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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

悪い予感・良い予感

2018年05月08日(Tue) 07:54:35

なんの前ぶれもなく、ハイヒールのかかとが取れた。
転びそうになるのをかろうじてこらえながら、
晴子は、いやな予感がした。
一時間後、夫の辰夫が吸血鬼に襲われて血を吸われ、
命を落としたという連絡が入った。

あわただしく昼食を済ませようとしたら、ブラウスにケチャップが撥ねた。
手早く拭き取ったあとにかすかに残ってしまったシミを気にしながら、
晴子は、いやな予感がした。
お寺に向かう途中、彼女は吸血鬼に襲われて、
漆黒のブラウスを目だたないシミで濡らす羽目になった。

お通夜に出るため家を出る間際、ストッキングを伝線させてしまった。
晴子は、いやな予感がした。
しめやかに終えられたお通夜の席で。
弔問客を送り出し独り本堂に残った彼女は、再び吸血鬼に襲われた。
変態!変態ッ!と、罵りながら。
穿き替えた黒のストッキングを卑猥な舌でいたぶられ、飢えた牙に裂き散らされるのを、
我慢して耐え忍ばなければならなかった。

地域の風習で土葬に付された夫の墓に詣でるために出かける間際、眼鏡を割ってしまった。
晴子は、いやな予感がした。
コンタクトなしで詣でたお墓の前で、彼女は吸血鬼に襲われて、犯された。
焦点の合わない視界の隅に、墓からよみがえったばかりの亡夫の辰夫の姿が映ったが、
夫は犯される妻の様子をただ、昂ぶりながら見つめているだけだった。

カーテンを開けたら、そこには晴れやかな朝の風景が広がっていた。
晴子は、良いことが起こりそうな予感がした。
夫の仇敵である吸血鬼に襲われて血を吸われ、犯されてしまったのに。
夫の仇敵であるはずの吸血鬼のまさぐりに反応して、感じてしまったのに。
女は立ち直りが、早いのだ。
彼女は服を喪服に着替え、きのうと同じように夫を弔うためにお墓に出かける。
セットしたばかりのセミロングの髪を緩やかに揺らし、軽くハミングをしながら。

自分の仇敵であるはずの男が妻を犯すのを、夫はむしろ昂ぶりながら見守っていた。
晴子を救い出そうとする行為が、彼女の歓びを奪うのをわきまえているかのように。
そんな貴方に感謝♪
晴子はそう呟きながら、夫の墓前に花を供える。

背後に立った翳に晴子は振り向いて、晴れやかにおはようございますと挨拶をした。
翳の主は挨拶を返さずに、やおら晴子を抱きすくめた。
きょうは眼鏡をかけているんですよ、という晴子に、それでかまわない、と、翳は返した。
吸血鬼なのに、お陽さまが出た後も人を襲うのね、という晴子に、その通りだ、と、翳は返した。
首のつけ根に食い込んだ牙が太い血管を食い破り、喪服の襟首と真珠のネックレスを濡らすのを、晴子は感じた。
全部吸い取ってもかまわないわ。
でも少しだけ、主人の分も残しておいてくださらない?
女の言いぐさに翳は頷き、応えの代わりに女の頸動脈を食い破った。

墓前で発見された皎(しろ)い肢体は、喪服を心地よげにくつろげて、黒のストッキングに伝線を幾すじも走らせていた。
快楽に酔い痴れた後のような惚けたような笑みを湛えて、それでも口許は淑やかに閉ざしていた。
尖った犬歯を押し隠す賢明さを、彼女は冷たくなった後も忘れずにいた。


なんの前ぶれもなく、パンプスのかかとが取れた。
転びそうになるのをかろうじてこらえながら、
晴子の母の詩乃は、いやな予感を覚えた。

報せをきいてあわただしく昼食を済ませようとしたら、ブラウスにケチャップが撥ねた。
晴子の妹の乃里子は、いやな予感を覚えた。

お通夜に出るため家を出る間際、ストッキングを伝線させてしまった。
辰夫の母の光江は、いやな予感を覚えた。

同じお寺の本堂で、深夜。
弔問客を送り出し、通夜を守ろうとした3組の夫婦は、吸血鬼たちの不意の来訪を受ける。
夫たちの血は、辰夫と晴子の生命を奪った吸血鬼が吸い取った。
そして、晴子の母の詩乃、妹の乃里子、辰夫の母の光江の順に、首すじを咬んでいった。

詩乃は、おろしたばかりの新しいパンプスを穿いて帰宅できなくなることを残念に思った。
永年連れ添った夫が血を抜かれながらも、嫉妬と羨望に満ちた目で身体を開いていく妻のことを見つめている事実よりも、
新しいパンプスをもう一度穿くことのほうが、彼女にとっては重要だった。

乃里子は、喪服が間に合わずに着けてきた白のブラウスに血が撥ねるのを厭わしく思った。
さっきのケチャップと一緒じゃない――ぐったりとなった夫が、恥を忘れて痴態に耽り始めた妻のことを目の当たりにしている状況よりも、
新調したばかりのブラウスに撥ねた血がクリーニングでも消えないことのほうが、彼女にとっては重要だった。

光江は、恥知らずな唇が自分の穿いている薄墨色のストッキングをよだれで濡らしていくことを恥ずかしく思った。
出がけに伝線させたストッキングは今ごろ、平穏を保った自宅の屑かごに放り込まれたままになっている。
そのほうがどれほど良いことか――
長年連れ添った夫の前、初めて識る他の男の肉体を味わい尽してしまったことよりも、真新しいストッキングで装った脚を辱められることのほうが、彼女にとっては重要だった。

弔いは済まされたが、弔われた者たちはすでに墓場から抜け出していた。
お義兄さま、意外にいい男じゃない。時々浮気するから、貸してね。
晴子の妹の乃里子は夫と姉の前、そういって肩をすくめてみせたし、
あなたの不始末を、私からも辰夫さんにお詫びしないとねえ。
晴子の母の詩乃は夫と娘の前、もっともらしくうなだれながら、2人の顔色を窺ったし、
息子とデキちゃったなんて、恥ずかしいですね。でも、家族で仲良くしなければなりませんね。
辰夫の母の光江は夫と息子の前、そういってふたりの顔色を見比べた。

ひと晩、妻たちのあで姿を見せつけられた夫たちは、なにも言わなかった。
彼らは故人を弔うために集まった女たちのなかから、喪服の似合うご婦人たちを選び抜いて、
半吸血鬼となった自分たちのため、いっしょに身内を弔ってくれないかと誘いをかけ始めている。
妻たちはそんな夫たちの所行を苦笑しながら見守り、
夫たちは浮気に走る妻たちの所行を苦笑しながら、見て見ぬふりを決め込んでゆく。

「すみません、靴のかかとが取れてしまって・・・」
弔問客の1人で40代の綺麗なご婦人が、顔いろの蒼い傍らの男性に、肩を貸してほしいと頼んだ。
彼女の夫はなにも気づかずに、顔いろの蒼い婦人たちに伴われながら、同じ色の喪服姿を埋没させてゆく。
肩を貸してほしいと頼まれた男性は、こころよく肩を貸してご婦人がわが身を支えるのを助けながら、訊いた。
「故人とはどのような関係で?」
「晴子さんの高校時代からの友人なんです。彼女、まさかこんなことになるとは」
「ご主人のことはご存じないのですね」
「エエ、結婚式にも都合で出られなかったものですから、お顔も存じませんの」
「ご夫婦とも、首すじに咬み痕がついていたそうですよ。もしかして吸血鬼にやられたんじゃ――って、地元の人たちは言っているんです」
「まさか、吸血鬼なんて」
「そうですよね?でも、吸血鬼に血を吸われると、気持ちよくなっちゃって、やめさせることができなくなるというんです。じつは私の妻も吸血鬼に襲われましてね・・・まあおかげさまで、いまでも元気で、ぴんぴんしてるんですけどね」
「また、ご冗談を」
「ご当地かぎりの話なんですよ。だから奥さまも内緒にしておいてくださいね。
吸血鬼の彼も、気の毒なんです。
毎晩のように、若い女の生き血を吸わないといけないので――
だからわたしも、彼が妻の血を吸うのを、見て見ぬふりをしてやっているんです」
「まあ、そうなんですか?」
「それよりも、これから先歩けますか」
「そうなんですの。主人は先に行ってしまいましたし、どうしましょう?」
かかとの取れたパンプスを手に、これ以上歩けないとご婦人は途方に暮れた。
彼女にはまだ、悪い予感を自覚していなかった。
男は言った。
「お墓に行くのはあきらめて、お寺でゆっくりしていきませんか?そこまでなら、彼女のご主人を差し置いてで恐縮ですが、お姫さま抱っこしてあげますよ」

顔いろの蒼い男は、不運なご婦人を抱きかかえた。
事情をよく心得ている地元のものの目には、
吸血鬼が獲物のご婦人を抱きかかえて、血を吸うためにねぐらに戻るところにしか見えなかったけれど。
ご婦人は、これからわが身に降りかかる災難など夢にも思わずに、行きずりの男に感謝の言葉を口にした。
数分後には、自分の血をしたたらせた口許から、おうむ返しに感謝の言葉を受けるとも知らないで。

両腕にずっしりとくる重みが、これから獲られる血の量を想像させて、
男は唇の奥に隠した牙を疼かせながら、良い予感にうち震えていた。
女は男の良い予感を予知することができないで、折れたパンプスのかかとのことを、いつまでも気にしていた。
パンプスを穿いて帰宅するチャンスがもうないことなど、まるで予想をしていなかった。
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