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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

婚約者の情事

2019年04月17日(Wed) 07:04:32

趣味のサークルで知り合ったS夫人が、自分の娘をお見合い相手にと紹介してくれた。
わたしはS夫人が好きで、時には夜遅くお茶をする間柄になっていた。
「お酒」とならなかったのは、一見派手な美人である夫人が、その実堅実な主婦で、夫を愛していたからである。
一緒に歩いていると、不倫カップルに見えませんか?
冗談ごかしに気づかうわたしに、夫人は面白そうに笑っただけだった。

夫人の一人娘は、彫りの深いエキゾチックな目鼻立ちが特徴の、母親譲りの美人だった。
夫人を溺愛していた夫は、「きみが選んだ人なら」と、さいしょからこの縁談に乗り気だった。
「世間知らずの娘です。ものの役に立ちますかどうか」
と謙遜してみせたが、娘のことを夫人と同じくらい溺愛しているのが、容易に見て取れた。
当の本人はというと、風采のあがらないわたしのことなど鼻もひっかけないかと思っていたが、
意外にも真面目に応接してくれた。
「わたくし、外見の良い男性のことを、あまり信用していませんの」
良家に育った彼女は、言葉遣いも礼節に満ちていて、わたしをうっとりとさせた。
小さい頃からちやほやされてきたことが、むしろ彼女を賢明にしていた。
ハンサムでやたらとかっこいい男が、その実下衆なやからであることが多いということも、知り尽くしているようだった。
「男の友だちはいたけれども、本気でつき合ったひとはいない」と、彼女はいった。
おそらくそれは、真実なのだと、わたしは感じた。

話はとんとん拍子に進み、やがてわたしは夫人の令嬢である怜子さんと結納を交わした。
視てはならなものを視てしまったのは、そのかえり道でのことだった。
両親と別れて買物をするために街に残ったわたしは、通りすがりに怜子さんを見かけた。
淡いピンクのスーツに黒のストッキングのいでたちは、遠目にも惹きたっていてとても目だっていた。
わたしに気がつけばきっと、「あら」と言って足をとめて、
「先ほどはふつつかでした」と、礼儀正しいお辞儀が帰って来るのを、わたしは予期した。
声をかけようかと歩みを急がせて彼女との距離を狭めたとき、わたしははっとした。
彼女はとつぜん足を止め、傍らの路地から姿を見せた人影と、ふた言三言ことばを交わすと、
申し合せたように路地の奥へと姿を消したのだ。
わたしは思わず足を速め、ふたりのあとを追った。

曲がりくねった路地を、どこまで進んだことだろう。
ふたりはわたしの追跡に全く気づかず、あとをふり返ろうともせずに一目散に歩みを進めて、
一軒のビルの入り口に吸い込まれるように身を沈めた。
雑居ビルのようなうらぶれたビルだった。
いつも小ぎれいで高雅な雰囲気の怜子さんには、まるで似つかわしくない建物だった。
そのビルの入口に佇んだ時、わたしはがく然とした。
ドアの上のけばけばしい色彩の看板には、こう書かれてあった。
「ご宿泊・ご休憩 ホテル ロマンス」

そのホテルにどうやって押し入ったのか、さだかな記憶がない。
フロントには、さっき入って来た二人組のカップルを追いかけている、隣の部屋を貸してほしい、といったような気がする。
フロントの年配の女性は無表情に応対して、即座に隣の部屋のキーを渡してくれた。
一時間3000円といわれた法外な料金に、1万円札を渡して釣りは要らないというと、機嫌よくわらって、
「いいこと教えますね、テレビをずらすと覗き穴があります」
と囁いた。
その言葉を頼りに、まるで押し入るようにして、怜子さんが男と消えた部屋の隣室へと入っていった。

フロントの女性がいう覗き穴は、すぐにみつかった。
わたしはくいいるようにして、隣室のようすをうかがった。
怜子さんはピンクのスーツをまだ着ていて、男と差し向いになっていた。
「・・・そうよ、緊張してくたびれちゃった、だって結納だよ?」
怜子さんの男に対する話しかけ方は、わたしに対する礼儀正しいそれとは違って、打ち解けたものだった。
「シャワー浴びるわね、そ・の・あ・と・で♪」
と彼女がいったとき、わたしは疑念が確信に変わるのを感じて、衝撃を受けた。
あの高雅な怜子さんが、こんな男とつるんでいたなんて!!
男は怜子さんの手を取り、いますぐに、と、小声でいった。
「だぁめよ、それはシャワーのあとまでオアズケよ」
怜子さんは男の不埒をとりあえず拒んだが、男の迫りかたはしつようだった。
「あ・・・ん・・・だめ、ダメだったら!お洋服がしわになるじゃないの」
男のふしだらな行為と等分に、自分の装いへの気遣いを忘れない――こういうときでも怜子さんは、良家の令嬢ぶりをさりげなく発揮していた。
ゆるやかに拒みつづける怜子さんに、男はなおも肉薄した。
彼は怜子さんを後ろから羽交い絞めにすると、ゆるやかにウェーブした栗色の長い髪をかきのけて、首すじを吸った。
吸い吸われるどうしのしぐさが、ふたりの親密さを示すようで、わたしは胸が締め付けられた。
少なくとも、隣室に押し入って男の狼藉を咎める権利は、自分にはないような気さえしてきた。
もしかすると、この時点で、わたしは婚約者の貞操を放棄してしまっていたのかもしれない。

「いけない、いけないったら・・・ッ!結納帰りのお洋服なのよっ」
蓮っ葉な声で拒みつづける怜子さんの声が、やけに扇情的に響いた。
ブラウスのうえから胸をまさぐられ、スカートの奥に手を突っ込まれ、どちらのまさぐりも拒もうとはしないくせに、
怜子さんは口では婚約者への貞節を守ろうとしている。
けれどもわたしは、身じろぎひとつできなかった。
いくら鈍いわたしでも、怜子さんは本気で男を拒んでいるわけではないことを察していた。
そうでなければこんな密室で、ふたりきりになることはないだろうから。
男女のせめぎ合いは、半ば戯れを帯び、半ば本気を交え、長々とつづけられた。
男女の交わりを目にするのは、生れて初めてだった。
それがどうして自分の婚約者と別の男の情事である必要があるのか・・・息も詰まるような嫌悪感にむせびながらも、わたしは怜子さんの痴態から、目を離すことができずにいた。

男と揉み合いながら、怜子さんが思わず口走った。
「優志さんに悪いわ、私、もう結婚相手がいるのよ」
わたしの名前を怜子さんがとつぜん口にしたことに、わたしはずきり!と、胸をわななかせた。
どうしてこんな場違いなところで、わたしの名前が出てくるのか?
自分の名前が怜子さんの口で汚されたような気分がした。
それは嫌悪感であり、屈辱感であり、それ以外のなにかであった。
いったいなんなんだろう?この感情は!?
つきつめたわたしは、さらにがく然とした。
「私、もう優志さんと結婚するの、だからあなたにこんなところでお逢いするのはもう止さないと!」
怜子さんはさっきから、しきりとわたしの名前を口にするようになっていた。
彼女はわたしの援けを本気で求めはじめたのか?腰を浮かしかけたわたしを、彼女のひと言が制した。
「優志さんにばれちゃったら、ぜんぶおしまいなんだわ!」
そうだ、いま出て行ったら、すべてはおしまいになりかねない。
良家の令嬢との夢のような婚約も、高雅なほほ笑みに包まれた交際の日々も、瞬時に終わってしまうのだ――

圧しつけられた強引な唇に、怜子さんの唇が応えはじめたとき、わたしはわたしをわななかせているものの正体を知った。
それは、嫌悪感、屈辱感、敗北感、無力感に裏打ちされた、「歓び」だった――

「優志さん、ごめんなさい、ごめんなさい」
ベッドのうえに抑えつけられ、ブラウスをはだけられながら、怜子さんは目に涙を浮かべながらも男を拒みつづけた。
それがうわべだけの拒絶だったとしても、婚約者たるわたしは満足しなければいけないと思った。
怜子さんがわたしの名前を口にするのは、痴情の相手をそそるために過ぎないのだと、今や確信していたけれど、
その言葉にほんの少しの真情が存在することもまた、認めないわけにはいかなかった。
「私、淫らな女になっちゃう・・・」
涙声の怜子さんは、それでも男の侵入を拒みながらも許しつづける。
度重なる接吻を積極的に受け止め、
あらわになった乳房を吸われると身を仰け反らせて反応し、
ふくらはぎへのしつような口づけが黒のストッキングをくしゃくしゃにしてゆくのを、面白そうに見つめつづけた。
結納帰りの装いもろとも凌辱される婚約者を、わたしはただ息を詰めて見つめつづけた。
不覚にも、股間の昂ぶりを抑えることができなかった。

長いこと睦み合ったものの、狎れ合ったセックスだったに違いない。
けれどもわたしの目には、婚約者が純潔を散らしてゆく光景としか映らなかった。
それくらい、ふたりのまぐわいは色濃くわたしの網膜に灼(や)きついていったのだ。
狎れあったカップルのはずなのに。
怜子さんは終始、ぎこちない応対を続け、
身体を合わせてくる男を、うわべだけにせよ拒みつづけた。
まるで、わたしの視られているのを意識しているかのようだった。
わたしへの礼節を守ろうとしていたのか、
わたしを引き合いにして情夫をそそらせつづけるためだけだったのか、
いまでもよくわからない。



数日後、独りで盛り場を歩いていた時だった。
酒でも飲まないと、やっていられなかった。
周りの連中は、わたしの幸運な婚約をやっかみ半分にからかって、途中までは相手になってくれた。
けれども、もう一軒、もう一軒と帰宅を遅らせるわたしにあきれたように、周りからは誰もいなくなっていった。
「やあ」
親し気に声をかけてきた男に、わたしはぎくりとして立ちすくんだ。
あのときのホテルの男だった。
「視ちゃったよね?」
あけ広げな笑みに、わたしは隠すことを断念した。
「一杯飲もう、おごるよ」
男は気前よく、そういった。

怜子は俺の従妹でね、中学のころから俺とああいう関係になっていた。
けれども血の濃くなる結婚に、どちらの親も反対だった。
だが、怜子が結婚するまでの間、怜子が俺と付き合うのを、どちらの親も黙認してくれた。
血が濃い分、相性が近かったんだろうな。無理に引き離すのは良くないと思ったんだろう。
でもまさか、ここまで続くなんて、どちらの親も、俺たちさえも思っていなかった。
そこで景子夫人――怜子の母親――は、身近でみつけたあんたを花婿候補に選んだ。
怜子はあんたのことも、かなり好きだよ。そこは保証していい。
だからあんたは、予定通り怜子と結婚すればいい。
ところで相談なんだが――結婚した後も時々、怜子と逢わせてくれないか?
あんたもあの部屋でけっこうノッっていたみたいだし、
よかったら、逢うときを予告してもいい。
あんたはあとから隣の部屋に入って、気の済むまで見物していったら良いだろう。
それからね、怜子はあんたに視られていたのを知ってるから。
ふだんはもっと大胆なのに、さすがにあんたに視られていると意識していたからか、いつになくよそよそしかったな。
付き合い始めたころを思い出しちゃった。
あのころ怜子はまだ女学生だった。
紺色のセーラー服を押し倒して、黒のストッキングをずり降ろしてね・・・たまらなかったな、あのころは。
妻の浮気を視るのは恥ずべきことかもしれないけれど、そのときは俺に脅されたと思えばいい。
あんたの奥さんの過去をばらすといわれたら、たいがいのご亭主はいうことを聞くもんな。


男の言いぐさは勝手だと思ったけれど。
わたしは予定通り、怜子さんと挙式をあげた。
周囲に羨まれながらも、わたしは時折落ち着かない気分を味わう羽目になる。
彼は約束どおり、「その時」を予告してきた。
新妻となった怜子さんはそのたびに「ちょっと出てきます」と、言いにくそうに告げて、
礼装に着飾ってひっそりと新居をあとにする。
わたしは息も詰まる想いで、時をおいて彼女を追いかけ、
路地裏のあのうらぶれたラブホテルの隣室へとしけ込んでいく。
「優志さん、ごめんなさい、ごめんなさい」
うわべだけでも、怜子は男を拒みつづけて、わたしの名前を口にして謝罪をつづける。
それが怜子さんの貞節の証しなのだと、男はいった。
たぶんきっと、そうなのだろう。
それまでのふたりのあいだには、夫であるわたしという別の男性は存在しなかったのだから。

盛り場でいっしょに飲んだ時、わたしは男に告げた。
今夜はあなたの気前良さに敬意を表するけれど、口で言ったとおり、わたしの名誉にも敬意を表してほしい。
そうするならば、わたしは貴男の脅迫を受け入れて、怜子さんを差し出しましょう。
その代わり――
怜子さんの純潔は、新妻の貞節は、わたしから貴男へのプレゼントということにしてもらえまいか?
そして貴男はその返礼として、あの下品なラブホテルのベッドのうえで、わたしの名誉をいくらでも辱めていただけまいか?

男はにんまりと笑ってわたしの提案を容れ、
寝取る情夫と寝取られる夫とは、恥ずべき握手を密かに交し合った。
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コメント

今月も冴えてますね。毎日、目を通させてますよ^^
朝から読んで興奮してしまいました。このまま仕事に行くのが辛いかも(笑)

最後の落ちが良いですね。落ちと言うより、始まりですね。
続きを楽しみにしています。
by ゆい
URL
2019-04-17 水 07:17:12
編集
こんばんは。
このテのねたは、あまりお好みではないだろう・・・と、コメを期待せずに描き上げてしまいました。
(^^ゞ
礼儀正しく奥ゆかしい婚約者の裏の顔の落差を、描いてみたかったのです。

> 落ちというより始まりですね。
図星です。^^
始まるからこそ、愉しいのかも。^^
by 柏木
URL
2019-04-18 木 00:11:23
編集
昨日の朝にこれを読んで、そのあと街中を歩いていたら、歩いている女学生さんを見かけ・・・「紺色のセーラー服を押し倒して、黒のストッキングをずり降ろしてね・・・たまらなかったな、あのころは。」という一行を思い出して、歩きながらひそかに昂ぶっていました。
危ない危ない^^;
by ゆい
URL
2019-04-19 金 07:45:42
編集
> 押し倒して
この一行を挿入する箇所には、気を使いました。
ほんとうはもっと前のくだりで入れようと思ったのですが、こちらの方がきわだつかなああと思ったりして。(笑)

良い子はまねをしないようにしましょうね。
(#^.^#)
by 柏木
URL
2019-04-20 土 11:03:27
編集

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