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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

撮影代は、奥さまの貞操で・・・

2019年11月04日(Mon) 15:38:49

――奥さんのヌード写真を、撮ってほしい・・・というわけですね?
エエ、そうなんです。
――ひと言でヌードといっても、いろんなジャンルがありますが・・・どんな感じのがお好みですかね?
そうですね・・・全裸よりはむしろですね、
きちんとした服装を身にまとっていて、
その服を気持ち着崩れさせていて、
悩ましいというか、嫌そうというか・・・
そうですね・・・いわば禁忌に触れる慄(おのの)きを帯びている・・・みたいな表情を浮かべている。そんなのが好みですね。
――正統派でお行儀の良い感じがお望みなのですな。
エエ、折り目正しい貴婦人が堕ちてしまう。そんなはかない風情をかもし出せないものかと。
――あなた、なかなかコアですな。ウフフ。

老いさらばえた写真家は、落ちくぼんだ眼を妖しく輝かせながら、内心舌なめずりをせんばかりにほくそ笑んでいる。
これこそ、私の望んだ客だ。
ご婦人を堕とす美学を、なんときちんと心得ていなさることか・・・
そんな相手の心情を知ってか知らずか、
いかにも品の良い五十年配のその客は、自分の口にした表現の危うさに、ちょっときまり悪げにしていた。
背後に控える彼の細君は、夫よりもやや若い面差しを、ことさら無表情に取りつくろってはいたけれど、
これもことのなりゆきの危うさを自覚してか、やはり身を固くこわばらせている。
――あまり、こわばりなさんな。
声にならない声を、写真家は発した。
こわばると、身体の動きがよくなくなる。
血行の麗しさが表情の豊かさや”ノリ”となって、しばしば傑作をもたらすことを、彼は良く知っていた。
育ちのよさだけが取り柄の、どこにでもいる、平凡な主婦。
けれどもその面差しに宿る、ちょっとそそられるような控えめな色香や、
地味な仕立てのブラウスや、身体の線を消した堅実なデザインのスーツの裏に用心深く押し隠した身体の線や、
淡い黒のストッキングに透ける脛のなまめかしい白さから、
岩根薫子と名乗るこの人妻が、ただならぬ素材であることを確信した。

夫である岩根氏は、自分の妻の素質に、どこまで気づいているのか。
結婚当初、薫子はおそらく処女。けれども岩根氏は童貞ではなかったはず。
いままで遊んできた女たちに比べて、ずっと素人くさく面白味のない身体。
もしもそのていどの見立てしかできていないようであれば、
彼はみすみす掌中の珠を砕くことになりかねない――
女の値打ちはわかったが。
はてさて、夫であるこの男の鼎の軽重やいかに?

どうやら夫妻とも、私がここまで洞察しているなど思いもよらぬことらしい。
永年の夫婦生活にマンネリを覚えて、夫がふと思いついた冒険に同意させられて連れてこられた人妻。
それが岩根薫子の今だった。
薫子はなにも発言せず、異を唱えることもなく、そこ代わり相槌さえ打つことがなく、
ただ黙々と夫の言うなりに耳を傾けづづけている。

撮影は最大で何枚、秘密は厳守、データは事後に完全消去、日取りはいつ、その時の服装は――
もろもろの条件を所定のシートに記載していく岩根氏は、生真面目な勤め人の顔つきになって、
妻のヌード写真撮影の契約をすすめていく。
湧き上がってくる妄想を完璧に押し隠した無表情を客に対して向けながら、写真家は終始事務的に振る舞った。

さいごの一行に、岩根氏の目線がとまった。

「報酬  無償。 ただし、撮影中ご婦人の貞操を写真家の手にゆだねること」

これは・・・?
メガネのふちを神経質に光らせた岩根氏は、いった。
やはりうわさどおりなのですね・・・
すべては、以前ここの顧客であった知人から聞き知っているようだった。
そして薫子夫人のほうもまた、夫にそれを言い含められているようだった。
――この条件ははずせませんよ。
写真家は、訊かれる前に先手を打つことを忘れない。
愚問を聞き飽きているからだった。


一週間後。
薫子夫人は独りで写真館を訪れた。
楚々としたよそ行きのスーツ姿――と思ったが、よく見るとそれは喪服だった。
黒一色の装いに、肌の白さがいっそう透き通るのを、
たいがいの女を素材としてしか見ない目が、眩しげにしばたたかれた。
「主人しか識らない身体です。どうぞお手柔らかに――」
感情を殺した、つぶやくような声色だった。
男はやおら起ちあがると、薫子夫人の足許に跪くようにかがみ込んで、
黒のストッキングに包まれたふくらはぎを押し戴くようにしながら、接吻を加えた。
接吻というには、露骨すぎるあしらいだった。
薫子夫人は、長いまつ毛をパチパチとさせて、それでも男を拒まなかった。
きっと、夫に言い含められてきたのだろう。
そんな薫子夫人のようすを上目遣いに確かめると、写真家は女の足許を彩る薄絹を辱める行為に、ひたすら熱中した。
薄地のストッキングごしに感じるなまの唇が、自分の素肌を欲している――
ありありとした自覚にうろたえながらも、夫人は長いまつ毛をパチパチとさせる以外、いかなる抵抗も企てなかった。
淫らな唾液にくまなく彩られたストッキングは、その素肌の下に宿る血潮に淫蕩な翳りを沁み込ませて、女は羞恥心を忘れていった。


二葉の写真が、岩根氏の手許にある。
薄暗い洋室に、高い窓から斜めの光が入り込み、
それを背景にブラウスをはだけ胸元をあらわにした喪服の女が、こちらを視ている。
じゅうたんの上に座り込んで、半袖のブラウスからむき出しになった細い白い腕が、上体を支えていて、
脱いだばかりの漆黒のジャケットは、傍らの椅子の背中に雑に掛けられていた。
ひざ下丈の地味すぎるスカートのすそはわずかにめくれ、
淡い黒のストッキングに透けるひざ小僧が、じんわりと妖しい輝きを放っている。
同じような構図の絵が二葉、夫である岩根氏の手許に添えられている。

お見事です。
岩根氏が呟くようにいった。
――どちらがどちらだか、おわかりですかな?
写真家が訊いた。
謎かけのような問いだったが、写真家がなにを訊きたがっているのか、夫はすぐに理解した。
こちらが使用前、こちらが使用後 というわけですね?
使用後、と指さされたほうの絵のほうが、
品の良い唇によぎるほほ笑みに、わずかながらの淫らさをよぎらせて、
口許からこぼれる白い歯も、整った歯並びの間に淫蕩な輝きを帯びていた。
――さすがにお目が高いですな。
写真家は素直に、夫に対する称賛を惜しまなかった。

――奥さまは、得難い素材です。時おりお貸し願えませんか。
人嫌いで通った写真家が和やかさを片りんでも覗かせることはごく珍しいことなのだと聞かされていたけれど。
岩根氏はわざとそっけなく、考えてみましょう、とだけ、こたえた。
なに、私の承諾など、どうでもよいではありませんか。
満面に広がるのは、育ちが良くて遊び慣れたお坊ちゃん時代の若さをほんの少しだけ取り戻した、人の悪い笑み。

存じ上げているんですよ。
あの日以来、時おり家内がお邪魔しているようですね。
無償でお写真を、撮っていただいているようですね。
いえいえ、よろしいのです。
生真面目すぎる家内が、この齢になってこれほど輝くとは――ね。
いまの家内は、どこに出しても恥ずかしくない女です。
エエ、ハプニング・バーでもどこへでも、いまでは夫婦で愉しんで通っています。
わたしの力でなし得なかったことを、貴男の力で遂げてくださった。
家内が守り抜いてきた貞操を犠牲にしただけの値打ちはありました。
契約はひとつ、継続ということでお願いできませんか・・・?

男ふたりはにやりと笑い合って、どちらからともなく手を差し伸べて、握手を交わす。
うわべは写真館での撮影料金。
けれどもそこで撮られた女たちは、魂を吸い取られ、色を染められ、いちだんと妖しい女となって、夫のもとへ帰ってゆく。
濃いツタに覆われた洋館の奥深く、きょうも妖しい宴が、堅実な人妻を極彩色に塗り上げてゆく。
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