
賢明な彼女は、相手が吸血鬼だというだけでむやみと相手に垣根を作ろうとはせずに、
実害の及ばない範囲では夫の親友に対する礼儀を忘れなかったのだ。
3人の間にあった均衡が破れたのは、木内が妻に、
「きみも良かったら」と、自分の親友のための血液の提供をもちかけたときだった。
木内夫人はいずれ自分の番がまわってくる予感をかねてから抱いていたので、
自分でも意外なくらいあっさりと、夫の提案を承知した。
夫と親友との親しすぎる関係が、やや過度すぎる献血を夫に課するようになっていて、
彼女は妻として、夫の健康に気遣いを感じるようになっていたからだ。
あるいは、ふたりの男性の関係に、ある種の嫉妬を感じ始めていたのかも知れない。
夫人は夫の親友と二人きりで逢うのは心細いと訴え、そのような折りには夫にも同席してほしいと懇願した。
木内は親友の意向を訊いたが、もとより無理をお願いしたのは私であるから、奥方のもっともなご意向に沿いたいと応えた。
木内はある種の予感を胸に、罪悪感とえもいわれぬ歓びとにゾクゾクしながら、当日に臨んだ。
彼はまず夫人に手本を見せるため、女性の姿で夫人の前にたち、自らの首筋を咬ませた。
木内は洋装の喪服姿だった。
やがてそれが、夫人の貞操を弔う衣裳となることを、彼はすでに十分予感していたのだ。
貧血を起こして昏倒した木内の傍らで、吸血鬼は木内夫人の首すじに噛みつき、血を吸った。
彼にとっては念願の、熟れた人妻の生き血だった。
吸血鬼の親友が最愛の妻を相手に嬉しそうに血を啜るのを、木内もまた嬉しげに見守った。
夫人は気丈にも、恐怖の念を押し隠して夫の親友の相手をつとめ、
白い素肌に夫ならぬ身の唇を這わされながら、40代の人妻の血潮をふんだんにあてがったのである。
木内夫妻の心尽くしを悦んだ吸血鬼は、その場で木内夫人を犯した。
夫人は唐突な求愛に戸惑いながらも、夫の目の前での行為を受け入れた。
夫がそうすることを望んでいると、直感したからである。
初めての交わりは夜明けまで続き、男ふたりはひとりの女を代わる代わる愛し抜いた。
一見すると輪姦でしかなかったかもしれないその行為を受け容れながら、夫人は、
いま自分の身に行われていることが、ひとりの女を二人の男が共有するための儀式なのだと直感した。
そして、その直感は正しかった。
木内夫人もまた、日ごろの賢夫人としての振る舞いを取り戻して、
予期していなかった関係をためらいなく受け入れていた。
賢明な彼女は、今後は夫の親友のために、自らの生き血を過不足なく提供することを約束し、
寛大な夫はその際必然的に生じる男女の関係を許容すると誓った。
親友が望んでいるのは、彼の妻を木内夫人のまま犯し続けることだと、熟知していたからである。
ひとつの関係はさらに別の関係の糸口となり、それはさらに新たな関係の契機となる。
吸血鬼と木内夫妻との関係が、まさにそれであった。
木内夫人は子をもつ母親としてのたしなみと遠慮を持っていた。
夫に対してもそうであった。
木内は妻の身代わりの献血行為を率先することで妻の身を庇おうとし、
夫人は夫の親友に接するときには、自分が希望しているのはあくまでも夫への貞節を守ることであり、
いまは心ならずも彼の欲望に従っているという態度を取り続けた。
それでも内心まで偽ることのできなかった彼女は、自分でも不思議に感じるある願望を抱くようになった。
時を遡って処女の頃に吸血鬼と出逢って、自らの純潔さえ捧げたかったと熱望するようになったのだ。
その願いは夫である木内の知るところにさえなったが、
親友である吸血鬼に進んで最愛の妻を与えた彼は、妻が吸血鬼に抱いた気持ちをむしろ尊重さえしているのだった。
実現不可能にみえた夫妻の願望を、別の意味でかなえたのは、彼らの一人娘だった。
夫妻は自分たちの大人同志としての関係を子供たちと分かち合うことを避けていた。
人並みな親として、息子や娘の将来に、人並みの幸福を期待していたのだ。
均衡が破れたのは、ある冬の日のことだった。
○学校の卒業を控えた娘が帰宅したとき、幸か不幸か親たちは家を留守にしていた。
待ち受けていたのは、喉をからからにしていた父親の親友だった。
彼女は彼の正体を親から聞かされていて、あまり近寄らないようにと注意さえ受けていた。
しかし彼女は苦しんでいる年上の親しいおじ様の苦境に同情して、自分のことを咬んでも良いと告げた。
少女は吸血鬼のもてなしかたを、かねてから垣間見ていた母親の振る舞いから、よく心得ていたのだ。
透き通るストッキングを穿いて脚を差し伸べる母親に倣って、その場にうつ伏せになると、
よそ行きのときだけに履く真っ白なハイソックスのふくらはぎに、唇を吸いつけられていった。
少女は自分の生き血をおいしそうに吸い上げられるチュウチュウという音にうっとりと聞き惚れながら、
真新しいハイソックスの生地になま暖かい血潮をしみ込まされてしまうのを、ドキドキしながら感じ取っていた。
親たちが帰宅したときにはもう、すべてが終わっていた。
少女はパパのお友だちでママのナイショの恋人でもある小父さまに、処女の生き血をプレゼントすることを、
指切りげんまんをしてお約束してしまっていた。
木内夫妻の長男は都会の大学を出て、就職先も都会の会社だった。
重役の娘に見初められて、結婚間近だった。
血は争えないもので、彼もまた父親と同じく婦人の装いを嗜んでいた。
そして、そのことを未来の花嫁に知られることを、ひそかに恐れていた。
彼は両親の口から意外な近況を聞かされると、その週の週末には恋人を伴って、実家に姿をみせた。
将来を誓いあった男性の実家に招かれて、重役令嬢はなんの疑いもなく、婚約者に帯同されてこのひなびた街へと脚を踏み入れた。
透き通った白のストッキングに包まれた初々しいふくらはぎが、垣間見る者を魅了したなどとはつゆ知らず。
その日、都会育ちの善良なお嬢様は、桜色のスカートスーツのすそを深紅に染めて、
自らの体内に宿した、うら若く健康な血潮を、気前よく振る舞う羽目になった。
荒っぽい歓迎ぶりに、さすがに顔色をなくした彼女だったが、
しつように吸いつけられる卑猥な唇に素肌を馴染ませてしまうのに、さほどの時間はかからなかった。
吸血の因習を避けて都会暮らしを選んだはずの長男だったが、
いったんあきらめをつけてしまうと、すでに母と妹を堕落させてしまった吸血鬼と互いに打ち解けあって、
いまは婚約者に告げずに逢瀬をくりかえすようになった未来の花嫁のあられもないありさまを、
ワクワクしながら覗き見するようになっていた。
重役令嬢は、恋人の貧血を補うために身代わりになるという婚約者のために、彼が彼女の服をねだることを許した。
日ごろの悩みを解消することができた青年は、妖しい儀式の待ち受けるお邸に、
理解ある婚約者と2人肩を並べて出入りするようになった。
幼かった妹にも、彼氏ができた。
まだ年端もいかぬ少年でしかないはずの彼は、自分の恋人と吸血鬼の関係を受け入れることに同意して、
その証しに未亡人である母親を吸血鬼に紹介した。
吸血鬼が母親の首すじに唇を迫らせて、喪服を脱がしてゆくありさまのいちぶしじゅうを見届けてるはめになった彼は、
自慢の母親が堕ちるのを目の当たりに、未来の姑が嫁の不倫の頼もしい共犯者になると確信したのだった。
このようにして、ひとつの好意はいくつもの好意を呼び寄せた。
世間なみの幸福を子どもたちに望んだ親たちは、自分と同じ道に堕ちた彼らといままで以上に交わりを深め、
そうした交わりは妖しい歓びをともにできる者たちの間だけで拡がりつづけた。
おおぜいの人間から血液の提供を受けるようになった幸運な吸血鬼は、仲間に自慢したという。
俺は夫と妻、その息子と娘、その婚約者や恋人とその母親たち――合わせて8人もの女をモノにしているのだ、と。
【付記】
冒頭部分を、弊ブログの読者である”霧夜”さまがビジュアル化されています。
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http://aoi18.blog37.fc2.com/blog-entry-3575.html【付記2】
木内の妻が夫に伴われて吸血の場に臨むまでのシーンが、”霧夜”さまによってビジュアル化されています。
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