FC2ブログ

妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

降霊術

2019年05月27日(Mon) 07:47:10

お仏壇での逢瀬のとき、さいごにしたのが初めて唇を交し合うことだった。
まるで初体験を迎える女学生のように、彼女は目をつむって唇を軽く突き出し、待ちの姿勢を形作った。
俺は引き入れられるように、彼女の唇に唇を重ね、ゆっくりと抱きすくめながら唇を吸った。
女の匂いが、俺の鼻腔の奥までも、生暖かく浸していった。
軽度の昂奮が彼女の息をはずませて、
吸い始めた生き血が俺の体内に満ちるときと同じように、
俺のなかを女の匂いで満たしていった。
これがまぐわうということなのか。
俺たち男にとっては、挿入行為こそが女をモノにすることであるのに。
その前段階であるはずの接吻を受け入れることで、女はすでに心を移してきているのだ。
お仏壇の主は、すでにそのことに気づいているのだろうか?

降霊術、してみないか?
俺は彼女に問いかけた。
お父さんを呼び出すっていうこと?
振り向いた彼女は、真顔になっていた。
夫のことをわざと「お父さん」と、かつて家庭で与えていた役割で呼びながらも、
内心では「夫」であることをありありと意識していた。
そう。
お仏壇のまえでさっき彼女がしたことは、取りようによっては明らかに――
夫を裏切る行為、辱める行為だった。

「そう」と応える俺に、「ちょっとだけ怖いな」と呟きながら。
「でもそれはしとかなくちゃね」と、すぐに納得してくれた。
そんなことができるのか?という顔を彼女はしなかったし、
俺も彼女をだましたりごまかしたりするつもりなど毛頭なかった。
ある一定の範囲内で、俺にはそうしたことが可能なのだ。
その霊が比較的近くにいて、心を通わすことができる場合に限られるのだが――彼女の夫とは、そうしたことが可能だった。
彼は俺の周りを、ある種の親近感を抱きながら、付きまとっているような気がしたし、
俺自身、彼の存在は邪魔でも不快でもなく、むしろ相談相手、見せつける相手として尊重していた。
見せつけるのに尊重するのかって?
そういう愉しみを愉しみあうことのできる夫がいることを、俺は数多くの経験のなかから知っている。

「ああ、いるわね」
お仏間で始めたすぐの段階で、彼女は夫の存在を察知したようだった。
ずっと目を瞑っていること――といった俺の言に従って、彼女は正座して目を瞑り、お仏壇のほうへと掌を合わせて心から手向けつづけていた。
「あたし、好きなひとができたの。変わったひとだけど、いいひとなの。
 吸血鬼との恋って、命がけの恋なの。
 逢うたびに、血を吸われるのよ。
 最初のうちは、目を白黒させながらお相手していたけれど、
 いまではもう、慣れちゃった。
 彼があたしの血をむさぼってくれるのが、むしょうに嬉しいの。
 彼、あたしの血を気に入ってくれているのよ。
 あなたがいなくなってから、毎日の生活が白黒写真になっちゃったけど、
 彼のおかげでまた色が戻ってきたの。いまはあなたがいたときと変わらないわ。
 だから――もう独りを守らなくって、良いわよね?」
彼女が俺にも聞かせようとしているのは、明白だった。

彼女の声にこたえるように、部屋の隅から、ひっそりとした声が返ってきた。
その声はたしかに、
――おめでとう、昭代
と、彼女の名を呼んだ。
――仲良く愛し合っているのなら、吸血鬼も人間も変わらないのではないかね?
「ウフフ、視られちゃった?」
――いやでも見えるさ。きみはぼくに見せたくて、あえてそうしたんだろう?
「そうね、見せたくはないつもりでいたけれど、見せたかったのかも。
 そうすることで、あなたの妻でいることを、卒業しようとしたわけではなくて、
 あなたに視られても恥ずかしくないって思えるくらい、
 彼とのお付き合いがまじめなものだということを、確かめてみたかったの。」

なるほど、そういうことだったのか。
俺ははたと納得した。
女というのは、とてもしっかりしていると、改めておもった。
なよなよと頼りなく、俺の魔術にたぶらかされているようにみえて、
彼女は彼女なりに自分の心を推し量り、
たぶんまだ身辺にとどまっているであろう夫の存在を認識しながら、
夫とのけじめをつけないと前に進めないということを自覚していたのだろう。

――ずっと、わたしの妻でいつづけてくれるということか?彼といっしょになっても。
「そうね、あなたの妻でいてあげる。この世に一人くらい、あなたのことを覚えているひとがいないと、あなた寂しがるでしょう?」
――しかし、いまの彼氏さんがそれではご不快ではないかね?
「そうかもしれない。そうではないかもしれない。でもあなたがそう思うなら、彼と話してみてくださる?」
≪不愉快などではないですよ。≫
問われるまえに俺はいった。
≪人妻とのセックスを、旦那に見せつけながら愉しむのが、俺のいけない好みなので。
 むしろあなたがそばにいるほうが、燃えると思います。≫
「いけないひとね」彼女はいった。「こういうやつなのよ」
俺の頬を手ひどくつねりながらも、彼女の頬は少しだけ、笑み崩れていた。
≪俺は貴方のことを、昭代のご主人として尊重します。
 奥さんをモノにしているところを見せつけながら尊重されても迷惑だろうけど、
 俺は俺なりに貴方を尊重するし、尊敬もしつづけるでしょう。
 貴方の奥さんは、俺の女です。天国で、せいぜい悔しがってください≫
ふふっ・・・と俺が笑うと、相手は間違いなく笑い返してきていた。
「このふたり、どうやら気が合いそうね」傍らで彼女がいった。
「私のことを呼び捨てにされても、悔しくないの?」
――それくらい、親しまれているということだろう?
お前はそこできまり悪そうに照れていれば、それで良い。
「ウフフ、遠慮なくそうするわ」
そういう彼女は、ほんとうに照れくさそうな顔になった。
彼は俺にも語りかけてきた。
――良いでしょう。わたしは貴男のことを、わたしの家庭に歓迎します。
幸い貴男も、わたしのことを昭代の夫として認め続けてくれるようだから、
わたしも貴男に礼を尽くすことにしましょう。
最愛の家内の貞操を、貴男にプレゼントします。
どうぞわたしの前で、家内を愛し抜いていただきたい。
どうやら生前から、わたしにはそういうところがあったらしい。
こんなふうになってから、願望が叶うとは、恐れ入ったことですね。


――ふたりのなれそめは、家内から聞きました。
なんでも、駅前の広場でいきなり血を吸いたいとねだられて、
勤め帰りならといわれたのを真に受けて本当に公園で待っていらしたとか。
多分その律義さが、家内に受けたのでしょう。
そうでなければ、会ってすぐの殿方に、ストッキングを破らせるような無作法を、
許すような女ではないのです。
≪性格きついですよね?^^;≫
俺がそういうと、ご主人も応じた。
――ええ、かなりきついほうですよ、覚悟してくださいね。
ご主人も応じた。
――でも、かわいいやつです。いちど結ばれたら、心で裏切ることはまずないでしょう。
身体では、じつはだいぶ裏切られていたようですが。
こんどは昭代が、あわてる番だった。
むしろ諭したのは、ご主人のほうだった。
――生前からわかっていたよ、〇〇さんや△△さん。どちらもわたしの仕事関係の方だったね?
「〇〇さんは主人の勤め先の同僚のかた、△△さんは、取引先のかただったのです」
思わず羞ずかしそうに目を伏せる昭代さんに、ご主人はどこまでも優しかった。
――わたしの仕事がうまくいくようにと、迫られたときに拒まなかったのです。
もっともおふたりとも、セックスの相性はかなりよくて、
家内のほうもだいぶ楽しんだようですが。
さいしょは心ならずものはずが、何年もつづいたのは、そのせいだよね?
「なにもかも見通して、ひどいんだから、もう」
さすがの昭代さんも、娘をまえに情事を暴露されて、口をとがらせるしかなかった。
――わたしもむしろ、昭代の不倫を愉しんでいたのです。ですから同罪ですよ。
ヘンな両親で、すまないね加代子。
賢明な加代子さんは、何も言わないでただかぶりを振るばかりだった。
前の記事
心まで許してしまったのは、いつ?
次の記事
見せたあと。

コメント

コメントの投稿

(N)
(B)
(M)
(U)
(T)
(P)
(C)
管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
http://aoi18.blog37.fc2.com/tb.php/3801-7f678ee1