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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

家庭内に吸血鬼を受け容れて ~夫の独り言~

2019年08月18日(Sun) 07:00:56

わたしが亡きあとの妻は、しばらくの間貞操堅固に過ごしていた。
ほとんど公認状態だった交際中の男性たちとの交わりも控えて、
一周忌までは喪服を脱がないつもりだったようだ。
げんにわたしの生前から交際中だった、わたしの取引先の男性に誘われたときも、
「一周忌が済むまでは待ってほしい」とお断りをしていたほどだから――

そんな静かな(ある意味寂しい)日常を変えたのは、あの男だった。
この街に流れ着いたばかりで、喉をからからにした吸血鬼。
恥を知っていた彼は、理性を失う前になんとか、生き血を得ようとしていた。
彼は行きずりの妻に声をかけて生き血を欲しいとねだり、
病院の婦長として勤め先に出勤途中だった妻は、だしぬけな切望に驚きながらも、
相手の容態を顔色で察すると、帰りまで待ってほしいとこたえた。
あり得ない願いに、あり得ない応え。
けれどもさらにあり得ないことに、彼はその場で妻を襲わずに、
律儀にも夕刻まで、ひっそりと約束の公園で待ちわびていた。
ベンチでうずくまる男を見出した妻は足を止めて、
献血が必要な病人に血液を提供するような気持で、吸血に応じた。
よそ行きのストッキングを咬み破りながらの、いささかエロティックな吸血行為すら、
精神療法の一種と割り切って、受け容れていった。

それ以来、ふたりはたびたび外で逢うようになって、
ふつうなら、餌食にした人妻はその場で侵すのが彼らの流儀のはずなのに、
妻の気持ちを汲んだ彼は、そうはしなかった。
淫らな習性を持ちながら、あえてそれをあらわにしようとしなかった男に、
妻はますますの信頼を寄せた。
恥知らずにもストッキングによだれをなすりつけながら脚に咬みついてくる男を寛容にも受け入れて、
気品漂う装いをすら、慰み物として惜しげもなく提供しつづけていた。

それでも妻は、彼を自宅に招(よ)ぼうとはせず、逢瀬はもっぱら公園で遂げられていた。
いちど家に招待してしまうと、いつでも招待なしに訪れることができる。
そんな習性をも、彼は前もって妻に告げていたから――
娘までも巻き込むのは良くないと、母親らしい賢明な判断から、
彼女は全幅の信頼を置きつつある彼を、まだ家庭から遠ざけていたのだ。
彼女は人目もはばからず公園で着衣を乱して逢瀬をつづけ、
近所にはそれとなく評判が立ったが気にするそぶりをみせなかった。

未亡人だった彼女は、すべてが自由であるはずなのに。
あえて喪服を脱ごうとはせず、
わたしの生前から付き合ってきた男たちとも交わろうとせず、
ただ男への献血だけは、律儀につづけていた。
生命を維持するために必要なことだからと、自分に言い聞かせるようにして。

時には淫らな気分に堕ちてしまうこともあったけれど。
男はそれに乗じて妻の意思に反した行動をとろうとはせずに、
黒のストッキングをむしり取るという非礼をあえて許してくれる妻の態度に満足していた。

わたしがこの世からいなくなって、一年が経とうとしていた。
婦長が善意の献血を施すになってからも、かなりの日数が経っていた。

そんな妻の背中を押したのは、娘だった。
母親が自分を守るために、近所の評判を落とすのを承知で逢瀬を屋外で遂げつづけていると知った彼女は、
むしろ年ごろの娘らしい興味をあらわに、母親の恋を遠くから見守っていた。
そして、ある日思い切って切り出した。
―― 一周忌にはきちんと喪服を脱いで、けじめをつけたら?
妻はそこではじめて、自分の恋人が吸血鬼なのだと娘に告げた。
娘はさすがに大きく目を見開いて驚いたが、母親似の冷静さをもった彼女はうろたえなかった。
あたしも献血に協力してもいいよ、処女の生き血は好みなんだよね?
白い歯をみせて、静かに笑ってそういった。
妻が彼を家にあげたのは、そのすぐあとのことだった。

吸血鬼を自宅に迎え入れる――
ことのなりゆきを妻の身近でひっそりと見つづけていたわたしにとっても、
それは複雑な気分のものだった。
妻の愛人を公然とわが家に迎え入れるのだ。
たしかにわたしは、いまは亡い。
それでもはっきりと意識が残っているいま、生前と同じ嫉妬にさいなまれるのは、致し方のないところだろう。
けれどもそんな想いは、かなり早い段階で和らいでいた。
家にあがり込んだ男が真っ先にしたことは、
わたしの写真のまえで鉦を鳴らし、手を合わせることだった。

鉦を鳴らされるというのは、居心地のよいものだ。
彼はわたしの立場も気分も、よくわきまえていると、おもった。
降霊術にたけていた彼は、わたしのことを呼び出して、
妻とわたしとのあいだで、意思を疎通する機会を与えてくれた。
妻はわたしに、血をあげながら抱かれる命がけの恋なのだといった。
わたしは妻に、おめでとうと告げていた。
仲良く愛し合っているのなら、吸血鬼も人間も関係ないと告げたとき、
彼はほんの少し、嬉しそうな表情を洩らした。
まるでみられることを恥じるような、ほんのりとした笑みだった。
わたしの生前から妻が遂げていた不倫は、わたしの取引先に迫られたうえでの心ならずのものだったけれど、
避けて通れない道と観念してからは、むしろ前向きに愉しんでいたことを、
わたしはすべてを知っていたと告白したうえで、許してやった。
彼女は目を見張り、大慌てに慌てながらも否定はせずに、小娘のように恥じらって、
さいごにわたしの許しに満足の笑みを泛べた。
なにもかも知っていて澄ましているなんて。ひどいんだから、もう。
図太くも口を尖らせることも、忘れなかった。
かなり楽しんだようですよ、と真面目に告げるわたしに、吸血鬼はいった。
もっと愉しませてあげますよ――と。
妻は胸を張って、いまの恋人をわたしに紹介する。
視られても恥ずかしくない、真面目な恋だと彼女はいった。

ずっと、あなたの妻でいてあげる。
だから、この不倫の恋を認めてください。
あなたの生前に私に群がった男たちよりも、ずっと実のあるひとだから――
わたしは彼女を祝福し、我が家に貴女の情夫を悦んで迎え入れたいとこたえてやった。
嫉妬にほんの少し胸は疼いたけれど、むしろ小気味よい刺激を含んだ疼きだった。
もしもこの身にまだ血液というものが宿っているときだったら、
わたし自身も進んで自分の血を、彼の渇きを満たすために提供していたに違いないと感じていた。
わたしもきみの不倫を、かげながら愉しんでいたのだ。だから同罪なのだよと、囁いていた。

生前の不倫相手たちとはその後、妻はほとんど逢わなくなった。
彼女が彼らと逢ったのは、いまの恋人が彼らの妻の宿す生き血に興味を抱いたから。
そして、自らが彼らに抱かれている隙に、吸血鬼の情夫が彼らの妻たちに忍び寄る。
高価な礼装を濡らされ、ストッキングを咬み剥がれ、股間を貫かれて堕ちていった妻たちを見て、
男たちはわたしに加えた侮辱がわが身に降りかかるのを知った。
そしてしばらくの間は後悔に沈んだけれど、やがてわたしの気持ちの奥底に宿った歓びに、目覚めていった。
彼らは熱に浮かされたように吸血鬼に友情を誓い、自らの妻や娘、それに息子の嫁までも、血液提供者として引き合わせていったのだ。
わたしの家族ももちろん、例外ではない――
すでに結婚していた息子の嫁も、
母親を恋に走らせ自らの処女の生き血もゆだねた娘も、
こぞって彼のものとなった。
娘に求婚した青年もまた、自分の未来の花嫁と吸血鬼との恋を認めて、
新妻の股間が淫らな粘液に濡らされることを受け容れていった。

だれもが歪んだ歓びに目覚めたいまも。
妻は情夫と腕を組み、幸せそうに微笑みながら、あの公園に足を向ける。
きょうも――
ロングスカートのなか、引き破かれたストッキングのすき間から、ひざ小僧がむき出しにして帰ってくるに違いない。
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