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妖艶なる吸血

淫らな吸血鬼と倒錯した男女の織りなす、妖しいお伽噺・・・

目撃譚・1 ~息子の献血~

2020年07月22日(Wed) 07:22:32

あのとき、どうして表に出ようとしなかったのか。
目の前で、息子が吸血鬼に生き血を吸い取られようとしているときに――
目の前で、同じ吸血鬼に、わたしの妻が犯されようとしているときに――
わたしの不作為は、父親として、夫として、男として、きっと恥ずべき行動だったに違いない。

たしかに、赴任する際に説明はうけていた。
息子はなにも知らないでいたが、妻は明らかに知っていた。
けれどもそれは、言い訳にはならないだろう。
いったいどうして、わたしはあのとき、不作為に徹することができたのだろうか?

その晩は、けだるい湿気に支配された闇が、どこまでも広がっていた。
取引先に引き留められて、思いのほか遅くなった帰り道。
いまだかつて、暗くなる前に家に戻れない日はないほどだったので、
あらゆることが勝手が違っていた。
自宅に通じる田舎の真っ暗な一本道を、
微かに指す遠方の光をたよりに足許を確かめながら歩きつづけると、
家の近くまで来た証拠に、見覚えのある公園の生垣が若葉を光らせているのが見えた。
公園のなかには街灯があり、そこだけがまるでスポットライトに照らされた舞台のように、明るく浮き上がって見えた。
その”舞台”のいちばん奥まった隅っこにベンチがしつらえられていて、
人影がひとつ、ベンチに腰かけているのがなんとなく目を惹いた。
息子だった。
息子は一人ではなかった。
背後の、ベンチの背もたれごしに、寄り添うようにして。
黒い影がひっそりと、息子を羽交い絞めに抱きすくめていた。
わたしはぎょっとして、足を止めた。
黒影の主の目線がわたしをとらえ、わたしも彼と目線を合わせ、
そして、痺れたように、その場に立ち尽くしてしまったのだ。
男はわたしを金縛りにかけてしまうと、
そろそろと息子のシャツのえり首からむき出された首すじに目線を転じ、
転じたかと思った刹那、食いついていた――

ちゅう・・・っ。
ひそやかにあがる吸血の音にわたしが感じたのは――あろうことか、恍惚と陶酔だった。
わたしと同じ血が、吸血鬼によってむさぼられている。愉しまれている。
そんな彼の感情が、ありありと伝わってきたのだ。

息子はといえば、甘苦しい翳りを帯びた眉をピリピリとナーバスに震わせて、
ただ、相手の意のままになっていた。
決して歓迎しているわけではないけれども、
決して忌み嫌うわけでもないのだった。
ひざ小僧をギュッと合わせ、ハイソックスの脚を女の子みたいに内またにして、
えもいわれない快感がわきあがり、それに歯噛みをして耐えていた。

ひとしきり血を啜り取ると、息子はぐったりとなった。
黒影は息子をいたわるように後ろから撫で上げて、しばらくのあいだ様子を窺っているようだった。
獲物の弱り具合を見つめる獣のような冷酷さはそこにはなく、
身内の容態を気にかけるいたわりに満ちた目線がそこにはあった。

やがて息子が落ち着きを取り戻すと、
黒影はベンチの陰から這い出てきた。
男は、吸血鬼はこういうものだ、と、いわんばかりの、クラシックな黒マントを帯びていた。
彼は息子の足許にかがみ込むと、息子は白い歯を見せて笑った。
打ち解けた笑いだった。
もうすでに、なん度もこうした逢瀬を愉しんでいるのだろう。
灰色の靴下ごしに唇を吸いつけてくる男を拒もうとはせず、
靴下の舌触りを愉しんでいるのか、学校の制服を辱めて愉しんでいるのか、
きっとその両方に違いないのだが、
男はひたすら夢中になって、息子の下肢に唇や舌をふるいつけていった。
そうして、しばらく間が経って、息子の顔に血色が戻ると、
靴下のうえから唇を這わせて、グイッと牙を埋め込んでいった。
「ぁ・・・」
息子がひそかな声を洩らした。
そのうめき声には、間違いなく随喜の色が含まれていた。

ちゅう・・・っ。

ふたたび吸血の音が、今度は息子の足許からあがった。
黒影の男は夢中になって息子の血を吸いつづけたが、息子を吸い殺す意図を持っていないのが、今までの振舞いから察することができた。
わたしは力の抜けた足取りで、その場を離れた。

どうして吸血鬼の、息子に対するいかがわしい行為をやめさせなかったのか?
どうして息子の、吸血鬼のための献血を押しとどめなかったのか?
わたしにはごく当たり前のその問いに、うまく応えることができない
けれどもーー
あの時息子は、明らかに悦んでいた。
二人の間には、通い合い想い合う温もりを持った感情が行き交い、余人の入り込む余地はなかった。
いまでもそれは、確かにいえることだった。
もとより、父親としての応えにはとうてい、ならないだろうけれど――


黒影の主とはその後いちどだけ、顔を合わせた。
そう、赴任先の数少ない取引先のオーナーとして。
男は初対面のころからの乾いた無表情を年老いた目鼻立ちに漂わせ、
いつも通りに契約書にサインをして、律儀なぶきっちょさで契約書を折りたたみ、封筒に入れて渡してくれた。
永年ひとりで営業してきた印刷工場の一角でわたしと向き合うその男は、
一国一城のあるじの矜持と、仕事に対する謙虚な律儀さと、隣り合わせに座っていた。

さいしょは私も、気づかなかった。
度重なる労働で擦り切れかけたような古ぼけた作業委を着て、齢不相応に老け込んだ初老の男と、
大時代的な黒マントを羽織り、年頃の息子を手玉に取って、つややかな唇でその生き血を口に含んでいった男と、
まさか同一人物だとは、思いもよらなかったのだ。
その男があの言葉を囁かなかったら、わたしはわからずじまいでその工場を立ち去っただろう。
男が黙っていなかったのは、わたしを愚弄するためではなくて、ただ律儀だったからに違いなかった。

息子さんは、佳い血液をお持ちだ。
いつも感謝しております。

ただそう告げると、ぼう然となったわたしを置いて、輪転機のけたたましくまわる、彼の持ち場へと戻っていった。
男は作業衣の下に、齢不相応に半ズボンを履いていた。
半ズボンの下、ひざ下までの靴下は、息子のものと同じ柄だった。
男は息子からせしめたハイソックスを見せつけながら、わたしの前から姿を消した。


〇△事務所に、転勤を命ずる。
・赴任地での業務 休養および自己の趣味に基づいた活動
・支給される手当 血液提供手当
 見返りに、赴任地に棲む吸血鬼を相手に、血液の提供を義務づける。
・必ず家族を帯同されたい。
 血液提供の対象は、家族全員が含まれる。
【備考】既婚女性および性行為の経験のある者は、
     血液を提供する際、吸血鬼との間に性的関係を結ばなければならないことを諒解すること。

都会で暮らせなくなったわたしたち一家は、
すんでのところで一家心中の危機を脱した、
その代わりに与えられた辞令は、妻にも事前の閲覧を義務づけられ、自署で諒解の回答を提出している――
都会で生活の場を失ったわたしは、自分と家族の血液を提供することを、了解していた。
もちろんそれが、これから語るわたしの振舞いを弁解するものにはならないだろう。
わたしはどこまでも、妻を、息子を、守るべき存在なのだから――
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