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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

洋館の淫らな夜 ~キースの場合~ 1

2018年12月09日(Sun) 07:53:49

はじめに

何年かまえ、病気をして臥せっていた時に、携帯に打ち込んでいたお話を載せてみます。
長らく未完で放っておいたのですが、それもどうかと思ったので。

さいしょは未完のままあっぷしようかと思ったのですが、描いていた当時からラストは一応見えていたので、完結させることができました。
数年間の断層があるので、どこから描き継いだかバレバレかもしれませんね。(笑)

舞台は珍しく、西洋です。
吸血鬼ものの洋画でも観るような気分で愉しんでもらえると嬉しいです。

吸血鬼と同性愛的な関係を結んだ青年と、その妹たち、母親、母親の情夫やその家族――などが登場人物です。



                            洋館の淫らな夜 ~キースの場合~


石造りの高い城壁が、オレンジ色の夕焼けをおおきく遮っていた。
頭上にはすでに、藍色の闇が夜の訪れを告げている。
城壁に遮られているぶんたけ空は藍色の部分が広く、けれどもまだ色褪せしていないオレンジ色の夕焼けも、まだじゅうぶんにその存在感を主張していた。

その城壁のすぐ下の、闇に覆われかかった芝生のうえ―――
長い金髪をたなびかせながら、少女がひとり走ってきた。
こげ茶のロングスカートをユサユサと、重たそうに揺らしながら。
走りのはやさが少女にとってもどかしいものであるのが、容易にわかった。
そして、かなり狼狽しているということも。

少女のあとを追う影は、あきらかに異形のものだった。
短く刈り込んだ銀色の髪、深い皺に覆われた褐色の頬、口許から時おりチロチロとはみ出た牙には、
いま襲ったばかりのメイドから啜り取ったバラ色のしずくを、まだ生々しく滴らせている。
異形の影は、倒れたメイドの身体を乗り越えて、年若なメイドよりもさらに若い女主人に追いすがってゆく。
飢えた男の鼻先を、薄闇に透ける白のフリルつきのブラウスが、蝶のようにか細く舞った。

脚にまとわりついたこげ茶のロングスカートを重たそうに捌きながら逃れようとする少女の歩幅に合わせるように、
血に飢えた男は少女のあとからびったり寄り添うようにして追いすがって、
頃合いをみてか細い肩を後ろから抱きすくめると、力ずくであおのけた首すじに、がぶりと食いついた。

"ouch!"

少女は鋭く叫んだ。
さきに餌食にされた彼女のメイドが咬まれたときに発したのと、おなじ言葉だった。
ぱらぱらっ・・・と飛び散る血潮が、黒い影となって夕闇に散った。
抱きすくめた肩ごしに、吸血鬼は舌なめずりをして、
令嬢に接するのにはにつかわしくない意地汚いやり口で、つけたばかりの傷口に舐めるように唇を這わせた。
ちゅうっ・・・
ひとをこばかにしたような、恥ずかしいほどあからさまな音が、這わされた唇から洩れてきた。
少女は立ちすくんだまま、血を吸われた。

ふたつの影はしばらくのあいだ、揉み合うようにもつれあったが、
やがてちいさいほうの人影が耐えかねたように姿勢を崩すと、傍らのベンチの上にもたれ込むように尻餅をついた。
男が追跡を手かげんしたのは、どうやらこのベンチの在処を見当にしたようだった。
吸血鬼はどうやら、好色なたちらしい。
少女の身につけているこげ茶のロングスカートを腰までたくしあげてしまうと、
あらわにされてすくませた脚に、タイツの上から唇を這わせていった。
上品な接吻ではないことは、明らかだった。
ふくらはぎから内腿、足首と、まるでタイツの舌触りを愉しむように、男はあらわにした少女の脚のあらゆる部位にくまなく接吻を這わせていった。
真っ白なタイツには、たちまち紅いシミがあちこちに撥ねた。

"ouch! ouch!"

咬まれるたびに少女は、身を仰け反らし金髪を振り乱して叫んだが、男はかまわずに、この手荒なあしらいに熱中し続けた。



思ったよりもあっけない、拍子抜けするほど他愛のない"手続き"だった―――吸血鬼に生き血を吸い取られちゃうということは。
闇の向こうから伸びてきた腕がツタのようにからみついて、キースのことを後ろから羽交い締めにすると、
背後からぴたりと寄り添ったその人影は、おもむろに彼の首すじを唇に含んで、
この青年の理性を、痺れるような疼きで突き崩していった。
ずぶずぶと根元まで埋め込まれた魔性の牙は、活きのよい若い血潮を吸い出したのと引き換えに、
妖しい陶酔で理性や警戒心を萎えさせてしまう毒液を、かれの体内に注ぎ込んでいったのだ。

もしかするとほんとうは、すこしは抗ったり、じたばた暴れたりしたのかも知れない。
じじつあとでかれが気づいたときには、現場の泥が半ズボンの太ももにまで撥ねて、乾きかけてこびりついていたから。
けれどもキースのいまの記憶では、あの記念すべき晩、
かれはいともやすやすとたぶらかされてしまって、飢えた吸血鬼相手に、
由緒正しい名門のあと継ぎ息子の血を、十代後半の若い肉体から気前よく振る舞ってしまっていたのだった。

皮膚の奥深く埋め込まれた牙を通して、自分の身体に手ひどいあしらいをする相手の意思が伝わってくるような錯覚を、キースは覚えた。

ありがたい・・・若いひとの生き血にありついたのは久しぶりだ・・・渇いた喉がしんから癒える
・・・と、キースの生き血の質を褒め、なによりもひどく悦んでいた。

このままおとなしく血を吸わせてくれるなら、決して死なせない・・・もぅ少し血を吸って気がすんだら生かして家に帰らせてあげる。

・・・とさえ、口走っているようだった。

「きみは妹さんのことを気にしているね?ここで逢うことになっていた」
キースの生き血をひととおり吸いおわると、吸血鬼は首すじにつけた傷口から牙を引き抜いて、耳許に囁いた。
「どうしてそれを?」
キースはビクッとして、まつ毛のながい瞳をあげた。
「わしは、血を吸った人間の心のなかが読めるのさ」
恐怖にゾクッと震えるキースに、吸血鬼は裏腹なことを呟いてくる。
「ある意味それは残酷なことだぜ?たいがいのやつらはこっちのことを忌み嫌っているからね・・・」
「あぁ、そういえばたしかにそうだね・・・」
キースは相手の男の口調に、屈折した寂しさがあるのを感じた。
理性を酔わせるためにかれの血管に染み込まされた毒液に、同情と共感とが織り交ざっていった。

キースは吸血鬼のもの欲しげな視線が、いちどならず自分の足もとにさ迷うのを感じた。
舐めるようにしつような視線がからみつくのは、濃紺の半ズボンの下から覗いている、ふくらはぎだった。
発育の良いキースのふくらはぎは、半ズボンとおなじ色のストッキングで、ひざ小僧のすぐ下までキッチリと覆われていた。
真新しい厚手のナイロン生地は、太めのリブをツヤツヤとさせている。
ハイスクールから邸に戻ったばかりの彼は、ちかくの公園で待つという妹のリディアの書き置きを手に、制服を着替えもせずにふたたび邸を出てきたところだった。
「きみ、ストッキングに興味があるの?」
吸血鬼は図星を突かれたように一瞬目を見開いて、すぐに苦笑しながら肯定した。
「よかったら、きみにあげようか?学校のやつだから、ボク同じのをなん足も持っているんだ。
それとも、このまま噛ませてあげようか?」
吸血鬼は手短かに、咬んだあとできみの脚から抜き取りたいと答えた。
ずいぶんコアなんだね・・・青年は笑った。爽やかな笑いかただった。
そこには蔑みのニュアンスは全くなく、むしろイタズラ仲間としての軽い共感があるのを、吸血鬼は感じた。
「いいよ。噛み破っても。気が済むまで愉しんだら、脱いであげるから。
その代わり、きみがさっき言ったように、ボクのことを生かして家に帰してくれるかな?
そうしたらお礼に、きみのためにもぅ一足、ストッキングを履いてきてあげてもいいよ」
吸血鬼は嬉しげにほくそ笑んだ。
―――よかろう。取引成立だ。

抵抗をやめたキースのことを草むらにねじ伏せた吸血鬼は、
かれのふくらはぎにストッキングのうえからなん度も噛みつきながら、
その体内に脈打つ若々しい生き血をちゅるちゅると吸い出してゆく。

かなりの貧血で頭のなかが朦朧となりながらも、キースは自分が死ぬような気がしなかった。
しばしば、いびつによじれずり落ちたストッキングを自分の手で引き伸ばしてやり、わざと噛ませてみたりしたほどだった。
失血で息をはずませながら、青年はうわ言のようにいいつづけた。
「ねぇ、こういうのはどうだろう?
きみは人の生き血を欲しがっていた。
ぼくはきみの希望を快く受け入れて献血に応じてあげた。
だからきみがぼくから獲た生き血は、強圧的にむしりとったわけではなくて、
友情の証しに進んで飲ませてあげたものだ、というのは?
さっききみは取引って言ったけれど、
きょうのことは、好意的な寄付とかサーヴィスということにしてくれない?」
「素敵なアイディアだね」
吸い出した血潮の新鮮な芳香に目を細めながら、吸血鬼はいった。
まだ彼は時おり濃紺のストッキングの舌触りを嬉しそうに愉しみながら、
毒蛇のような牙をチロチロとさ迷わせては、バラ色の血を舌なめずりしながら味わっていった。
「きみは協力的なんだね。嬉しいことだ。きみの血をもう少し愉しんだら、約束どおり放してやろう」
死の恐怖を免れた青年は、求められるままに吸血鬼と口づけを交わした。
錆びたような血液の匂いが、少年の鼻腔をついた。
「ドキドキしちゃう・・・これがぼくの血の味なんだね・・・!」
キースはむさぼりあうように、自分のほうから唇を合わせていって、二度三度と口づけを交わした。
安堵が、かれを大胆にしたらしかった。
それがじつは吸血鬼のつけ目だったことに、まだかれは気づいていない。
「美味しい・・・きみがボクの血を欲しがるのは、考えてみればもっともなことなんだね」
青年は酔ったように口走りながら、なおも舌なめずりを繰り返す吸血鬼のために、
ずり落ちたストッキングをもういちど、ひざまで引き伸ばしてやった。

制服の一部でもある紺のストッキングを噛み破らせちゃっていることは、
毎日同じストッキングを履いて肩を並べて学校通いをしているクラスメートたちまで冒瀆されてしまっているような、後ろめたい憤りに似たものも覚えたけれど、
その感情とは裏腹に、かれ自身がクラスメートたちをナイショで裏切っているような、えもいわれないくすぐったいような愉悦もまた、その裏返しとして抗いがたく感じてしまっているのだった。


そんなふたりの様子を近くの物陰から見つめる、二対の視線があった。
ひとつは好奇心たっぷりの。もうひとつは、やや躊躇をみえかくれさせたもの。
躊躇しているほうの視線の主は、あの夕闇のメイドのもの。
そして前者はもちろん、その女主人のものだった。
「あぁ、キース坊ちゃままでが・・・」
絶句するメイドの理性的すぎる反応に、まだ十代半ばの女主人は軽い不平を鳴らした。
「はやくひとを呼ばないと、リディアさま。キースさまが貧血になってしまわれますわ!」
おずおずと進言するメイドを目で制すると、リディアと呼ばれた少女は目の前でくり広げられている吸血劇から目を離さずに、ゆっくりとかぶりを振った。
「まだまだ早いわ。
あの方が、お兄さまの血をあんなに美味しそうに吸い取っているところじゃないの。
あたしが兄さまのことを呼び出して、あの方にチャンスをあげたの」
十代半ばの女主人がワクワクとした目つきで見つめている吸血の光景の主人公は、ほかならぬ自分の兄だったのだ。
「あたしのときもあんなにお行儀悪く、脚をばたつかせたり叫んだりしていたのかしら。覚えていて?」
女主人は、イタズラっぽく笑った。
「存じませんわ。あたくしはすぐに気を失ってしまったんですもの」
黒い瞳の女奴隷は、小娘みたいにどぎまぎしながら、あるじの横顔を盗み見た。
まだ幼ささえ残したノーブルに整ったリディアの目鼻立ちは、妖しい歓びに輝いている。
「あっ!また咬まれたっ!痛そう~!」
なんて、クスクス笑いを浮かべながら。

主従ながら襲われて血を吸われてしまってから。
会瀬を重ねた挙げ句、男はリディアに囁いたのだ。
「きみの兄さんが自分の血を自分だけのために使うか、渇いたものに分かち与える気になるのかは、兄さん自身の判断だ。
きみは今回の件に関してなんの責任も負う必要はない。僕に"機会"を与えてくれただけなのだからね」
リディアは恋人同士の逢瀬に酔うように、ウットリとほほ笑んで頷きを与えていた。


リディアの思った通り、兄は出し抜けで無作法な吸血鬼の訪問を受けながらも礼儀正しく応対し(結果的に賢明な判断だった)、
生命の保証を得る口約束をきちんと得た上で、相手の欲しがるものを過不足なく与えていった。
まさに理想どおりの兄さまだわ・・・リディアはウキウキとして瞳を輝かせた。

あるていど二人が満足したのを見て取ると、リディアは夢から覚めたように驕慢な女主人の顔つきに戻って、命令し慣れた声色で、年上のメイドに言った。
「さっ、きちんと拭くのよ」
女主人はメイドの首のつけ根のあたりをハンカチーフでギュウッと拭うと、同様に自分の首周りを彼女に拭かせた。
ふたりとも慣れた手つきで、相手の傷口を濡らしていた吸い残しの血を跡形もなく拭い取っていった。
「これでよしと」
リディアはハンカチーフに着いた血潮を一瞬口許にあてがって、お行儀悪くチュッと舐めると、メイドに言った。
「いいこと?あなたはなにも見なかった。何も知らなかった。しっかり口裏合わせてね」
女奴隷が頷くのを見返りもせずに、リディアは気分を入れ替えるように深呼吸をした。
そしてわざとらしく大きな声で、お兄さま!?お兄さまあ!?って叫びながら、兄を探しまわる妹を、熱心に演じはじめたのだった。


「これで良かったのかな?」
白のショートパンツの下、真新しい真っ白なストッキングに覆った脛を軽く交叉させて、キースはおどけてポーズをとった。
「気に入ってなん足も買ったのに、みんな女みたいだって笑うんだ」
キースは不平そうに鼻を鳴らした。
吸血鬼は、そんなことはないさ、よく似合っているよ、と、年若い同性の恋人を褒めた。
どうやら本音でそう思っているらしい。
好色そうに目じりにしわを寄せて目を細め、男の子にしては柔らかいカーヴを帯びた脚線美が真新しい純白のナイロン生地に輝くのを、眩しそうに見つめている。
いまが真っ昼間であるだけに、真新しい白のストッキングの生地の白さがきわだって、太めのリブの陰影が鮮やかに浮き彫りになっていた。
それはしなやかな脚のラインをなぞるように絶妙なカーヴを描いて、発育の良い肉づきを惹きたてていた。

「じつに美味しそうだ」
吸血鬼は目を細めたまま、もう一度青年の脚を嘆賞した。
「ああ良かった」
キースは嬉しそうに白い歯をみせた。
十代の青年らしい、健康な笑いだった。
取り戻すことのできた健康の輝きは、吸血鬼の禁欲のおかげだった。
「中4日も猶予してもらって、ゴメンよ」
キースは神妙な顔をして言った。
「喉からからにしているんじゃないかと思って、気が気じゃなかったんだ。
それともどこかで、活きのいい血にありつくことはできたかい?」
なにも知らない青年の善意に満ちた視線に、吸血鬼は夕べとおとといのことはしばらく黙っていようと思った。
彼の妹が密会を申し込んできて、お気に入りの黒のタイツを3足も破らせてくれたということは―――
どうやら嫉妬心とは縁の薄そうなキースのことだから、親友が飢えずに済んだと知ったらむしろ安堵の笑みを浮かべてくれそうだったけれど。
「いいこと、兄さまにはナイショよ」
と、リディアにされた固い口止めを、吸血鬼は守るつもりだったのだ。
―――禁欲は正味1日だったけどな。
吸血鬼は心の奥で笑った。
たいした禁欲とはいえなかった。

キースは自分がストッキングを履いて学校に通うのを、みんなが笑うといって、不平そうに口を尖らせていた。
「ママも、学校で笑われるくらいならやめたほうがいいって言うし、このストッキングがいいって言ってくれたのは、君ぐらいのものだよ」
キースはしなやかな下肢をもて余すように、白のストッキングの脚を伸びやかに組んで、吸血鬼に見せびらかした。
さあ!早く咬んで・・・そんなふうに誘っているように、血と情欲に飢えた視線にはそう映った。
吸血鬼はそろそろと素早く自分の影を青年の均整のとれたプロポーションに忍び寄らせると、
痩せこけてはいるが力の込められた腕を毒蛇のように巻きつけて青年の身体の自由を奪った。
「あ・・・!」
キースはみじかく叫んだが、とっさの身じろぎはつよいものではなかった。
吸血鬼の本能的な征服欲を適度にそそるていどの、絶妙なものだった。
わずか二度の逢う瀬でそんなふるまいを身につけてしまったのはやはり、かれ自身吸血鬼の良きパートナーになるための素質を備えていたからに違いなかった。
「せっかくのおニューのストッキング、どこにも履いていくあてがないのなら、持っているやつ全部をきみの血でペイントしやってもいいんだぜ?」
「か・・・考えさせてもらうね・・・」
キースはわざと口ごもってみせ、それからあっけらかんと笑って、近寄せられる牙がうなじの肉にずぶりと埋め込まれる瞬間を、ドキドキしながら待った。

昼下がりの太陽の光に鮮やかに縁どられた木陰の下で。
ちぅちぅ・・・キュウキュウ・・・
キースの血を吸いあげるあからさまな音が、だれはばかることなく洩れてくる。
覆い被さってくる吸血鬼を上に、白のストッキングをひざ小僧のすぐ下までキッチリと引き伸ばしたキースの脚だけが陽射しを浴びて、じゅうたんのように広がるグリーンの芝生のうえ、緩慢な摺り足をけだるそうに繰り返していた。

「やっぱり中4日はキケンだなぁ・・・」
吸血鬼の熱い抱擁のなかキースは照れ笑いに笑った。
自分の体内に宿した若い血潮を吸血鬼が気に入ってくれて、美味しそうに飲み味わってくれていることが、むしょうに嬉しかった。
失血のために頭がぼう・・・っとしてきて、5日まえの夕闇のなかで初めて覚えた陶酔が、ありありとよみがえってくる。
むしょうに喉の火照りを覚えて、Tシャツに撥ねたばら色のしずくを指先に絡めると、青年はそれをチュッ!と口に含んだ。
ほろ苦い芳香が鼻腔に満ちて、キースは思わずむせ返った。
「きみにはまだ、刺激の強すぎる飲みものだな」
吸血鬼は嗤った。
未成年の酒かたばこをたしなめるような口調だった。
「まるできみは、ママみたいなことを言うんだね」
会話を続けようとした青年は、なん度めか首すじをつよく吸われて、ウッとうめいて言葉をとぎらせた。
吸血される歓びに、絶句してしまったのだ。
ふふ・・・
吸血鬼は青年が自分の手中に堕ちたことに、満足そうに笑った。
血のりをべっとりとあやしたままの唇で、喘ぐ唇を吸うと、キースは夢中になって吸い返してきた。
「さぁ、いよいよお愉しみだ。
きみの履いているストッキングを、よだれがくまなく沁み込むくらい、たっぷりいたぶらせてもらうよ
―――わし流の、意地汚いやり口でね」
白のストッキングの脚に男が唇を近寄せると、青年は彼の下でちょっぴり悔しそうに秀でた眉をひそめ、それから薄っすらと微笑んだ。
「きみが陽の光を怖がるたちじゃなくって、なによりだったね。明るいうちなら、ストッキングの見映えもじゅうぶん愉しんでもらえるからね」
この期に及んでも青年が立て膝をして、吸血鬼のために履いてきたストッキングに泥をつけまいとしていることに、吸血鬼は内心ちょっと感心していた。
ひざ下丈の靴下に執心するという意味では、ふたりはいわば同好の士だった。
ひとりは身に着けることで、もうひとりは咬み剥ぐことで、ストッキングを愉しんでいるのだった。

吸血鬼は、キースの身体を思い切り横倒しにした。
脚の片側が芝生にじかに着いて、かすかに泥がはねた。
青年の気づかいを無にしたわけではなく、たんにふくらはぎを咬みたかったからだった。
吸血鬼はカサカサに干からびた唇を、厚手のナイロン生地に流れる太リブのうえから、つよく圧しつけた。
キースの履いているストッキングのしなやかな舌触りにくすぐったそうに相好を崩すと、
吸血鬼は口許の両端から尖った牙をむき出しにして、カリリと咬んだ。

あー・・・

キースは眉を寄せてせつなげな声を洩らした。
抑えたうめき声の下、しつような接吻にいびつによじれたストッキングには、赤黒いシミが滲んでいった。
うひっ・・・うひっ・・・
本性もあらわにカサカサの唇を物欲しげに吸いつけ舌なめずりをしながら、真新しい純白の生地にためらいもなく、赤黒いしずくをほとび散らせていった。



「お嬢様よろしいのですか!?」
メイドのジュリアは黒い瞳に心配をあらわにして、女主人を窺った。
リディアはしらっとした顔つきをして、かぶりを振った。
「あたしもふつか続いたのよ。
さすがにいま出ていくわけにはいかないわ。
もぅ少し、ふたりを愉しませてあげましょうよ」
無感情な顔つきをしての冷静な観察のあとには、口を尖らせての感情的な文句が、可愛い唇をついて出た。
「本当にもうっ!
あのひとったら、無作法だわ。
おニューのタイツを履いて脚を咬ませてあげたのに、
タイツを脱いで履き替えて帰ろうとしたら、また捕まえられて咬まれちゃった。
おかげで、たった1日で二足も台無しよ。おまけにどっちもせしめられちゃうし・・・
ロングスカートじゃなかったら、ママに素足なのを見つかっちゃうところだったわ」
小声でブツブツ文句をいう女主人の横顔を盗み見ながら、女奴隷はなにか言おうとしてすぐに口をつぐんだ。
うわべは相手の男の無作法に文句をいいながら、少女の口調はむしろ得意げだったから。
それを正直に指摘したらお姫様のご機嫌がきっとうるわしくなくなるだろうことに察しをつけるていどには、この女奴隷には賢明さが備わっていた。
彼女はリディア付きのメイドだったので、いつもリディアと行動をともにしていた。
したがって、彼女の女主人が吸血鬼と密会するときは必ず同行しなければならず、
女主人ともどもいずれ劣らぬ非の打ちどころのない首すじを、代わる代わる咬まれてしまうのがつねだった。
順序とすればジュリアは、吸血鬼の貪婪な渇きから女主人を守るため、自身の生き血をすすんで、令嬢が受難するまえのオードブルとして供するのが常となっていた。
リディアは、兄がおニューの白のストッキングの足許に、遠目にもそれとわかるほど鮮やかに深紅の飛沫を散らすのを、密かな共犯者の視線で小気味良く眺めていたし、
その女奴隷は自分たちがふたり揃ってかろうじて相手している吸血鬼のために、たったひとりで生き血を提供し続けるキースのことを、称賛と懸念の入り交じった目で見守っていた。
おなじサイズの歯形の咬み痕がついたうなじを並べて、身分違いの少女はふたり、それぞれ別々の想いを秘めながら、青年たちのじゃれ合いを見るともなしに見つめ続けていた。


「きみと逢うときに履いてくるストッキングは、濃い色にかぎるようだね」
自身の血潮で鮮やかに彩られた白のストッキングの脛を見おろして、キースは照れ笑いしながらそういった。
「履き替えに家に戻っても平気なのかね?」
吸血鬼はかれの家族の注意力を気にしたけれど、青年は白い歯をみせて笑った。
「大丈夫さ。これはハイスクールで履き替えてきたやつなんだ。
よかったら記念にあげてもいいよ。
これからいつもの紺のやつに履き替えるから。
でも、紺のやつまで破くのは、今日のところは勘弁だぜ?」
「こんど逢うときには、黒いのにしなさい。白のラインが二本入ったやつ」
どうやら吸血鬼は、キースのコレクションのかなりを把握しているらしかった。
キースはそのことに感心しながら、いつ見たんだい?と訊いたが、ろくな応えは返ってこなかった。
吸血鬼は耳も貸さずに、キースの足もとに夢中になってとりついていたから。
青年の問いに応えるよりは、ところどころ赤黒い血糊のこびりついた白のストッキングを、思い切り噛み剥ぐほうに夢中になっていたのだ。
「あっ、ヒドイなあ・・・っ!」
噛み剥がれてゆくストッキングの持ち主のくすぐったそうなあっけらかんとした笑い声を頭上に聞きながら、
吸血鬼はだらしなく弛んだストッキングを、なおもくしゃくしゃにずり降ろしていった。



キースはそれからも、2日か3日に一度は、吸血鬼とのアポイントメントを取るようになっていた。
その間に例の白のストッキングはあらかた、パートナーの強引な牙にむしり取られ、咬み剥がれてしまっていた。
見た目は手荒なあしらいではあったものの、ふたりの間には濃やかな気づかいが通いあっていた。
片方は親友の顔色や身体の調子の変化に敏感すぎるほどに気をまわし、
もう一方も好みが同じな同性の恋人のために脚に通すストッキングの色や柄選びに余念がなかったし、
なにかの事情で密会の間隔が開いてしまうときには、相手が耐えがたいほどひもじい想いをしないかと気を揉んでいた。

吸血鬼の立場であれば、ふつうなら、一滴でも多くの血を吸い取りたい、つかまえた相手は気のすむほどに血を獲るまでは決して放すまいとするだろうし、
キースの立場であれば、血を吸われまい、装いを辱しめられまいとして、必死の逃走や抵抗を試みるはずであった。
けれどもこのふたりはふたりながら、相手を気づかって行動したのだった。
吸血鬼は自分の相手をしてくれる青年の身体のようすを気づかいながら、吸い取る血の量を手かげんしようとしたし、
そのうら若い恋人のほうは、自分の体内をめぐる血液を一滴でも多く提供し、足許の装いを少しでも愉しませてやることで、男の寂しい渇きを癒してやろうと腐心していた。

吸血鬼は彼の恋人が自分のために、どんなストッキングで足許を装ってくるか愉しみにしていた。
彼は、焦がれるほど愛していた。
あの柔らかな首すじにジリジリと牙を迫らせたとき、年若い彼の獲物が秀でた眉をキリキリと引きつらせるのを。
足許をきりっと引き締めるストッキングをネチネチといたぶって、整然と流れるリブを脛の周りにいびつによじらせるのを。
しなやかな舌触りのするストッキングごしに牙を思うさま咬み入れたときの、若々しい肉づきのもっちりとした咬み応えを。
吸いあげるたびに喉を熱く潤す血潮のほとびを。
なによりも、彼の好みに歩み寄ろうとして話を合わせ時には家族を欺いてさえ密会を示し合わせてくれる年若いパートナーの、かいがいしい心遣いの濃やかさを。

キースはキースで、歓びに目覚めてしまっていた。
あの痩せこけた猿臂に巻かれて強引に抑えつけられるときの、絶対的なものに支配を受ける歓びに。
ハイスクールの制服である半ズボンやワイシャツに泥や草切れを撥ねかしながら、
かれの体内に脈打つ生き血をグイグイとむしり取られていくときも、
恋人から求められる熱烈さを実感して、随喜に震えあがっていた。
獣が獲物を生きたまま喰らうような食欲をあからさまにした汚い音をたてて生き血を飲み味わわれたりすると、
自分の若さがパートナーを魅了しているという実感を覚えて、ついゾクゾクとした昂りを抑え切れなくなっていたし、
そのうら若い肢体にツタのように絡みつき抱きすくめてくる痩こけた手足が人肌の温みを帯びてくると、
かれの若さが恋人の慰めになっているという充足感が、失血による苦痛をむしろ陶酔にかえていった。

                                 ―つづく―
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