淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
母を法事に連れ出す。
2019年02月12日(Tue) 07:21:01
「どうしたの、その格好?」
待ち合わせた駅のホームで、母はわたしを見て目を見張った。
息子夫婦と待ち合わせたはずなのに、そこに肩を並べて佇んでいる2つの人影はふたりとも、婦人ものの喪服を身に着けている。
近づいてよくみると、そのうちのひとりは自分の息子だった。
それは、どんな母親でも驚くだろう。
女の自分を母に見せるのは、美奈子の田舎でひと晩過ごした後で良い――わたしはそう思っていた。
けれども美奈子は、ここを出る時から女の格好でいるべきよ、と、わたしに言った。
もしもお義母さまがほんとうに筋金入りの堅物なら、女装したあなたを見て愛想を尽かして帰るでしょう。
お義母さまがそういうひとなら、あそこには行かないほうが良い――彼女はそういったのだ。
あそこでの営みが耐えがたい辱めにしかならないというのなら、さいしょからお義母さまにそういう経験をさせるべきではない。
同じ女として、それは残念過ぎることだから。
たしかに美奈子の言い分は、もっともだった。
わたしは勇気を出して、洋装のブラックフォーマルを身にまとい、黒のストッキングの脚を駅頭の風にさらした。
申し合せたように黒のストッキングに染まった三対の脚は、そのうち一対がたじろいだように半歩下がり、
行儀よくかかとをそろえてまっすぐに立ち、それから意を決したように他の二対と同じ方角へと歩きだしていた。
実家に残してきた父の写真に、彼女は顔向けすることができるのだろうか。
ふとかすめたそんな不安を正確に読み取って、わたしと向かい合わせに座った美奈子は、確信に満ちた笑みを投げてきた。
「伺うのは美那子の実家だけれども、美奈子と同郷である前のご主人とわたしは親友なので、墓参りもする。
それが再婚の条件だから。
でも、わたしが男の姿でいくと前のご主人が妬きもちをやくかもしれないから、女の姿でお参りをする」
母にはそういう言い訳を用意していたけれど、どうやらわたしの女装趣味はとっくに、カンの良い彼女のアンテナに触れていたらしい。
「前からそんな気はしていたけれど」
という母のつぶやきを、美奈子も、敏感になったわたしの鼓膜も、とらえていた。
美奈子の実家の敷居に、母が黒のストッキングに包まれたつま先をすべらせるのを、わたしは胸をドキドキはずませながら盗み見ていた。
そんなわたしを、美奈子は面白そうに窺っていた。
母は美那子のお父さんに向って、「お世話になっております」と、頭を下げた。
尋常な礼儀正しさを示す母に、義父もまた田舎めいた慇懃さを表に出して、応じてゆく――
母の写真を見ていちばん昂奮した男が、表向きの礼儀正しさを完璧に装うのをみて、
やはりこの土地の人たちは油断がならないと思った――もちろん、自分のことは棚に上げて。
初めて見せた母の写真を前に、「うっ、ひと目見ただけでおっ勃っちまう!」なんて騒いでいたくせに。
もっともらしい顔をしてお辞儀をし合っていてもきっと、これは夫婦の固めの杯だとか、どうせいけすかないことを考えているに相違なかった。
夜の宴に合わせて、三々五々、周囲の者たちがなん十人となく、集まって来る。
美奈子の叔父もそのなかにいた。
彼がはじめから美奈子を目あてにしていることを知りながら、わたしは彼とも親しげにあいさつを交わす。
先方も嬉しそうに、「やあ、いらっしゃい」と、歓迎してくれた。
はた目には、縁故が濃いわけでもないのに遠来の客を新設に迎える遠縁の人にしか、見えなかったはずだ。
いや、じっさいには美奈子を通して、ほんとうに濃い関係なのだが。
美奈子が初体験を済ませた相手がこの叔父で、それ以来祐介と結婚してからも、
里帰りのたびに情交を重ねてきた間柄。
わたしもまた、彼と美奈子との関係は尊重することにしていた。
美奈子とわたしとを、ふたりながら初めて征服したのも、彼だったから。
「未来の妻となる美奈子を犯して下さい」――わたしにそんなことを口にさせて悦に入る、わたしといい勝負の変態だった。
初めてわたしを犯した祐介のお父さんも、やって来た。
彼とも初手は、ごく慇懃に挨拶を交わしてゆく。
傍らから挨拶を交し合うふたりを目にした母は、まさかこの男が息子を女として征服しただなんて、思ってはいないだろう。
もっとも彼は、別れぎわわたしのお尻をスカートのうえから勢いよくボンと叩いて、周囲を笑わせていたけれど。
わたしのときには、さいしょのひと晩はそのまま寝(やす)ませてくれたけれど、
母のときには、宴はさいしょの夜から始められた。
美奈子の父親が、母にぞっこんになってしまったからだった。
真夜中。
宴がたけなわを迎えて、灯りが暗く落とされると、いつもの組んずほぐれつが始まった。
わたしの傍らで押し倒された美奈子の叔母は、「あとで・・・ね♪」と、わたしに目配せをした。
似通った面差しの叔母と姪――この村への”帰郷”が思った以上に頻繁になったのは、彼女の存在も理由のひとつになっていた。
わたしのうえには、息せき切った祐介のお父さんがのしかかっていた。
スカートのなかに突っ込まれた節くれだった掌はさっきから、ストッキングを波立てながら荒っぽい愛撫をくり返しはじめている。
母のほうを見ると、さいしょはなにが起きたのかわからなかったらしい、ちょっとびっくりしたような顔をしたが、
迫って来た美奈子のお父さんに、そのまま押し倒されていった。
美奈子は自分の父に手を貸そうと、母の両手首を抑えつけようとしたけれど、
母は「だいじょうぶですから」と、やんわりと美奈子の干渉を拒絶した。
そして、圧しつけられてくる唇を目を瞑って受け止めると、
喪服のブラウスのうえから乳房をなぞるようにまさぐる掌を、這いまわるままにさせていった。
賢婦人といわれた母。
自分から応えることは決してしなかったけれど、動じることなく毅然として、相手の男性の劣情に、身を任せていったのだ。
翌朝、母は鏡に向かって、墓参のための化粧をたんねんに施していた。
「そろそろいいかな」と声をかけるわたしに、「エエ、いつでもよろしいわ」と、鏡を見ながら応える母。
いつもと変わらぬ凛とした雰囲気ををたたえていた。
ちょっとからかってやりたくなった。
「夕べは母さんらしくなかったね」
「そんなことないでしょう」
母は鏡から目を放さずに、こたえた。やはりいつもと変わらないトーンだった。
「うちに置いて来た父さんの写真を思い出して、父さんごめんねって手を合わせましたから」
父さんごめんねで片づけられてしまうのか――女はやはりしたたかだ。
婦人ものの喪服を身に着けているのも忘れ、わたしは思った。
まだまだ女には、なり切れていないみたいだな、と。
言葉を途切らせたわたしに、今度は母がいった。
「母さんらしくないことを言うようだけど」
「なあに?」
「今朝のお化粧、美奈子さんのお父さまのためにしているのよ」
あのかた、やもめ暮らしが長いんですって?
再婚は法的にどうだかわからないけど、まだ私もだれかに尽くしてみたい気もするのよ。
もっともああいう方だから、母さんを未亡人のまま抱きたい・・・なんて仰るかもしれないけれど。
楚々とした母の横顔に、女の表情がよぎるのを、わたしはただ立ち尽くして見つづけていた。
背後からは、朝っぱらから自分の叔父と戯れている美奈子の声が聞こえる。
淫らな静けさを漂わせた田舎の早い朝が、始まろうとしている――
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