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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

惑い。

2018年02月22日(Thu) 06:42:22

夫が、セーラー服姿で帰宅した。
女装趣味をもつ夫は、このところ帰りが遅い。
夫の正体を知ったのはごく最近のことだったが、
内心戸惑いを覚えつつも、賢明な彼女は夫の感情を逆なですることはなく、
「周りに迷惑はかけないで」とだけ告げて、ほぼ黙認状態で表向きは平穏な日常を過ごしている
夫の帰宅を気配で感じた彼女は、ちょっとだけため息をついて、
そしていつものように黙って夫を迎えるために、座を起った。
彼女は、夫が帰宅するまでの間いつも、よそ行きのスーツを身に着けていた。

木内夫人は玄関まで夫を出迎えて、その背後にひかえる黒い影をも同時に見た。
それが、木内夫人と吸血鬼との初めての出逢いだった。
黒影の持ち主は、夫よりもずっと年上の初老の男だった。
表情の少ない彼の顔だちからは、初めて木内の妻を目にしたことによる感情の動きを、全く読み取ることができなかったし、
女装の夫と2人連れだった真夜中の散歩がどんな雰囲気だったのかすら、みじんも感じられなかったけれど。
どちらかというと陰性な夫の表情はいつになく晴れやかで、長時間の散歩が睦まじい会話で充たされていたことは容易に読み取ることができた。
木内夫人はそんな夫の顔を見て、かすかな嫉妬を覚えた。

男は木内の妻を見て、無表情に目礼しただけだったけれど。
目が合った瞬間、木内夫人は、着ていたよそ行きのスーツを突き刺すように、胸の奥にずきりとするものを覚えた。
男は木内の妻を、獲物としては見ていなかった。
夫の友人としての控えめな好意だけを表に出して、「ああこの人は・・・」と夫が彼を紹介するのさえ拒むように、夫妻の視線に背を向けて、つと立ち去ろうとしたのだった。

「あの・・・」
木内夫人は、思い切ってその背中に声を投げた。
歩み去ろうとした黒い影は夫人の声に足をとめたが、振り向きはしなかった。
「今夜は、主人がお世話になりました」
夫人は瞳を伏せて、折り目正しく頭を下げた。
吸血鬼は木内の妻をふり返ると、いんぎんな黙礼だけを与えて、去っていった。
相手が異形のものと知りながら、夫の友人として遇してくれた感謝がそこにあったように、木内夫人は感じた。

「着替え?それから、お風呂?」
男が去ると、彼女は夫に必要最小限な言葉を投げて、
木内はそんな妻にちょっとはにかんだ微笑で応えて、素直にその指図に従った。
夫の女装姿は、いまだに木内夫人の目になじみ切ってはいない。
男にしてはなで肩の夫だったが、それでもセーラー服には不似合いな肩幅だったし、
ウィッグの下にあるまぎれもない夫の顔も、女子生徒の初々しさとは異質なものを持っていた。
けれどもふだんの姿の夫にはない華やぎのようなものが、身にまとう女の服と違和感なくとけ込んでいることもまた、認めないわけにはいかなかった。

浴室からシャワーの流れる音が洩れてくる。
その音を聞きながらも、木内夫人はまだ、胸のドキドキを抑えることができなかった。
夫の女装姿に、いまさらうろたえたわけでは、むろんない。
生れて初めて目にする吸血鬼の姿に、恐怖を覚えたのか?
木内夫人は自分の異常な昂ぶりに戸惑いながらも、その理由を反芻する。
わからない。
男の投げたまなざしに、獲物を見るものの獰猛さはかけらもなく、彼女に恐怖を与えるなにものも帯びてはいなかった。
夫を送ってくれた妻からの感謝の言葉にこたえ、ただたんに、礼儀正しく黙礼して、去っていっただけ――
夫の友人としてのごく控えめな好意を滲ませたほんの一瞬の行動からは、
彼女に対するどんな思惑も、感じ取ることはできなかった。
少なくとも、相手は彼女を、獲物とはみなしていない。それは女の直感でそうとわかった。
しいて言えば、夫の散歩相手が吸血鬼であることに彼女が露骨な恐怖をみせないという賢明な態度に対する敬意を、ほんの少しだけ滲ませただけだった。
――やだ。どうしてこんなにドキドキしているの。
夫がシャワーを浴びている間、木内の妻は、答えのない反芻をくり返しつづけた。
きっと今夜は夫を優しく責めながら、自分が主導でベッドのうえでの営みを遂げてしまうはず。
それもおそらくは、いつになく熱っぽく――
得体のしれない胸の昂ぶりをなかばいぶかしみ、半ば怯えながらも、木内夫人はそんなことを思い描き、つい顔を赤らめた。

木内夫人は、心の奥底でわかっている。
胸が昂り血が騒いだのは、
今夜迎えた男が、いずれ彼女の血潮を啜り取ることを予感したから。
カサカサに干からびた年配男の唇が、彼女の誇るみずみずしい柔肌をナメクジのように這いまわり、
豊かに熟れた女ざかりの熱い血潮で唇の渇きをうるおしながら、喉を鳴らして酔い痴れるだろうことを。
彼女はそれを女の本能で直感し、啜り取られる運命を察した血液を人知れずたぎらせてしまったのだと。

「きみも良かったら」
貧血に悩む夫がそれを妻に打ち明けて、彼が自分の親友に愛妻の血液を提供することを望んでいると告げたとき、
木内夫人はためらいのない同意を与えたのだった。
――あのひとと2人きりで逢うのは心細いから、そこにはあなたもいて。
自分の願いに二つ返事の承諾を受け取りながら、木内夫人は自分の受け答えに慄きを感じる。
夫が意図した結末を、じかに夫の目のまえにさらしたい。
そんな悪魔的な意図を、わざと心細げな声色で伝えた自分のささやかな復讐心を、初めて自覚することで。


あとがき
女の心裡は、ときにエロいです。
でも同時に、ちょっぴり怖いかも・・・です。^^;


絵詞なし0052bubunじ04

※挿絵は手持ちのものを、ちょっと加工しました。^^

≪りんく≫
★前作
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★イラストPart1
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★イラストPart2
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