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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

驕慢な娘(ひと)の身代わり

2020年07月02日(Thu) 08:12:24

「身代わりになって血を吸われてくださるんですって?」
唐突に声をかけてきたのは、同級生の御園薫さん。
クラス一の美人で、ぼくが所属する運動部のキャプテンであるユウスケ先輩の彼女だった。
ほんとうなら、決してぼくになど声をかけてくれるはずのない人。
それが、何の間違いだろう?ぼくに声をかけてくるなんて。
なんの間違いだろう?彼女の身代わりになるなんて。

ぼくは運動部の補欠選手。
ハイソックスやストッキングが大好きで、
柄にもない運動部に所属した理由(わけ)は、
チームのユニフォームであライン入りのストッキングをおおっぴらに履けるから・・・という不純な動機から。
以来、学校に出没する吸血鬼が部員の首すじや足許を狙うとき。
レギュラー部員の身代わりになって、ストッキングの脚やうなじを差し伸べて、
皮膚を破られ、うら若い血を啜られて――
いまは、吸血される歓びに目ざめるようになってしまっていた。

「服を貸したら、身代わりになってくださるんですって?」
馨さんの質問は、容赦なくあからさまだった。
並みいるクラスメイトたちが、聴き耳をそばだてているのを、十分意識しながら。
「女子の履いているストッキング、お召しになりたいそうね?」
責めるような鋭い語調が、冷やかな響きを帯びて、
――恥ずかしい趣味をお持ちだこと!
むしろ目の前の無抵抗な獲物をいたぶる愉しみに酔うように、言葉を続けてゆく。
じゃあ、趣味と実益ということで・・・わたくしの身代わりになって下さらない?
とどめを刺すようにそう言うと、勝ち誇ったような麗しい笑みを、満面に湛えてぼくを睨んだ。

狙われているのよ。校内を徘徊する奴らの一人に。
初めて真顔になって声をひそめると、ああおぞましい・・・と言わんばかりに身をすくめた。
わたくし、ユウスケさんのために、操を守らなければならないの。
言っている意味、わかるでしょ?
そこは、だれにたいしても大秘密であるはず。
いつの間にか廊下に引っ張り出されていたぼくだけが、初めて耳にする真実。
馨さんは、ユウスケ先輩とは「できて」いた――

襲った相手が処女ならば、処女の生き血を愉しむだけ。それも、目いっぱい愉しむ――
襲った相手が処女でなければ、男女の交わりまで遂げてゆく――
それが、彼らのやり口だった。
すでにユウスケ先輩に処女を捧げていた馨さんは、絶対に彼らに襲われるわけにはいかないのだ。

そんな大秘密まで、口にして。
ハッキリとした目許を蒼ざめさせた真顔は、ドキドキするほど真に迫って美しい。
男子ならだれでも、いともやすやすと彼女の虜になるだろう。
そのしんけんな眼差しに、射すくめられるようにして――
ぼくは周りで聞き耳を立てているものがいないのを確かめてから、いった。
「ストッキングは、きみがいちどは脚を通したものにしてくれる・・・?」

つぎの日は、半日授業の土曜日だった。
家で朝食をすませると。
ぼくは自分の部屋に引き取って、大きな紙箱に収められた馨さんの制服一式と差し向かいになる。
夕べ、馨さんのお邸の使用人の人が持ち届けてきたものだった。
開けられた紙箱にはお行儀よく、濃紺のセーラー服と、その下にアイロンのきいたプリーツスカート。
スリップやショーツ、ストッキングといった、人目に触れさせたくないもの一式は、
無地の紙袋に収められて、宛名を書くようにして、
「蒼川美紀也様」
と、きれいな字で書かれてある。
いつもなら、名前なんか呼んでもらえず、ただの「補欠君」なのに。
(彼女はぼくのことをあくまで、彼氏であるユウスケ先輩の目線でしか、見ていなかった)
改まったフル・ネームと、几帳面に書かれた字体とが、彼女の本気度を物語っていた。
彼女のしんけんな眼差しの行く先は、ぼくではない。
ユウスケ先輩という、校内のヒーローである恋人に操を立てるという目的だけためのしんけんな思いに、
ぼくは誠実に応えなければならなかった。


ミニ・スカートみたいな丈のスリップを身体に通して。
可愛らしいフリルとリボンの柄とに、彼女の隠れた趣味を視た思いに駆られた。

サイズが小ぶりなショーツも、いちどは身に着けたものらしく、
彼女の痕跡がそこはかとなく残されているのに息をのんで。
ちょっぴりきつめの腰周りの感覚が、
これでがんじがらめに彼女の意図に服さなければならないと、ぼくに告げる。

太もも丈のストッキングには、ふっくらとした優美な脚周りの輪郭がありありと写されていて、
ひざ上丈にしかならない寸足らずのサイズで、そのぶんきつめの束縛感で、足許を引き締めて、
淡い脛毛を薄闇のようにまぎらせて、別人の脚のようになまめかしく染め上げた。

腰に巻いたスカートのすそが、重たくユサユサと揺れる感覚。
セーラー服をかぶったとき、鼻腔によぎる生地の芳香。
胸元に巻きつけるスカーフの結び方がわからなくて、いまひとつ決まらないもどかしさ。
用意したかつらをつけ、マスクで顔の下半分を隠すと、
箪笥の開き戸の鏡の中を、恐る恐る覗き込んでいた。


教室に入ると、みんながいちように、チラチラと振り向いて、
ぼくの様子を見るとクスッと笑いをこらえて、そっぽを向くようにして前に向き直る。
馨さんだけが、しゃなりしゃなりとこちらに歩みを進めてきて、蒼川さんおはようと声をかけてきた。
彼女がぼくに朝の挨拶などをするのは、同じクラスになって以来初めてのことのはず。
馨さんだけではない、女子のだれもが、ぼくのことなど問題にしていなかった。
これも、彼女の制服のまとう魔力だろうか?

なみいる女子のなかでも、出色の容貌を誇る馨さん。
彼女が身にまとう制服さえも、生地の造りがほかのだれとも違うのではという錯覚さえ起こさせる。
同じ制服を身に着ける誇らしさを、羞恥心を忘れて、初めてかけらほどに感じた。

馨さんはだまってぼくの胸もとに手を伸べると、
「こうではない」と言わんばかりに、純白のスカーフをいちどほどいて、それから丁寧に結び直してくれた。
――きょう一日は、わたくしの身代わりなんですからね。きちんとしていただかないと。
そう言わんばかりの白い目でぼくのことを睨(ね)めあげると、くるりと背中を向けて、自分の席へと戻ってゆく。
これで身代わりに対する一定の礼儀は果たした、といわんばかりに。


吸血鬼は、いつ出没するかわからない。
喉が渇いたら、学校の裏門から侵入して、授業中といわず休み時間といわず、廊下や校庭を徘徊するのだ。
授業は滞りなく、いつもと同じように進められた。
ぼくの身なり以外、なにも変わったことはないのだ。
先生方は、教室に入ると、異装届を受け付けた担任経由であらかじめ聞かされているらしい――
ぼくのほうをチラと見ると、ちょっとだけ表情を変え、
そして表情を変えたことを気取られまいと不自然に元の顔つきに戻り、
ことさらに表情を消すと、「起立、礼」の号令を級長に求めるのだった。

そのあいだじゅう。
視界の片隅をよぎる純白のスカーフのふんわりとした感じと、
起立、礼のたびにユサッと揺れるスカートの重たいすそと、
授業中も始終感じる、足許を引き締めるストッキングのしなやかさと、
それらすべてに支配されて、むせ返りそうになっていた。


やがて、”彼”はやって来た。
2時限と3時限のあいだの、10分間の休み時間。
声にならない声を洩らして道を避ける女子生徒たちの動きで、それとわかった。
馨さんはぼくのほうへと駈けてきて、
救いを求めるようすなど気振りほども示さずに、
「お願いするわ」と冷ややかな囁きをぼくの耳に流し込むと、
罪人を引きたてるような性急さで、ぼくを廊下へと導きだした。

隣の教室は、空き教室だった。
”彼”は馨さんの制服を着たぼくを認めると、まっすぐにこちらへと歩み寄ってきて、
無造作にぼくの手をとると、空き教室へと促した。
狙いが自分でなかったと知ったものたちの安堵のため息を背中に感じながら、
ぼくは狙われた乙女がそうするように、観念したようにうなだれて、手を引かれるままに空き教室の入口をくぐった。
隣の教室がシンと静まり返るのがわかった。
クラスメイトとしての同情心をいちおうは持ってくれていることが、なんとなく伝わってきた。

”彼”は、ぼくが身代わりなのだと最初から気づいているようだった。
よしよし、よく来たといわんばかりに、あやすようにセーラー服の二の腕に触れると、
席の一つに腰かけるようにと促した。
促されるままに席に着くと、”彼”はぼくの背後にまわった。
あくまでもぼくのことを、女子生徒として扱う意思を感じながらも、
打ち首になる罪人のように身を縮めて、ぼくは”彼”からの一撃を待った。

おずおずとした腕が背後から回り、セーラー服の胸を求めるようにして、巻きつけられた。
いちおうこれは、愛情表現なのだということを伝えようとするかのように、
まるで本物の女子に与えられるような接吻が、首すじに吸いつけられた。
ヒルのような唇は、皮膚の下の鼓動を確かめるかのように念入りに這わされて、
けれども下品な感じはまったくなかった。
しいていえば。
獣が自分の子を舐めてあやすような・・・そんな感じが伝わってきた。
かつらを通して優しく撫でる掌に黒髪をゆだねたときには、
これが本物の髪の毛でなくて惜しいことをしたとさえ、感じていた。

そろそろ始める気になったらしい。
”彼”は足許にかがみ込むと、「楽にしていなさい」と低い声で話しかけてきて、
それから脚の甲をギュッと抑えつけた。

馨さんになり切りかけたぼくは、
この教室にひとりでいるのがぼくではなく本物の馨さんのような錯覚に陥っていた。
クラス一の美人が、喉をカラカラにした吸血鬼に狙われて。
空き教室に呼び込まれて、セーラー服姿を襲われている。
だれもさえぎるものもなく、制服姿を自由にされて、
知的で上品な黒のストッキングの足許に、無作法で物欲しげな舌を這わされ、侵されてゆく――
その想像が思わず、ぼくのことを昂らせた。

行為が果てたとき。
ぼくは仰向けに倒れたまま、頭上の古びた天井と向かい合わせになっていた。
片方だけ立て膝をした脚が、視界に入った。
黒の薄々のストッキングに、ひとすじ太い裂け目が走り、
ふくらはぎの肉づきがいちばん良いあたりに、赤い斑点がふたつ、つけられている。
首すじにもおなじものが、一対――そのふたつに由来するけだるさと、頭の重さとが、ぼくの理性をへんにしていた。
「三日後のこの時間」
”彼”は短くそういうと、ぼくに背を向けた。
「身体をいといなさい」
と、父親が息子をいたわるような言葉さえ、口にして。

”彼”が立ち去ったあと。
馨さんから預かった大きな紙箱の片隅に忍ばされた紙袋を手に、ぼくはやっとの想いで起きあがった。
紙袋には、封を切っていないストッキングが二足。
一足は、履くのに失敗したときの予備のつもりだろう。
「ご褒美よ」
心の中に泛んだ馨さんが、驕慢な顔つきでそういうと、嘲るように声をたてて笑った。
嘲りながらも、小気味よげで、愉快そうな笑いだった。
きっと彼女は、こんなふうにされているぼくを想像して、いまごろそんなふうにほくそ笑んでいるのだろう――
優等生の神妙な顔つきでカムフラージュすることを忘れずに。

咬み破られたストッキングは、家で洗って、次に会うときに”彼”に手渡すのが習いだという。
それで彼の好意を承諾したことになり、交際が始まるのだ。
乙女のだれもが、おぞましいと感じる交際が。
ユウスケ先輩に処女を捧げた馨さんにとっては、ぜひとも避けなければならない関係が。

だれかの身代わりになって女学生に扮し、吸血鬼の餌食になる男子生徒が、この学校にはなん人もいるという。
明日から、いや、この時間がすぎたあとは、
クラスのだれもが、セーラー服を着ているときのぼくのことを、女子として接するようになる。
それは案外、ぼくが心の奥底で求め願っていたことに違いなかった。
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