淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
密会する婚約者
2019年01月04日(Fri) 10:18:48
薄茶のスカートの後ろ姿が、背すじをしゃんと伸ばして、まっすぐ前へと歩みを進めてゆく。
スカートの裾から覗く、ちょっと肉づきのよい脚は、スカートと合わせたおなじ色のパンプスが、アスファルトの路面に硬質な足音を刻んでゆく。
まるでお見合いにでも行くように、改まった服装で、しかもウキウキと。
こちらに後ろ姿をみせる穂香さんは、わたしのお見合い相手。近々婚約しようというほど、話はとんとん拍子にすすんでいた。
その穂香さんがだれかと密会している――そんなうわさを拾ってきたのは、母だった。
穂香さんの棲む街とわたしの住む街とでは、駅が三つほど離れている。
うさわなど、伝わりそうな、伝わらなさそうな、そんな距離感。
けれども、相手の男は弟さんとは別人で、ずっと年上らしいのに、身内どうぜんに打ち解けている。
なんか怪しいっていう話だよ。
母は見てきたようないいかたで、未来の息子の嫁をくさした。
案外、母自身が見たのかもしれない、と、わたしは思った。
さっそくわたしの探偵がはじまった。
さりげなく訪問を断られた土曜日の朝。
わたしはさりげなく彼女の家の近くを徘徊し、彼女が家を出るのを目にした。
彼女が家を出たのはお昼前、両親が外出した後だった。
薄茶のジャケットに白のブラウス、ジャケットと同じ色のタイトスカートに、やはり同じ色のパンプス。
決して派手めではないけれども立ち姿がひきたつのは、穂香さんの気品のゆえだろう。
足音を忍ばせてあとをつけるわたしのほうを、彼女は一度としてふり返らなかった。
意外にも。
彼女が訪れたのは、地元のホテル――ふたりがお見合いをした場所だった。
そしてさらに意外にも、そこには先に家を出た両親が、待ち受けていた。
穂香さんを迎えたご両親は、さらに別の男性を席に迎え入れ、娘の隣に座らせる。
そこはわたしの場所のはずだ!
叫びたい気持ちを、かろうじてこらえた。
四人はしばらくのあいだ、談笑していた。
ごく打ち解けた相手のようだった。
ホテルのなかにも、表通りにも人影はほとんどなく、ガラス張りのレストランの店内のようすは、
ホテルの庭園にほどよくしつらえられたベンチに腰かけたままでも、手に取るようにつぶさにうかがえた。
男性はどうやら、お母さんといっしょにレストランに入ってきたようだった。
お父さんはひとりで先着して皆を待ち、お母さんと男性、それに娘の穂香さんのために席をとり続けていたらしい。
男性がやがて、奇妙にも、お母さんの足許に身をかがめた。
恥かしがるお母さんがすくめる足許に唇を吸いつけて、足首からふくらはぎをたんねんに吸いつづけている。
よく見ると。
お母さんの穿いているストッキングはむざんに咬み破られて伝線を拡げ、ふくらはぎの輪郭から剥がれ落ちていくのだった。
彼の行為は、それだけでは終わらなかった。
つぎは、並んで腰かけている穂香さんの足許にまで、唇を吸いつけていったのだ。
穂香さんは恥ずかしそうに顔を上気させながらも、どこかウキウキとしていて、イタズラっぽい笑みさえよぎらせている。
そして、彼が本当に咬みつくと、くすぐったそうに白い歯までみせたのだ。
お父さんはどこまでも、淡々としていた。
足許を卑猥なよだれに濡らされ、ストッキングを目のまえで咬み破られるというのは、ご婦人たちにとっては恥辱であるべきなのに、
母娘とも嬉々として男にストッキングを破らせ、お父さんまでもが妻や娘に対する非礼な仕打ちを、おだやかにやり過ごしている。
レストランのなかのウェイターやウェイトレスたちも、気づいていないはずはないのに、咎めようともしていない。
わたしは、室内でくり広げられる奇妙な儀式から、目が離せなくなっていた。
やがて男は、穂香さんが笑いをおさめるのを見はからって、彼女だけを促して席を起った。
そして、ご両親にちょっとだけ会釈をすると、
まるで恋人にそうするかのように穂香さんの肩に手をかけて、レストランの出口へとエスコートしてゆく。
ご両親は鄭重に礼を返して、ふたりを見送るばかり。
いったい、彼女の婚約者はだれなのか?
怒りと混乱とで、わたしは頭のなかが昏(くら)くなった。
そして、母娘の足許からストッキングが噛み剥がれてゆく有様が、網膜から離れなくなっていた。
われにかえったときには、レストランのなかにいた。
ご両親はまるで、わたしの出現を見越していたかのようにおちついていて、わたしをふたりが腰かけていた席に促した。
ご覧になりましたね?
あのひとは、穂香と結婚することはできません。吸血鬼だからです。
彼は家内と結婚前からのご縁があって、家内に生き写しの穂香にも、ご好意を持たれたのです。
でも、吸血鬼はなん人もの女性から血をもらわなければ生きていけません。
ですから多くの場合、彼らは独身を通すのです。
そして、彼らの愛した女性は人間の男性に嫁ぎ、新しい家庭をかげながら守ろうとします。
ええ、折々若いご夫婦から血をもらいながら・・・ですが。
家内の場合もそうです。
初体験のお相手は私ではなく、さきほどの彼とでした。
以来ずっと血を吸われつづけ、私と結婚してからも、関係を続けました。
私も、そうすることを望んだからです。
初めて家内が襲われて生き血を吸い取られるところを目の当たりにしたときに、不覚にも昂奮してしまいましてね。
そういう男性は、この地では歓迎されるのです。
うちは代々、そういう関係を続けていく家柄なのです。
この街では、こんなふうに選ばれた女から生まれた長子は必ず女で、そして美しく育つ――といわれています。
家内も評判の美人でしたし、幸い娘もそうでした。
そして幸か不幸か、あなたのおめがねにとまった――
でも、逃げ出すなら今のうちです。
一切合切、吸い取られてしまいますからね・・・
わたしは躊躇なく、席を起った。
やはり行かれるのですか・・・お父さんの目が、悲しそうな色を宿したが、
わたしが穂香さんがいまいる部屋の番号を教えてほしいと告げると、表情を改めた。
さいしょの子供は、女の子がいいと思っていましたし・・・
新妻を寝取られる夫という立場も、愉しむことができるような気がしています。
お父さんと同じ立場を、引き継いでみたいと思います。
問題は、わたしの母です。
婚礼のおりにいちどだけ、彼に誘惑させてみませんか?
母も大人の女性です。それに未亡人です。
恋をしてもまだおかしくない年代だし、そうすることでどこにも迷惑は掛かりません。
父も――息子の嫁の浮気相手と母が交渉したと聞いたら、面白がるかもしれないですね・・・
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