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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

半吸血鬼の特権。

2019年09月01日(Sun) 06:27:18

さいしょに吸われたのは、息子だった。
どうや息子は、その吸血鬼と相性が良かったらしい。
彼は吸われる歓びに目覚めてしまうとすぐに相手と意気投合し、
自分を吸った吸血鬼を家に引き入れて、自室で愉しみに耽るようになっていた。

吸血鬼は、いちど招待された家には自由に出入りできるようになるという。
それから娘が咬まれ、妻まで咬まれてしまうのに、ものの数日とかからなかった。

わたしたち一家は一度は家を出て、難を避けることにした。
家族の血の味を覚え込んでしまった吸血鬼は、しつようにも転居先にもやってきたが、
その時にはわたしが応対し、鄭重にお引き取りを願った。
「もうこれ以上家族を襲うのは、止めてほしい」
吸血鬼はわたしの懇願を聞き入れて、そのときは意外にも物分かりよく引き揚げていったけれど、
しばらくしてわたしは、シビアな事実に気づくことになる。
息子も娘も妻までも、わたしに隠れて旧居に戻っては、吸血鬼と密会を遂げるようになっていた。

ついにわたしも観念して、不自由な仮住まいからもとの自宅に戻ることにした。
潔く、家族の血を明け渡すことにしたのだ。
わたし自身も、すすんで血を吸われた。
「ストッキングやハイソックスがお好きなのよ」と妻から教わったわたしは、
当時通勤用に好んで履いていた、ストッキング地のハイソックスを履いて応対した。
幸い彼の気に入ったらしく、
妻の穿いているてかてかの光沢入りストッキングとおなじくらいしつように、みるかげもなく咬み剥がれていった。
わが身をめぐる血液を緩慢にむしり取られていきながら、わたしは不思議な満足を感じた。
妻は吸血鬼を満足させるため、そのころ若いOLのあいだで流行っていた、てかてかとした光沢の入ったストッキングを穿くようになっていた。
血を吸い取られてぐったりとなったわたしの傍らで、妻は小娘のようにはしゃぎ切っていた。
娼婦が脚に通すようなけばけばしい光沢のストッキングを、ブチブチと咬み剥がれながら。
そして、裂けたストッキングを脚に通したままスカートの奥に腰を沈められてゆくのを、ただ恍惚となって、見守っていた。

それ以来、わたしまでもが、吸血される歓びに惑溺を覚えるようになった。
そして、「お前も吸血鬼になれば、若い女を襲い放題なのだぞ」とそそのかされるままに、
血を一滴残らず、吸い取られてしまっていった。

わたしのいなくなった家には、わたしの血を吸い尽くした吸血鬼が我が物顔に居座った。
息子も娘も妻までも、わたしの仇敵であるはずの吸血鬼を以前と変わらず歓待し、わが身をめぐる血でもてなしつづけた。
長年連れ添った妻までも支配を受けてしまったとしても。
人の生き血を吸う特権と引き替えに家長の座を明け渡してしまった以上、文句はいえなかった。
「だれにでも囁く話ではないのだぞ」と、彼は言った。
確かに、周りで吸血鬼になったのは、わたしだけだった。
どうしてわたしが選ばれたのかは、よくわからない。
もしかすると、妻のことを本気で好きになったのかもしれない。
その証拠に彼は、なん人もの人妻を愛人にしながら、かつてのわが家に住処を移して、妻と夫婦同然にして暮らすようになっていたからだ。
もっとも彼は、若い血を獲ている息子や娘に対して、自分自身のことを「お父さん」とは呼ばせなかった。
「それはあのひとのことだから」と、頑なに断りつづけたという。
少しは礼儀をわきまえているのだなと、皮肉交じりにわたしがいうと、
「きみの奥さんの肉体だけで、わしは満足している」と、ずいぶん露骨なこたえがかえってきた。

自分の生き血の全量と妻の貞操を譲った代わり、この街に住む女たちは、よりどりみどりになった。
しばらくのあいだ、わたしはその権利の行使に夢中になった。
娘のクラスメイトはもちろんのこと、息子の彼女まで襲ってしまっていた。
いちばん嬉しかったのは、以前から気になっていた美人の姪のことだった。
結婚を控えた姪が我が家に招かれたとき――妻がそれと察して、わたしのためにわざわざ招いたのだ――たまたま連れてこられた彼氏には気の毒なことだったが、彼氏の前で襲ってしまった。
わたしは心を震わせながらうろたえる姪を抑えつけて、
そのしなやかな肢体からピチピチと活きの良い血液を引き抜くことに熱中した。

吸血鬼のはびこるこの街では、襲われることはごく当たり前になっていたから、だれもが事態をそう深刻には受け止めなかった。
恋人を父親に吸われた息子は、苦笑しながらわたしの所業を許してくれた。
そして彼女と婚約すると、未来の花嫁が時折わたしの誘惑に屈するのを、見て見ぬふりを決め込んでいた。
姪は予定通り彼氏と結婚すると、この街を離れた。
そして十数年後に戻ってくると、すっかりいい女になった肢体を再びさらけ出してくれた。
「跡継ぎが欲しかったので、しばらくおいとましたんです」
姪と同じ咬み痕を首筋につけられた姪婿は、照れくさそうに笑った。
わたしが姪との逢瀬を遂げようとするときも、姪婿はけなげなくらい協力的で、
子供たちをさりげなく外に連れ出したりしてくれた。


かなりの刻が流れた。
志郎と呼ばれるその少年は、息子の長男――つまりわたしの孫にあたる。
中学にあがってすぐに、初めて咬まれた。
相手はわたしを咬んで吸血鬼にした男だった。
よほどわが家の血が口に合ったらしく、すでに家族全員が彼に咬まれていたから、
彼の番がまわってきたのは当然といえば当然だと、わたしはクールに受け止めてしまっている。

志郎は運動部に属していて、日常的にハイソックスを履いていた。
かつてわたしの通勤用のハイソックスを残らず咬み破いた牙が、発育の良い十代のふくらはぎに魅せられないはずはなかった。
年頃になってから初めて襲われた志郎は、いまでは日常的に血を吸い取られるようになって、つねに貧血症になやんでいた。

「悩んでいるようだな」
わたしは志郎に、自分と彼との血縁を告げずに声をかけた。
「エエ、二日にいっぺんは吸われているんです」
わたしが吸血鬼だとありありと感じ取りながら、彼は応えた。
「二日にいっぺんか・・・それは大変だな。わたしが咬まれていたころでも、いちばん多いときで週2か週3くらいだったからな」
「小父さんも、ずいぶん気に入られていたんですね」
「気に入られ過ぎて血を吸い尽くされて、こういう身になってしまった」
「後悔しているんですか?」
「そんなことはない。若い女の子は襲い放題だからな」
「羨ましいけど・・・ぼくはいいです」
生真面目そうな瞳を知性的に輝かせながら、志郎はいった。
この子はわたしとは、別路線らしい。
「どんなふうになりたいのかね」
「いまのままで良いですけれど、もう少し活動の自由が欲しいです。貧血がひどくて・・・」
「気の毒にな」
「たまに吸われるのが嫌になることがあります」
わたしは言った。
「吸ってもらえる血があるというのは、嬉しいことなのだぞ」
「なるほど――」
と、少年はわたしの横顔をまじまじと見た。
「どうしても血が足りないのなら、半吸血鬼にしてもらえばよい。たまにはきみも、ほかの人の血を吸ったらいい」
「それもいいかもしれませんね。――妹が、いつでも血を吸っても良いっていうんです」
「兄想いな妹さんなんだな」
わたしはいった。
「きみの血は美味しいのだ。誇りに思えばよい。そして、一滴でも多く、彼らに分けてやるとよい」
「どうしてぼくの血が美味しいとわかるのですか」
「きみの母さんの血を初めて吸ったのは、わたしだからね」

少年はめをぱちくりとさせた。
「やっぱり吸血鬼だったんですね?ぼくのことも、見逃してもらえそうにないですね」
「いや・・・」
さすがのわたしも逡巡した。相手は孫だったから。
「とにかく、半吸血鬼になることだよ。そして、わたしとはちがって、まっとうに人間として生きるとよい」
貧血に悩む彼の血を吸うつもりはなかったけれど。
「こんど、きみのお母さんを連れてきておくれ」と、ねだらずにはいられなかった。
青年は母親にいちびしじゅうを正直に告げて、律儀にも母親を連れてきてくれた――


さらに何年かが経った。
公園で一人で佇んでいるわたしのところに、志郎が通りかかった。
通りかかった、というわけではなくて、さいしょからわたしの存在を目当てにここに現れたらしかった。
「ぼくの彼女です。こないだ、ぼくを初めて咬んだひとに咬まれてしまいました。でもほんとうは、貴男に咬んでもらうべきだったと思いました。だから今夜、ぼくは貴男に未来の花嫁の血を差し上げます」
楚々としたたたずまいの志郎の恋人は、羞ずかしさを含んだ微笑を泛べて、慎まし気にこちらにお辞儀をしてくる。
抱きすくめた身体は意外にしっかりとしていた。
一見か弱く見えたスリムな肢体は、意外なくらいしっかりとした筋肉に恵まれていた。
たしか、志郎と同じ運動部だといったな・・・わたしはひそかに納得した。
志郎のことも良く支えてくれそうだと、わたしはおもった。
咬みついた首すじから流れる血潮は清冽な香りを放っていて、彼女がまだ男を識らない身体なのだと告げていた。
あの吸血鬼に未来の花嫁の純潔を奪われなくて良かった――わたしは志郎のために悦んだ。

「孫の嫁です。よく味わってくださいね――お祖父さん」
どうやら彼は、決して名乗らなかったわたしの正体を、とっくに見抜いていたらしい。
咬まれたあとの恋人と同じくらい、彼は屈託なく笑っていた。

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