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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

喫茶店の兄弟

2020年01月03日(Fri) 07:56:14

茶川家の次男坊である誉は、吸血鬼だった。
母親が吸血鬼に襲われて産んだのが、誉だった。
寛大な父親は、四十にもなって出産をした妻をねぎらい、「うちに授かった栄誉だよ」と慰めた。
そして、次男坊に「誉」という名を授けたのだ。

齢の離れた兄は勤勉な青年で、すでに父の家業である喫茶店を手伝っていた。
寡黙で厳しい性格の兄は、母の不貞も弟の存在も、受け容れる事が出来なかった。
「親父がいなくなったら、お前にはこの家から出てもらう」とさえ、言っていた。
父親は長男のかたくなな態度を困ったものだと思っていたが、あえて矯めようとはできずにいた。

学校を出ると誉は、それでも父親の言いつけで、家業を手伝った。
この街では吸血鬼はふつうに人間と同居していたので、
吸血鬼の彼を雇おうという人もいないではなかったが、父親が家業を教えるといって譲らなかったからである。

兄は相変わらず弟につらく当たった。
弟はそれでもおとなしく、力仕事や汚れ仕事を積極的に手伝った。

兄嫁は優しい女で、しばしば兄に隠れて義理の弟に血を与えようとした。
この街で家族に吸血鬼を抱えた家では、ありがちなことだった。
けれども、吸血鬼が既婚の女性の血を吸うときには、相手の女性を犯す習性をもっていたので、
誉は遠慮して、いちども兄嫁の血を愉しもうとはしなかった。

兄もその経緯はそれとなく察していたけれど、弟を厳しく導くことをやめようとはしなかった。
真面目で勤勉な男なので、良い感情を持てない弟につらくは当たっていたけれど、曲がったことだけはしなかったのである。
2年ほどの苦労と引き替えに、弟は家業の手伝いを満足にできるようになっていた。
兄が交通事故で働けなくなったのは、そんなころのことだった。

運転も几帳面だった兄は、事故を起こすような男ではなかったけれど、もらい事故ではいたしかたなかった。
父も年老い、兄の代わりを十分に勤める事が出来なかったので、いちど店を閉めようかという話になった。
唯一反対したのは、誉だった。
誉は家業の店が街の人の憩いの場になっているのを知っていた。
苦労して働きつづけたうえで隠居して手持ち無沙汰になった老人の格好のたまり場だったし、
嫁は姑の、姑は嫁の悪口をひっそり語るための、薄暗い空気もそこにはあった。
受験に失敗して鬱々としている青年を慰めたり、外商に疲れた勤め人のひそかな憩いの場にもなっていた。
幸い誉はコーヒーを挽くことが出来たので、兄が退院するまで店を閉めないという意見には、
父も義姉も、負傷した兄までも同意した。
誉の苦労はそれから倍加したけれど、彼はめげずに働きつづけた。
店をしょって立っていた兄の労苦を思い知るひとときだった。
傍らにいただけではわからない、察することのできない労苦が、そこには潜んでいた。
兄嫁は気を使って、誉に自分の血を吸わせようとしたけれど。
兄の留守中にそういうわけにはいかないと、誉はかたくなに義理立てをした。
本心は優しい義姉のことを慕いながらも、
注意深い兄が戻ってきてすべてを明らかにしてしまうことで、義姉に迷惑をかけるわけにはいかないと思ったのだ。

人間の母親を持った誉の欲する血液の量は多くなかったので、いつも母親が誉に血を与えていた。
穏やかな父親は、誉に我慢をさせることを好まなかったので、誉が自分の妻の血を吸っている間は、長い散歩に出かけていた。

兄はやがて全快して、店に戻った。
誉は何事もなかったように、いつもの雑用のポジションに戻った。
身体の癒えた兄は相変わらずぶっきらぼうに弟に接したけれど、
時おり「代われ」といって、コーヒーを挽く役割を弟に譲った。
狭い街だったので、店に来る人は兄が入院していたことも、腕をあげた弟がなんとか店を守り切ったことも知っていた。
店に来ない人も、店に来る知人を通して、喫茶店の評判を耳にしていた。
それまでは時の流れに見捨てられかけていたような古びた店だったが、
喫茶店はささやかながらも、客の切れない程度に繁盛するようになっていた。

お客のほとんどいないとき、兄が誉に声をかけた。
いつものぶっきら棒な調子だった。
兄に引っ張られるようにして店の裏に行くと、兄はいった。
そこにはウェイトレスとして働いている兄嫁が、まだエプロンをしたまま佇んでいた。
「田津子の血を吸わせてやる」
母さんもいつまでも若くはないからな、と、兄はつけ加えた。
「一時間休みをやる。いまはお客の少ないときだから、店はおれ一人でも回る。
 二階が空いているから、そこを使え」
仕事の指示をするときのいつものそっけなさでそういうと、彼は「はい、いらっしゃい」と、新来の客を愛想よく迎え入れていた。

あっという間の一時間だった。
義姉の血で生き返った弟は、前にもましてきびきびと働いたし、
若い義理の弟の熱っぽい抱擁を受け容れた義姉もまた、顔色を少し白くしながらも、活き活きとした立ち居振る舞いをつづけた。
「よくガマンしたな」
ねぎらう父に、兄はいった。
「はまりそうです」
それと察した客に促されて、彼がひとときカウンターを離れたことは、だれも口にしなかったけれど。
居合わせた客と父親ばかりか、当の兄の妻や弟までもそれと察していた。
兄は妻と弟に、1日1時間の休憩を2回与えることにした。

半年後。
頬ぺたの赤い少女が、お店で働きたいと入店してきた。
誉の同級生だった。
働きに出ていた工場が閉鎖になって困っているのだといっていた。
彼女は終始どぎまぎしていたけれど、その理由を兄はすぐに見抜いた。
誉は彼女の意思をいつまでも見抜く事が出来なくて、彼女の勤め先がつぶれたことを本気で信じていた。
兄は誉のぶきっちょさがよほどおかしかったらしく、いつもの渋面を解いて朗らかに笑った。
邪意のない笑いに、事情を知るものも知らないものも、声を合わせて笑った。
少女はすぐに、受け容れられた。

入れ違いに、兄嫁が妊娠した。
どちらの子だかわからないという。
日頃のおとなしさとは裏腹に、決然と「生みます」と目をあげる彼女に、兄もまた「生んでくれ」と力強くこたえていた。
吸血鬼は一生独身でいなければならないんですよね・・・と、少女は憂い顔で兄に囁いた。
「女房や俺のことはいいから」と、兄はいつものぶっきら棒な調子でこたえた。
喫茶店は、その後もずっと繁盛をつづけたという。
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