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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

善意が生んだ”悪果”

2020年07月19日(Sun) 14:39:15

デートに誘われた女の子が、彼氏を悦ばせるためにミニスカートを穿いていくというのは、よくあることだろう。
同性愛嗜好の男子生徒が、やはりパートナーを悦ばせるために学校に申請をして、女子生徒として通学することも、
まあ良いだろう。
ところで、ぼくの場合、相手は吸血鬼。
彼が欲しがる若い血を摂らせてあげるのに加えて、その時彼の気に入るように制服を着ていくことは、
前の二者と同じように褒めてもらうことができない行動なのだろうか?

幸いぼくのパートナーは、ぼくの制服姿を気に入ってくれていて、
その制服も日常身に着けているものだったから、
ぼくはただ学校帰りに彼に咬ませるための真新しいハイソックスを鞄にしのばせて下校の道をたどるだけでじゅうぶんだった。

あれからひと月が経とうとしている。
ぼくは通学用のハイソックスを家族に隠れて入手する手づるを覚えて彼と逢瀬を重ね、
血を吸われる愉しみ、制服姿で辱めを受ける歓びを覚え込まされてしまっていた。

彼はそのうちに、もっと違うことをぼくに要求し始めるようになっていた。
妹さんの紺のハイソックスも、美味しそうだね・・・と、
なにも知らない妹が公園でボール遊びをやっているのを横目に見て囁きかけてきて、
あの細っそりとした首すじや、発育のよろしい太ももに咬みついてみたいものだと、おねだりに近いことを呟いたり、
ママのストッキングも、面白そうだね・・・と、
法事の帰りにぼくだけ家族と別れて公園に行って、制服姿を愉しませてやったときも、
黒一色の喪服のすその下から覗く、薄墨色に染まったふくらはぎを遠目に見やりながら唸ったり、
そんなことがつづいたのだった。

べつだん、ぼくに飽きたから、目先を変えてやろうという魂胆ではなかったらしい。
彼はぼくの健康には必要以上に気を使っていて、
どんなに頻度が高くても、三日にいちどしか、吸血の機会を創ろうとしなかったのだ。
そして彼自身はこの街に来てからそう長くは経っていなかったので、
ぼく以上に協力的な血液提供者にはまだ、恵まれていなかった。
若い血液を得るのにぼく以外をあてにするとしたら、
ぼくに最も近い、ぼくの家族くらいしか、お互いに思いつかなかったのだろう。

「お互いに」――そう、本当に「お互いに」だった。
ママは持ち前の勘の鋭さから、ぼくの背後に誰か胡散臭い人影を見出すようになっていた。
ハイソックスの数が減っていないというだけでは、ママの目をごまかすことはできなかったのだ。
始終ぼくと接して、食べるものの多い少ない、疲れの深い浅い、すべてを知っている相手だったから、
心の中まで見通せるほどに鋭く、ママはぼくのことに感づいていた。

ぼくは小父さんにせがまれるままに、
ママの留守中夫婦の寝室にある箪笥の抽斗を開けて、ストッキングを一足盗み出していた。
それは残念ながら法事の時に脚に通していた黒ではなく、ふだん履きの肌色のものだった。
ママはふだん家にいる時も、スカートの下にはストッキングを着ける習慣を持っていたのだ。
「いちどは母御がおみ脚を通されたものがよい」というコアな条件がつけられていたので、
心臓をドキドキさせながら、震える手で引き出すことのできた唯一の成果だった。

震える手で、脚の形をした薄い肌色の薄絹を手に取って、
ぶきっちょなやり口でつま先をたぐり寄せて、
爪の先とストッキングのつま先とをぴったりと合わせると、じわりじわりと引き伸ばす。
ぼくの脚は一瞬にして、淡い光沢を帯びた薄地のナイロン生地のしなやかさに、なまめかしく染まった。

くくくくく・・・
小父さんは嫌らしい含み笑いを泛べると、ぼくの足許に這い寄って、ちゅうっ・・・と唇を吸いつけた。
ママのストッキングが唾液に濡れるのを感じて、ぼくは股間を昂らせてしまった。
いけない、変な粘液で汚してしまったら、取り返しがつかなくなる――
けれども小父さんはそんなぼくの懸念にはお構いなく、ぼくの足許に夢中になっている。
前歯で甘噛みをしながら、薄地のナイロン生地をサリサリと歯がかすめた。
アッ、いけないッ・・・
と思う間もなく、ストッキングの生地が破けた。
じわっと裂けた薄い生地は、ぼくが焦って身じろぎするたびに、無音で裂けめを拡げてゆく。
あとはもう、お構いなしだった。
いつもと同じように、彼はぼくの脚のあちこちに咬み痕をつけて、吸血というよりも、”凌辱ごっこ”を愉しんでいたのだ。


ママが汚される。
ママが辱めを受ける。
足許にまつわりつく、いちどはママの脚に接したナイロン生地が、
吸血鬼の小父さんのあくなき容赦ない責めに耐えかねて、
引き破れ、咬み剥がれ、唾液に濡れてゆく。
ぼくは自分の下肢を見おろす視線を、それでもそむけることができなかった。
いま一度、背徳の実感がぼくの胸を衝(つ)いた。
――ママが侵される!!

小父さんの身体がぼくの下肢からせりあがってきて、
たちの悪い意地悪そうなほくそ笑みを泛べて、迫ってきた。
口許といわず、頬ぺたといわず、
ぼくの身体から吸い取った血潮が、テラテラと光っている。
くくくくくく・・・っ
小父さんはたち悪く笑みながら、ぼくの血で血塗られた唇を、ぼくの唇に重ねてこようとする。
いちどはそむけようとした唇は、なんなく捉えられてしまった。
軽く離され、ふたたび重ねられてきた唇に、
こんどは自分から応じていった・・・
錆びたような血の芳香がぼくを酔わせ、夢中にした。

「あなたたち、何をなさっているの!?」
厳しく鋭く尖った声が、闇のなかに響いた。
声の主を同時に見すえた視線の彼方に、いてはならない人がいた。
見慣れた白のレエスのブラウスに、薄青のロングスカート。
肩先に優雅にウェーブする栗色の髪を逆立てんばかりにして、
その人は憤怒の様相で、ぼくたちを見すえていた。
ママだった。


小父さんの行動は素早く、容赦なかった。
ぼくの上にのしかかっていた体重がだしぬけに去るのを感じた。
なにも知らずにぼくたちのいけない行為を厳しく咎めようとしたママに、
小父さんはムササビのように飛びかかった。

そのあとの記憶は、きっとどこかで歪められているような気がしてならない。
記憶そのものが頼りなく、たどたどしく、自分にとって好都合に展開し過ぎているような気がする。
けれども、それならそれで、いまは構わない。
ともかくも、記憶するままを、描いてみる。

小父さんはママに飛びかかると、黒いマントで白ブラウス姿のママを押し包んでしまった。
そしてなにが起きたのかも自覚できないまま、抵抗する事すら忘れたママの首すじに咬みついたのだ。
ググッと刺し込まれる牙を。
アッと叫ぶ赤い唇を。
口許からほとび出る血しぶきを。
キュウッと吸い上げられる吸血の音があがるのを、
ぼくは茫然となって、見つめていた。
ぼくは恍惚となって、見守っていた。

ママの首すじに吸いつけられた唇が離れ、
ほとび散る血潮がママの白いブラウスを真っ赤に染めるのをみて、
ぼくは、はっとわれに返った。
「だめ!だめ!だめだったらっ!!」
ぼくは叫びながら飛び出して、小父さんの背後に組みついた。
「ママには手を出さないで!」

小父さんはぼくを突きのけた。
ぼくは腰砕けになってその場に倒れそうになった。
かろうじて持ちこたえてふり返ると、
小父さんはもういちど、ママの首すじを咬もうとしていた。
「だめだったらっ!」
ぼくはもういちど、小父さんの背後にかじりついた。

「いいのよ、タカシ」
思いのほかゆったりと落ち着いた声が、ぼくの動きを麻痺させた。
声色にはいつものケンの鋭い棘がなく、表情を失った声だと思った。
そうだ、ママは咬まれちゃったんだ。
だとすると、いまのぼくと同じように、小父さんに尽くすことを最善だと感じているのかも――

小父さんはママを放した。
ママは貧血を起こしたらしく、ちょっとだけよろけたけれど、すぐに気丈に立ち直った。
小父さんはうやうやしくママの手を取って、手の甲にキスをした。
紳士の貴婦人に対する振舞いだと、ぼくはおもった。
「唐突に、まことに失礼しました」
小父さんはいった。
慇懃な謝罪に、ママは立ち直る余裕を掴んだようだ。
「あの・・・うちの大事な息子に、どういうことなんですの?」
ママらしい切り口上が戻ってきた――
でも、安堵してはいけない。
ママが正気を取り戻した以上、ぼくもまた小父さんといっしょに、咎めを受ける立場なのだ。
「この街は吸血鬼と共存しているとききましたが――」
「え、あ、はい」
ママが小娘のように、たじたじとなった。
「じつはこの街に来て間がないのです。
 そこで、たまたま通りかかったご令息に無理を申し上げて、血を頂戴するようになったのです」
「ずいぶん、お仲がよろしくなられたようね」
キスをしているところを視られたのだ。ぼくは腹の底がヒヤッとするのを感じた。
「最初は当然厳しく拒まれましたが、いまは事情を分かって下すって、寛大に接してくださっております」
「そ――そうですか」
ほんのちょっとの間だったけど。ママはまたも、小娘のようなうろたえを見せた。
「おつきあいを続けるつもりなのね?」
そういってぼくを見つめる眼差しには、悩ましい翳りを帯びていた。
その翳りがなにを意味するのか――ぼくにははかりかねた。
とまどい?うろたえ?
失望?怒り?
屈辱?悲しみ?
これから自分を襲う運命へのあきらめ?それとも――

歓び・・・?


ママはくすっと笑った。
そして、小父さんを見あげると、いった。
「息子の血を気に入っていただいて、育てた親としてはとても名誉に感じますわ。
 でも、大切な一人息子なので――大丈夫とは存じますが――死なさないでやってくださいませ」
もちろんです、と、小父さんはいった。
私にとって、この街で得られたまだ唯一の理解者ですからね、と。
「唯一ではございませんよ」
ママは意外なことを言った。
「わたくしも、理解者の一人に加えさせていただきます」

ママはぼくにいった。
「いけないじゃないの、ひとりでこの人の相手をするなんて――とてもじゃないけど、吸い殺されてしまうわ
 三日に一度以上吸われたら、体を壊します。
 だから三日経つと、呼び出されてここに来ていたのね。
 この方は、学校に届けも出されて、校長先生にもお会いにになっています。
 ちゃんと手続きを踏まれている方だから、安心して大丈夫。でも、一人ではだめ。
 ママが協力しますから、これからは軽はずみは慎むように」
「ママ、ごめんなさい」
素直にうなだれるぼくの頭を抱くようにして、ママは囁いた。
「キスくらいなら、構わないけど」


どうやらぼくは、ママを巻き込んでしまったらしい。
それが良いこととは、とても思えない。
さいしょは人の生き血を欲しがる小父さんに、善意の献血をしているつもりだった。
それが、多少エッチなやり方であったとしても、ふたりで愉しめる分には、内緒のいたずらで済むと思っていた。
けれども今、それがママの目に触れて、二人の関係を継続するのに突然の危機が訪れて。
ぼくを手放すまいとした小父さんはたぶん、催眠術のようなものをママに施すことで――たぶらかしてしまった。

あの一瞬、間違いなくママは悪役だった――ぼくたちふたりの仲を引き裂くという。
けれども小父さんの熱情は、ママの張った倫理的な予防線を、力ずくで突破してしまった。
小父さんのやったことはフェアではなかったかもしれない。
けれどもママは穏やかに状況を受け容れて、協力を約束さえしてくれたのだ。

ぼくの献血という善意は、ママの堕落という悪果を生んだ。
小父さんのママに対する悪意は、ママの寛容と宥恕、それに三人の関係から緊張を取り去るという善果を生んだ。
なにが善で何が悪なのか。
哲学的な命題は、十四歳のぼくにはあまりにも難しすぎた。
いやきっと、四十ちかいママにすら、難解過ぎるのだろう。
ぼくとママのするべきことは、厳粛な命題を放棄して、どうやらいまを愉しむことのようだった。
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