fc2ブログ

妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

輪廻

2020年06月29日(Mon) 07:51:28

  1.帰宅後の習慣

「薄い沓下を履いてくれませんか」
男はわたしに、そう頼んだ。
「ほら、御出勤のときに時々履いていらっしゃる、ストッキングみたいに薄いのがおありでしょう。
 あれを履いてほしいのです」
男の無心は、いかにも風変わりだった。
けれどもわたしには、男の気持ちが手に取るように分かった。
男は吸血鬼で、すでにわたしたち夫婦は、夫婦ながら彼の餌食になっていた。

彼はわたしの知らないところで真っ先に妻を襲い、
洗脳した妻に手引きをさせてうちにあがりこんで、わたしのことを襲ったのだ。

その吸血男は好んで脚を咬む習性があって、
妻は彼に逢うたび、ストッキングをビリビリと咬み破られながら吸血されたのだ。
相手が男では色味がないものだから、
せめて通勤のときにわたしが履いているストッキング地の沓下でわたしの脚を愉しもうというのだろう。
「わかった、履くよ」
わたしはそういって、ひざ丈の沓下を取り出して、脚に巻きつけるようにしてむぞうさに履いた。
男はわたしがわざとぞんざいに履いた沓下のよじれを丁寧に直して、
それからおもむろに、唇を這わせてきた。

ぞくっ・・・とした。

洗脳されてしまった妻の陶酔が、わかるような気がした。
男は妻の脚を咬むときにストッキングの舌触りを愉しんだその手口そのままに、
わたしの脚を舐めまわし、沓下の舌触りを愉しみつづけた。
「あ~」
思わず不覚にも洩らしたため息に、男は満足したようににんまりと笑むと、おもむろにふくらはぎに牙を埋め、食いついてきた。
埋められた牙の周りが、痺れるように痛痒い。
牙が分泌する毒液が、わたしの感覚を麻痺させているのだ。
ちゅっ・・・
かすかな音を立てて、わたしの血が吸い上げられた。
にわかに漂いはじめた血の香気に男は目の色を変えると、
そのままいっしんに、傷口からあふれ出るわたしの血を啜り始めた。
沓下がぱりぱりと裂け目を拡げ、薄地のナイロンの緩やかな束縛がほぐれてゆくのがわかった。


  2.なれ初め

この街は吸血鬼に汚染されている。
そんな妙なうわさを耳にしたのは、すでに住居を定めた後の事だった。
そして、住み始めて一週間と経たぬうちに、買い物帰りの妻が襲われた。
男は妻の着ているワンピースを剥ぎ取ると、裂けた服にわざと血潮を散らばしながら、妻の生き血を啜りつづけた。

既婚の婦人を襲うときには、男女の交わりを遂げてしまうのが、彼らのやり口だった。
そうして口封じをしておいて、女と逢いつづけ、生き血を愉しみつづけるという寸法なのだ。
こんな相手に接するのが初めてな妻は、むろん男の言いなりになった。
妻はわたしが勤めに出ている間に男に呼び出され、二度三度と血を吸われ、
とうとう男に洗脳されてしまったのだ。

けれども妻に言わせると、男にもお人好しなところがあるというのだ。
さいしょに買い物帰りを襲われたとき。
こと果ててしまうと男は頭を掻いてぶきっちょにわびを告げると、
散らばった買い物かごの中身を集めて、妻に手渡してくれたという。
そして、砕けてしまった豆腐や玉子、泥にまみれた野菜は後で届けるからといって、
律儀にもメモさえ取って、あとで家に届けてくれたという。

家を聞き出すための口実じゃないか、とわたしがいうと、妻は男のために反論した。
私が襲われたのは家の真ん前で、家に入ろうとするときに後ろから襟首をつかまえられて引き倒されたのだと。
哀れにも、妻は自宅前の路上に組み伏せられて吸血され、犯されたというのだ。

ご近所にもまる見えではなかったか。
ええ、みなさん何もかもご存知のはずよ。
身の毛もよだつようなわたしの想像を、妻は恐れげもなく肯定した。
周囲の家々は、なにごともないかのように静まり返っている。
昼間も、無人ではないかというほどひっそりとした家なみなのだ。
たまに人が佇んでいても、だれもが生気のない感じで、
あいさつをしても聞こえているのかいないのか、いっこうに張り合いの無い人たちだった。

それがね、襲われてからなんですの。
皆さん、とても愛想がよろしいのですよ。
同じ秘密を共有しないと、新しい人には怖くて話しかけることができないのですって。
妻はそういうと、おっとりとほほ笑んだ。

わたしが妻と男の関係を知ったのは、だいぶ後になってからだった。
勤めから帰宅したときのことだった。
その晩、インターホンを押しても返事がないのを怪しんだわたしは、
灯りのともったリビングの窓を横目に自分で鍵を開け、家に入った。
そして灯りのついているリビングに入っていくと、
妻が見知らぬ男にじゅうたんのうえに抑えつけられて、ふくらはぎを吸われていたのだ。
人の気配に身を起こした男の口許がべっとりと血に濡れているのを視ても、状況がすぐには呑み込めなかった。
けれども男は、わたしが唖然として立ち尽くすのをみとめると、
ふたたび妻の脚に唇を吸いつけて、チュウチュウと音を立てて妻の血を吸いはじめたのだ。
――この街には吸血鬼がいる。吸血鬼に汚染されているんですよ。
同僚の耳打ちが記憶によみがえったとき、男はふたたび顔をあげると、身をひるがえして開け放たれた窓から逃げ去った。
妻はワンピースを剥ぎ取られて半裸の状態。
穿いたままのストッキングは、みるかげもなく咬み剥がれていた。
むざんに裂けた衣類が、妻に対する吸血鬼の所業のすべてを物語っていた。
やって来る吸血男のために、妻がわざわざストッキングを脚に通して待っていたなどということは、
そのときにはまだ、思いもよらないことだった。
吸血鬼の逃走を許したあとに残された夫婦が、どのような会話で事実を伝え、知ったのかは、ご想像にお任せしたい。

次の日の夕方、わたしは身構えるようにして帰宅した。
妻は吸血鬼の来訪を許していると言ったからだ。
なん度も呼び出され血を吸われているうちに、意のままにされてしまっている、とも言っていた。
案に相違して、妻は一人でリビングにいたらしく、インターホンに応じて玄関まで迎えに出てくれた。
やつは来なかったのか?と訊くわたしに、エエ、まあ・・・と、妻はあいまいな返事をした、
白昼に情事を愉しんだのか?
わたしは妻を責めなければならないと思った。
その時だった。
背後から迫った吸血鬼がわたしを羽交い絞めにして、首すじに食いついてきたのは。

気がついた時には、ワイシャツを血で濡らしながら、わたしは吸血鬼相手に生き血を気前よく振る舞ってしまっていた。
夏場に好んで履いていたストッキング地の沓下の足許をやつが気にしていると気づくと、
自分のほうからスラックスのすそを引き上げて、咬み破らせてしまっていた。
こうしてわたしたちは、この家に棲みついてひと月と経たぬうちに、夫婦ながら吸血鬼の奴隷と化していた。


  3.日常

それ以来。
男は三日にあげず、人の生き血を求めてわたしの家を訪れた。
専業主婦の妻は相変わらず買い物帰りを狙われたが、
帰宅の道すがら男に声をかけられると、買い物かごを傍らにおいて吸血に応じていった。
最初の時と違って、うろたえて必死で抗うようなことはなかったから、買い物かごの中身はいつも安全だった。
男とよほど打ち解けた関係になっても、
また、ご近所のほとんどが吸血の習慣を受け容れていて、彼女の対応を好意的に認めていたとしても、
やはり路上での辱めには、抵抗があったのだろう。
多くの場合彼女は、自宅に男をあげて逢瀬を過ごすようになっていた。
男のほうでも、「ここではなんですから・・・」としり込みする彼女の言い分を認めて、
招かれるままにわたしの留守宅の敷居をまたぐようになっていた。
もちろん――外での辱めをこれ見よがしに愉しむという、とてもいけない行為を、あえて愉しむことはあったのだが。

男は確かに、人が好かった。
妻の血を吸いに来るときには、あらかじめわたしが不在の時を択んで訪れてきた。
わたしが居合わせたとしても、彼の行為を止めることはできなかったから、
あえてそういう羽目に陥らせないようにと気を使ったのだ。
男が家に電話をかけてきたとき、ウッカリわたしが出てしまうことも時々あった。
そのときには彼は悪びれず、電話の糸を告げると、妻への取り次ぎを願ってきた。
さすがのわたしも気分が悪くなり、かけ直してくれと断っていたのだが、
考えてみればかけ直すこと自体は認めていたわけだから、
それ以後は思い直して、妻あての電話は必ず取り次いでやることにしていた。
わたしもわたしで、人が好かったのかもしれない。

わたしが在宅の時に妻の血を吸いに来るときには、彼は律儀にも、わたしのために地酒を持ってきてくれた。
亭主が酔っ払って、前後不覚になっている隙に妻をいただこうという寸法なのだ。
男が弄する見え見えの手に、わたしはわざと引っかかって地酒を楽しみ、
彼は彼で、おなじリビングのなか、エプロン姿の妻に迫って、欲望を遂げていた。

男の持ってくる酒は決まって最上級の酒で、地元でもなかなか手に入らないものだった。
わたしは男に、先にわたしの血を吸ってからにし給えといい、
男はわたしの言にしたがって、わたしを咬んでから妻を餌食に組み敷いていった。
妻を庇って先に血を吸われ、抗拒不能になってからなら、妻を襲われても言い訳が経つという、
姑息な言い訳が欲しかったのだ。
けれども男は明らかに、わたしの血にも魅せられていた。
三十七歳の働き盛りの血が男を魅了することに、わたしのほうでも、ひそかな満足感を見出していたのだ。


  4.遺言

  遺言状

わたしは、わたし自身の体内をめぐる血液の全量を、親愛なる貴兄によろこんで進呈します。
条件は、貴兄に美味しい美味しいといって飲み味わっていただくこと、それだけです。
わたしの死後は、長年連れ添った家内の貞操を、貴兄にゆだねます。
家内の生き血を愉しんでいただくことは、入居以来の念願でしたが、
わたしからあらかじめ希望した家内に対する吸血行為を好意的にかなえていただいたことに対する感謝のしるしとして、
家内を貴兄の愛人の一人に加えていただくことをお願いする次第です。
かなうことならば、わたしに対する最期の吸血の際、貴兄が家内の肉体を愛するようすを確かめてから逝くことを希望します。
この切なる願いを、どうぞ叶えてくださいますように。

こんな願いをする夫が、どこの世界にいるだろうか?
おかしい。なにかが間違っている。;
わたしは心の中の葛藤と戦いながら、それでも男のメモ通りの遺言状を自筆でしたため、署名をしてしまっていた。
首すじや足許につけられた傷口に帯びる妖しい疼きが、理性を忘れさせたためである。

ウフフ。
彼はわたしの耳もとで、耳ざわりな含み笑いをする。
そしてわたしの手から遺言状を取り上げると、ポケットのなかにねじ込んで、
やおらわたしの首っ玉を掴まえると、首すじにがぶりと食いついた。

キュウッ、キュウッ、キュウッ・・・
強引な吸血の音が果てしなく続き、わたしは身体のなかが空っぽになったような気がした。
血を一滴余さず吸い尽くされたわたしは、横倒しになったまま、
目のまえで男が妻を引き寄せてディープ・キッスを迫り、
妻もまた引き寄せられるまま、わたしの”亡骸”を横目にディープ・キッスに応じ、
二人はお互い慕い合うように身を寄せ合って抱き合い、濃密なセックスを遂げるいちぶしじゅうを、見届ける羽目に遭っていた。
くたばってしまったはずのわたしは、激しい射精にズボンが生温かく濡れるのを感じながら、
血を抜き取られて身じろぎひとつできなくなったのを、ひたすらもどかしがっていた。


  5.輪 廻

わたしを弔うために脚に通された黒のストッキングが、家内の細い脚を薄墨色に透き通らせている。
片方だけ穿かれたストッキングは、ふしだらにソファの背もたれに絡みついていたが、
脚の主は背もたれの向こう側にいて、情夫の愛撫にひたすら酔わされている。
法事帰りの喪服姿のまま、妻はソファに押し倒されて、
夫の恨めし気な視線を意識しながらも、不倫の愉悦に耽っているのだ。

いまの身分も、わるくないと思い始めている。
吸血鬼に生まれ変わったわたし。
さいしょに口にしたのは、妻の生き血だった。
せめてもの罪滅ぼしにと、妻は自分の血を惜しみなくあてがってくれた。

けれども、妻はあくまでもあの男の獲物である。
わたしは男から人の狩り方を教えられ、
手始めにお隣の五十年配の奥さんを襲って血を吸った。
口許に散った生温かな血潮の歓びを覚えてしまうと、
突き上げる支配欲がわたしの行動を規定した。
お隣の奥さんは、かつてわたしたち夫婦がされていたように、ご主人の視ているまえでの吸血行為を強制されて、
もちろん、不倫の悦びに耽る恥ずかしい有様まで、ご主人のまえでさらけ出してしまった。

ご主人はこうしたことには慣れていて、寛大にもわたしの所業を許してくれた。
そして、わたしが地酒を提げてお邪魔するときだけは、歓迎してくれた。
地酒は当地でもなかなか手に入らない、最上級のものにしていた。
前の記事
ほけつ
次の記事
意外。。。

コメント

コメントの投稿

(N)
(B)
(M)
(U)
(T)
(P)
(C)
管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
http://aoi18.blog37.fc2.com/tb.php/3975-9678c2eb