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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

洋館の淫らな夜 ~キースの場合~ 2

2018年12月09日(Sun) 07:59:10

つづきです。
吸血鬼に魅入られてしまった青年と吸血鬼との逢瀬が延々とつづられてきましたが、
つぎは妹を巻き込んでいくくだりです。


なん度めかの逢う瀬のときだった。
吸血鬼はそろそろ、キースとその妹のことについて、仕掛けてみることにした。
きみを侮辱してるつもりはないんだ、キース。
きみのくれたプレゼントを、僕なりのやり方で愉しんでるだけなんだ。
吸血鬼はそう言いながら、キースのふくらはぎをいつものようにあちこち咬んで、
彼の履いているライン入りのハイソックスを、見るかげもなくびりびりと噛み破いていった。
キースはどこまでも、のんびり構えていた。
「あーあ、ずいぶんハデに破くんだね。
ママにばれないようにしなくっちゃ。
きみと逢うときに履いてくる長靴下は濃い色に限ると思ったけど・・・どうやら関係ないみたいだね。
こんどはさいしょのときに履いていた、ハイスクールに通うとき履いていく紺色のやつがいいかな。」
吸血鬼は、彼がどんなハイソックスをなん足くらい持っているのか、先刻承知のようだった。
「通学用のやつはきみのためによぶんに用意しておくから。
学校のそばに棲んでいる吸血鬼がうちの制服が気に入っていると知ったら、校長先生も悦んでくれるかもね
・・・そんなわけないか。」
キースはおどけて肩をすくめた。
左右まちまちの丈にずり落ちたハイソックスの足許を見下ろしながら。

ところでさ。
吸血鬼は憂鬱そうな声でいった。
このペースでいくときみの血は、あと1週間くらいで吸い尽くされて・・・きみの身体のなかは空っぽになる。
そうかもね。ここのところかなり頻繁だったから・・・
キースは意外なくらい冷静な反応をしめした。
まるで恋人同士がセックスの頻度を確認するように。
「吸血行為は、吸血鬼と人間のあいだで交わされる、もっとも崇高な儀式なのだ。
きみとの関係はぜひ長続きさせたいから、頻度を落とす必要がある。
吸血鬼が青年に飽きたとか、寵愛が落ちたというわけではなく、むしろ恋人の体調を心づかっての言葉だった。
けれどもキースはすぐには引き下がらなかった。
「ボクは我慢できるよ。
君にとってあの友愛の儀式――かれらは一連のあの行為のことをそう呼んでいた――は、きみの生命につながることなんだろう?
ボクが来てあげられないとしたら、そのあいだだれが君の相手をしてあげるというんだろう?
君が淋しい想いをするなんて、いてもたってもいられなくなるよ!」
いったいどこに、これほどまでに吸血鬼である彼のことを気にかけてくれるものがいるだろう?
かれを死なせるわけには決していかない・・・吸血鬼は改めてそう感じた。
語り合いながらキースは、ストッキングがずり落ちるたび引っ張りあげていたし、吸血鬼は始終かれの足許に唇を吸いつけ舌を這わせていった。
きみの代わりにリディアを連れてきてくれないか?
紅茶を切らしているなら、コーヒーをいただこうか・・・そんなさりげない口調で、吸血鬼はキースの妹の血を要求した。
血を提供するための身代わりに妹を要求するなんて・・・
そういうそぶりを一瞬みせた青年はしかし、その人選がじつに適切だと思い直さないわけにはいかなかった。
彼がこよなく愛するキースの血ともっとも似た血を宿しているのは、血を分けた兄妹であるリディア以外に考えられなかったから。
きっと彼は相手がボクの妹のことだから、こんなにも胸を割って前もっての相談をしてくれたのだろう。
吸血鬼はなおも躊躇うかれの耳許に囁いた。
鼓膜の奥底に、毒薬を沁み込ませるように。
――彼女が自分の血を自分自身のためだけに使うか、飢えた者と分かち合う気になるのかは妹さん自身の大人のレディーとしての判断だ。
この件に関しては、きみにはなんの責任もない。ただ僕に機会を与えてくれただけなのだから・・・
いつかどこかでこんな出まかせを言ったような・・・
吸血鬼はそんなことを思いながら、すでに己の腕のなかでウットリとなっている青年の首すじを、もう一度がぶりと咬んでいた。
「わかった。きみのリクエストに応えてリディアを紹介するよ。妹もきみのことを気に入ってくれると良いんだけど」
青年は気前よく、吸血鬼に自分の妹の生き血を振る舞うことを請け合った。



同性の恋人である吸血鬼に、妹の生き血をプレゼントする―――
このプランは、想像力と好奇心に富んだ青年を夢中にした。
夕べ誓いのキスまで交わしあったその計画で、キースは朝から晩まで頭がいっぱいになっていた。
――きみの妹さんにも、都合というものがあるだろう?
だから、わしは3日間待つことにするよ。
きみが妹さんを連れてウェストパークに入ってきたら、いつでも姿を見せられるよう用意をしておくから。
どうしても妹さんの都合がつかなかったり、話しかけるチャンスがなかったり、きみの決心が鈍ったりしたら、
3日めの晩にきみ一人で来てくれないか?そうした場合には・・・愉しい罰を与えてあげよう。
恋人のそんな寛大な申し入れに、キースは内心、彼をそんなに待たせるなんて心外だと感じていた。
けれどもたしかに、相手のいることでもあったから、親友の申し出通りの3日以内ということで誓いのキスに応じたのだった。
できれば期限ぎりぎりに独りで深夜のウェストパークを散歩したくなかった。
かれは妹たちや親たちのスケジュールを確認する作業から取りかかった。
父親はおとといから2週間の予定でフロリダに出張に出ていた
――それこそわが吸血鬼氏のように翼でも生えていないかぎり、妻が浮気しようが、息子や娘たちが吸血鬼と仲良しになろうが、なにもできないはずだった。
母のダイアナは、あすは一日じゅうスケジュールはなく、あさっての夜はかねて"うわさ"のあるリデル氏とミュージカルを観に行くはずだ。
帰りはきっと、遅くなるにちがいない―――そう、たぶん真夜中だ。
下の妹のマデリーンは、そのすきを狙って恋人のマイケルとデートのはずだ。そして肝心のリディアは―――なにも予定がないはずだった。


真新しいストッキングのパッケージの封を切るときは、いつも気分がときめくものだ。とくに愉しい計画のある場合は!
キースは鼻唄交じりに封を切ると純白のストッキングに唇を押しあてる。いつもの儀式だった。
今夜のストッキングを脱ぐときにはきっと、鋭利にきらめく恋人の牙をいくつも受けて、キースの熱い血潮に染まって淫らなキスの雨を降らされながら、剥ぎ取られていくはずだった。
このごろは自分で脱ぐことが減って、血潮をたっぷり含んでぐしょ濡れになったやつを恋人の手で脚から抜き取られる機会が増えていた。
ハデにカラーリングされてぐっしょり濡れそぼったストッキングを剥ぎ取られるようにして脱がされるとき、
キースはまるでレイプを愉しむ少女のように、マゾヒスティックな歓びにうち震えながら、されるがままになるのだった。


「御機嫌ね、お兄様」
軽くハミングしながら足音を近づけてきて、妹の部屋の開けっ放しになっていたドアに寄りかかった兄を、リディアは読みさしの本を置いて振り返った。
美しい金髪が肩先に揺れて、窓辺から逆光となって降りそそぐ夕陽が、その輪郭を染めた。
キースが妹の髪に眩しそうに目を細めたのは、夕陽のつよさのせいばかりではなかった。
目のまえの乙女がその身体に宿した血液は、純潔の誇りを湛えているはずだ。
それは必ずや、かれの恋人をもっとも悦ばせる種類の飲みもののはず――
捧げる獲物の価値の高さにキースの胸は躍ったが、反面自分の分身のような存在を汚してしまうことへの畏れが、鋭くかれの胸をさした。
吸血鬼が予期しなおかつ危惧した心理――いみじくも彼は、「きみの決心が鈍ったら」と言っていた――が、妹想いの兄の胸にきざしたのだった。
「どうしたの?お兄様?」
なにも知らない(という態度をリディアは決め込んで、キースは信じ込んでいた)少女は、無邪気な微笑みをにこっと浮かべ、キースは息苦しそうなあえぎを隠しきれないままに言葉をついだ。
「ちょっと・・・散歩しない?」
「いいわよ。この本を読み終わったら」
リディアはいったん置いた分厚い本の、まだまん中くらいのページを開きながらいった。
キースが思わずげんなりした顔をすると、リディアは可笑しそうに声をたてて笑った。
「ばかね。信じた?そんなわけないじゃない」
リディアは読みさしだったはずのページを抑えていた手を、しおりを挟みもせずに放すと、分厚い革装の本をベッドに投げ込んだ。
「きょうのお勉強はもうおしまい。
最高じゃない!
パパはずっとお留守、ママはだれかさんとデート。
マデリーンもそんなイカれたママの目を盗んで火遊び。
素晴らしい家族愛だわ。
おうちに取り残されたのは、要領が悪くておばかさんな兄貴と、くそ真面目な妹。
お似合いの兄妹ね!」
少女はけたたましい声で笑った。
キースはちょっぴり不平そうに、
「おばかさんはご挨拶だね」と言ったけれど、
一見おしとやかに取り澄ました優等生な妹の小気味よい毒舌に、本気で怒ったようすはなかった。
「おばかさんじゃなくて?」
リディアはイタズラッぽく笑った。
「きみが決めることさ」
「いいプランでも?」
「さぁ・・・?」
兄はもったいぶって受け流した。
「乗ってもいいわ」
リディアは席を起って髪をかきのけると、花柄のロングスカートをお行儀わるくサッとたくし上げ、タイツに綻びのないのを確かめた。
「あたしの用意はいいわよ」
「それはけっこう」
キースは口笛を吹いた。

リディアが無造作にスカートをはね上げたとき、黒のタイツを履いたすらりとした脚がちらっと覗き、舞台裏をカーテンが押し隠すようにすぐに視界を遮ってしまったけれど、
そのわずかなすきに、リディアの身につけたタイツが真新しさを感じさせる艶を帯びているのを、兄は見のがさなかった。
その日のロングスカートは紫とスミレ色の小さな花模様があしらわれていて、ところどころに草色の小さな葉をつけた長く長く伸びる茎がツタのように絡み合っていた。
リディアがそれと見越してわざと新しいタイツに脚を通したことまでは、キースには思いも及ばないことだった。
兄が妹を吸血鬼に遭わせる計画に胸をはずませている頃、それとは裏腹に妹は、兄にばれないように、初体験の乙女をいかに演じるかを思い描いて、胸をはずませていたのだった。

「白のストッキング素敵ね」
リディアはキースの足許を見つめて、いった。
あながち口先だけではないらしく、リディアは真新しい純白のストッキングに包まれた格好の良い兄の脚に、ちょっとのあいだ見とれていた。
「きみは世界で数少ないボクの味方だよ」
「唯一じゃなくて?
残念ながら・・・キースはそうやり返したいのをかろうじてこらえた。
「逢わせたいひとがいる」
「ハンサムな男の子?」
「化け物かもね」
「場合によっては」
リディアはひどく大人びた顔つきをして言葉をついだ。
「ハンサムな男の子より退屈しないかも」
「男の子は退屈?」
「とくにマイケルみたいなのは」
「マデリーンが発狂する」
「あの子のまえでは言わないわ」
「腹黒な姉さんだ」
「心優しい姉よ」
リディアは訂正した。
「その心優しい乙女に期待して」
兄は淑女に対するように、妹に手を差し出した。
リディアはまるでお姫様のように、片方の手でスカートのすそをつまみ、もう片方の手で兄に手を預けると、あとも振り返らずに部屋を出た。


濃いオレンジ色の夕陽が、群青色に暗くなった快晴の空に鮮やかに映えていた。
兄妹はゆっくり大股に歩みを進めながら、広壮な邸宅や古い城壁に控えめな区切りを縁取られた、この雄大なパノラマを見るともなくふり仰いでいた。
大股にゆっくりと歩みをすすめる二対の脚は、
片方は夕闇のなかでもきわ立つ純白のストッキングに包まれ、
もう片方は花柄のロングスカートのなかに黒タイツで武装した女の武器を、さりげなく隠していた。
兄に比べて妹のほうはひと周り半ほど身体がちいさく、背丈は兄の肩にやっと届くくらいだった。

「きょうはウェストパークはお休みのようね」
目的地に着いてみたら遊園地は休みだったとき間抜けな恋人に向けるようなからかいの目の色をして、リディアは兄を見上げた。
彼女は白くて細い指先にピンと力をこめて、閉ざされた公園の入り口に貼られたポスターを指さした。
"CLOSED"
と赤い字で大きく書かれた下には、「芝生の手入れのため」と、ご丁寧にも添え書きがされている。
「さあどうかな?」
兄は余裕たっぷりにウィングした。かれの手にはぴかびか光る小さな鍵が握られていて、それは重たく厳めしい錠前の鍵穴に、ぴたりと収まったのだ。
「素晴らしい!」
少女は手を叩いて、金髪を揺らして小躍りした。
「爺やから借りておいたのね?なんて手回しがいいこと!」
「これでも"おばかさん?"」
ちょっと得意げに肩をそびやかす兄に、
「こだわるのは、男らしくないわ」
リディアは相変わらずの減らず口で応じた。
耳障りに軋む鉄製の扉の向こう側は、塗りつぶされたような漆黒の闇だった。
「どうするの?」
さすがに立ち入りかねてリディアが金髪を揺らせると、それを合図にするように、公園じゅうの照明にパッと灯りが点った。
それらは、園内ぜんたいをくまなく真昼のようにするにはかなり不足だったが、闇に慣れかけた目には眩いほどの明るさに思えたし、昼間とは趣のちがう光を受けた芝生がグリーンのじゅうたんみたいになだらかな起伏のある園内に広がる光景に、少女は夢中になった。
「綺麗・・・!」
リディアはこんどこそ、ときめきの声をあげた。
「ステキよ、兄さま」
リディアは近くの手すりに腰かけてあたりを見回す兄に駈けよって、頬ぺたにキスをした。
夕風にあたったせいか、その頬は冷たかった。
有頂天になった少女の後ろで公園の入り口の重たい鉄扉が音もなく再び閉ざされ、"CLOSED"の看板が裏返されたことに、少女は気がつかなかった。
裏返された側には、「ロケ中のため関係者以外立入禁止」と、書かれていた。
なかからかりに悲鳴や叫び声がしたとしても、それは撮影中のドラマか映画の科白の一部としてしか、見なされないだろう。

リディアが重ねてきた接吻の感覚が、キースの頬にまだ残っていた。
甘美な温もりを帯びた彼女の唇は柔らかく、蠱惑的であった。
いったいこの唇を、将来どんな男性が獲得するのか、キースは多少の嫉妬を交えて思いめぐらした。
否、彼女にはそんな未来は待っていないかも知れない。
今宵彼女は兄の手引きで吸血鬼に逢い、穢れのない処女の生き血を啜られるのだ。
挙げ句、名門の令嬢であるはずの彼女は吸血鬼の女奴隷に堕とされて、なみの結婚はできない身体にされてしまうかもしれない。
今宵与えられる処女を支配するのはかれの親友であり恋人ですらある男だから、
リディアがこの公園内で徒らに十七歳の娘ざかりの生命を断たれる気遣いはなかったにしても。
兄に与えた栄誉を、妹も享受することは、キースの頭のなかでもじゅうぶんに予想されていた。

招かざる客人は、街灯の灯りの及ばない薄闇の彼方から姿を現した。
そのタイミングはキースでさえ称賛の口笛を洩らしたほどの鮮やかさだった。
短く刈り込んだ銀色の髪、どす黒い褐色の頬、ギラギラと輝く瞳。
お約束どおりの黒マントは、夜風に翻るたびに真紅の裏地があざやかに映えた。

「キャーッ!」
リディアがいきなり悲鳴をあげた。
恐怖に震えたか細い声は、園外までは届きそうになかったが、兄さんとおしゃべりしているときよりは軽く1オクターブは高かった。
あわてる兄をみて、リディアはこんどは笑い声をはじけさせた。
「お兄様にしては上出来よ!素晴らしい演出だわ。ついつり込まれてノッちゃったじゃない!」
はしゃぎ切ったリディアは恭しく片膝を突く吸血鬼に手を与え、ゆうゆうと接吻にこたえた。
「そんなことして!咬まれたらどうする!?」
キースは眉を八の字に寄せ、妹の軽はずみをたしなめた。
けれどもそれとは裏腹に、彼自身もだんだん気分ノッてきて、声色が芝居がかってくるのが自分でもわかった。
「お兄様は自分のお友だちが怖いの?」
「そういう問題じゃなくて・・・」
いい募ろうとするキースをまるきり無視して、リディアは背を反らせて吸血鬼と対峙するように向き合った。
灯りを受けて輝く長い金髪が夜風に流れて肩先にたなびき、紅潮した横顔が、挑戦的な視線を吸血鬼にそそいでいた。
――お似合いのカップルだ。
心のどこかからそんな呟きがして、キースはあわててそれを打ち消した。
やめさせなければ。
キースの胸に、遅まきながら兄としての自覚が芽生えた。
やつの牙は呪われている。あの尖った犬歯の切っ先に含まれた毒がまわったら・・・!
手の届く距離に、白く透き通ったきめのこまかい肌があった。
襟ぐりの深いブラウスから覗いた胸許が、灯りをうけていっそう気高く輝いていた。
あの気高い素肌を汚させてはならない。
「いけない・・・リディア・・・!」

兄のことを無視して、リディアはフフン、と、わざと小生意気な笑いを浮かべた。
「ムードと衣装は合格として、演技力のほうはどうかしら?
どこまで本物に迫れるのかしら。
兄からよく聞いていると思うけど、バストをおさわりしながらチューするなんて、古い手はなしよ。
あたし、助平なだけの退屈な男の子は願い下げなの」
いけない、リディアは彼に本気でケンカを売っている。相手が本物の吸血鬼だとも知らないで。
焦りを覚えたキースは、ふたりの間に割って入るようにして、
「リディア、今夜のきみは、ちょっときみらしくないな。
もっとクールにいこうよ。
こういうのはどうだい?
ボクがきみの前で、彼に血を吸わせてみせるんだ。
ボクだって、いきなり妹を咬ませるわけにはいかないからね。納得できる?」
リディアは嬉々としてキースのことを見上げた。
「お兄様のことだから、まさかひとにいきなり咬みつくようなやつを連れては来ないって思ってるわ。
レディの肌にいきなり咬みつくなんて無作法は、最低だもの。想像するだけで・・・おお嫌!」
――"おお嫌!"らしいぜ?気の毒な相棒君。
キースは半分ほっとして、半分は吸血鬼に同情して、彼を見た。
「怖くなったら、遠慮なくお逃げ」
キースは内心、かれが血を吸われているあいだに妹が怯えて逃げてくれることを願いながらそういうと、シャツのボタンをふたつ外して、吸血鬼のほうを向いた。
いつもの"儀式"だった。
キースが傍らの樹に身をもたれかけさせて、恋人の口づけを待つ乙女のように、おとがいを仰のけて目を瞑ると、
吸血鬼の唇の両端からむき出された牙が、すんなり伸ばしたうなじに、まっすぐ降りてきた。
象牙色をした犬歯がキースの首筋に埋まり、咬み痕を覆い隠すように吸いつけられた唇が、白い皮膚のうえを熱っぽく這いまわる。
やがて牙がひときわ力を込めてグイッと刺し込まれる気配とともに、
干からびかけた唇の端からバラ色のしずくがひとすじ、透き通るほど白い皮膚のうえを、たらーり、と、伝い落ちた。
「凄い・・・」
リディアは逃げもせず、兄が吸血されるシーンに、魅入られたように熱中した。
吸血鬼がキースの首筋から牙を引き抜いてかれの両肩を放すと、かれは目をひらいてうっとりとした目で恋人を見上げた。
それから、たるみかけた白のストッキングをきりりと引き伸ばして、芝生のうえにひざを突き、今までもたれかかっていた樹の幹に両手でつかまって身体を支えた。
吸血鬼はキースの足許にかがみ込んで這い依ると、革靴の足首をギュッと握って抑えつけ、白のストッキングのふくらはぎを舐めるようにして唇を吸いつけた。
キュウッ・・・
ひとのことをこばかにしたような、あからさまな音があがった。
純白のストッキングにみるみる紅いシミが拡がって、吸血鬼はゴク・・・ゴク・・・と喉を鳴らして、キースの血をむさぼった。

き・・・効くぅ・・・
キースはいつもの癖で、長いまつ毛をピリピリと震わせた。
暖かい血潮が傷口を抜けてゆく痛痒い感覚が、かれの胸の奥をじりじりと焦がしていった。
「もっと・・・もっと吸って・・・」
キースは額にうっすらと汗を浮かべて、うわ言のように口走った。
「ひと晩ガマンさせちゃって、ゴメンよ。その代わり今夜は、気のすむまでボクを辱しめて・・・」
もうリディアのまえでも、どうでもかまわなかった。
装いもろとも辱しめられながら生き血を吸われる歓びを、身近なだれかに見せびらかしてしまいたかった。
リディアの純潔な血を兄として守り抜くよりも、むしろ兄としては誇らしく捧げるべきだと思った。
随喜に目の前がかすんできた。
気がつくと、樹の根元に尻もちをついていた。
かれは、緩慢な動作でずり落ちたストッキングを直していた。
「ますます興味深いわ」
リディアは眸を輝かせていた。
「兄をそこまでにしてしまうなんて、あなた素敵ね。でも完全に信用したわけじゃないわ」
「ひどく慎重なのだね、マドモアゼル」
「もちろんそうよ。かけがえのない乙女の血をお捧げするためのお相手選びですもの。慎重な女の子は、念には念を入れるものよ」
真に迫った吸血シーンに恐れをなして逃げ出すどころか、リディアは彼に自分の血を吸わせることを本気で考えはじめている。
「退屈なの、あたし」
いつだか彼女は、たしかにそういっていた。でも、その退屈しのぎのために、あの致命的な牙を択ぼうというのか?
兄とおなじ選択を?
もっともかれのときだって、さいしょから希望してこうなったわけじゃない。
「兄とは息が合ってるようね。あたしとはどうかしら?」
「お試しになる?」
伸びてくる腕をあわててうけ流して、少女は懸命にいった。
「お芝居が上手でも、み入ったトリックかもしれない」
「ひとつの可能性ですな」
吸血鬼は否定しなかった。
「巧妙な詐欺行為?」
「獲物が美しい乙女なら、試みる値打ちはあるでしょう」
「でなければ、すべてが夢かも」
「もちろんそれも、あり得ます」
「夢だと賭ける!」
「どういう方法で?」
「かけっこ!」
少女は勇ましくこたえた。
「よろしいでしょう」
「いいの?あたし、クラスではリレーの選手なのよ」
果たして彼女は、ロングスカートでリレーの競技に出場したことがあるだろうか?と、キースは首をひねった。

「お好きなだけお逃げなさい。五つ数えたら、あとを追いかけます」
「いいわよ、手かげんしないで。なんなら、五つを早口で数えても?ども、まんまと逃げられちゃったら、お気の毒さま」
リディアはもう勝ったと言わんばかりに、彼女より頭ふたつ上背のある吸血鬼を、挑発するように見上げた。
ふたりの身長差をみて、キースはリディアをひとりで連れ出したことをすこし後悔した。
恋人の欲情を満足させるには、リディアの身体はちいさ過ぎた。
つぎにリディアを逢わせるときには、侍女のだれかか、リディアの下の妹のマデリーンを交えなければいけないと思った。
「用意はよくってよ」
リディアはきらきらと挑戦的に輝く眸で、吸血鬼を見た。
「では、どうぞ」
吸血鬼は余裕たっぷり、獲物の少女に逃走を促した。
吸血鬼はわざと、五つをゆっくり数えた。

花柄のロングスカートを腰のまわりにひらひらさせながら、か弱く舞う蝶のように覚束ない足取りで、少女はゆっくりと逃げまわり、
そのあとをぴったりと寄り添うようにして、吸血鬼があとにつづいた。
競技はあっけないほどすぐにおわった。
リディアに追いついてもすぐには捕まえようとせず、十歩ほどよけいに走って、手近なベンチのすぐそばで、彼女のことを捕まえた。
リディアは立ったまま、首すじを噛まれた。
煌々と輝く灯りの下、柔らかそうなうなじの肉に黄ばんだ犬歯が埋まるのがキースの目にありありと映り、
抱きすくめられた腕のなかリディアが痛そうに顔をしかめた。
白く透き通る肌を這う唇からは、バラ色のしずくが静かな輝きをたたえながら、たらたらと滴った。
小刻みにわななく細い肩が昂りにはずみ、刻々と変わる彼女の面差しが気持ちの変化を物語る。
力ずくで仰のけられたおとがいの下、深々と食いついた白い柔肌からは、バラ色の血潮がいくすじも流れた。

ああっ。なんて美味しそうにっ・・・!

キースは心のなかで、激しく舌打ちした。
嫉妬も羨望もありの舌打ちだった。
兄であるかれの目の前でリディアの血を吸う吸血鬼にも、悩ましげにかぶりを振りながらも牙を受け入れてゆく妹にも、同時に嫉妬していた。
いきなり素肌に咬みつくのは、無作法ではなかったのか?
「おお嫌!」ではなかったのか?
あのいまいましいやつは、細くて白いリディアの首すじに、ツタがからみつくようなしつようさで飢えた牙を迫らせてゆき、
リディアもまた、いちど咬まれてしまった傷口をなん度も吸わせてしまってゆく。
ついにはまるで求めあう恋人どうしのように、汚れを知らない生娘にはおぞましかるべき吸血に、みずから耽るように応じてゆくのだった。

やがてリディアはみずから姿勢を崩すように傍らのベンチに腰を降ろした。
貧血になったのか…?と兄は思ったが、そうではなかった。
彼女は花柄のロングスカートをはしたないほどたくしあげると、
あらわになった黒のタイツを履いたふくらはぎに、赤黒く爛れた唇がヒルのように吸いつくのを面白そうに見つめるのだった。
タイツのうえからぴったりと這わされた唇の下にあざやかな裂け目が走り、それが裂けた生地ごしに皮膚を蒼白く透き通らせながらつま先へと伸びていくのを、
キースもリディア自身もウットリとして見つめつづけていた。

堕とされちゃったみたいだね、お姫様。
キースがおどけて声をかけると、リディアはイタズラっぽく笑い返してニッと白い歯をみせた。
そして嬉し気にピースサインまでして、兄に応じるのだった。

                              ―つづく―
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