淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・
宿の娘の純情
2019年09月03日(Tue) 07:53:03
ヒロシは美青年だった。
早くから吸血鬼に見染められていて、
学校帰りに半ズボンの下からむき出しになった太ももを咬まれたのが、馴れ初めになっていた。
やがて年ごろになると、彼は女として愛されるようになった。
彼を見染めたのは、吸血鬼ばかりではなかった。
担任のAという教師は、教え子であるヒロシを誘惑しようと試みた。
ヒロシが吸血鬼にそのことを告げると、吸血鬼はいった。
ぼくには年上の男の恋人がいる。もしも先生がぼくを誘惑するのなら、その人に奥さんを誘惑させてほしい。
そこまで言えば教師も離れていくだろうと思ったヒロシは、吸血鬼に教わった通りのことを告げると、
意外にもAはそれでも良いとこたえた。
Aが教え子を自宅の寝室で組み敷いているあいだ、いっしょに現れた吸血鬼はAの妻を牙で侵した。
隣室から妻のうめき声が洩れてくるたびに、Aが激しく射精するのを、ヒロシは感じた。
あるとき吸血鬼は、ヒロシを旅行に誘った。
旅先で血を獲られるとは限らないから、それで自分のことを連れ歩くのだとヒロシはおもった。
彼の予想は半分当たっていた。
都会に着くと、吸血鬼はいった。
きみの美貌は都会でも通用するから、若い女の子を誘い出してこい。
あとはわかっているだろう・・・?
ヒロシは珍しく色をなして、吸血鬼の依頼を断った。
自分を慕って来る女の子を裏切るようなことはできない――と。
吸血鬼は困ったような顔をしたが、ヒロシの言ももっともだと感じたので、無理強いはしなかった。
吸血鬼は、ヒロシを宿に残して、毎日のように出かけて行っては、ガール・ハント――死語だが文字通りなので、彼は好んでこういった――にいそしんだ。
早い刻限に、口許に血をあやし、満足げに帰ってくることもあれば、
遅い時間までかかって、不機嫌な顔つきで帰ってくることもあった。
後者の場合には、ヒロシを目にすると目の色を変えて、襲い掛かってきた。
ヒロシは自分の血で、吸血鬼を満足させるすべを心得ていた。
そして、年頃の女の子が吸血鬼に襲われるときのように、ハイソックスの脚を切なげに足ずりしながら、
飢えた牙を受け容れていった。
ふたりが逗留したのは、古びた宿だった。
宿の経営者の娘が時折、学校帰りの制服姿で、家業を手伝っていた。
さすがに足がつくのを恐れて、吸血鬼は少女のことを見向きもしなかったけれど、
少女のほうがこの風変わりな宿泊客のことを気にするようになった。
そして、いつも顔色を悪くしているヒロシに近づくと、いった。
――お連れの方は、吸血鬼なのですか?と。
ヒロシは少女のことを信用できると感じて、ありのままを話した。
仮に少女が通報したとしても、宿帳に書かれた名前や居所は、すべて架空のものだったから、彼の口は余計に軽くなった。
もう何年も前に初めて襲われて、それ以来彼の毒牙の虜になっていること。
血を吸い取られるのは度を超すと苦痛ではあるけれど、それでもやめられないほど愉しんでしまっていること。
両親も妹も毒牙にかかっているけれど、
父さんは吸血鬼とも仲が良くて、母さんと吸血鬼がつき合うのを許し、むしろそのように仕向けていること、
この街には血を集めるために来たけれど、吸血鬼は最初、彼のことをおとりに使おうとしたこと、
要求を断った彼を吸血鬼は許して、単独で行動していて、獲物にあぶれたときだけ彼の血を求めてくること――
恥ずかしくて秘めていたことを口にするのが、どんなに心を軽くすることなのか、彼は語りながら初めて気づいた。
その晩も、吸血鬼の帰りは遅かった。
無理強いを嫌う彼は、獲物の少ないハンターだった。
真夜中近くになって帰ってきた吸血鬼は憂鬱そうな顔をしていたので、やっぱりきょうもだめだったのだとヒロシは思った。
吸血鬼は確かに顔色が悪かったけれど、どちらかといえば表情は明るかった。
追い詰めた少女に懇願されて、逃がしてやったというのだ。
こんなやつでも、良いことをすると気分の良いものだな――と、吸血鬼はいった。
けれども出迎えたヒロシも、彼に連日のように血を吸われているので顔色が悪く、
それを見た吸血鬼も、又この少年から血を吸い取らなければならないのかと思い、少し憂鬱になったのだった。
ふたりが顔を見合わせているとき、
ふすまが静かに開いて、宿の娘が入ってきた。
娘は家の手伝いをとうに終えていたけれど、まだセーラー服を着ていた。
娘はいった。
「よかったら、私の血を吸ってください。このひとばかりでは、お気の毒なので・・・」
娘は恐る恐るであったけれど、少しはにかんだ顔つきをしていた。
吸血鬼はすべてを悟った。
「ではすまないが、ご厚意に甘えようか」というと、ヒロシには、わしが吸い過ぎたらこの子を開放してやってくれ、と、頼んだ。
吸血の現場から、ヒロシを立ち去らせないほうが良いと感じたのだ。
娘を後ろから抱きすくめた吸血鬼は、セーラー服の襟首からのぞく白い首すじに、牙を突き立てる。
地味な目鼻立ちをした娘が、咬まれる瞬間はかなげに眉をひそめるのを、ヒロシはなぜかドキドキしながら見守った。
初めての吸血の刻は、じっくりと長時間に及んだ。
セーラー服に血を着けないように入念に咬んだためでもあるし、
吸血鬼が処女の生き血に夢中になっていたからでもあったけれど、
ヒロシも娘のことをよく介抱して、時には吸血鬼を遠ざけてひと息入れさせてやったりして、
時間をかけて少しでも多くの血を摂れるように計らったためでもあった。
娘もまた協力的で、吸血鬼が少しでも愉しめるようにと、夜明け近くまで客間から立ち去ろうとはしなかった。
のぞき見してしまった吸血の場で、少年のシャツの襟首を汚さずに血を吸い取っていることも、
ハイソックスを履いた脚に好んで咬みつくことも、娘はよく心得ていた。
学校帰りの少女を好んで襲うことを知っていたのは、彼女の同級生もふたりほど、毒牙にかかったからだった。
だから真夜中なのに彼女はセーラー服のまま吸血鬼を待ちつづけていたのだし、
白のハイソックスも気前よく、咬み破らせてやったのだった。
翌日貧血で学校を休んだ娘を、なにも知らない親たちは心配していた。
そのようすを見ていた吸血鬼は、あの娘にはあまり迷惑はかけられないな、と、ヒロシにいった。
けれども娘は、たった一日置いただけで、やはり獲物のなかった真夜中に、セーラー服を着て彼らの部屋に現れた。
「大丈夫なの!?」
ヒロシは娘の身を案じていったけれど、彼女は笑ってかぶりを振っただけだった。
そんな夜を幾晩となく過ごした後、彼らは住処のある家へと帰っていった。
娘が彼らの住む街に転校してきたのは、それからすぐのことだった。
数年後。
ヒロシと宿の娘との婚礼が挙げられた。
身寄りの少ない宿の主人は、夫婦ともども吸血鬼の餌食になったけれど、
かつての客人の正体をすでに知っていたので、むしろ悦んで身をゆだねていった。
宿のあるじは長年連れ添った妻が吸血鬼の毒牙にかかって、娘と同じように親しまれてしまうのを見せつけられたあと、
いままでにないくらい熱い夜を、夫婦で過ごしたという。
セックスを識った女性は血を吸われるとき、例外なく犯されると聞かされても、
宿の娘は恐れなかった。
愛する夫もまた、新妻がそのようにあしらわれることを希んでいたからである。
ふたりはいつまでも、幸せに暮らした。
あとがき
久しぶりに、入力画面ベタ打ちですらすらと描いてしまいました。
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