淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
吸血父娘、都会からの転入家族を崩壊させる ~月田家の場合~ ≪番外編≫ お買い物
2018年10月30日(Tue) 07:33:23
「都会のデパートまで出かけて行くことはないわよ。すぐ隣町に、いいお店があるから。」
そう教えてくれたのは、はす向かいの奥さんだった。
夫とおなじ勤務先。越してきたのは二年まえ。
おなじくらいの年恰好でも、はるかにベテラン。相手を務める男性の数も、片手にあまるらしかった。
――もてると、お洋服代もばかにならないわ。もちろん実入りもそれなりにあるけれど。
招びもしないのにうちにあがりこんできて、さも自慢げにそういって。
尻も長く居座られたとき、彼女はふふふ・・・と、含み笑いをしながら囁いてきた。
ねぇあなた、こないだご主人が連れてきたかたから、お金預かったでしょ?
ほら、夕方にいらした父娘連れの・・・。
ご近所同士なら、お話ししたってだいじょうぶよ。お互い秘密は守ることになっているから。
妾が恐る恐る、黙って頷くと。つけ入るように彼女はいった。
お買い物に行きましょう。始めはつきあってあげるから。お店も教えてあげる。
ほかにも、ここの村のこととか、あのひとたちのやり口とかも。
そういうと彼女はもういちど、ふふふ・・・と、あのいやらしい含み笑いをくり返した。
隣町のブティックは、古ぼけた街並みのなか、場違いなほどに浮いていた。
入り口のたたずまいの、なんとなしにひっそりとした感じが、後ろめたい買い物をする身には、すんなりと入りやすかった。
ご近所のひともよく来るのよ、このお店。
知ってるひとと目が合ったら、悪びれないで挨拶なさいね。
此処に来るひとはみんな、同類なんだから。
アラ、さっそくまあまあ・・・岡原さあん!さきにいらしてたのね!?
ご存じ?このかたは月田節子さん。先月ご主人の転勤でいらしたばっかりなの。よろしくね。
あぁこちらは、三丁目の岡原麻衣子さん。三人とも、同じお勤めさきなのよ。
月田さんのお相手も三丁目だから、きっとどこかですれ違っているわね。
岡原夫人はこちらが気恥ずかしくなるほどはっきりと妾を見、落ち着いた物腰でお辞儀をしてきた。
身体の線にぴっちりとしたワンピースの腰つきが、ひどくしっとりと目に映えた。
お互いそれ以上の干渉を避けるように左右にさりげなく別れると、彼女はいった。
若いひとはいいわね。あの方これから、ホテルに行くと思うわ。
ひと言そんな陰口をたたくと、彼女は妾のための衣装選びに熱中した。自分の買い物以上に熱心に。
こちらに背中をみせた岡原夫人が脚を向けたのは、下着売り場だった。
あなたは地味な顔だちだから、服は思いきり派手な色がよろしいわ。
ここのひとたちはね、そういうの悦ぶの。
この黄色のスーツなんかどう?イイエ、こんな派手な色着たことがないなんて、そんなこと言ってる場合じゃないわ。
それからきょうは、最低限5、6着は買わなくちゃ。
汚されたり盗られたり、そんなことしょっちゅうなんだから。
手持ちの服なんか、あっという間になくなっちゃうわよ。
それから喪服も一着買いましょう。
此処はね、法事がしょっちゅうあるのよ。いまの手持ちはひと揃い?たぶんすぐに、破かれちゃうわね。つぎか、そのつぎくらいには。
妾の運転で半日がかりで買い物をすませると、
「やっぱり車は便利ね」
彼女はすまして、そういった。
両手に、妾に買わせた以上の服を抱えて。
こんなお買い物が、きっとこれからも続くのだろう。
そう思いながら、妾は薄ぼんやりと頷いていた。
耳の奥には、助手席にふんぞり返った彼女の言いぐさが、しっかりとこびりついていた。
思いきって、大胆にいきましょうよ。
だんな様も、認めてくだすっているんでしょう?
お洋服代がなくなってきたら、遠慮なくおねだりするのよ。
ご主人にも。彼氏にも。
あたしたち、そうする権利があるんだから。
初めて献血をしたのが金曜だった。
それは、なんの前触れもなく訪れた。
帰り道の途中で電話をくれた夫の言い方は、ひどくまわりくどくって、なにを言いたいのか要領を得なかったから。
茫然とする妾のことを嵐は一瞬でおし包み、うっとりとしているあいだに、なにもかもを塗り替えていった。
彼はつぎの日の朝もきた。あの汗くさい作業衣を着て。
衝撃づくめの一夜から、幾時間も経っていないのに来てくれたことに、なぜか妾はほっとしたし、嬉しかった。
嵐の過ぎ去ったあと夫とふたりきりで取り残された時間は、そう気詰まりなものではなかったはずなのに。
ほんとうは拒まなければならなかったかも知れない来客を、妾は嬉々として迎え入れてしまっていた。
夫がいないこの部屋に。
女として求められている。
そんな自覚が、妾の背中を押していた。
貧血ぎみの身体をおして相手を務めた妾を気づかってか、血を吸う量は手かげんしてくれた・・・ような気がした。
そのぶん、もうひとつのお勤めのほうは、ねっちりとしつこかった。
夕べとおなじように、着ていた服ごと辱しめられ、汗くさい口づけや荒々しいだけのまさぐりに、応えてしまっていた。
ふすまの向こうからひっそりと覗いているのが夫だと、すぐに察した。
夕べは二階と一階だった。
階下の天井がきしむ音で、夫はすべてを察しただろう。
もともと、彼らをこの家に連れてきたとき、すでに覚悟はしていたはずだ。
でも、間近に視たのは初めてだろう。それをわざわざ視るために、夫は会社を早退けさえしたのだった。
夫が妾のまえに、おおっぴらに姿をあらわしたのは、ことが果てたあとだった。
「服を汚した」さりげなくそんな表現を使うのに、ひどくどぎまぎした。
けれども夫は、妾のそんな言いぐさも聞き流しにした。
ただお洋服代を受け取ったといっときだけ、すこしだけいやな顔をした。
さすがにいけないことを言っただろうか?
内心ヒヤリとした妾に気づかなかったのか、家計とは別々に管理しますという妾の説明には、黙って頷いてくれた。
夫はただ、お金を受け取ることをいさぎよしとしなかっただけだった。いつも通りに律儀で損な性格の夫がそこにいた。
長年連れ添った妻の貞操を、あのひとは惜しげもなく、ただで手放したのだ。
はす向かいの奥さんが待ちかねたように声をかけてきたのは、週明けのことだった。
彼は妾のことを、たった2日我慢しただけだった。
真っ昼間、いきなり現れて、有無を言わせず押し倒された。「お前ぇの娘の血さ吸ってきた」
そう囁く彼に、妾は
「そう・・・」
とひと言応えただけだった。
大事な娘が生き血を吸われたというのに。われながら驚くほどに、無感動だった。
ここまで堕ちたんだもの。どうせ時間の問題だろうと諦めてもいたし、夫の会社の人が「お子さんには説明無用」といっていたとも聞かされていた。
むしろこうなって、ほっとできるような気がした。
獣のように荒々しい呼気が妾の頬に迫ってきて、無気力で無責任な母親の首すじに、娘から吸い取った血をあやしたままの牙が突き立てられた。
尖った異物が皮膚を冒すのを、妾は唇を噛みながら耐えていた。
あの娘が素肌をさらしたのと、たぶんおなじように。
じゅるじゅる・・・ずずうっ。
汚ならしい音をたてて血を啜られるのが、むしょうに小気味よかった。
恥知らずで淫らな血に、似合いの音だとおもったから。
帰ってきた娘にたしかに視られたと気づきながらも、妾は随喜のうめきを洩らしつづけた。
彼が立ち去ったあと娘は部屋から降りてきて、献血行為を始めたと正直に告げてきた。
母娘で隠し事をしなくていいのだと、妾たちは女どうしの目配せを交わして、確かめあった。
あれから幾たび、彼と逢曳きを重ねたことだろう。
理性の壊れてしまった妾は、朝夫と娘を送り出すと、良し悪しの分別もなくこちらから出かけていった。
「大胆にいきましょうよ」だれかのそんな囁きだけが、耳に残っていた。
モスグリーンのカーディガンに、黒のトックリセーター。紺のスカート。
ふだん着にしていたこの服装も、容赦も見境もない劣情のまえに、淫らにまみれた。
まだ明るかった帰り道、裂けたストッキングをまとったふらつく脚を、すれ違う人たちの視線にさらしながら、
からみついてくる好奇の視線に、どきどきと胸をはずませた。まるで小娘みたいに。
彼の家の薄暗がりのなかふだん着姿のまま組み敷かれていく妾のことを、物陰から見つめる視線があった。
たれのものよりもしつようにからみつくその視線が、妾にはひどく快感だった。
娼婦のように取り乱した妾は、視線の主が見なれた服を着たまま、「もっと・・・してぇ」と、口走っていた。
家に帰ると、夫もすぐに戻ってきた。
「まるであとを追いかけてきたみたい」
冗談ごかした妾のことを、夫はものもいわずに抱きすくめた。
もともと淡白な夫婦のはずだった。
けれどもいまは、ちがっていた。
色香というものにめぐまれなかったはずの妾は、主婦の立場のまま娼婦にすり替えられて、ふたりの男に同時に愛された。
いわゆる「法事」 にも、お招ばれをした。
彼に連れられ夫にまで付き添われて、いままで着ていたひと揃いの喪服はなん人もの男の手で裂き散らされていった。
この日妾は、彼一人の「お友だち」として、正式に認められた。
隣町のひなびた百貨店では、毎月セールをやっている。
「月田さん慣れたわね」
はす向かいのあのひとの冷やかしに耳も貸さないで、妾はひたすら服をあさる。
鮮やかな若草色のワンピースを。
シックで落ち着いたえび茶色のスーツを。
袖の透けた夏用の喪服を。
露出の大胆なショッキングピンクのタイトミニを。
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